☆8
最初は半信半疑だったおじさんも、暫くフグリンの話を聞いているうち、確かに自分のキンタマから生まれ落ちたキンタマだという確信に至ったらしい。小指のほんの先の先で、フグリンの亀頭を優しく撫で、微笑みながら屁をこいた。
「なあ、おじさん。もしかすると第二、第三のフグリンを生み出すことも可能なのか?」
望月の政治家としての側面が覗く質問だ。今現在、フットサルボールとしての用途しか確立できていないキンタマ、しかしその幅が広がるかも知れない。フグリンのような優れた個体を、おじさんが単為生殖の鬼となり量産できれば、Y県に更なる繁栄がもたらされるだろう。
だが、おじさんは少しだけ視線を宙にやって思案顔を作るだけだった。
「自分でもわからないそうです」
言葉にしたのはフグリン。
「おじさんの考えている事が分かるの?」
「ええ。概ねは」
流石に親子といったところ。
「多分ですが、観光客からの中傷がストレスとなって……僕は変異種みたいなものなんだと思います」
或いは自由になりたいという潜在意識が新生するキンタマに宿ったのかもしれない。親の願望が知らず子の人格を形成するという事例は、一般の家庭でもまま見られるが、そのキンタマバージョンと考えれば良い。
「ですので、また父にストレスを与えれば……」
「そんなのダメ!」
西園がフグリンの言葉を遮る。言い出しっぺの恋人にも鋭い視線を向けた。当の望月は降参のポーズで両手を挙げ、
「いや俺の悪い癖だ。すぐに個より全体を見てしまう。政治屋なんてロクなもんじゃないな」
と素直に非を認めた。実際、おじさんの心を軽くするために行動を始めたというのに、本末転倒もいい所である。
気を取り直し、フグリンは再び父に呼びかける。
「父さん。どこか皺が気になる部分とかないですか?」
するとおじさんは寝返りを打ち、毛布をまくると尻を丸出しにし、その奥、尻穴を指さした。
「ダメですよ。多分そこの皺は取ったら大変なことになる」
フグリンが諭すが、どうも言いたいことを汲めていない雰囲気があった。なおもおじさんは尻穴を指し続ける。その指の角度が少し変わり、どうやら尻穴の更に奥を示したいようだった。
「ああ、そういうことか」
フグリンはようやく得心したらしく、竿を上下に振って何度も頷いた。
「どういうことなんだ?」
「イボ痔ですよ」
言われて人間ふたりは目を凝らす。だが尻穴の奥は全くの暗闇で、それを視認することは出来なかった。
「潜りましょう」
フグリンの決意の篭った一言。けつあな確定だ。
三人は体勢を整えるべく、一路ホームセンターへ。
現場作業員が使うようなベルト付きのヘッドライト、軟膏、雨合羽、傷テープ等、使えそうな物を一通り購入し、再び山裾へ戻る。おじさんはテレビ(誰かが持って来てあげたクソデカテレビだが、おじさんにとっては超小型テレビ)を見ながら舟を漕いでいた。声を掛けて起こすと、準備万端の大荷物を見て目を丸くした。
おじさんが尻タブを両手で広げ、それに引っ張られて尻穴もカパッと開いた。その合間へ、雨合羽を着込み、頭にライトを装着した二人が這い入る。そして腸壁の上側を持ち上げながら、分け入るように進み、先を目指す。イボ痔ということは患部はもっと奥だ。
「しかし凄い匂いだな。来世まで覚えてそうだ」
鼻を摘まんでも余裕で貫通してくる。腸壁もグニュグニュとしてあまり気持ちの良い感触ではなかった。進むうち、西園のポシェットに入っているフグリンが声を上げる。
「もう少し先で進行方向左側の腸壁を照らしてみてください。そこが痛痒いそうです」
「凄い。お尻の中に居てもお父さんの意思が聞こえるんだ? 親子の絆って」
西園の言葉の途中で、不意に望月が足を止め、「あった!」と叫んだ。
ライトに照らされ、腸壁の一部、ピンクを通り越して赤に近い色をした巨大な膿が見えた。酷い口内炎の更に上をいくような、見ているだけで痛々しい有様だ。
「持ってきた軟膏だけでは難しそうだな」
もう一度引き返し、医者を連れてくるべきか。望月が僅かに踵を返しかけた所で、
「ここで僕が射精します。皺成分を含んだ精液をぶっかければ、この膨らんだ膿をしぼなえさせる事が出来るハズです」
フグリンが静かに言った。