☆5
どこか元気のなくなったおじさんの様子に心を痛めている男が居た。先のキンタマフットサル大会で優勝した商店街チームのリーダー格で、名を西園という。
「アタシも自分の皮膚っていうか、ささくれとか食べちゃうタイプだからさ。おじさんが自分のキンタマ食べたくなる気持ちもよく分かるんだよね」
「なるほど」
彼の言葉に相槌を打ったのは望月だった。二人は中学校時代の同級生。在学中はそれほど交流は無かったが、西園がラーメン店を開いた折、客としてやってきた望月と再会、以降は親交を深め、肉体関係を持つまでに至った。悲しい事故で妻子を亡くした望月と、ノンケにばかり恋してしまい辛い半生を過ごしてきた西園。傷を舐め合ううち、もっと別の様々な部分まで舐め合う仲になっていた。
そして今となっては、こうしてラーメン店の営業時間外に、二人きり、テーブル席で茶を飲みながら語らうのが彼らなりのデートとなっている。話題は専ら、地元の事。Y県を想う気持ちも二人、共通しており、そのことがまた絆を強くしていた。
中でも、やはり今は巨大粗チンおじさんが話題になることが多い。無理からぬことだ。種なしブドウくらいしか名産のなかったY県に、種あり不動が降って湧くなど望外の幸運。この強烈なセックスシンボル、活かさぬ手は無い。方策も様々浮かび、その度、二人は議論を交わした。
だが今日に限っては、県の発展についてではなく、おじさんの幸福実現についての方策が議題だった。県は十分に潤ったからだ。おじさんの心を傷つけて。
軽く仮眠を取った後、西園の小汚いバンに乗り、二人は明け方の山裾にやってきた。落ち葉の降り積もった山道を慎重に歩み、おじさんの腹の横までやってくる。ぽっこりした腹は規則正しく上下している。いつの間にか毛布は二枚になっていた。二枚の重ね目の間から粗チンがはみ出している。寝ている間に観光客が来てしまっても粗チンが見えるようにという配慮からだろうか。
周辺には小さなキンタマが幾つも散乱していた。おじさんが自分で食べなくなったため、またフットサル用のボールは飽和状態のため、使い道なく放置されている状態だった。
「すごい。キンタマがこんなに」
言いながら西園は手近な一つを拾い上げ、恋人にパスした。望月が両手で受け取ると、表面に溜め込んでいた朝露が飛沫となって撥ねた。眼鏡が水滴まみれになり、不機嫌そうな表情。西園はそんな彼を見て笑っていた。
西園の「おじさん励まし計画」は至ってシンプルで、つまりは観光客たちを気味悪がらせずに食べられるキンタマ料理を開発し、振舞ってやれば万事解決というものだった。料理の腕一本で生きてきた彼(彼女)らしい発想だ。
そしてそのためには、まず食材研究が不可欠で、それでわざわざ早朝から山まで来た訳である。
二人して、汚れの少ない新鮮なキンタマを探して、無言で周囲を散策していた。と、そこで。望月が声を上げた。
「おい! ちょっとこっち来てくれ!」
西園が駆け付けると、そこには明らかに他のキンタマより一段と小さいキンタマが落ちていた。
「まあ、可愛い」
最初は松ぼっくりかと見紛ったが、シワシワの表面と、やや酸味の利いたオイニーから間違いなくおじさんのキンタマだと察せられた。サイズは実寸で見ると、
「裕哉君のキンタマとおんなじくらい?」
といった所か。ちなみに裕哉というのは望月の下の名前だ。つまり成人男性の物と変わりないサイズということになる。そして拾い上げた西園の掌の上でキンタマは転がり、更に驚くこととなる。
「見て、これ! 粗チン付き!」
よく見ると、なんと彼(彼女)の指摘する通り、粗チンがついていた。しかも仮性ではなく殆どカントンの域である。皮が被りきっていて、ナマコやイソギンチャクにも似ていた。
「キンタマ自体が発育不良のサイズだし、粗チンも育ちきっていないうちに落果したのか?」
つまり実の成り始めは、全部に粗チンがついているが、それが成長と共にキンタマの中に吸収されていって、熟す頃には完全に同化してしまう、ということか。
「生命の神秘だな」
推測を立てながら言った望月の「生命」という言葉に感化されたでもないだろうが、
「……ねえ、裕哉君。この子、アタシたちで育ててみない? それで皮から亀頭が見えるくらいまで大きくなったら、おじさんに見せてあげるんだよ。そしたらきっと喜んでくれると思うの」
西園はそんな提案をするのだった。