☆10
フグリンの射精を三度浴びてなお、痔の核部分は一向に小さくなる気配が無かった。つまり、底を打った感覚。精なる力の限界が訪れていた。
三人、手詰まりの焦燥に、追い打ちをかける事態が発生した。三度目のけつあな帰り、穴から這い出てきた二人がまだ射程範囲内にいるにも関わらず、おじさんが我慢しきれずに放屁してしまった。ブボッと空気の炸裂音がしたと同時、望月が背後からの屁風に煽られ転倒。手を突いた際に右手首を捻挫する羽目になった。
おじさんは半泣きになって、へその穴に隠していたクソデカ財布から給金を差し出してきたが、望月は受け取らなかった。こんな怪我、射精すれば治ると言って聞かなかったのだ。それより問題は、今まで呑気にケツに潜ってきたが、如何に自分たちが危険な橋を渡っていたか気付いてしまった事だった。もし腸内に居る間におじさんが我慢できなくなったら、彼らは腸奥から押し寄せる空気の波に押され、腸壁に激突、ミンチになってウンチとして出てくる憂き目に遭うだろう。そんなリスクをいつも無自覚に取っていたのだ。
それを自覚した今、なお危険を冒して潜るのか。成果も見えなくなった治療の為に。そう考えた時に、一歩が出なくなった。四度目、フグリンの皺が溜まった時、二人は果たしてどうするべきなのか、決めかねていた。
そんな或る日、おじさんの行動に変化が現れた。
観光客の前で、平然とキンタマを食べ始めたのだ。以前、ネット上でその行動を気持ち悪がられて以来、封印していたハズだったが、そんなこと忘れ去ったかのように、股ぐらに手を突っ込み、収穫し、そのまま口に放り込んで咀嚼する。この様子に、未だ蒙を啓かれていない県外人たちは揃って悲鳴を上げた。それでもお構いなしに、おじさんはタマ食を止めない。
これは一体どういうことか。望月たちも呆然としたものだったが、折よく皺マックスになったフグリンが、その様子を見て、こんな解説をしてくれた。
「あれは猫や犬が腹の調子を整える為に野草を食べるのと同じなんです」
「おじさんにとってキンタマがそれだと?」
「はい。犬猫と同じに考えるのも悪い気はしますが、生物の欲求には理由や必要性があるということです」
例えば人が野糞をしたくなるのは、普段の生活で受ける抑圧からの解放を求めてのことだ。そんな風に考えると、人も所詮は動物、己の意思で選んでいるようで、その実、本能にプログラムされた、必然の行動を取っているなんてことも多々ある。
つまり、おじさんはイボ痔の根本的原因は、自身の食生活の変化にあると考え、タマ食を再開したのだ。望月をケガさせてしまった事で、踏ん切りがついたのかもしれない。自分のせいで誰かが傷つくより、自分が批判される方がマシという心根の優しさが見て取れ、西園たちも神妙な顔をするのだった。
「これは……最初の作戦に立ち返る展開じゃないか?」
「ん?」
「子供は、ピーマンの姿が見えたら嫌がるが、細かく刻んで料理に混ぜれば、気付かず美味しそうに思うだろう」
西園もフグリンも望月の言わんとする所が段々わかってくる。
「つまり、アタシがキンタマを使った創作料理で、それと分からない物を作れれば……」
「観光客の前で食べていても気付かれない、という寸法ですか」
三人とも方針が見えたことで、顔にも活力が戻る。
そうと決まれば、さっそく手分けして良さそうなキンタマを拾い集め、借りてきた軽トラの荷台に乗せて店へと持ち帰るのだった。
フグリンの登場で有耶無耶に終わっていたが、そもそもキンタマ料理は当初から案としてあったのだ。西園は腕まくりをして、厨房にキンタマたちを運び込み、意気揚々と準備に取り掛かった。
ヒントとして、近所の婦人会が炊き出した鍋におじさんがキンタマを放り込んで食べていた件。アレを見るに、煮込めば味が染み出るのではないかと考え、ラーメン出汁にする案が出た。
まずは単純に何も入れていない湯で煮てみる。一時間ほど経った辺りで、軽くオタマに掬って飲んでみる。
「凄い! 濃い! モーニングズーのオイニーが鼻から抜ける新感覚!」
これは。久しぶりに料理人の魂に火が付く食材だ。これなら必ず満足の行くおじ玉ラーメンが作れるだろう。西園は自身の若返った顔を両手でピシャリと叩いて気合を入れるのだった。




