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進まぬ改革

『左庶長府』ー。


真新しい看板が極立って観える。


任命式を経て、新法発布も終わり、いよいよ改革が本格的に動き始める。景監を始めとして、車英も、そして府に集められた官僚たちも、この新たな船出を、希望に満ち溢れて迎えた。


しかしながら、彼らが想う様には新法は浸透して行く事は無かったのである。


彼らがさぼったり、手を抜いたりしていた訳では、けして無い。衛鞅を筆頭に、景監も車英も、そして集められた官僚たちも、それは懸命に、日夜努力を惜しまずに働いていたのである。


無論、衛鞅も新法が浸透するのには時間が掛かると、予め想定はしていた。ところが、いざ蓋を開けてみると、それは予想以上に難航するところとなったのである。


その大きな原因の一つは、改革を担う衛鞅たち国政側の考えと、それを実際に受け取る側である、民の考えとの間に大きな温度差が生じていたからであった。


その深い(みぞ)が生じているそもそもの原因が、衛鞅たち改革推進派に在る訳ではない。


民が未だに新法を受け入れない理由としては複数理由がある様だが、一番深刻な原因は、その感情にこそ在ったのである。


彼らは国から何度も裏切られ、見棄てられて、苦しみの中で喘ぐ内に、それぞれ一人一人が、生き残る為には自分で自分の命を守る以外に道は無い事を想い知ったので在った。


『都合の良い時だけこき使い、苦しんでいる時には手も差し伸べてくれない…』


これが秦の民の本音であった。勿論、君主である嬴一族の事を心底、敬愛している人々も居る。そして国の有り様を憂いている人も嘆いている人も居た。しかしながら、民草の本音を挙げれば、もう国に人生を翻弄されたくは無かったのである。


『もう裏切られて、失望するのは嫌だ…』


そう諦めの境地とも言うべき感傷に(さいな)まれていたのだった。




こんな調子だから、幾ら新法の内容が練り込まれた秀逸なものだったとしても、物の役には立たない。民の反応を眺めていた貴族たちは、『それ見た事か』と冷やかな態度を崩さなかった。


衛鞅たちも、当初は貴族たちの妨害や風評被害にあっているのかと考えていた時期も在った。しかしながら、然るべき人選を練って、目利きの出来る者達を、秦国全土に派遣して調べさせてみたものの、そんな恐れは全くなかったのである。


折角(せっかく)、国費を投じて調査するのだからと、仮に原因が否定された場合でも、その真の原因が、那辺(なへん)にあるのかも併せて調査させたところ、既に触れた様に、民の長年に渡る不信感である事が判ったのであった。


これには衛鞅たちも頭を痛めた。新法を普及させるにあたって、民の受容は必要不可欠なのである。それは理論上、秦国で一番絶対数の多い民の理解と労働力無しには、無し得ないからであった。


何とかして、民の意識を新法に向けさせなければ成らない。無理強いする事も出来なくはないが、人という者は無理矢理動かしても、大した生産力を産まない。


更に言えば、現時点でも、長年の不信感から怨嗟の心がある者に、無理に強制する行為は逆効果に成りかねないのだ。下手をすれば暴動の発端になる可能性すら在るだろう。


だから、わざわざ彼らの傷ついた心に、塩を塗る様な行為は、極力避けねば成らなかった。そういった憤怒の気持ちに火を着けぬ様に最大限の配慮を必要としたのである。寝た子を起こす行為は、更なる不信の種を巻くだけであった。


結果、衛鞅たちが出した結論は、民の意識を新法に向けさせるための方法を模索する事。そしてそれは彼らのやる気を引き出すための物で無ければ成らない事。


そして彼らが果たす行為が、国の利益に繋がるだけで無く、彼らの利益にも繋がる行為である事を認識させる必要が在る事、などを解決策として盛り込んだのである。


まずはそんな民の心を癒し、こちらにその意識を向けさせる必要が在ったのだ。全ての民がこちらを向く事は難しいにしても、半数以上の意識を向けさせる事に成功すれば、改革は少しずつでも動き出すに違いない。


意識を向ける者がいる以上は、他の民もけして無視は出来ないのだから…。


そこで衛鞅はやむを得ず、改革に充てられたそれこそ限り有る少ない予算の中から、思い切って捨て石とも言うべき莫大な資金を、民の信頼回復のためだけに充てる事にしたのである。


こんな具合だから、その作戦は必ず成功させなければ成らなかった。そのため、衛鞅は民の信頼を回復するにはどうすれば良いのかを日夜懸命に考えて、ひとつの結論に達した。


これを改革推進派の皆の前で発表してみたところ、なかなか面白いから、まずは試してみようという事になったのである。


果たして上手く行くのだろうか…衛鞅は半信半疑ではあるものの、景監や車英のみ成らず、官僚たちの後押しもあって、実際に試してみる決断をしたのだった。

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