表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/99

道ずれ珍道中

『あ~(^。^;)全くもうたまらんな…』


関靖は決断したものの、果たしてこれで本当に良かったのかと想わずには要られない。道中、兄・秦初に会った時の事をあれやこれやと考えてしまう。


彼は別に気が弱い訳では無いが、兄の秦初は太子だけの事はあり、父・秦遼の血を色濃く受け継いでいた。だから威厳があり、筋の通らない事には聞く耳を持たない。


少なくとも関靖はそう想っていた。国を出る前の秦初は父の教えを守る正しい姿勢を貫く人であったのだ。そして自分の幼友達を命懸けで守る心の強い武士(もののふ)であった。


但し、弟たちには優しい兄でもあった。必ず異を唱えるだけで無く、一緒に罰を受けてくれる気丈な一面もあったのだ。その兄の優しさに付け込む様で、関靖は申し訳ない気持ちに支配されていた。


彼もまた生真面目な面があり、大雑把(おおざっぱ)に振る舞う事がなかなか出来なかったのだ。


そんな彼を横目で見ながら、しばらくは傍観していた子良であったが、折角(せっかく)の道連れがいつまでもブツクサ呟くだけで、塞ぎ込んでいるのを観るにつけ、お節介とは思いつつも、然り気無く介入する事にした。


やはり旅は愉しく在りたい。そういう気持ちも彼を後押ししたのだった。彼には関靖の抱える悩みが自分の存在にある事は、端から承知なのだから、ある意味、事は簡単である。


「秦初はそんな些細な事は、全く意に介さないから心配するだけ無駄だぜ?」


不思議な事の様だが、成長過程で秦初と長い付き合いがあるのは、子良の方である。しかも函谷関で子巌がいみじくも秦初を評した様に、人は経験と共に成長を果たす。それは秦初に限らず、子巌も子良もそして関靖もそうなのだ。


にも(かかわ)らず、未だに昔のイメージを引き()っている関靖を子良は暗に(いまし)めたのだった。"君だって成長しているじゃないか?"そう(ほの)めかすだけの事だったのである。


『確かにそうかも知れん(^。^;)…』


関靖も同意した…というよりはそう信じたかっただけなのかも知れない。しかしながら、彼は子良のその言葉で、吹っ切れた事だけは確かな様であった。彼はようやく微笑みを称えながら子良を見つめた。


「いやぁ~悪かったな!気を使わせて…旅は道連れとはよく言ったものだ♪お陰で気分が軽くなった気がするよ!すまないね♪」


「いやぁ~構わんよ!気にしないでくれ♪」


よくよく考えてみれば可笑しな会話である。そもそもこの男が強引に付いて来なければ、元々そんな心配はしなくて済んだのだから、疑問は残る。


関靖はそこまでは頭が廻っていないが、『(^。^;)??』何か妙な気分には為っていた。子良も冷や汗もんであった。




「ところで…そろそろ話してくれないか?いったい何をしに行くんだい!」


彼らは韓を通り抜け、魏を縦断して、やがて趙との国境に迫ろうとしている。関靖は新鄭で一泊しさらには魏領内の馬陵(ばりょう)で野営を張った。


ここには蒙山という山がある。険しい峰と豊かな森林からなり、素晴らしい景観が広がっている。そして東西を横断する様に沂水(ぎすい)が流れていた。


実はこの馬陵という所は15年後に魏と斉との天下分け目と言っても過言ではない大戦の地となる。この戦で破れた魏が衰退して行く切っ掛けとなるのであるが、それはまだ先の話である。


馬陵で野営を張りながら、食事をする合間に、ひょんな事から核心に触れられた関靖は、いよいよ来たかという具合に、少々構えた。


道中、終始のんびりと、たわいもない話に興じて来たので、未だ子良は目的を知らないでいる。まぁ、よくぞここまで我慢してくれたものである。


「兄上の要請なのだ…今、我々はこの中華を越えようと進んでいるのさ!」


「何!という事は…お前まさか趙国も越えて、長城を越えるつもりなのか?!」


「そうだよ!我々は今、匈奴の支配地域に侵入するためにここまで来ている…」


「何て事だ!お前、気でも狂ったのか?幾ら何でも我々二人だけで、匈奴の地に入るなんてどうかしてるぞ?捕えられて奴隷として使役されるのが落ちだぞ!」


子良は聞いて無いといった具合に驚愕している。さすがにそんな無謀な道行きだとは想ってもみなかったらしい。


(いんや)…二人じゃないさ!さすがの僕でもお前さんと二人では心許無いからな…仲間は呼んで在るよ♪」


「どこに?我々二人以外ここには誰も居ないじゃあないか?」


子良としても命の危険に通づる話だ。冗談では済まない。東西南北を見渡すが半径1km圏内には、人間はおろか動物でさえも居そうにない。遠くから鳥の(さえず)りが聞こえるのみである。


「まぁ、確かにな!でも大丈夫、時間と共にゾロゾロ集まって来るさ!君は知らないだろうが、この僕でさえも万単位の兵の動員は可能だからな…心配しなくていいよ♪」


子良は彼が、聞き逃して貰えるぐらいの軽い気持ちで、冗談半分に物を言っているとしか思えなかった。しがない周の会計監でしかない関靖が、周の軍隊を動員出来るとも想えないし、第一、周にそもそもそんな兵力がある訳も無く、さらには匈奴に関与する理由も無い。


「あ!それ間違いね♪僕のこれからする事は、周には全く関係ないよ!第一、関係してたら暇を乞うて出て来ないさ!だろう?まぁいずれ判るから…」


関靖は子良の考えを先読みして言葉に出した。しかしながら、それ以上は口を閉ざした。子良は途端に不安が頭を(よぎ)っていた。けれども連れていって欲しいと頼み込んだ手前、もはや引き返す事も出来なかったのである。


彼らはその後、趙の都・邯鄲(かんたん)に入り、さらに北上する。そして(たい)を経て長城に向かう。但し、ここいらに来ても趙の代統轄軍が守っているので、そこから北東方面に向かう。


そして燕に入るだろう国境を直前にして、関靖はやたらとあちらこちらを眺め廻し始めた。しかも彼は周りの風景を観ながら、必用に地面を検分しているのだ。


子良は関靖が何を探しているのか皆目、見当がつかないので、また彼の頭が可笑しくなったのかと心配している。ところが彼は何かを見つけたらしく嬉々として座り込んだ。


「あった!あった!さすが兄上だな…綺麗に擬装するもんだ♪否、こりゃあたぶん魯粛の手か…【貴】印の工作技術は堂に入っている!」


関靖が今度は地面を見つめながら、やたらと右拳でトントンそこいらを叩き始めたので、子良は目をまん丸くして、両頬に手を充てた。いよいよイカれたかと思ったらしい。


ところがその理由は直ぐに判明した。ここいらは北の原野で乾燥している。土を叩く事に依って、段々と地面に鉄の扉が現れた。


「何だこりゃあ!」


子良はかなりぶったまげている。


「何だも無いもんだ!長城を越えるには、選択技は二つしか無い。塀を乗り越えるか、はたまた穴を掘って通り抜けるか、だね!ところが、我々人間様だけなら、乗り越えてもいいが、さすがに馬で乗り込えられる程の高さじゃあ無い。必然的に穴を通り抜けるしか道は無いじゃあないか!だろ?」


関靖は然も論理的に説明を構築しているが、子良の驚きはそこじゃあ無い。何でこんな所に都合良く穴が開いていて、更に言えば、彼が何でその存在を知っているのか疑問があったのだ。


「ああ!」


どうやら関靖もその事に気がついた様だった。


「これはね…我々が長城を抜けるための抜け道のひとつだね。こんな抜け道を用途に応じて何十ケ所と造ってある。でも心配しないでいいよ!これを利用して騎馬民族が中華に侵入する心配はない。これを見たまえ!これは錠と言う。ここ廻るようになっているだろ?これで合わせないと扉は開かないんだ!」


子良は目を凝らす。その鉄の扉には二つの錠がついており、廻すと漢文字が記入してある。関靖は片方を『深』もう片方を『謀』に合わせて扉を開けた。


そこには、馬を引いて降りれる幅がぎりぎりに取られて、なだらかな坂道になっている。


「取り敢えず入ろう!」


彼はそう言うと、馬を引いてとっとと入って行く。子良もそれに続く。彼は天井や左右の壁を眺めながら、不思議そうに首を捻り、時折り壁に手を当てたりしてその感触を確めている。彼にはどうすれば、こうなるのかは判らない。


その天井も壁も、きっちりと綺麗に切り合わされた石を並べて補強されていたのである。


『先程の錠といい、この石工芸の見事さは何だ!?それに彼がさっきから時折り、呟く"我々"とは誰の事だ…あいつは何者なんだ?』


子良は関靖の後ろ姿を見つめながら、少し恐ろしくなっていた。そんな事にはお構いなしに、関靖はテクテク歩いて行く。すると、やがて終点が見えて来て、彼は再び天井の鉄扉についている錠をいじっている。


今度はそれを『遠』と『慮』に合わせた。そして力一杯に扉を跳ね退ける。こうして二人は無事に長城の北側に抜ける事が出来た。すると、関靖が子良に声を掛けてくる。


「ちょっと待ってて来れ!僕はチャチャッと戻って、入口側を閉めて来る!」


そう言って、自分の馬の手綱を子良に預けると、再び穴に戻って行く。


「おい!ちょっと待ってくれよ!私をこんな所で、一人にするのかい?」


子良の頭の中は、匈奴の恐ろしさで一杯になっているから、必死である。


「大丈夫だ!なるべく人が来ない通り道を選んでいるんだ、心配無い。第一、来たいと言ったのは君だぜ?僕は強制していない。それに自分の身は自分で守れると約束したろう?心配するな、直ぐに戻る。何事も起こらんさ!運が悪かった時には諦めてくれ!それが君の運命さ!じゃあな♪」


関靖は、返事を遮る様に、出口側の鉄蓋を閉じてしまった。子良は構わず叫び続けようとして、その行為がとても危険な事に気がつき、慌てて口に手を当てる。


それこそ、こんな所で叫んでしまったら、敵を自ら呼び込みかねない。彼はこう言おうとしたのだ。


『何て事、言うんだ。君がそんなに冷めたい奴だとは想わなかった。それに、待ってる筈の仲間はどこだ?どこにも居ないぞ!』…と。


ところが、関靖が去ってから待っている間に、よくよく考えてみると、彼の言っている事の方が正しいのではないかと、だんだん思えて来た。確かに無理矢理、付いて来たのは自分だし、自己責任である事も約束だった。


それに変に疑いを持たれないためには、可及的速やかに抜け道を閉じた方が良い。彼はそれから待つ間、左右を見渡しながら、人の接近に気をつけていた。


周りは一面の草原地帯だ。身を隠す物は無いし、馬二匹の手綱を握っているから、ひたすらそのままじっとしているしか無かった。


関靖の馬は馴れているのか、終始じっとしていて大人しい。それに、子良の馬が啼き出さない様に時折り、舐めてやったり、甘噛みしたりして、御機嫌を取っているようだ。


「やれやれ…私より馬の方が余程、腹が座っているな…」


子良は少し恥入っている。すると、ようやく擬装が終わったらしく、関靖が塀をよじ登って戻って来る。よっこらせ、と用心深く壁を跨ぐと、ヒョイッと簡単そうに飛び降りてしまった。


この辺りになると、まだまだ壁も大した高さも無いので、よじ登り、降りるのに綱すら要らない。


「やあ!お待たせ、特に何の問題も無かっただろう?冷たい言い方ですまなかったが、急いでいたのでね!発見されると警戒心を互いの陣営に抱かせるからな。ここは秦では無く、趙国内だからね!さて長居は禁物だ、ゆるゆる行こうか?」


関靖は子良から馬の手綱を受け取ると、ヒョイっと跨がった。子良も(あぶみ)に足を掛けてゆっくりと跨がる。


「この時期は連中も南側に降りて来ているから、直ぐにでも遭遇するかも知れない。お互いに用心して進むとしよう!」


関靖がそう念を押して、馬に気合いを入れようとしたその瞬間だった。その腕を後から掴まれたのだ。子良だった。関靖は反謝的に振り向くと、「何だ?どうした…」と言い掛けて、子良の真険な眼差しに気がついた。


『ああ…』


彼はその表情を見て察したのだ。聞かなくても彼が何を言いたいのかは、理解出来た。関靖は溜め息を吐くとその言葉を待った。覚悟は決まっていた。子良はキリッとした表情で、その言葉を口に出した。


「関靖…君はいったい何物なんだ?」


彼はまさに予想通りの疑問をぶつけられて、困った様に苦笑いしている。そして、落ち着いた口調でこう言い放つ。


「僕は僕さ!君の良く知っている関靖さ!でもこれでは、君の疑問には答えた事には成らないのだろうな…」


彼はそう言って一呼吸置いた。そしておもむろに答え出したのである。


「僕は、(いや)、僕達はね、【()】の末裔なのだ。そう…【(いん)】に滅ぼされたあの【夏】だよ!伝説だと思っていたろうが、そうじゃない!実在した王朝だよ…」


「…そして【周】を建国した武王に従い、功を挙げた見返りとして、北の大地に国を興したんだ。その子孫が我々、西夏国の王族だ。君の知っている弟は、その国の太子であり、この僕は公子という訳さ!我が国はそれ以来、中華の先人として君たちの行末を見守っている…」


「…そして平和を願っているという訳だ。我が国は戦乱に翻弄されて来た君たちとは違う!だから君たちより、文化的にも、技術的にも進歩しているのさ♪だから君たちが知らない高度な文明を誇っている…」


「…これはけして自慢では無く、真実なのだ!だから受け入れて貰う他あるまい。勿論、その事は子規様も、跡継ぎの子巌様も承知している。今回の事で、君もようやく知った訳だ!おっと!心配しないでも僕らは君たちの敵では無い…」


「…君たちがその道を踏み外さない限りはね!僕の話しは以上だ。後は君自身の目で見て、感じる事だな?今回の動員は、北の勢力の言わば調停だ。相手の出方次第だが、戦いを仕掛ける気は無い。まとまった兵力が現われないのはそういう訳だ。これで納得が入っただろうか?」


彼はそう説明を終えると、子良の肩を軽くポンポンと叩いて、「行くぞ!!」と声を掛けた。子良は余りにも大それた話しを聞いて、驚きの余り、恐怖さえも忘れていた。


頭は真白であったが、その本能は彼に着いて行く事を選んでいた。彼は関靖の後に続き、いみじくも問われた様に、自分の目でしっかりと事の次第を見極めようと心に決めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ