新法発布【前篇】~開幕~
間も無く春が押し迫ろうという時期に、秦国では珍しく夜半から雪に見舞われた。二日前の任命式の日は麗らかな陽射しに迎えられて、皆、晴れやかに式典を向えたものだが、今朝に掛けては打って変わった様な吹雪となったのである。
まるでそれはこれから始まる改革の道程の厳しさをいみじくも物語っているようであった。
任命式の後、甘龍は一貫して静観を貫いた。そして屋敷に引き籠り、尋ねて来る貴族の訪問さえ一切受け付けなかった。翌日の準備に赴く際には裏門から出入りした程の徹底振りである。そのため赤龍は訪問してきた貴族の師弟たちを捌き、断りをいれるのに追われる事になる。
貴族たちは案の上、納得のいっていない者も居たようで、甘龍の許に詰め掛けたのだ。しかしながら、それを予想していた甘龍の門前払いに遭い、仕方なく行く先は決まっていた。だから当然の事ながら、杜摯はその対応に終日追われる事になったのである。
しかしながら、彼はあの公の場での堂々とした意見具伸を境として、ひと廻り成長した様である。勿論、それに依り甘龍から褒め言葉を頂く事に為ったのも拍車を掛けていたかも知れなかった。
彼は終始、堪忍を貫き、焦る事なく、時間を掛けて貴族たちを説得した。この改革のもたらしてくれるであろう甘い果実をしこたま皆に想像させたのだった。無論、貴族たちも馬鹿では無いから、そんな上手い話しがあるかと反論した。
そこで一言こう告げたのである。
「お前たちはそう想うのか?甘龍様は違うようだがな…」
これは効いた。何しろ、自分たちが普段、阿っている領袖の御言葉である。
今までの杜摯であれば、甘龍から頂戴した貴重な切り札を冒頭で闇雲に使ってしまい、「甘龍様の命が聞けぬか!」と権力を振りかざして、貴族たちの口を、強引に封じ込めるのが常であった。
ところがどうだ!自分の出来る範囲を逸脱しない中での説得活動を試みて、貴族の疑問を引き出した上で、効果的に切り札を切ったのである。これでは貴族たちも納得せざるを得なかった。
しかもそれだけでは無い。
『あれ?杜摯殿にあれだけの話術があっただろうか?』
そう言う疑問を持たせた事も今後の彼のNO.2としての威厳に花を添える結果と成ったのだった。これは今後、甘龍陣営に対抗してゆかねばならない、渠梁や衛鞅にすれば予想外の出来事であったろう。
しかしながら、事、この秦国にとっては、まともな陪臣が育ちつつあるのだから、けして悪い事ではなかったのかも知れない。こうして杜摯は自らの忍耐強い行動により、彼本人の貴族に対する影響力をも増す事に成功したのであった。
さて、早朝雪の舞う中を、貴族たちが続々と参集してくる。彼らは今日の結果がどう転ぼうが、それを受け止め、静かに見守る事に既に異存はなかった。これは切々と彼らを説いた杜摯のお手柄というべきで在ろう。
問題なのは今日ではなく、これからの改革の行く末にこそあるのだと、皆、納得していたのであった。だから、この神聖な式典が中断されたり、妨害工作を受ける可能性はもはや無かったのである。
式典は新しく新装開設された左庶長府で行われる。その日、渠梁は衛鞅を乗せて金色の天蓋の立った馬車で左庶長府に現れた。
『『『おお!天子の馬車だ!!』』』
集まった人臣からはどよめきが起きる。それはそうだろう。この時代、天子と言えば周王である。その王に肖るためとはいえ、かなり大胆な行いではあるが、それだけこの日に懸ける渠梁の想いが強かったという事なのだろう。
そしてその馬車から颯爽と降り立った二人は、左庶長府の兵が整列して作る花道を、二人で手を取り合いながら、それはゆっくりと噛み締める様に、歩みを進めた。
その二人を出迎えるのは、この度、大師を拝命した甘龍である。彼は二人を恭しく迎えると、府の前に設営された壇上の方へ誘った。そして自らはその袖口辺りの所に立つと、開会の宣言を始めた。
「本日は我が国の新たなる門出の日で在ります!…天よ、地よ、御照覧あれ!ここに我が秦国の新法発布の儀礼の開始を宣言致しまする…」
その宣言を合図として先ずは渠梁が登壇する。
「私は長い間、我が秦の状況を憂いて来た。穆公様の御代で富国強兵を成し遂げながら、その後、我が国は内乱に見舞われ、何代にも渡ってそれを終息する事すら出来なかった…」
「…そのため国力は下降の一途を辿り、国の疲弊は民を苦しめ、極貧の極みに叩き込んだ。そんな我が国の有り様は、当たり前の様に他国の侮りの対象と成り、その結果として、魏に攻め込まれた我が秦は、父祖の代から続く河西の地を失った…」
「…こんな屈辱的な事がほかに在ろうか?私は先公様の跡を継ぐ際に固く誓った。必ずこの秦を、再び富国強兵に導いてみせると!それは他国に侮られない強き国であり、民の苦しみを救う豊かな国である…」
「…そして父祖の地である河西を必ず奪還してみせる。そのための改革である。私は天地神明に誓う。必ずこの改革を成し遂げてみせると!」
渠梁は断固たる決意でそれを述べた。皆、その言葉に聞き入り、自分の心の中で各々が反芻していた。
衛鞅もその誓詞を受けての登壇となる。自然と皆の視線は、左庶長としての衛鞅の姿に注がれる。必然的に注目の的となった彼は、それでも慌てる事無く、そして臆する事も無く、堂々と構えて居た。
そして皆の顔をゆっくりと見渡す様に眺めると、その第一声を力強く口にしたのである。それは左庶長・衛鞅の改革に取り組む、抱負の言葉であった。
「私、衛鞅はこの度、左庶長を拝命致しました。それは秦国・君主で在られる嬴渠梁様の命の許、新法発布による改革を委ねられたゆえであります。私はそれに伴い、左庶長府を開き、これからそこで国政を司るべく鋭意努力して参る所存です…」
「…やるからには、誠心誠意これに努め、遺漏無き様に取り組んで参ります。無論の事、行く先は厳しい過酷な道程と成りましょう。それは覚悟の上です…」
「…私は新法の草案に取り組む中で、御主君の並々ならぬ決意を感じ取りました。そしてその姿勢に打たれました。私も草案想起に当たり、秦国内を隈無く行脚しました。その中で民の極貧に喘ぐ姿も目の当たりに致しました…」
「…けれども民は自らの境遇を憂いているばかりでは在りませんでした。各々が自分の未来と同時に、この国の未来にも心を痛めていたのです。そして秦人らしい負けない心の強さで、この苦境を何とかしたいと切実な想いを言葉にしてくれました…」
「…私はその時に確信致しました。こちらの正しい施策を示し、民を軽んずる事無く、顧みる姿勢を示してさえやれば、芯の強い秦人ならば必ず事は成し遂げられると!皆様もどうか豊かな未来を信じ、我らに御協力を賜ります様に、切にお願い申し上げる次第です…以上!」
彼の堂々たる宣言は、雪の中を集う貴族や官僚たちに深い感銘を与えたのである。その宣言の終了を合図に、衛鞅の隣りでは、杖を持った甘龍が大きな通る声で皆に命じた。
「この後、直ぐに式典に移ります。皆様、どうか儀礼の間にお入り下さい!」
甘龍のこの言葉を合図に、神聖に清められた議場には、参集された貴族と官僚が順示、納まったのである。雪の舞う中とはとても思えぬ熱気が、その場内には溢れていたと言って良い。
そして見事に設えられた壇上には、嬴渠梁が既に陣取り、その横には、黒龍、そしてその斜前には、嬴虔が立ったまま、出番を今か今かと待ち詫びていた。
衛鞅は任命式と同様に設えられた、中央の低い壇上にて直立不動で待機している。
任命式と違う点があったとすれば、ここが左庶長府であり、進行役を担う甘龍の位置がやや下がり、その場所には、先公の御后であった大后様が立っていた事であろう。そしてそれを支える様に蘭玉も傍で寄り添っていた。
もうひとつ顕著な違いは、場内の出入り口の傍の柱に掲げられた大きな縦型の記念碑の様に観える代物で在った。それは殊更に式典用の白い幔幕で覆われているため、皆それが何なのかは理解していなかった。
それは昨日の式典の準備に参加した者でさえも知らされていなかった物だったのである。だから衛鞅も知らないし、甘龍もそれは同様であった。
只ひとり、君主の嬴渠梁だけは知っているとだけ申し上げておく事にする。なぜかと言えば、それは嬴渠梁が職人に造らせた"物"だったからである。
「御主君!皆、皆様、御揃いに御座います!」
甘龍が厳かな言葉尻で参集が完了した事を伝える。その言葉を受けて、渠梁が頷くと、それを横目で確かめた黒龍が言葉を継いだ。
「これより~嬴虔様から左庶長府の任官名簿を読み上げて頂きまするぅ~」
黒龍からの指名を受けて、嬴虔はおもむろに豪奢な鉄製の筒の蓋を開けると、その中から竹簡を取り出した。そしてその紐をほどき、カタカタカタと小気味の良い音を鳴らせると、それを開いた。そして書簡を両手で持つと、読み上げていく。
「新法発布の前段として、その実施を担う左庶長府の人事を発表する。尚、この人事は御主君の御意向であります…」
「…左庶長は衛鞅である。彼を御主君は改革の責任者と同時に、この国の国政を司る任にお付けに成る…次に…」
「…左庶長府の首席書記官には景監!…」
「…左庶長府の直属武官には車英!…」
「…左庶長府の補佐政務官には子良!…」
ここで座からどよめきが起こる。何と子規の次男が始めて任官するというのだからやむを得ない所だろう。ところが呼ばれたその人物はその場には居なかった。これが更に座の関心を呼んだ。
「…尚、子良はこの任官を拝命して、秦への帰国の途上に在り、また後日御披露目される事もあろう…」
嬴虔はそういうと先を続けた。
「…これに伴い、左庶長府には政務を支える官僚が配置と成ります。また政務が左庶長府に移行されるに当たり、大掛かりな人事の刷新が行われます。これにつきましては、御主君の御意向により、その家宰・黒龍殿から公表されましょう…以上で在ります!」
黒龍はそれを受けて頷くと、主君の前に進み出た。そして差し出された鉄製の筒を受けとると、やはり蓋を開けて、竹簡を取り出し、読み上げる。
その詳細は以下の通りである。
子巌…上将軍とする。函谷関防衛任務はそのままとなる。なお大将軍の兵を一部引き継ぐ。
杜摯…中大夫とする。地方官吏の監察官となる。
公孫賈…大保とする。三公の一つだが名誉職である。平たく言えば、太子の守り役である。
嬴虔…大傅とする。三公の一つだが名誉職である。太子の相談役である。
甘龍…大師とする。三公の一つだが名誉職である。文字通り、君主の師であり、主に儀礼を司どる。
こうして見ると、子巌以外は実利があったとは言い難いであろう。三公と言えば、既にこの時代は、丞相・御史大夫・大尉を指し示す職であるから、太師・大傅・大保は上で述べた様に単なる名誉職である。
勿論、それでも制度上の格は現在の三公よりは上であるが、実質を伴わない以上、それは名目だけのお飾りと言えた。とどのつまりは体よく、政治の中枢から追い払われた事になる。
現在、権力を保持する者が、改革施行に水を差す事が無い様に、する事こそが、目的なのは明確であった。渠梁なりの衛鞅たちに対する配慮であったと言えるだろう。
当然の事ながら、参集した貴族たちは憤りを感じたに違いない。皆、面と向かっての批判はしない。彼らもこれが儀礼式典の場である事は心得ている。けれども、それはどよめきという形に変化して起こった。
「静粛に!!」
ところが、この一言でそれは見事に収まりをみせた。甘龍であった。




