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推論の行方

秦初と趙良が帰宅すると、魯粛が待ち侘びた様に彼らを迎えた。魯粛は待ちぼうけを食らっていたから、彼らが帰って来たらガツンと言ってやろうと息巻いて居たのだが、帰宅した直後の秦初と趙良、二人の表情を観て取ると、機先を制された様な穏やか成らぬ気持ちになり、想わずおやっという顔をした。


秦初は晴れやかな表情をしているし、趙良は満面の笑顔で在ったからだった。『やられた…』その瞬間に魯粛はそう想った。長年の経験から、これは何かを成し遂げた後の、このコンビの在り様である事が直ぐに判ってしまったからである。


判る方も相当に熟練しているのだから、凄いと言わざるを得ないが、彼にして観ればまたぞろ強運を引き寄せたこの若い主君に、度肝を抜かれていたのだった。


『やれやれ、またこうなるのだな…』


彼は少々辟易していた。『犬も歩けば棒に当たる』そんな感じで、易々と物事を成し遂げられては、彼が今朝ほど蘊蓄(うんちく)を足れた説教も効き目が薄まるというものである。これで更に制御不能に為っては、また何をやらかすか判らない。


魯粛が何とも言えぬ表情で迎えたのには、そういった意味合いがあった。


「お帰りなさい…まさかとは思いますが、何か厭に晴れやかな表情をされておりますな。善き事でも在りましたかな…?」


彼は嘆息しながら問うた。秦初もそれを聴いて然も感心した様な表情を見せて相槌を打つ。


「ほぉ~さすがは魯粛だな!表情を観て取ったか?その通りだ!実はな…」


「兄貴~♪喜んで下さい!車英殿の復権が相成りましたぞ(*´∀`)♪」


言葉を遮り趙良は喜びを爆発させた。秦初は言葉の端を取られて先駆けを許した形と為り想わず苦笑いしている。「はっ!?」魯粛は酷く驚いたのか口をアングリ開けて呆けていた。


「まっ、そういう事に成った(-∀-`;)…」


秦初はやむを得ずそう言葉にする。彼としては魯粛の気持ちも考えて、もう少し含みを持たせたかったのであるが、こうも単刀直入に為ってしまい、少々罰が悪かった。が!もはや仕方ない。


『どういう事だ?何が起きた?今回に限っては全く頭が回らん…』


魯粛は唖然と二人を見つめるだけで、言葉にならない。相変わらず趙良はウキウキしていて、魯粛の同意を求めようと、散々ぱら何か語り掛けてくるが、彼の耳には全く入って来なかった。


秦初は趙良の肩を叩き、顎をしゃくる。趙良は興奮気味の自分にようやく気がつき、秦初の目線を追う。魯粛は完全に押し黙っていて、目線が漂っていた。二人は顔を見合わせて、しばらく待つ事を余儀無くされた。




「左様で御座いましたか…」


魯粛は落ち着いた後に、秦初から詳しい事情を聴いて状況を理解すると、やっとそう口にした。そして然も人外の者を視る目つきで主君を見つめる。


秦初は『こいつもか…』と呆れた素振りをしながら、(さと)すべきか悩んでいた。しかしながらいざ理解に及ぶと、魯粛は切り換えが早い。


「瓢箪から駒と言う所ですが、それで済んだなら重畳(ちょうじょう)でした!よくぞ機会を逃さずモノにされましたな…さすがは若君というべきでしょう♪」


魯粛は既に角を折られた羊の様に、勢いは削がれて、主君の成果を素直に評した。何という強運なのだろうと想わざるを得なかった。こんなにもひとりの男の許に運気が降臨する事に対しても摩訶不思議な気分と為っていた。


「魯粛…そして趙良、お前たちは本当に私が強運の持ち主だと想っているのかい?」


突如、闇雲に問われた気がして、想わず二人は顔を見合わせる。そんな事を言われたら、『何を急に言い出すんだ』という表情に成らざるを得ない。


二人は無条件に「ええ!」と応えるほかなかった。秦初はそれを聴いて満足そうに笑みを浮かべた。


「お前たち…それは買い被り過ぎと言うものだ!私は至って普通の人間だよ…只、お前たちからすれば、奇跡に近いくらいにツキがあり、それを事如く拾ってものにする経緯を、これまでも間近で見ているのだから、信じられないかも知れん。でも、それは誤解というものだ。神は常に私に微笑んでいるとは限らない。私も色々と失敗もしているし、わだかまりが残った事もある。つまりは、けして万能とは言えないね…」


秦初は事もなげにサラッとその印象を否定する。


『果たしてそうなのだろうか…?』


魯粛は一応考えてみるものの、主君が強運である事を(くつがえ)せる程の事実は見当らなかった。確かに強運だとしても、引き寄せた運をモノに出来るかどうかはその行動如何に懸かっているので、けして偶然の産物とは言えまい。


「御説明を願いたいが…」


彼は、あくまでも理論的な構築の許に、是非を判断したいと感じているので、自然とそう口にした。趙良も興味津々という顔で、主君に注目している。


「そうだな、では努力してみよう…私が自分に絶対的な自信を持っている場合、果たしてお前さんを密使として行動させる必要性が在ったかな?今日、渠梁様と会える確信があれば、そんな必要は無かったろう?でも私は魯粛、お前を使わした。それはその時点で、私に確証が無かったからさ!つまり、私の行動は、既に事実を掴んだ上での行動には当たらない!ここまでは良いかね?」


二人共、頷く。


但し、事実を判った上で、魯粛を出し抜き、趙良に自分の凄さを印象ずける事が目的ならば、そうとも言えまい。只、二人とも主君がそんな嫌らしい事をする人物では無いと判っているし、今更、そんな事をする意味が無い事も理解していた。


それにその目的を肯定する事は、今までも自分たちが翻弄され、騙され続けて来た事になってしまう。それは有り得なかった。


秦初は話しを続ける。


「事実を知らなかった事はどうやら証明されたらしいので、次に全くの強運だった場合だが…。幾ら何でも私はそんなツキまくりの人生ではなかった筈だよ!それは二人が一番、良く知っているだろう。私は10歳の時、運が悪ければ死んでいたし、魯粛が助けてくれなければ、私を庇った趙良が死んでいたろう…いや魯粛、気にしなくて良い。趙良は全てを知った上で黙っているのだ。私が言わずとも彼は知っていたよ!大した生命力というべきだな。つまり、私は他人の慈悲の心に救われて、今日がある事になる。とどのつまりは生身の普通の人間であり、刺せば血も出る…それも強運の内と言われると、もはや説明が立たなくなるが、お前たち二人にならば理解出来よう!」


二人は、再び頷く。


「それにしても…趙良、お前…あの時、意識があったのだな?驚いた!」


「ええ…恩義は感じていました。但し、わだかまりもあった事も事実です。むしろ、その事が却ってしこりを増幅させていたかも知れません。でも、その後兄貴の在りのままの姿を垣間見て、自分の愚さを知りました。後の事は御存知の通りです。まあ、いつかは判る事、こんな機会が巡って来て、本当は良かったのかも知れません。これで我々三人には、何も秘密は無くなったのですから…」


趙良はそう語ると、改めてあの時の礼を述べた。魯粛は驚いている。『まさかな…』


「さて、話しを続けよう…では私はなぜこんなにも強運に見えるかと言うとだ!実際は自分でも良く判っていない。が!もし仮に私が運を引き寄せる様に見えるとしたら、それは恐らく、事実に基づく予測と推論かも知れない。そして行動力だろうな…。私は闇雲に出歩いている様に見えるかも知れないが、事実は少々異っている。例えば、今回の事を例に挙げるとだ、渠梁様が嬴虔様のところに出向いた理由は、改革にあたり、味方に付ける事だと理解したのだ。お前たちと違い、私は前日に黒龍と話し込んでいる。その中で、そう当たりを付けた訳だ。となると、根廻しも済み、後は任命式になる。ならば、近々渠梁様が衛鞅殿に会いに行くに違いない。これは渠梁様の性格を分析した上での結論となったが、但し、果たしていつ行くのかまでは不明であった。だから、魯粛の下調べも許可し、私も今日から、車英を出汁(ダシ)にして、宿屋付近を彷徨(うろつ)く予定にしたのだ。ただそれだけだ。恐らく向こう三日以内には、動くと踏んでいた。結果的には、任命式が明後日だったらしいから、今日しか彼らには無かったのだろうが、そんな事まではさすがの私も知らなかったのだから、私の中では1/3くらいの確率に基づく行動だった訳だ。だが魯粛、お前に行動制限を食らった時には、冷や冷やしたものだが、お前も目と鼻の先と思える車英の所なら、怒るまい…まぁそういう判断だった訳だ!これで強運とまでは言えない事が理解出来たろう…」


秦初はようやく話し終えると、両手を広げて、(とぼ)けた仕草で応じた。二人は「確かに…」と再び頷くほかなかった。


趙良は帰り掛けにいみじくも教えられる事になった『道を切り開く』という言葉が単なる行動力では無かった事も改めて理解していた。


魯粛はさらに深掘りしており、『南方での救出劇』を三人の共通認識にするための布石だったのではないか…とさえ勘ぐっていた。そしてさらには、自分が主君に掛けた行動制限を相殺する事さえ、頭に想い描いていたのではないかと感じていた。


『この人はようするに、我々とは見ている景色が違うのだろうな…』


彼はそう結論付ける他無かった。


秦初が優秀な人物である事は確かな様である。将来、西夏国をしょって立つ男なのだから、それくらいで無いと困ると云うものだが、この様に周りが勝手に臆測する余り、実際以上に彼を大きく見せる一如に為っていたと考えれば、依り理解しやすいかも知れなかった。

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