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夢のまた夢

『やだなぁ我が君♪私を左更(さこう)にするなんて~(*´▽`)♪♪♪これじゃあ衛鞅殿より高い位に成っちゃうじゃないですか?私を三公(さんこう)御人(おびと)に為さるおつもりですか?』


『(*^^*)そうだ♪景監!お前は今まで良く私に尽くしてくれた♪お前のこれまでの貢献は計りしれない物がある。三公に匹敵する位を与えよう。どうする?太尉か、御史丈夫か、相国でも良いぞ!それとも…』


『それとも…??』


『雪にでも埋まってみるかね?』


『へ?へぇ~??』


その瞬間、彼は雪にズボッと填まった。




ガバッ!!…「ゆ、夢かぁ…あ~びっくりした!あれ??」


景監は慌てて周りを確認した。辺りは暗く、そのためか蝋燭(ろうそく)に火が入り、手許をわずかに照らしている。


そして、その光の中に目を充血させながら、彼を心配そうに見つめている令狐(れいこ)の顔が浮んでいた。


令狐(れいこ)…」


彼はそう言葉を発した瞬間に、全てを思い出していた。


そう…彼は子規邸の帰り道、自分の浅はかな行動から降り積もった雪の深みに()まり、その後意識を失った。


身体に悪寒が走り、意識白濁(いしきはくだく)彷徨(さまよ)っている中で、途切れ途切れ、意識が戻った瞬間の記憶はあったものの、その後どういう経緯で自宅に戻ったのかは解からなかった。


但し、令狐のその充血した目が全てを物語っている様に景監は感じていた。可哀想に顔が腫れてしまっている。


恐らく泣き腫らして、泣き腫らして、涙が枯れてしまったのだろう。真赤に充血した眼がそれを如実に表していた。


彼は前屈(まえかが)みに覗き込んでいる令狐の髪を優しく撫でた。そして一言、「すまなかった…」と詫びた。その瞬間、彼女は景監に抱きついて、その身体を強く握り締めていた。


貴方(あなた)…良かった!私、目が覚めなかったらどうしようって…エーン!エーン!」


令狐はまた泣き出してしまって嗚咽(おえつ)が漏れる。


「わかってる、わかってるよ…御免な!心配掛けたな!」


景監は再び髪を優しく撫でて、彼女を(なぐさ)めた。そして改めて抱擁(ほうよう)して、再会を喜び合うと、(ほほ)の涙を優しく(ぬぐ)ってやる。


しばらく時が過ぎて、ようやく令狐も落ち着きを取り戻したので、ふと思い出した様に時を尋ねた。


「私はいったい…どのくらい寝ていたのだろうか?」


貴方(あなた)は一日半くらい、ずっと寝込んだままでした。黒龍様が貴方をおぶって連れ帰ってくれて、着替えまで手伝って下さったのです。今朝ほど君主様の御使いで、家宰の買蔣(かしょう)様がお見舞いに来て下さり、君主様からの見舞金とお手紙を頂戴しました。これです!」


彼女は景監に手紙を渡した。彼が目覚めたらすぐに渡そうと枕許に置いてくれていたようだった。


彼はその書簡の紐を解くと、カタカタカタ…と音を立てながら、読み進めて行く。そこには以下の様に記されていた。



********************


景監殿


子規邸への供、御苦労だった。帰りの道中で災難に遭い、気の毒な事をした。すまないな!まずはしっかりと身体を治して欲しい。静養せよ。その上で復帰するのを愉しみにしておる。


これから私は、兄上のところに改革の相談に迎う。元々、兄とは落ち着いて話したかったのでな…一人で行くつもりだったのだ。供には黒龍だけ連れて行くから、お前はゆっくり休め!


どうせ改革が動き出せば、休んでいる暇など無くなる。ゆっくりするならば、今のうちだ。せいぜい奥さんを労ってやるんだな!


追伸 お前は近いうちに左庶長府の首席書記官と成るのだからしっかりと励みなさい!


嬴渠梁【押印】


********************



『我が君は、既に兄上様の許に足を運ばれたのだな… 私の不注意でとんだ迷惑を掛けてしまった。申し訳なかったな…』


彼は恥ずかしそうに苦笑している。令狐はそんな景監の事を心配そうな表情で見つめていた。


彼はそんな彼女の仕草に気がつくと、「心配ないよ…君主様の思いやりのこもった気遣いであった…」と安心させる様に言葉を掛けた。そして令狐の身体を引き寄せると、優しく背中を擦った。


「明日の朝、伺候(しこう)しようと思う。今日はもう遅い…今夜はゆっくり水入らずで過ごそう。久し振りに令狐の作った手料理が食べたいな…作ってくれるかい?」


勿論(もちろん)です。心を込めて作りますわ♪」


令狐はそういうと嬉しそうな顔をしながら、お勝手に消えた。その夜は景監の無事の生還を祝い、愉しいひとときを過ごした二人であった。


日頃は公務で忙しそうに飛びまわっている景監だが、ひと晩とはいえ、仕事を忘れて自分に付き合ってくれている。そんな景監の優しい温もりに触れて、冷狐は幸せな気持ちを感じていた。




翌朝、景監が起きて来ると、既に伺候(しこう)用の衣類と剣は準備されていて、令狐は朝げを用意して待っていた。


こんな朝をもう毎度も繰り返し過ごして来た筈なのに、あんな事があって、意識を失い死に掛けた経験がそうさせるのだろう…彼はこの当たり前の日常風景が、とても大切で愛しく感じられたのだった。


令狐は景監の着替えを手伝ってくれる。そして、景監は朝げをいただきながら語り掛ける。


「今朝の味つけも良いね!あっ♪殿から頂戴した羊肉を入れたんだね!令狐は気が利く。これで直ぐに殿にお礼を申し上げられる、有り難う♪♪」


令狐は彼がすぐ気づいてくれたものだから、とても嬉しい。景監も彼女の頭を撫でながら「いい()♪いい()♪」と優しく(ねぎら)う。


そして食事が終わると、彼女は出掛ける彼を門の前まで送ってくれた。


「では行って来ます!」


「行ってらっしゃい♪あら、貴方!髪に(ほこり)が付いてます♪」


「お!ありがとう助かるよ♪」


そう言った途端、ぶ厚い胸板に引き寄せられた令狐の身体は宙を飛んだ。しばらくそのまま二人の時の流れは、止まった様に感じられた。




「我が君!大変御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。お陰様で命を取り止め、無事生還出来ましたのも、殿と黒龍殿のお陰!この景監、この御恩に報いるためにも、本日より粉骨砕身(ふんこつさいしん)相務(あいつと)めさせて頂きます!」


朝一番に伺候(しこう)し、きちんとした礼も述べ、そのやる気に満ち溢れた景監を目の当たりにして、渠梁もとても嬉しかった…嬉しかったのだが、こいつはどこか間が抜けている。


渠梁はとても見ていられないと、両の(まなこ)を然り気無く(そで)で隠す。そして景監に気ずかれないように、(ほほ)をピクピク痙攣(けいれん)させている。


本人は気がついていないのだが、彼の口唇は元より両頬にもべったりと(べに)の跡がくっきりと残っていた。


『奥さんを労ってやれとは伝えたが、こう…あから様にやられたら、他の者の手前、示しがつかぬ。困った奴だ…』


苦笑(にがわら)いするほかない。


景監はその言葉とは裏腹に主上が自分を避ける様に顔を(そむ)けているので、急に心配になってくる。


「景監、心配したぞ!でも無事な顔を見て安心した…いや何だ、安心したのだが…少し回復し過ぎて、力が有り余っているのでは無いかね?」


「はぁ~そうですな…この景監、気力が充実しましたので、今なら何でも出来そうです!」


景監はその言葉を間に受けて、調子に乗って応えているものの、本人は未だ…いっこうに気づいていないものだから、言えば言う程、可笑しくなり、渠梁はもはや腹が(よじ)れそうになったため、仕方無く種明かししてやる事にした。


彼は自分の指で口許や頬を指差してやるが、景監は何を想ったのか、自分も口許や頬を指差しながら、『(^。^;)???』と、不思議そうな顔をした。


『駄目だこりゃあ…そう言えば、こいつが、かなり超絶 (ドン)感なのを忘れていた…さてどうしてくれよう?』


渠梁も余り直接的な言い廻しは下品で好きでは無いのだが、このままでは一向に話しが進みそうにないので、やむを得ず、単刀直入に話す決心をした。


正にその時の事である。たまたま主上の真似をして、口許や頬を指差した景監は、偶然その指の先が視界に入った。


その瞬間、彼は顔を真っ赤に赤らめ、

『のぁ~』と言葉に成らない擬音(ぎおん)を発した。そしてその(つむり)からは、瞬間湯沸かし器の様に湯気が立ち登った。


『(-∀-`;)ああぁ…駄目だこりゃあ!』


渠梁は今度こそ深々と両手でその(まなこ)(おお)い隠す。事実を肌身で感じた景監は、まともに主上と目を合わせられないと、身体を可能な限り、縮めて、申し訳なさそうに(うつむ)いた。


しばらくそのまま時が止まった様に、互いがさぞかし気まずさを感じた事だろう。特に当事者の景監にとっては、その気まずさ加減は主上の比では無かった。


しかしながら、このままこの重い空気を引き摺ったままで、仕事の話しに入るのも、気の毒な気がした渠梁は、意を決して景監に話し掛けた。


「景監…過ぎた事を今さら悔いても仕方がない!これを教訓とせよ…お主に本日最初の命を下す!」


「はっ!景監承ります!」


「その奥方の愛情の印を拭いて参れ♪愛情とは家庭内で育むものであり、けして他人に見せびらかす物ではないからな(*^-^)♪」


「ははぁ~(-∀-`; )…!!」


景監は一目散に跳んで行く。余程恥ずかしかったのだろう…その俊敏さは目にも留まらぬ速さであった♪


「(^。^;)噂好きの女官や家人(けにん)の間で既に噂になってないと良いけどな…」


伺候する際にかなりの人に観られていた筈だから、気づかなかったとしても、今さら後の祭りである。またひとつ、その道で高名に箔を付けてしまった景監に渠梁はひとつ大きな溜め息を漏らした。

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