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赤鬼と青鬼

人が集団生活を営む上で、何か懸念がある時に、物言を正してくれる人がひとりでも居れば、それはさぞかし重宝するに違いない…常識的に考えればそういう事に成るだろう。


しかしながら、人が人である限り、けしてそう上手く行くものでも無いようだ。


大抵の場合、そのようなタイプは、面倒臭いと敬遠されるか、やかまし屋、お節介と煙たがられる。


人は物言が起って始めて、その有り難みを知るが、一度でも酷い目に遭わぬ限りは学習しない生き物である。


それは恐らく、人に感情というものが備わっているからであり、その感情に支配される生き物が人間だからであろう。




魯粛はそう言った意味では、この三人の中では一番、年長であり、慎重であったと言える。


但し、彼の場合も数多くの危険と実際に向き合って来たから、その経験値として言える事であり、元々その資質が100%備わっていた訳では無かった。


彼の懸念のほとんどは、その人生経験が教えてくれたものであったのだ。そして彼はその経験の一端として、今回敢えて懸念を表明する事により、主君の軽挙妄動(けいきょもうどう)を抑え込もうとしたのであった。


当然の事ながら、彼も主君がそんな浅はかな行動に討って出るとは、そもそも思っていないが、一定の条件さえ、揃ってしまえばどうであろうか?(あなが)ち有り得ない事でも無さそうだった。


これから彼が潜航し、手が出せぬ様に成ってしまえば、主君を助けに行く事は恐らく出来ないだろう。無論、主君には趙良という他に替え難い忠臣が着いており、その力量は最早(もはや)彼に匹敵するかも知れない。そして主君の力量は彼を越える器と成った。


それでも彼が心配しているのは、趙良が彼の様に主君の望みを封じてでも傍を離れないという覚悟が、未だ育っていない点にある。


趙良も勿論、自分の命を賭しても主君を守り抜く覚悟ならば誰にも負けないだろうが、主君を(おもんばか)る余り、直ぐに言う事を聞いて、離れてしまったりするため、彼は見ていてハラハラドキドキしてしまうのだ。


例え少しばかり嫌われても、守護者としての立場で言うべき事は言い、本人に行動や態度を改めさせるくらいの気概が無ければ、守護大天使(親衛隊長)の役目は務まらない。そこで今回、敢えて二人の前でその気概を見せる事にしたのである。


『(^。^;)そんな事は想い浮かべても、いなかったんだが…これから想い浮かべたかも知れない事も、否定出来ない…』


秦初としては、この際、大いに反証したかったのであるが、そう言われて、よくよく考えてみた結果、(あなが)ち否定出来ないと自己認識していた。


『こりゃあ、こいつの慎重さを少し見習わないとな…自分でも今まで割と慎重な方だと想っていたが、まだ足りぬようだ!』


彼はこの際、魯粛の懸念と真摯に向き合い、慎重に行動する事に決めた。その上で彼が示唆した新たなる脅威について、耳を傾ける。


趙良も彼なりに、危惧を感じているのか、魯粛を見つめる目には集中力が感じられた


「では、赤鬼と青鬼の話しを進めましょう♪」


魯粛は事の起こりから話しをスタートさせた。


赤鬼とは赤龍の事である。赤龍は元々は(いん)末裔(まつえい)で在ったらしい。そう…古代中国で最初の派生国家と証明されている国である。


滅亡してからかなりの時が経っているので、今やその子孫は絶滅したと想われていたから、かなり眉唾(まゆつば)な話ではあるものの、それは(まこと)しやかに喧伝(けんでん)されていた。


そして彼をけして無視できぬ点は、その能力にあった。彼はとても頭脳明晰であり、甘龍の陰の参謀と言われる程であったからである。


かなり悪辣(あくらつ)な方法を用いて暗躍しては、甘龍の思いのままに成らない政敵を押し黙らせて来たらしい。彼の武器は、低俗な部類にあたる情報の取得とその活用の仕方であり、その際彼の言葉の力が強みと為る。


誰しも一つや二つくらいは、公に出来ない弱点があるものだ。それは別に本人の物である必要はなく、近親者のもので在れば良かった。


さらに言うとすれば、弱点を持つ者が当事者にとって大事で在ればある程、その効果は絶大と謂える。だからどんなに聖人君主の人物が標的であっても、赤龍に掛かれば巧く料理されてしまうのだった。


赤龍が甘龍の財産管理を担っているのはほぼ間違いないと言って良い!なぜなら、彼抜きでは出来なかったで在ろう事案が多々あり、甘龍の私腹の根源を証明しようとする時には、必ずといってよい程彼の邪魔が入って、思うままに成らないからであった。


謂わばこの赤鬼は甘龍の頭脳と言っても過言ではなかろう。


もうひとりの鬼が青鬼こと、青龍である。赤龍が甘龍の頭脳で在るとすれば、青龍は甘龍の懐刀であると謂えるだろう。


彼はこの時代には珍しく女真(じょしん)族の出身である。女真は女直(じょちょく)とも標記される。彼らは中華のさらに東北部にひっそりと暮らす蛮族であるが、まだこの時代は隆盛(りゅうせい)を極めておらず、粛慎(しゅくしん)と呼ばれる満州族の一部に過ぎなかった。


そのため正式には粛慎(しゅくしん)族と呼ぶ方が正解で在ろうが、現代の私たちから観れば、余りにも馴染みが無さ過ぎるので、この物語では女真族で通す。


青龍はその女真族出身の強き戦士であったが、粛慎族が匈奴族と争った時に、戦いに破れ、匈奴の奴隷となっていた。そして長い間、匈奴族にこき使われて体力が落ちていた所を、甘龍の息の掛かった者に拾われて、その身と命を永らえた事で、深い恩義を感じていた。


その後、彼は甘龍に献上された時に見せた剣舞の腕前を高く買われて、甘龍の庶人と成り、懐刀として彼に従う様になった。


そして長年の功績に依り、家裁まで登り詰めた男である。彼は青龍刀の達人であった事から、甘龍の庶人と為った時に『青龍』と名付けられたのである。


もうひとりの庶人であり、家裁である『赤龍』の相方としての役割から、そう名付けられたという説もあるらしいが、それは当事者にしか判らなかった。


彼は過去を振り返ってみても、かなりの人物を闇から闇に葬って来ている。彼は殺した者の身体から、その記念になる物を必ず戦果として持ち帰る習慣が在った。


それが彼独自の性癖に依るものか、部族としての習性に依るものなのかは定かでは無いが、彼は嬉しそうに甘龍にその成果として見せていたらしい。


始めの頃はそれが遺体の一部を切り取った鼻や耳や眼、指だった事も在り、さすがの甘龍も顔をしかめて、『美しくない…』と呟き、その行為を野蛮であるとして辞めさせたという。


それ以来、彼は装飾品や髪の一部等を切って持ち帰る様に成ったという事だ。甘龍としては後々証拠と成る様な物は、極力所持させたくは無かったが、この習慣だけは辞めさせる事が遂には出来なかった様である。


これが赤鬼と青鬼と呼ばれる甘龍の双璧を為す強者たちである。下手に手を出せば、只では済まない事がよくお分かりに成るだろう。


秦初は話を聞いていて正直ぞっとした。かなり気色の悪い連中である。西夏国は北の部族連中とも上手く付き合っていて、一定の信頼と尊敬を集めているが、まだ女真の事は聞いた事が無かった。


匈奴族とは西夏国建国初頭は小競り合いが在ったものの、彼らの武力や武器が、圧倒的に匈奴を上回っている事を知った後は、手の平を返す様に友好的な態度に変わって、現在は良好な関係と謂えた。


ご存じの様に、元々西夏国は中華の『()』を祖とする、謂わば中国系新興国で在るから、匈奴などの北方系騎馬民族とは人種が異なる。


(ゆえ)にその生活習慣に話が及ぶ時には、どちらかというと中華の人々との方が近しいと謂えた。だから狩猟民族に伝わる呪術的儀式や、特殊な風俗には理解し難い物もあったのだ。


そこまでの話の中で赤龍と青龍という、いかにも胡散臭い連中の出自や役割についてはよく判った。但し、この殆ど全てが事実かどうかも定かでは無い…そう魯粛は話す。


それというのも、それを裏付ける証人が過去を見渡しても誰ひとりとして生き残れた者が居ないからであった。どんなに保護していようが、僅かな隙をついて殺されてしまう。


或いは本当に殺されたのかさえ判らない者もあった。確かな事は、皆、亡くなってしまい、生きて証言出来る者が居ない事である。


だから過去の事案に関して立件し、或いは裁くこともまま成らなかったのだ。それだけこの件にメスを入れる事は難しく、面と向かって闘うには覚悟と犠牲が伴うと魯粛は語った。


それが本当で在れば、こんなに深い闇はまたと無い。そして長年の間、この二人の暗躍が全く表に出て来なかった事を考えれば、甘龍の石橋を叩いて渡る程の用心深さが伺えるというものだ。


『甘龍と闘うためには、この二人の存在を無視して行う事は出来ぬだろうな…』


秦初はそう覚悟せざるを得なかった。よくよく考えてみれば、子規や子巌がなかなか証拠を握る事が出来なくても当然の様な気さえしていた。


そのうち、魯粛はある時に遭遇した恐ろしい体験談を語り出す。それは彼がたまたま出会い頭に出くわしたとても考えられない出来事であった。

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