文殊の知恵??
「あぁ…それなら考えがあります!」
魯粛はそう口をつくとニッコリと微笑む。
「主君は買蔣を知っておりますか?」
『買蔣??何かどこぞで聞いた名前だが…?』
秦初はその名前をつい最近に聞いた記憶があった。
「ああ…そう言えば黒龍がそんな話をしていたな!君主様の家宰だったかな?まだ若いと聞いているが…」
「ええ!それです。実は私は彼には貸しが在りましてね、彼ならば絶対協力してくれると思うのです!それに彼が大后様のところに出掛けて行っても、怪しむ者は誰ひとりとして居りません。これ以上の人材はいないかと?」
「判った!但し、くれぐれも用心してくれ!お前もそうだが、君主様の家宰を傷つけたとあっては申し開きが立たんからな…細心の注意を払って、事に当たってくれ!」
「承知しました…」
これで呆気なく話は決まった。
「行動開始は明日からとしましょう♪今日はもう日が暮れて居りますから、既に宮殿は厳戒態勢に入っているでしょうからね!そうと決まれば、今夜は精を付けねば(o≧▽゜)o♪たんと御馳走作りますんで楽しみに待ってて下さいな!」
魯粛はそう言うと、お勝手に消えて行った。秦初は苦虫を噛み潰したような表情で趙良を見る。
「主君!仕方がないでしょう♪自業自得ですよ~( ・∀・)♪でも主君の変装ちと愉しみ!」
趙良は他人事の様にそう語り掛けた。秦初はフゥ~と吐息をつくと、恨みがましい眼をして、趙良を見つめた。
「お前は愉しそうで良いね~♪私は今から頭が痛いよ(^。^;)…まぁ仕方がないけどな!」
そう言うと、彼は少しの間、塞ぎ込んでしまった。趙良はそんな主君を心配そうに見つめているが、ふと思い出した様に、こう話し掛けた。
「若君…そう言えば、色んな諸事情の検討で、後廻しになってしまい、忘れておりましたが、白峯殿を見つけましたぞ( ・∀・)♪」
秦初はそれを耳にすると、急に頬を緩めて振り返ると、趙良を見つめた。
「(*´▽`)おぅ♪そぅ~言えば忘れてたね!私とした事が♪で、どうしておった?」
「それがですね…街の角から角まで、宿泊施設と名のついた物は全て回ったんですが、見当たらなかったんです…」
「(¬。¬)…へぇ~でも見つけたんだろ?」
「えぇ…それも偶然!私はかなり煮詰まってしまい、歩き廻り過ぎて足も棒になる寸前でしたから、お昼御飯でも食べようかと一軒の飯屋に入ったのです…。ところがそこで突然、背後から呼び掛けられまして…腹も満たされ、目当ても見つけた次第です♪」
「(^。^;)あら…勿体振った割にはあっさり締めるねぇ!まぁ、見つかったなら良かったが、伴って来なかったとこをみると、居場所は把握しているのだな?で、どうしてた?」
「それがですね…偶然、初日から当たりだったそうで…町外れの一軒の大きなお屋敷が売りに出ていたのをさっそく見させて貰ったところ、大いに気に入ったので買い叩いたそうで…既に契約も済ませて、中を改装中らしくとても忙しくしている様でした。あの調子では放っておいても問題無さそうですね…若君にも落ち着いたら声を掛けるから、是非お出で頂きたいと申しておりました!」
「ほぉ~白峯の奴、見掛け以上のやり手だったのだな…この秦国で少しは苦労すると思ったのだが、あっさりと定住先を決めているとは驚いた。さすがは天下に名高い白雪商団の副宰だな!」
秦初も驚いてはいるが、白峯が無事に端初に立てた事に、我が事のような喜びを感じていた。
「そうだな…大后様との一件が済んだら、一度訪ねてみるか…趙良ご苦労だった!」
ひとつ胸のつかえが下りた様に、秦初は晴々とした気持ちになった。そのため、些細なわだかまりなど、いつの間にか忘れてしまっていた。
翌朝は早くから、秦初は趙良に手伝わせて、髪を結い編み込んで、目立たぬ様に衣類に隠す。そして耳飾りは一度手に取ると、しばらく名残惜しそうに眺めていたが、懐中奥深くにしまい込んだ。
服装は派手めなものは避けて、地味な衣服に着替える。とは言っても、それは見た目だけの事であり、西夏国で作り込まれた機能服である事に違いはないので、特段、不便さは感じさせない。
念のため、秦初とペアで行動していた趙良も、主君に合わせた格好に変える。彼も昨日は街中を、行ったり来たりした挙句に、色んな人に声を掛けているので割と目立っていた筈だ。後々、関連付けされないようにとの配慮である。
汗血馬は、これはこれで目立つ代物だが、戦闘時にも遠出にも重宝するので、そのまま活用する事にしたが、成るべく華美な装飾品は外しておく事になった。
魯粛は朝から炊いた白米を手に乗せて、山菜漬けを乗せては握り込み、団子の様な丸い形にしては、絹で出来た薄い布地に五個ずつ並べて行き、織り込んで行く。そして、お腹が空いたら食べるようにと、二人にも渡してくれた。飯を握り込むから、握り飯というらしい。
但し、これがその起源なのかどうかは定かではない。
「ところで、昨夜の話しを蒸し返す様で申し訳ないが…」
と秦初は念を押した上で言葉を続ける。
「魯粛、お前を信用していない訳ではないが、簡単な腹積もりを聞いておきたい。無論、任せる以上は行動に制限を掛けるつもりは無いから安心せよ!但し、緊急時に助けようにも、計画が判らぬと動きようが無いからな!」
『秦初様は昔と変わらないな…』
魯粛は想う。彼が今ここに在るのも、中華の南方まで秦初主従を助けに行ったからであるが、あの時も主君は自分の事は棚に上げて、趙良を助けるために必死の緊急通信を送って寄越したのだ。
あの時は魯粛のそして父君の王の計らいに依って事無きを得た末に、無事太子となる事が出来たのである。けれども、この主君は時として自分の配下のために、言葉通り命を張る御方なので彼は心配していた。
『若君に命を賭けさせては成らない…』
彼は心底そう思っている。時として大義のためには配下を使い捨てにするぐらいの非情さが無くては、一国の王など勤まらない。
勿論、人の命を軽んずる事を奨めるものでは無いが、この太子はそれ以上に命の尊さというものを大事にし過ぎる嫌いがあるので、そこが彼の悩みの種であった。
彼は主君を安心させる様にこう述べた。
「若君!私も今の所、取っ掛かりを買蔣に置いているだけで、まだ計画という程のものが固っている訳ではありませぬ。但し、事は慎重に進めるつもりですから、ご安心下さい。無理は絶対にしないとお約束致します!計画があるとすれば、今の所、臨機応変にとしか言いようがありません。今日中に全ての事を完結しようと思っている訳ではありませんから、ご心配無きように願います。それにいざとなったら、例の手で抜けてまいりますので、大丈夫です!」
魯粛は、秦初を安心させる様にそう諭した。
「そうか…判った。例の手と申したが、あれは櫟陽宮にも通じているのだったな…私とした事が忘れていた。ならば、お前にはこの竜符を渡しておこう。これであれば、どんな抜け穴でも素通り出来よう。但し、これはお前も承知の通り、虎符(兵符)と同じ扱いになる。本来ならば、復命後に返却せねば成らぬものだ。だがお前ならば、ずっと所持していても構わぬから、巧く活用せよ!」
秦初はそう言うと、魯粛に竜符を渡した。そして、改めて趙良の方にも振り向き、竜符を渡す。
「お前にも渡しておく!条件は魯粛と同様だ!思えば親衛隊の重責を担う、お前達には渡すのが遅過ぎたくらいだから、今後に活かして欲しい♪」
そう言って安心した様に笑みを浮かべた。
ここで読者諸君のために竜符について説明しておこう。竜符とは、本来は王と太子だけが持つ特権である。竜符の起源は、本当の龍では無い。『土竜』である。
その昔は蟻符と呼ばれたり、熊符と呼ばれた時期もあったが、それは彼らが穴を掘って暮らす事に由来している。
ここまで説明すれば、懸命なる皆様はもうお気づきだろう。もし知らない方が居たら、西夏国奇譚・韓信編の第59話『東の彼方から朝日は登り…』をご参考頂ければお判りいただけよう。
そう…竜符とは西夏国が地下に造り上げた迷営を自由に移動出来る通過証と考えていただければ問題ない。迷路の所々にある関所の扉に翳す事で、条件を無効化して、通過する事が可能になるのだ。
櫟陽宮内とて例外では無い。何本かの迷路が地下に走っているのだ。無論、秦公が…といっても献公の時代の事ではあるが、櫟陽に都を置いた時に、君主が万一の非常時に逃れる抜け穴を造り、それは現存するが、それとは別に、秘密裏に西夏国で構築した迷路であった。
因みに敵対している甘龍の屋敷内にも一つ抜け穴を造ってある。これはかなり判り難く造ってあるので、未だに発見はされていないが、これだけ用心しているのには、当然ながら理由があった。
それは後々説明する機会が来るので、ここでは省略し、先に進む事にする。
「但し、万一の時だけの使用に止めて来れ♪」
秦初はそう命じた。正式に入った者が、出ていなければ捜索の対象に成る。無駄に人臣を惑わし、あらぬ疑惑を招く行為は極力避けたい。それが秦初の願いであった。魯粛は勿論の事、趙良もその旨、承諾した。
それに魯粛も個人的には櫟陽宮のセキュリティレベルが、自分にとってはそれ程、高いハードルとは考えていないので『恐らく…不要だろう!』と認識している。
「それで、主君と趙良はどうするのです?」
魯粛は自分の件がひとまず解決したので話しを変える。
「まだ決めておらん…だがそうだな、渠梁様には、一度お会いしておきたいと考えている。但し、これは衛鞅殿を介しても出来る事だから、急いでは居らん。また"風体をさらす"という問題も解決しておらんからな!宮中に潜服しているであろう間諜の問題が解決してからでも、けして遅くはあるまいよ!」
秦初はそう応えると、自分の風体を見返した。せっかく変装したのに、無駄だったかな?という表情を見せる。
ここで、すかさず魯粛が釘を差した。
「若君!一応念のため確認させて頂きますが…」
彼は慎重に言葉を選びながら話しを進める。
「貴方は暇になると、時の無駄とばかりに無理矢理行動を起こす嫌いがあります。遊び呆けない体質であるのは、感心するばかりですが、箍が外れると冒険心を引き起こします。まさかとは思いますが、せっかく変装したのに勿体無い!どうせならこれを活かして、試してみようなどと、甘龍や杜摯を冷やかしに行く等という事を、少しでも頭に想い浮かべたなら、それはお止め下さい。若君は、彼らの顔は既に知っておられるのですから、今更、無駄に接近する事は在りますまい!彼らは貴方が知っておられる以前の奴等では無いのです!若はご存じ無いでしょうが、奴等には、今、赤鬼と青鬼が付いています。彼ら二人はかなり用心して掛からねば成りません。今から説明致しますのでしっかり腹に落として頂きます!」
魯粛はそう述べると、真険な顔で秦初を見つめた。




