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気難しい男

「若君!とっとと引き揚げて来ちゃって良かったんですか?」


趙良は子規の事が絡むと遠慮が無い。彼は常に自分の立場を(わきま)えているが、それだけ子規には自分自身も恩を感じているのだ。


子規の意向を汲む形で、車英の復権を仰せつかった秦初は、承諾する旨伝えると、そのまま引き上げて来たのである。


趙良としては、しばらく振りの親子再会なのだから、ひと晩くらい泊まってゆっくり団欒(だんらん)されては?と助言したのだが、秦初はそれを却下したのだ。


「趙良…私は物見遊山に来たのでも無ければ、わざわざ実家に帰郷するために遠路遥々、秦に戻って来た訳でも無い…それに義父上も昨日は渠梁(きょりょう)様に付きっ切りでお疲れのご様子であった。それこそ、子としてはその辺りの細やかな機微を感じ取らねば成らんだろう…」


秦初の物言いは至極最もに聞こえるものの、趙良は聴いた途端に、溜め息を洩らす。


『若君の御託並べも磨きが懸かって来たもんだ…』


確かに言っている事は、逐一正しい。若君は修業中の身であり、休息は許されない。彼らが中華に来ている訳は、自国の利益を守るためであり、そのために中華の平和を維持する事である。


そして西夏の国王は、西戎(せいじゅう)の覇者であった秦に期待されている。今でこそ弱体化した秦であるが、かつては西の蛮族を平定して、周の王に覇者として認定された事があった。


秦に期待しているー。いみじくも現・西夏国王である司馬(しば)(りょう)がそう考えているのには訳があった。秦は最も自国に近く、尚且(なおかつ)、中華の諸国が忘れてしまった極貧に負けぬ心意気と向上心があるからだった。


『将来的には秦と通商条約を結びたい…』


司馬遼はそう考えた西夏国の始めての王である。そのために子規を介して、嫡子の秦初を秦にわざわざ遣わしたのであり、この考えに基づく秦との同盟は、二代後の秦初の嫡子・司馬(しば)(しょう)の代に秦の始皇帝・嬴政(えいせい)との間に結ばれる事に成る。


『物見遊山では無い…』


こう考えた時に、秦初の言っている事が、必ずしも『御託並べ』と言えるのかどうかは、怪しかったが、趙良は少なくとも親子の情は大事にすべき物として、一言申し添えたのであった。


「それで…何か良い手が在るのですか?」


趙良は問う。


「いいや…まだ何も考えてはおらんよ!但し、これだけは言える。必ず私の手で車英を陽の当たる場所へ戻してやる…必ずな♪」


秦初は殊更にまるで自分に言い聞かせる様にそう宣言した。決意は変わらない。自分が何とかするのだ。


「判りました!私も最大限の力を尽くして、お役に立ちましょう!」


趙良もそう言って、自分の主人(あるじ)に笑みをみせた。


「ああ…頼むぞ♪」


秦初も自分の親衛隊長を信頼に満ちた眼差しで見つめた。


「それにしても話を蒸し返す様で申し訳ないのですが、何充殿が腕を奮う機会が無くなってしまい、残念そうでしたがね…」


趙良は一言、これだけは言っておくべきだと話を続けた。


「殿!煮込みの件は、かなり何充殿も喜んでおられたようでした…」


確かに秦初は秦に舞い戻った直後に、そう趙良に申し伝えた筈である。何充が喜んでも不思議は無いし、その落胆振りも想像に(かた)くない。


秦初はそれを聴くと、一瞬苦虫を噛み潰したような表情をしたが、直ぐに笑みを浮かべると、趙良を見つめた。


「なぁに…我々はこれから(しばら)くの間、車英の復権に尽力するのだ。つまりは当面の間、秦からは出ないのだから、また何充が腕を奮う機会も必ずやって来るというものさ♪無論、義父殿と団欒する機会もな…」


秦初はそう言うと、ニヤッと笑って趙良に応えた。彼も趙良の気持ちは重々理解しているのだ。そして義父や何充の事もけしておざなりには考えて居なかったのだった。単に優先順位の問題だと考えていた様である。


趙良はそれを耳にすると、頬を緩めて、ニコニコしている。自分の気持ちを若君が判って下さったのだと彼は感じて、嬉しかったのだ。


二人は結局の所、夕暮れ時には都の中心部まで戻って来ていた。今宵は再び、魯粛の世話になる事にした。彼ら二人が家路に着くと、魯粛も少々眼を丸くして驚いていたが、温かく迎えてくれた。


彼は二人が去った後に、再び漁に出たらしく、新鮮な魚を(さば)いて、悦に入っていた。下拵えをしながら、今夜はどんな献立にしようか愉しみで仕方が無かったらしい。


「今宵は鍋にしますよ♪魚の切り身を扮だんに使って、野山で採れる山菜も入れて、皆で楽しく鍋でもつつきましょうや♪」


魯粛はそう言うと、間も無く大きな鍋を持ってきて、ドカッと机の上に置いた。いい匂いが漂ってくる。お腹の空いていた二人には、これ以上はない馳走であった。


「御飯もたくさん炊いておいて良かったな…どんどん食べて下さいよ♪」


彼はにこやかにそう告げると、お碗を配ってくれる。結局、今宵も身内三人での夕げになり、和気あいあいと夜長を過ごした。


翌朝、秦初はしばらくの間、魯粛の宿を根城にして、目的の模索を計ると宣言した。今後は櫟陽(やくよう)の都を中心とした行動が中心となる。


ここを拠点とした方が、あらゆる意味で都合が良かった。衛鞅や車英に逢うのも直ぐに出来るし、ある意味目的に叶っている。


朝げの後、趙良は若君に今日の予定を尋ねる。


「若君!本日からいよいよ行動開始ですね♪如何致しますか?」


趙良は思いの外、やる気満々でワクワク感を隠さない。秦初はその愉しそうな表情を横目に眺めながら、思案している。


どこから端緒に着くべきか未だに悩んでいる。それはそうだろう。何とかしてやりたい気持ちとは裏腹(うらはら)に、特に策が事前に在った訳でもない。ぶつちゃけこれから考えるのだ。


勿論、正攻法で進めるならば二つやり方はある。ひとつは渠梁様に直談判する事。そして秦の新鋭…衛鞅に頼む事。


但し、前者は既に兄の子巌が試したかも知れないし、後者はまだ正式に就任していない立場では難しいだろう。しかもこの場合は衛鞅に仮を作ってしまう事になるので、立場上あまり行使したくはなかった。


白雪の頼みだからという訳ではないが、例えば最終判断で、衛鞅を助ける事になったとしても、仮を返す形は採りたくない。むしろやるなら貸しを作る方が良いからだった。


『まぁあいつも人に仮を作りたく無さそうな朴念仁だった場合、仮を返すと言った方がすんなり聞き入れるかも知れんがね…』


秦初はそう想いながら苦笑する。人とは得てしてこちらの思い通りには、けして成らない者だと彼は理解していた。


秦初は考えあぐねた末に1つの結論に達した。そしておもむろに趙良の方に向き直ると、こう伝えた。


「私はひとまず兄の子巌を訪ねてみる。お前さんはその間に白峯がどうしているか見て来てくれないか?あれからニ日経つからな…順調なら放っておいても構わないが、もし困っているなら、何とかしてやらねば成るまいよ!」


趙良は少し心配そうに彼の顔を見ている。言葉に出さぬまでも気持ちは通じた。


「おい!おい!過保護じゃあ、在るまいし。さすがのお前も(かわや)までは一緒に来るまい。前にも言ったが、櫟陽の中に居る限りは安全だ。喩えただろうが、私を殺すには一個師団は必要だからな。それに兄の子巌は少々気難しい御方だ。私ひとりの方が身を処しやすい。心配するな、けして無茶はせぬ。それよりも白峯をくれぐれも頼む。宜しく言ってくれ!」


「承知しました。くれぐれもお気をつけて!」


趙良はようやく納得したように頷ずいた。


「魯粛、お前にも聞いておきたい事がある。」


「何でしょう?」


彼は食後の後片づけに余念が無い。


「近頃、甘龍の爺さんはどうしている?あと、奴の腰巾着の杜摯(とし)の事も判れば頼む!」


魯粛は片付けの手を一旦止めると、少し頭の中を整理していたが、直ぐに答えた。


「そうですね…甘龍は静観を保っています。あやつの事ですから、改革に反対する動きを見せようとしても不思議はなさそうなんですが、今の所は、何もありません。但し、先立って久し振りに杜摯を呼び出し、何らかの指示を下したのは確かです。それを受けた杜摯は何らの動きも今の所は見せておりません。ひょっとすると廻状という形で通達したかも知れませんが、それを確かめるには潜入が必要でしょうな…そこまでやりますか?」


「否、今はまだ止めておこう!無駄に危険を冒す必要はない。爺さんが元締めで、杜摯が事実上の指令塔なのは判っているのだ。今はそれで良い!それにしても、既得権益を守るためなら、貴族の煽動(せんどう)くらい始めそうなものだが、不気味な事だ。これは何か裏がありそうだな…」


「ええ…私もそう想います。」


魯粛も同意する。


「当面の間、特に何も仕掛けぬが、引き続き動向には目配りを頼む!」


「判りました!」


話しが済むと、魯粛はその足でお勝手に戻っていった。二人もゆるゆると動き出す。秦初と趙良は互いの僚馬に(また)がると、それぞれの目的に向けて動き出した。


秦初の兄、子巌は現在、函谷関の防衛指令官として常駐している。彼に会うためには、わざわざもと来た道を引き返さなければならなかった。趙良とは都の中心地である繁華街(と言っても、たかが知れた侘しいものだが)で別れる。


白峯を探すのならば、そこら辺で探ぐるのが手取早い。秦初はそのまま渭水(いすい)を渡り、再び()り鉢の中を逆走して行く。


函谷関を(のぞ)む境谷のあちらこちらには、まだまだ雪が残っていて、雪の塊が木々の枝からドサッドサッと絶え間無く落ちてくる。雪溶けの水は、境谷の谷間を流れる風に乗って、時折疾走する秦初の(ほほ)を濡らした。


彼はようやく函谷関に辿り着くと、司令官に面会を求めた。子巌は面会に応じると開口一番、釘を刺した。


「秦初よ!(あらかじ)め言っておく。今朝一番に父上より書状が届いた。何でもお前が車英の復権に尽力してくれるそうだな!それでこの私に何が聞きたいのか?」


子巌は机に山積みになった書簡に目を通しながら、時折、秦初の方をチラッと見るだけで、手を休めるでも無く、返答を待っている。


彼はそもそも職務中の面会を嫌う。特に職務に関係のない訪問は、即時却下しているし、それが例え上司であろうとも、同僚であっても、態度は変えない。


それがどんな理由であっても、職務の妨げとなるからには、一斉許容しなかった。今回は父・子規の善処の要望を入れているだけらしい。


『やれやれ…相変わらずの堅物め!まあそれでも、この際は、耳を傾けるだけでもましと言う物だ。ここはひとつ単刀直入に進めるとしよう…』


秦初はそう決断すると、口を開いた。


「兄上、これまでやって来た取り組みを知りたいのです!」


彼がそう言うと、子巌は机の端に目線をくれると、


「その朱色の書簡に書いてあるから、まずそれを読め!」


そう言って書簡に視線を戻すと、しばらく無言で職務に戻る。


秦初は言われた通りに朱色の飾りのついた書簡を手に取ると、ジャラっと一気に開いて、目線を落とす。


確かに日々、職務に追われる中で、手が空いた時には、あらゆる人脈に接触して、いわゆる"陳情"というものを行っている様だ。その中には君主様の兄君である、嬴虔(えいけん)様も名を連ねている。


『兄上の人脈の許容範囲では、確かに努力の跡はあるようだ。しかしながら、相手は武官が多く、文官にはほとんど接触出来ていない。それに肝心の渠梁様には、お会いするどころか陳情書すらも出していない。これでは駄目だし、ここいらが兄上の限界という所かな…』


兄の子巌は、車家を存続させるために、車英の妹御と結婚し、それ以来一族の大半を養っている。恐らく、ことが義理の兄に当たる車英の事であるし、奥方からも実兄の復権を懇願されているだろうから、彼なりに真摯に、そして懸命には取り組んでいるのだろう。


しかしながら、やはりこの人は戦場で武勲を挙げる才の人で、交渉ごとや、頭を下げる事などは、苦手な様である。


『話しが進まぬ一端が、垣間見得た気がするな…(^。^;)@ 但し、ここで注意せねば成らないのは、兄が避けている(かは定かでは無いが)文官連中の主だった者達は、甘龍の息が掛かっているだろうから、水面下での妨害工作が無かったとは言い切れない所だろう…さてどうするか?』


秦初はひとまず、疑問点は全てここで解消しておく事にした。いくら忙しいとはいえ、目の前でこれ見よがしに仕事をされては、こちらも堪らない。まるで仕事の妨害をしに来ている様で罰が悪い。


この人は悪気は無いのだろうが、一旦、手を置いて手短かに済ませる事を覚えた方が良いのでは?などと、ついつい想ってしまう。まぁ余計なお世話なのだろうが…。


「兄上!幾つか質問が御座いますので、答えて頂きたい!」


子巌はその言葉を耳にすると、迷惑そうな表情を見せた。けれども、父親の威光には逆らう事は出来ないので、半端諦めた様に手を休めると、「手短かに頼む!」と一言、付け加えた。やり難い相手ではあるが、端から承知して来ているので、秦初も揺らぐ事は無い。


「まず第一に兄上はなぜ渠梁様に陳情為さらぬのですか?これが一つ。次になぜ文官への陳情を為さらないのでしょう?これが二つ。最後に車家の復興を妨げている要因が在ればお聞かせ下さい!」


細かく問えば切りが無い…秦初としては変に相手の主観が入るよりは、いちから自分で調べた方が懸命だとは思っている。


しかしながら、聞きたい情報を直ぐに手に入れるために最善の道は、信頼出来る筋から楽に入手する事で在った。後はその信憑性を裏付けるだけなら手間はそれ程、懸からない。


さらに言えば、主観が介入しそうな質問は、最後だけに留めておく事にしたのである。


さて…子巌は三つの問いにどう応えるのでしょうか?それは次回!お愉しみに(*´▽`)♪

【姓名の訂正】


子厳→子巌

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