表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/99

矜持と誓い

趙良の生真面目過ぎる質問に、魯粛は当初は戸惑いを感じていた。幾らなんでも単刀直入過ぎる。


「かつては精悍な逞しい人だった…」


「誰も寄せ付けない凄みがあった…」


「なのに今は何で緊張感の欠片(かけら)もないのか?」


「若手に媚びを売ってどうするのか?」


「甘やかして育てて国のために成るのか?」


「貴方はかつて私が憧れた人ではない!」


「大変失望した…残念で成らない!」


彼は正直、困ってしまった。自分の事を憧れてくれるのは嬉しいが、勝手に目標にして、勝手に失望されてもいい迷惑である。そんな相手にいったい何を語って良いのか判らなかったし、相手の示唆する核心も図りかねた。


「(^。^;)…悪いんだけど、君はいったい何者なのかな?」


魯粛は相手にズバリ問うた。すると相手の男は急にモジモジしながら、申し訳無さそうに慌てて応えた。言いたい放題言った揚げ句に、自己紹介を忘れるという失策を犯した自分が許せない様である。


趙良の生真面目さは時に細かい所にも顔を出すので、余ほど(ふところ)の広い人物で無い限り、一緒に居ると息苦しくなる。


「((゜□゜;))あ!これは大変失礼しました。私は太子様付きの武官で、趙良と申します!」


(^。^;)!!これには当の魯粛も驚いた。何せ太子様付きの武官と言えば、親衛隊だ!しかも趙良と言えば、その頂点に君臨する親衛隊長ではないか…??だが待てよ…その親衛隊長さんが何でこの俺に殊更(ことさら)絡んで来るんだろう(;´∀`)??


『(^。^;)…!!あれ…もしかしてあの事が原因なのかしらん…』


魯粛はひとつだけ想い当たる節があったので、尋ねてみる事にした。もし仮に彼の想像の範疇(はんちゅう)の事であるならば、話の仕様もあるだろう。


「趙良殿!(いえ)…隊長殿!もしかして貴方は、かつて私が秦初様の付き人を断った事に、腹を立てておいでなのかな?もし仮にそうであるならば、それは大きな間違いです…」


魯粛も確信があった訳ではない。けれども、彼が王様から付き人を打診されて断った時に、彼と平行してもうひとり、若いながらも遡上(そじょう)に挙がった人物がいた。それが趙良であった。若さに似合わず気丈な男で、腕は立つし、生真面目で誠実な男だという噂だった。


そして付き人が魯粛では無く、趙良に決まった時に、本人は不思議な顔をして、理由を只したという。無論それには誰も応える事はなかった。理由など王様御本人しか知る由が無かったし、不遜にも王様御本人に只す訳にもいかない。


それからというもの、『趙良が魯粛を探し回っている』そういった噂が立った。そしてどうやら『1対1の決闘を望んでいるらしい』という事も、まことしやかに伝わって来る。


ところが肝心の魯粛はその頃は自分の夢に向かって走り出していたので、全く気がついていなかった。ひょんな事でそんな噂を聞いたのは、趙良が付き人として既に旅立った後の事だった。




魯粛には当時、研究所に入って、実験を繰り返しながら万物の理解を深めたいという夢があった。それに、自分は偉い方と同行して騎士団の長になるなど、明らかに向いていない。


彼は勿論、自分の強さは自覚していたし、望めばその地位も手に入るであろう事も理解していた。しかしながら、付き人になれば、いつ何時でも、秦初様の傍に居なくてはならない。


それでは彼の想い画いていた"道"は閉ざされて仕舞うし、何より堅苦しいのが御免だった。自分は自由で居たいのだ。そして、誰にも真似出来ない研究成果を挙げたかった。


そのためには、付き人は避けねば成らない。それに相性が合うかも判らない若君に、寄り添うのも自分の性格には合わないと感じていた。彼はそれだけ現実的に、自分の分相応を見極めていたのである。




『本当にやる気があるなら、それこそ競ってでも付き人に(こだわ)った…』


魯粛は今でもそう想っている。それだけ当時、彼の心の中には、研究に対する熱い気持ちしか無く、その取り組む姿勢は熱を帯びていたのであった。


ところが、付き人を断ってまで(こだわ)った研究員には、彼は遂に成らなかった。それどころか、秘密裏に任務を務めながら、時折こうして黄金兵団の若者に教練をつけている。


いったいどうして?…人々はそう想うに違いない。けれども、彼には彼の信念があったのである。




彼は秦初の付き人を断った後に王の叱責や将来、当の本人から不況を買うであろう事は覚悟していた。ところが不思議な事にそうは成らなかった。


王様は特に何も言わなかったし、その当時、御歳(おんとし)10歳になる秦初様も、相変わらずニコニコとしながら、魯粛の教練を愉しんでいた。やがて、吉日になると、秦初様は、付き人となった趙良と共に中華の地へと旅立って行った。彼は研究所に入るための準備に入った。




【貴】印研究所に入るためには、かなり高いハードルを潜り抜けなければならない。まず精神状態の検査を受ける。これは主に脈拍と諮問(しもん)検査となる。次に健康診断を受ける。ここまでは日頃から鍛練している西夏国の人であれば、全く問題ない。必ず通過出来る。


次に論文である。研究に携わるのだから、当然これまでやって来た成果を書いて、提出しなければ成らない。まずそれが認められて、始めて研究資格が与えられる。言わば仮免許の発行のようなものだ。


そして筆記試験だが、これも全て○✕の様なものでは無く、記入方式である。それを10人の選抜された研究員が、精査して点をつける。1人持ち点10点✕10人で100点となる。これを90点以上取らなければ失格。もう二度と機会(チャンス)は巡って来ない。


それをクリアした者は最終的に面接を受ける。通過すれば晴れて研究員となる事が叶う。合格者は西夏国内でも一部の人しか立入る事の出来ない研究所の奥深くまで立ち入る事が可能となる。後は好きな研究に没頭出来るし、生活も地位も保証されるという訳だった。


但し、年に一回研究の成果を問われるので、結果が出ていないと評定されたら大変だ。そこで研究所からは除名されてしまう。つまり、研究員となってからもハードルの高さは付き(まと)うという事になる。余程、優秀で自信があって、熱心な者でないと勤まらない稼業なのである。


魯粛は論文の提出は済んでおり、その評価もSランクだった。そして筆記試験も98点という過去に類を見ない神童との評価を、面接時に受ける事になる。


こうなって来ると、研究所の方でも彼に期待を持つ。王様もこの結果を耳にして驚くとともに満足気だったとか。彼はこうして晴れて研究員としての資格を得た訳たが、研究所の所長宛に辞退の申し入れをする事になるのだ。それは火急の事態だった。




魯粛はその日、研究所の就任式に出席するため、家を出る直前であった。まさにその時に、暗号書簡を受け取る事になる。暗号書簡は通常時には余り使用されないものだ。


通常の書簡であれば、出掛ける直前なのだから、後廻しにした事だろう。しかしながら、暗号書簡であるのはひと目で判った。その書簡には黄金の羽が刺っていたからである。中を開くと秦初様よりの緊急通信であった。


【場所】✕✕✕【要】毒蛇血清【対象】趙良【秘扱】


((゜□゜;))「大変だ!」


魯粛は扱いが"秘"になっている意味も判ったし、毒蛇の血清が必要な事から緊急を要する事も、理解した。そしてこの援助要請(メッセージ)が自分への直通である事も…。


太子となる者はいつ何時(なんどき)でも、独力で苦難を乗り込えねば成らない。


そうでなければ、"付き人"と二人切りで外の世界で修業を積む意味など無い。本国に助けを求められるのは、太子となる者の命に関わる場合だけであり、それ以外で緊急信号を打つと資格剥奪の対象となってしまう。


この場合、秦初もそれは理解している筈だから、資格剥奪の覚悟はあるのだろう。そして、血清の問題もある。




何を隠そう…彼が長年独時に研究して来た分野(テーマ)が、『動植物の毒と血清の関係』だったのである。


彼は元々、『動植物と食の関係』を追求して来た。国内で扱う農作物や家畜を、どのようにすれば上手に育てられ、食として取扱えるのかと言う事である。


西夏国は一大商業国家であるが、国内自給率も100%を大幅に上廻っている。それでも備蓄や商品として取扱う場合には、量も種類もまだまだ足りないのが現状だった。そこでこの分野の裾野(すその)を広げるためには、まだ見ぬ動植物も研究し、取り込んで行く事が必要だったのである。


そんな中、彼が度々新しい(しゅ)を見つけて来ては、調査報告を上げてくるので、この頃より研究所でも新たな"才能"として注目していた。但し、彼は既にその頃から"付き人"候補でもあったから、研究所も諦めの境地になっていた。


彼は動植物の研究を進める内に、とても面白い事に気がついて、そちらの研究に没頭する様になる。それが"毒"の研究であった。彼は動植物を調べているうちに、毒を持つ物に気がついたのである。


そしてその『毒と血液の因果関係』や、毒そのものから、『毒を中和するための血清』が作れる事に気がついて、研究を進めて来たのである。今回いみじくも彼が書いた論文が、『毒蛇の血清の作り方と投与の方法』であった。


これには研究所もぶったまげた。彼のような1000年に1人の逸材は、絶対に確保しなければならないと…。論文がS級評価だったのも頷ける。筆記試験でも2点の減点が、実は大きな問題に発展する程の期待度で迎えられていたのである。




『蛇の毒であるのは判ったが、これでは蛇の種類が特定出来ない。場所が南方だから、毒性はかなり強いに違いない。これは現地で確かめなければ、判断は難しいな…』


魯粛は咄嗟にそう想い描くと、正装を脱ぎ捨て、旅支度を済ませると、必要な道具を容れた荷物を担いで、そのまま国を脱け出したのだった。


『くそぅ…焦るな!時間との勝負だな…秦初様なら或いは毒を吸い取るぐらいはするだろうが、そうでなければ間に合わぬかも知れん…』


彼はそう想いながらも、一縷(いちる)の望みに賭けて、馬を飛ばした。


孫武(そんぶ)よ…急いでくれ!同胞の命が懸かっているのだ!!」


彼は汗血馬の"孫武"にそう声を掛けると、先を急いだ。孫武も魯粛の気持ちに応えて、疾走して行く。


魯粛は"東経と緯度"を示した地点に辿り着くと、現地の一番近い"草の者"の隠れ家に向かう。恐らくは、緊急避難をしている事だろう。その勘は的確で、すぐに二人を発見出来た。


趙良は完全に意識を失っており、彷徨(さまよ)ったまま目覚めないという。彼はすぐに蛇の種類の特定に入ったが、運の良い事には、実物が目の前に(あわ)れな死骸となって積んであった。


秦初があちらこちらを滅多刺しにしたらしい。


「魯粛先生!先生に教えて貰った通りに、傷口を切り、毒は早目に吸い出しました。現地の者に貰った薬草を潰して飲ませ、化膿しない様に"阿片"を飲ませましたが、高熱で(うな)されているのです。何とか趙良を助けたいのです!お願いします…この通り!」


秦初の必死の想いは魯粛にも十分過ぎる程、伝わった。これは後で判った事だが、秦初を庇って咄嗟に身を(てい)したのだから、趙良は"付き人"としての使命に忠実だったと言えるだろう。


魯粛は持参した道具や薬を取り出すと、しばらく「あ~だこ~だ」ブツブツ呟きながら、木の器の中で薬草を調合して()ねていたが、それが出来上がると、傷口に塗りたくって、布をその上から巻く。


そして(あらかじ)め、用意してきた血清を射った。早目の対応が良かったので、結果的には、放って置いても助かったかも知れないが、そのやり方だと生存率はかなり下がる。秦初の判断は正しかったと言えるだろう。


「蛇の種類がすぐに特定出来た事と、手持ちの中に該当の血清があったのが、幸運でした。後は私の作ったこの塗り薬を取り替えてやり、毒消しと阿片を混ぜた薬草を飲ませてやれば、後は快方に向かうでしょう!」


彼はそう言うと、秦初の頭を優しく撫でた。


「先生ありがとうございます!この御恩はけして忘れません。」


秦初は魯粛に口頭した。口頭とは、正座して地に頭を擦り着ける事である。必ず三度それを繰り返す。本来であれば、皇族の血を受け継ぐ人が、下の者にそんな事は絶対にしない。


それだけ秦初の気持ちが誠実だったのだろう。魯粛は「お止め下さい!!」と慌てて引き止めたが、秦初は最後までやり抜いた。


「こんな人物を資格剥奪にするのは惜しいな…」


魯粛はそう想った。いくら修業と言えども相手はまだ、高々10歳の少年だ。そこで彼は秦初少年に釘を刺す事にした。


「良いですか?よくお聞き下さい。趙良殿には私の事は伏せて下さい。貴方が独力でここまで運び、現地の者に助けを借りて治療した事は事実ですから、そう主張するのです。そうすれば、趙良も恩に報いてくれて、良い従者と成りましょう。良ろしいですな!この件での反論は許しませぬ!遠く遥々やって来た私に免じて貫く事です。貴方は誠実で優しく、部下を想う心をお持ちの方ですね…私は感服致しました。その実行力で、将来我が国を支えて下さいませ。さすれば私の信念も無駄には為らぬ事でしょう。まだ先は長い。頑張りなさい!私も今、自分の力が生きた事が何よりも嬉しいのです!」


魯粛はそう述べると、すぐにそこを退出した。彼は帰路に着きながら、『何用であんな所まで行ったのだろう…』と考えていた。


南方は今も昔も危険地帯が続く。余程の準備がなければ、大人でさえ、近づかない場所である。彼は不思議そうな顔をしながら、そんな事を考えていた。


これは後々、秦初本人から直接聞いた事だが、南方には稲作地帯が広がっていて、お米が採れるという事だったのだそうだ。それを聞いた魯粛は、『どんだけお米が好きなんだ!』と苦笑せざるを得なかった。




さて、問題は就任式を無断ですっぽかし、悪戯に時間を費やしてしまった彼本人の身の処し方である。当然、罰は甘んじて受けねば為らない。言い訳しようにも、事実は秘匿しなければ、太子の廃嫡という結果に成りかねない。


彼は仕方無く、研究所の所長宛に、辞退の申し入れをして、除名を名乗り出た。当然その理由を聞かれたが、『個人の事情』と(かたく)なに通した。そして無礼を詫びた。


すると所長は、フフンと笑ってこう告げた。


「お前さんの力量と人間性は、調べさせて貰ったので良く知っている。そして長年、研究成果を無償で提供してくれた。私も昔、君の情報には何度も世話になっている。でもね、だからと言って、君だけを特別扱いにも出来ない…」


所長は一旦、言葉を切ると魯粛を見つめた。そして諭す様に再び語り出した。


「そこでだ!これは私からの提案だが、君は今でも黄金騎士団の師団長なのだろ?近衛親衛隊の隊長は、師団長クラスの中でも最強の者が成ると聞いている。ならば君はどこの国でも良いから、"草の者"になると良いな!"草の者"は、現地の者に成り切らなくては勤まらないが、君ならうまく化けるだろう。しかもやる事さえやっておけば、研究自体も思いのままだ。時間はたっぷりあるから、またそのうち、研究成果を我々に披露してくれたまえ!因みにお勧めは未開地の多い秦だがね!」


所長は饒舌にもそう提案すると一息尽いた。


魯粛はびっくりしてしまった。まるで彼の為した善行を、見抜かれている様な気さえしたのである。もう既に研究員には成り損ねたが、所長はこう断言した。


「君の若い頃からの献身的な協力姿勢、そして研究所始って以来の優秀さ、そしてこの度提出された論文の多大な功績、これに免じて今回の緊急会議により、君の立場を『名誉研究員』とする事にし、王様にもご了承いただいている。但し、研究所への立ち入りは出来ぬが、特例として『研究資料館』への出入りは認める。あと『月間貴印倶楽部』の冊子も送ってやろう。又、必要とあらば、研究資材や、道具も提供しょう。これで君は研究所に入れずとも、ほぼ同程度の権利を有する事になる。それに例え研究員でもなかなか『名誉研究員』には成れぬからな…君はその若さでそれを手に入れたと想ってくれて良い!まあ、種明かしをするとだな、君は新しい(しゅ)の発掘調査に急遽出向いた事にしてある。(わし)はね、お前さんの人間性に惚れているのさ!これからも是非、頑張ってくれたまえ♪」


所長はそう述べて締め括った。


魯粛は感無量となったのは言うまでも無い。




こうして彼は、所長の御推薦の秦という辺境の地にやって来て、研究の(かたわ)ら、黄金騎士の若手に教練をつけている。彼は今回の事で、人の優しさや有り難みを感じて、厳しい姿勢だけが必要なのではない事を学んだのであった。


そして秦という辺境の地で、更に心身共に鍛えられて、人間性が以前よりも、もっともっと高められていた。


『却って自由に動けるし、四角四面(しかくしめん)が苦手な私は、結果的にこれで良かったかも知れん…』


魯粛はそう想っている。


『それに無事に太子になれた秦初様も、私を慕って下さっている。有り難い事だ♪』


彼はそんな幸せな日々を送りながら、『地下の海水桶』を造ったり、米の品種改良に取り組んだり、甘酒を作ったりしてきた。


研究成果も年毎に発表していて、すこぶる順調だ。そんな風に日々、愉しく過ごして来た筈なのに、ある日突然、何の前触れも無く趙良という親衛隊長に絡まれたという訳だった。


『やれやれ…(^。^;)』


魯粛は困っている。これではまさに恩を仇で返されている様なものだ。自分の進退を反古にしてまで、南方くんだりまで急行して命を助けてやったのに、これでは逆恨みではないか?


しかしながら、事実を語る事は出来ないのだ。秦初様の廃嫡が懸かっていたのだし、何よりも自分が口止めした事なのだから、ここで真実を話す事など本末転倒ではないか。


『(^。^;)口が裂けても言えん…』


そこで魯粛なりに考えた末に出した結論がこうである。


趙良は身を挺して秦初を救ったが、結果的に迷惑をかけた。自分が不甲斐ないばかりに、若君を危険に晒した。彼は要するに自分自身が許せないのだ。だからひたすら努力を積み重ねてきた。


ならばそれでいいのではないかと魯粛は想うのだが、それでも彼は過去の過ちを拭う事が出来ずに、心が揺らいでしまう。そして結論として、自分では無く、魯粛が付き人になっていれば、全ては丸く収まっていた筈…とそう想ってしまうのだろう。


他人に責任を転嫁している事は、当の本人も重々承知の上なのだろうが、付き人になった際の心のわだかまりが今もどこかに残っているために、魯粛に突っ掛かりたいのだ。


『( ̄^ ̄;)…まさかそこまで生真面目な奴だとはな…』


そこで魯粛は敢えて付き人の件を持ち出して、趙良の誤解を解こうと試みたのである。いかに秘密を守りながら、彼を説諭出来るかはやってみなければ判らない。


「誤解ですと?貴方は当時最強の戦士だったし、将としても優秀だった…なぜ付き人に成らなかったのです?私は今でも2番手に甘んじた感が拭えない。」


趙良はここぞとばかりに遠慮が無い。


魯粛は深い溜め息をついていた。そしてやむを得ずはっきりと応える事にした。


「お前さんは阿呆だな…とんだ馬鹿者だ!」


「なっ?!…」


趙良は不遜な言葉に反論しようとした。ところが魯粛の気迫がそれを許さない。反論は直ぐに遮られた。


「阿呆だから阿呆!と言っている。いいか一度しか言わんから、よく聞けよ…小僧!お前さんは傍目に観ても良くやっている。少なくとも私はそう評価している。お前さんほど太子様の事を想い、真摯に勤められる者は居らぬよ。まずそれを自覚していないから阿呆だと言っている…」


魯粛はこの際、自分の想いのたけをぶつける事にした。ある意味それが一番手っ取り早いだろう。少し言葉は乱暴に過ぎるが、この際はやむを得ない。


「…そして私に対してわだかまりを持っているようだが、そんな事は些細な事だ!小さい小さい…余りにも他愛の無い事だ。私はお前さんが太子様を想う気持ちには、いつだって敵わないと思っているよ!…」


これは魯粛の真の気持ちだ。相手を諭すには真心が込もっていないと始まらない。


「…付き人、いや親衛隊隊長とは、真に太子様を想い、行動できる人物こそが相応しいのだ。お前さんはそこを誤解している。強さだと?無論…強さも大きな要因ではあるが、それは最強で無くとも構わない。太子様を護り、国を守れるだけ在れば事は足りるのだ。それに私自身も、自分が最強だとは最早、想って居らぬ。まぁそんな自負を持っていた頃もあったが、それは若気の至りと言うものだ…」


魯粛は心を込めて、切々と説く。彼が自分をどう自己評価しているかさえも隠さない。


「恐らくお前さんにとっては太子様が全てで、自己の立場も心得ていたのだろう。だから私の事が気になって仕方が無かったのだ…違うかね?私はね、太子様よりも、自分の夢を優先させた男なのだ。だから私は太子様を一途に想うお前さんの方が、今も昔も付き人に相応しいと思っているのだよ♪お前さんは自分に誇りを持って良い!こんな私の事など、意に返す必要など元から無いのだ…判ったかね?」


魯粛は自分の気持ちを言い切ると、趙良を見た。趙良は最初こそ憤りを覚えていたが、話を聞いて行くうちに心が動悸し、戸惑い、そして魯粛の真心に触れて、瞼が熱くなっていった。そして今では自分の言動がとても稚拙に想えて、恥じている様にさえ見えた。


「魯粛殿の夢とは何だったのです?」


趙良は魯粛に他の夢があった事など考えもしていなかった。相手の都合を全く考慮していなかった事に始めて気がついていた。


「研究さ!私は物造りが昔から好きでね…国や民の暮らしに役立つ物造りをするのが私の夢だった!剣技や軍略などは、たまたまに過ぎん…私には無くても良かったものだったのだ!まぁ今はこうして若手の育成も出来るし、重宝はしているがね♪」


ようやく穏やかに話が出来る様になって魯粛もざっくばらんな物言いになる。


「それで夢は叶ったのですか?」


趙良は心配そうにそう尋ねた。魯粛にとっては、余計な御世話ではあるが…。


『またここで余計な事は言わぬが華だな…』


魯粛は研究員に成れなかった話は敢えて伏せた。そのためには、言いたくない真実を語らねば為らないし、そんな話はもはや必要ないと想ったのだ。


「あぁ…お陰様で研究は順調に進んでいる。毎年の様に成果を発表して、研究の表彰も受けている。嘘だと思うなら、調べてみると良い!」


これは本当の事だから、堂々と言えた。但し、魯粛的には自慢話の様であるから少し照れた。


「それは凄い!どうやら私は自分に対しても、貴方に対しても、大きな誤解をしていた様です。今後は再び、貴方を目標に努力を重ねる所存です!」


趙良は目をキラキラとさせながら、宣言する。


魯粛は苦笑した。


『(^。^;)やれやれ…納得してくれて良かったが、またまた目標にされる事になろうとはな…!』


趙良の生真面目さだけは治らぬ様だった。




趙良はそんな事があってから、度々、魯粛に会いに来ては語り合い、今ではすっかり懐いてしまっていた。『粛兄さん!』そう彼は魯粛の事を呼ぶようになっていた。彼らは義兄弟の契りを結んだ、今では信じ合える間柄だ。


趙良がある時にこんな質問を魯粛にした事がある。『若手の鍛練で、わざと打たすのは何故か?』と…。


すると魯粛はこう応えた。


「教練とは厳しい物でなくては為らないが、それだけでは人は育たない。時には遣り甲斐も必要なのだ。もし若手がいい筋の太刀をみせた時には、褒めてやるし、その瞬間の"様"を忘れぬために、敢えて受けてやるのも一興なのだと…厳しさだけが人を育てる道ではないさ♪」


魯粛は想いのたけも含めて、趙良に伝えた。


「そうか…では私も試してみますかね?」


趙良はそう言って微笑んだのだった。


こうして魯粛と趙良は今では仲良く太子で在る秦初を護っている。趙良は親衛隊隊長として、魯粛の想いも含めてしっかりとやらなければと、今日も生真面目さを発揮して励んでいるのだった。

【後書き】


文中に出てくる『阿片』とは麻薬です。

接種すると覚醒剤と同じで、法に触れますし、中毒症状が出て体を蝕みます。絶対に真似をしないようにして下さい。


この当時は未だ科学的にそこまで判っていないという、あくまで設定の元に使用しています。


後に発見される痛み止めのモルヒネも阿片と同じ、芥子(けし)の花の成分です。


そういう観点から、薬の代用としての表現とお考え下さい。


著者からの注意点。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ