団結の力
秦初は吹雪の中を何とか歩き切って、魯粛の館まで辿り着いた。
『此れは少々無理かも知れんな…』
彼は吹雪の荒れる様を観ながら、そう呟いた。幾ら管仲が汗血馬でも、最早相対的な力量の問題では無く、生きとし生けるもの…全てが長駆するには妨げになる程の荒れ方だった。
『繋ぎを取る事すら無理がある』
彼は困った事になったと。吹きつける雪の礫を顔に受けながら、辺りを眺めた。降り積もる雪の量は増して来ており、歩いていても軽く脛のあたりまではズボッと入ってしまうのだから、馬の歩様にはかなり影響を及ぼすだろう。
『ここは雪が穏やかに為るのを待つ他無いか…。』
彼はそう気持ちを切り換えると、戸を叩いた。すると、目の前の戸が、ガラッと音を立てて開き、端正な顔立ちをした若い男が、嬉々とした表情でこちらを見つめている。趙良だった。
「若君、よくぞご無事で!吹雪が激しくなって参りましたので、大変心配しておりました。魯粛には近場と聴かされておりましたので、大事無いとは想ってはいましたが、やはり時と共に焦りが募りました…。無事のお戻り安心しましたぞ!!」
趙良はかなり心配したとみえて、その反動から安堵の溜め息を漏らしている。そんな趙良を横目で観ながら、魯粛は羨ましそうに口を尖らせていた。
その反面、秦初の方は、驚いた様なポカンとした顔で趙良を見つめている。彼には義父への挨拶を兼ねた訪問を命じてあったのだから、本来ならば、こんな所に居る筈がない。当然の反応と言えるだろう。
「趙良…お前どうして?義父の所に行ったんじゃ無かったのか?どうなっている…」
秦初は少し憤る様な声を出して、それに応じた。無論、彼だって趙良に逢えて嬉しい。つい先程まで、雪の量を眺めながら、合流出来ない悔しさを吐露していたくらいだから、想わぬ出来事に、内心、嬉しさも込み上げていた。
しかしながら、同時に、それを素直に喜べない理由もあった。命じた筈の事を今まで忠実にこなして来た趙良が、事もあろうに勝手に離脱して、こんな所で待っている事そのものが、彼の頭を混乱させていたのである。"こいつは自分の命令を軽んじたのでは無いかと…?"
かたや趙良の方は、"自分の判断を若君が褒めてくれる"と踏んで居たので、少々ガックリときている。若君は、明らかに彼の行動に疑念を抱いているとみえて、彼にはその目が吊り上がっている様に見えたのだ。彼は一気に表情が曇って来て、期待が大きかった分、その反動からうなだれてしまった。
『(^。^;)不味い…素直に喜べば良いものを!若君の馬鹿たれが…!』
咄嗟の機転を効かせて、そこに慌てる様に割って入ったのが、魯粛だった。彼は二人の言葉を遮る様に間に入り、言葉を掛けた。
「若君!取り敢えず、中にお入り下さい!そこはお寒う御座います…中でまずは身体を暖めて下され♪話はそれからでも遅くは在りませぬ!」
魯粛のその言葉に…我に返った秦初は、明らかに恥ずかしそうに顔を歪めると、照れ隠しに、人差し指で頬をポリポリと掻いた。そして申し訳無さそうに、俯きながら母屋に入った。口を閉じたまま、簑と菅笠を脱ぐと、雪を丁寧に払って、軒内に掛ける。
二人とも罰が悪いのか、黙り込んだまま、囲炉裏を挟んで座り込んだ。秦初は趙良の気持ちを察していながら、物言いをつけた事に悔やんでいる。ちょっとでも疑いを抱いた事への自己嫌悪である。かたやの趙良も、喜びを表現する余り、復命を忘れた事への憤りを感じていた。"自分は太子の配下なのだから、分相応を守らねば成らない"と!
やがて、囲炉裏の傍で暖を取っていると、魯粛が三人分の特製"甘酒"を持ってきてくれる。それを互いに呑みながら、秦初の身体もだんだんと温まってくる。その頃合いをみて、押し黙っていた趙良が語り始めた。
「若君…私はお命じになられた通りに、子規様の銀杏邸宅まで参りました。そして実際に子規様にもお会いして、若君の帰国もお伝え申しました。しかしながら、外を眺めるに、猛吹雪になりそうな気配を感じるに及び、お暇して来た次第なのです。若君もご承知の通り、あそこは雪に阻まれると、都の中心部には戻って来れませぬ。そしてまた、逆も然りです。依って、冬場に強い鮑叔の利点を生かして、飛ばして参りました。お陰様で、若君にここで合流が叶った次第です!私の行動に過ちがあるのならば、進んで罰を受けましょう…申し訳御座いませぬ。」
聞いていた秦初は、頑なだった自分の過ちを認める様に、嘆息すると、趙良を見つめた。そして心穏やかにウンウンと相槌を打った。
「そうであったのか…誤解とはいえ、疑ってすまぬ。私が悪かったのだ。お前に非は無い。それどころか良くぞ判断を下して、帰参してくれた。礼を申すぞ!やはりお前は私には掛け替えの無い男だ。有難う…そして御苦労だった。」
彼は趙良に素直に非を認めて陳謝した。そして笑顔でその行動を労ったのであった。趙良もそれを聴くにつけ、笑顔を取り戻して、顔を赤らめながら照れ臭そうにしている。
そんな二人を眺めながら、魯粛はホッと安堵の吐息を立てると、口をついた。
「そろそろ夕げの時ですから、また私も腕を奮って差し上げようと想っています♪実はもう仕込みは済んでますので、早速、お持ちしますよ♪どうせ今宵はもう身動きは取れませぬ…たまにはのんびりと、主従で卓を囲みましょう♪なかなかこんな機会は在りませんから、わたしは趙良が居てくれて嬉しいのですよ♪少し歓談でもして待っていて下さいな♪」
魯粛はそう告げると、慌てて厨に走って行った。秦初は笑顔を取り戻す様に、顔を挙げると、趙良に言葉を掛けた。
「義父はお元気そうだったかな…?」
秦初はもう二年ほど義父には会っていなかった。引退後は銀杏邸宅で余生を過ごしている義父だが、彼も含めた子供たちが巣立ってからは、めっきり人と逢う事も無いと聴いている。そんな義父の事が少々心配なのだった。
「ええ…私の眼には、現役の時よりも生き生きとされておられる様に感じました。身体もしゃくしゃくとされて居られて、元気その者です。今は秦の国の改革について、ご興味がお有りだと聴きました。新しい秦君の手腕とその動向に期待をされておられる様です…」
「そうか…相変わらず精力的にされておいでなのだな♪それを聴いて安心した。趙良よ!お前は良くやってくれている。私には果報な宝だ!これからも宜しく頼む…」
「何の!私は常に若君の事しか考えて居りませぬ…私のお役目は、若を守る事なのですから(*´▽`)♪」
「そうだったな…おい♪その割にはいつの間にか女をこさえてしっかりくっついて居るではないか?( ;゜皿゜)ノシ」
(´▽`)秦初はそう笑いながら、趙良の手の早さに舌を巻いた。趙良も(^。^;)冷や汗を掻きながら、顔を真っ赤にしている。どうやらお互いにいつもの立ち位置に戻る事が出来たようだ。
「おい!おい!聞き伝てならないぞ♪誰が女をこさえたって?((゜□゜;))」
魯粛である。彼はちょうど夕げを運んで来た所に耳敏く、聞き知った事実に食いついて来た。そして、然も羨ましそうに、涎を足らしながら、流し目で趙良の瞳をガン見しており、その表情は、頬が緩みニンマリとほくそ笑んでいる(* ̄∇ ̄*)♪
趙良は魯粛の突っ込みに、さらに顔を真っ赤っかに染め上げて照れ臭そうに俯いている。秦初は魯粛に目配せして、押し留める。魯粛はさすがに大人だけあって呑み込みが早い。
「いやぁ~スマンスマン!悪かったな♪でもお前さんにしてはいい傾向だ♪実を結ぶよう願っているよ♪さぁ~機嫌を直してくれ!今夜は豪勢な魚尽くしだ(*´▽`)♪ご飯もたんと炊いてあるし、酒も出すから、愉しくやろう♪酒は米から俺様が作った貴重品だからね♪上手いぞ♪」
「(o^ O^)シ彡☆ おっ♪遂にお目見えだな!米の酒って楽しみだねぇ…趙良、お前さんもいい所に帰参したもんだ!魯粛の研究熱心さには本当に頭が下がるねぇ♪愉しみ愉しみ(´▽`*)♪」
「(^。^;)いやぁ~スミマセン♪つい照れちゃって…私も酒は大好きですから愉しみです!皆さん気を使わせてしまいまして…。」
趙良も生真面目さが戻って来て、いつもの調子が出てきた。秦初もそれを横目で優しく眺めながら、嬉しそうに微笑んでいる。魯粛は場が和んで来た所に、大事そうに研究成果の酒甕を抱えて、二人に嬉しそうに差し出した。
「これですよ!これ!」
魯粛は酒甕をヨッコラショと一旦抱え込んだまま座り込むと、二人を手真似いている。その様子は、大好きな蜂蜜を独り占めにして、嬉しさが込み上げているクマのぷ~さんの様な格好だと想って貰えると、分かり易いかもしれない。
秦初も趙良もいける口だから、ウキウキしながら近寄ると、魯粛は二人の期待に満ちた表情に満足しながら、「(o≧▽゜)oじゃあ開けるよ♪」と言って、酒甕の栓を外す。すると仄かな甘い香りが漂ってきて、鼻に心地好い。
「うわぁ♪(´▽`*)これいい匂いだね♪仄かな甘い香りがする…これは期待が出来そうだ♪」
「(^。^;)でも迂闊に嗅いでると、それだけで酔ってしまいそうですよ~。割りと濃厚な酒の香りです!大丈夫かな?」
「(o≧▽゜)oそれが良い酒の証拠さ♪でも大丈夫だよ…ちゃんと毒味はしてあるんだ!これ、意外に後に残らないというか…幾ら呑んでも二日酔いにはならないから、安心して呑んでね♪」
「(o^ O^)シ彡☆ こいつぅ!毒味とか言ってひとりで楽しんでたな?」
「(^。^;)まぁ…それは作り手の特権というか…重ね重ねの苦労というか(* ̄∇ ̄*)まぁ、美味しくするための手段ですな…悪しからず♪」
「(*゜ー゜)ププッ!粛兄さんほど愛飲家は居ませんからね…兄さんの身体を通して熟成された様なもんですよね♪」
「(*`▽´*)ハハハッ♪趙良お前も言うねぇ♪その通りかも知れん!」
「(^。^;)もう…参ったなぁ二人とも♪呑む前から酔ってるでしょ?冗談はそれくらいにして、どうぞ召し上がれ!」
魯粛は甕を持ち上げると、酒の器についでくれる。甕の栓の穴から嗅いでいた時よりも、さらに濃厚な匂いがそこかしこに溢れだし、嗅いでいるだけで、確かに頭が痛くなりそうである。
しかしながら、世の中の酒飲みというのは、そんな事では、狼狽えない。むしろその香りを愉しみのひとつとして、享受している。
「(*≧∀≦)うま~い♪これ好きかも!癖になりそうだね♪」
「(*´艸`*)そうですね♪おいちい!!」
「( ・∀・)でしょでしょ♪どんどん呑んでよ♪まだまだたくさんあるからね♪足りなかったら、また甕運んで来るから!何だったら五甕くらい持ってこうか?」
「(*`▽´*)何だ!そんなにあるのか♪じゃあ遠慮無く頂こう♪」
「(≧▽≦)あ!この煮魚美味しい!良いツマミになりますよ♪」
「(。-∀-)あ♪本当だ!!こりゃたまらんな…」
「(o≧▽゜)o今夜はどんどん呑んで食って愉しみましょう…」
こうして吹雪の夜は更けて行く。三人は久し振りに羽目を外して、愉しい一夜を過ごす事が出来たのである。最早、主従の垣根は自然と取っ払われて、まさに無礼講であった。互いにじゃれ合い、時には頭を小突き合う…猛者たちの愛情表現というべきなのだろう。三人はこうして団結力を確かめているのかも知れなかった。




