衛鞅と秦初
衛鞅は宿屋の主人に面会を承諾すると、上から羽織っていた白テンの衣をきちんと身に着けて、机の上を綺麗に片付けると、立ち上がったまま客を待った。
『この時期に私をわざわざ尋ねて来るとは、いったいどんな人物なのだろう…?』
衛鞅は先程まで、第一次の新法が軌道に乗った後に、第二次新法としてこの先必要になる予定の改革案を練っていた。
いざ改革に着手し始めると、その浸透に向けた対応に追われて、繁忙を極める事が判っていたので、少しでも今の内に考えておくべきだと思ったからなのだが、そればかりに埋没してしまうと、良い案も浮かばない。
今までは、庭に出て新鮮な空気を吸ったり、木々の木洩れ日を浴びたり、鳥の囀りを聴いたりして、心身共に癒されながら、じゃれる猫の戯れに付き合ったりして、気分転換を諮っていたものだが、ここに来て雪に為り、吹雪いて来ると、そうも行かない。
宿屋の主人も、仕事の合間の暇をみては、気を使って相手をしてくれたりするが、日常の出来事の話しなどでは、次第に退屈してしまって困っていた所だった。
衛鞅がこの突然の押し掛け客に会う気になったのも無理は無かった。
それどころか、かなりワクワク期待すらしている始末であったのだ。
『知性に刺激を与えてくれる相手だと良いが…』
衛鞅はそんな事を考えながら待ち侘びている。
もし仮に衛鞅が日頃接している相手が、かつての秦の名門・車家の後継である車英だと知っていれば、全くその会話の有り様は変わっていたのだろうが、そんな事を衛鞅が知る筈も無く、また車英も決してボロは出さないので、衛鞅が求めている様な知的な会話は、そもそも成り立たないのであった。
「さぁさぁ…こちらです♪」
宿の主人の声が聞こえてきて、ようやくひとりの男が案内されて来た。
「衛鞅さん!お連れしました…後は宜しくやって下さい♪私は夕げの支度が有りますんで失礼します。」
「あぁ♪悪いな!御苦労様でした(^-^♪」
衛鞅は主人にそう礼を述べると、客に対して挨拶した。
「私が衛鞅です!何か私に御用とか?そこはお寒いでしょうから、どうぞこちらに…囲炉裏の傍にお座りになって火に当たって下さい♪随分違うでしょうから!」
衛鞅の招きに「有り難うございます」と述べると、客は囲炉裏の傍に用意された席に寄って来る。
そして「私は先の相国・子規の三男で秦初と申します。貴方がこの度、改革を推進する事に為った衛鞅殿ですな…お初にお目に掛かります。以後お見知り置き下され♪」そう言って返礼すると、腰を下ろした。
「あぁ…貴方が秦初様ですか。お噂はかねがね聞き及んでおります。兄上の子巌様には既に知己を得ておりますが、子良様と貴方は日頃から国外におられて、なかなか秦国内にはお戻りに成られないと聞いておりましたので、今日この時にお逢いする事が叶って幸いです。」
「こちらこそ…急な面会に応じて下さり、有難い事だと思っています。私も今朝、函谷関に入ったばかりでして、つい先日までは斉の国で稷下の学士に交まじって、政の有り様について議論を闘わせておりました。所謂修行の一環という奴でしてね、本来ならまだ秦には戻るつもりは無かったのですが、まぁこんな事に為った次第です♪」
「ほぉ~稷下の学士との対話ですか…それは懐かしい。私も何年か前に対話に望んだ事が在りますが、時になかなか刺激を受ける手合いに出逢うものですな…さぞ交友関係も増えた事でしょう?合間に打つ碁や酒交の方が為になる事もありますからね♪」
「実にそうなのですよ…対話はほぼほぼ、私にとっては知識の確認作業でしか在りませんからね♪仰る通り、時には変化に翔んだ概念をお持ちの方もいらっしゃいますが、重要なのは、実践に値するかどうかですからね…私は使えない精神論には興味が無いのですよ、ね!貴方もそう想うでしょう?それなら、碁を打ったり、酒を傾けながらの交友の方が随分と現実的です!碁は国の攻略に通じ、酒交は外交に通じますからな…でしょう?」
「確かに…貴方とはどうやら話が合う様だな!私の考え方にとても似ておられる。そして、貴方はどうやら噂通りの聡明な方のようだ。貴方の様な方が尋ねて来て下さって、私はとても嬉しい。君主様の任命を受けるまでの間の、このひとときが大層、大変でしてね、骨子を練ってはいるが、刺激が無いと上手く考えがまとまらんのですよ…吹雪きに閉ざされて外にも出られませんからね…本当に感謝致したい♪」
「そう言って頂けると、私も雪の中を行軍して来た甲斐が在ったというものです。何より…私の方こそ貴方に逢うためだけにここまで、遙々やって来たのですからね!喜んで頂けて嬉しいですよ♪」
「(^-^;…何?この私に、わざわざ逢いに来られたのか?光栄な事ですが、それはまた何故です…秦初様も改革に興味がお在りなのかな?」
衛鞅は、彼が自分にわざわざ逢いに来たという点にとても興味を惹かれていた。
秦初殿は確かに先の相国・子規様の御子だが、ほとんど国外にあって、秦国内の事には関心が無いという噂も聴いている。
『何故なのだろう?』
衛鞅はその答えを期待しながら、待った。
「無論…私も秦人の端くれですからな!改革には大いに興味は在ります。それは否定致しません。ですが私がここに、雪道の中、わざわざ貴方に逢いに来たのは、在る人との約束を守るためなのですよ♪」
「約束?はて…それはどなたとのお約束なのでしょうか!私の存じ上げる御方ですかな?」
(^。^;)『??』
衛鞅は考えが及ばず不思議そうな顔をしている。
(*´▽`)秦初は少し笑みを浮かべると、勿体振るのも気の毒に想い、答えを教えてやる事にした。
彼の反応が今から愉しみである。
(*´▽`)「私がここに来たのは、貴方の事を想い、貴方の事をとても気に掛けて、心配なさっている白雪殿の為です。そう…私は実に光栄な事に、斉の国で白雪殿の一行にお逢いしたのですよ!御縁とは実に摩訶不思議なものですな…そんな事でも無ければ、今私がここに居る事は無かったのです。未だに斉に居たでしょうからね♪貴方は運の良い方だ♪あんなに美しい気立ての良い、心の強い、穏やかな佇まいの女人とお知り合いなのですから…。」
(*゜ー゜)「…そうでしたか!白雪殿が貴方を…。それは嬉しい驚きですな♪あの方はご壮健で在られたかな…実は私を助けて、秦にお連れ下さったのは、あの方なのです…ある意味、あの方が私を秦に導いて下された様なものです。そうか…私をご心配下されておいでになったか…それは大変、私も嬉しい♪いつかあの人に再会したいと願っておりましたからね。そうですか…白雪殿が!」
(*´▽`)「白雪殿はご壮健で在られますよ…貴方が秦で改革にひたむきに取り組まれている事を温かく見守っておいでに成ります!そして、雪が溶けて春に成る頃には、秦においでになると申されておりました。その時のために、実は白雪殿の弟御が拠点を設けるために秦に来ております。私が白雪殿に頼まれて、同行致しました。始めて秦に来たらしく、今大変ご苦労されている事でしょう…いつでも手助けする用意は在りますが、何でしたら衛鞅殿!貴方が助けて差し上げれば宜しいのでは?ご希望ならば、いつでも引き合わせますから、本当の所を仰って下さい…如何かな?」
秦初は衛鞅に、白雪の事を話して聞かせた。
そして白峯のための助力も惜しまず、提案した。
白雪との約束はひとまず果たした事になる。
後はこの男・衛鞅の行く末を見守るのみである。
どうやらこの男は私に興味を持ち、とても好意を感じている様だった。
(*´▽`)『当面は此れで良い♪余り接近し過ぎるのも、今後の事を考えると具合が良くない。後は少しずつ距離を置いて行く事だな…』
秦初はそう考えていた。
彼は子規の三男とはいえ、その実態は、西夏国の太子なのだ…立場上、彼は歴代の王や太子よりも、秦の内政に干渉しやすい立場にある。
だからこそ、その一挙手一投足には気を配り、配慮が必要だったので在る。
彼が距離を置きたい理由はそこに在る。
彼は秦の閣僚に入る事は出来ないのだから…。
そして、西夏国は商業国家だから、今後の秦の方針とは恐らく相容れなくなる。
それは白雪の商団にもいえる事なので、商業を守り、商団を守り、衛鞅も守らねば成らない…まさに真逆の方針を両立させる方向性を、将来に構築せねば成らないという難題を、自ら抱え込んだ事に成る。
両面作戦を構築するにあたり、彼は可能な限り水面下で行動をする方が良いと考えていたのである。
「そうですか…白雪殿は春にはおいでになるか…それは愉しみです♪私もそれまでに改革を軌道に乗せておきたいものですね…それでその弟君ですが、いつでもお引き合わせ下さい。私に出来る事で在れば、力に為りましょう!お名前は何と言われるのですかな?」
「白峯殿です!白雪商団は今後、秦に商業施設を拠点として建てる予定なのです。但し、懸念も在ります…貴方の改革では商業は奨励していないのでしょう?そんな施設を造る事には反対なのではないのですか?」
衛鞅は嘆息すると、相槌を打つ様に、頷いた。
「確かに…改革の草案では奨励しない所か、罰則を設けています…ですが、それは秦人に限定するものです…秦初様ならお判り頂けると思いますが、此れは秦の農業生産力を高めて、自国内生産率を向上させる為です。しかしながら、人が生きて行く以上は、日用品も含めた商品は必要です!私は他国から物品の供与を停止された時の供給先を、常に確保しておかなければ成らないと考えています…彼らは秦人では在りませんから、救済措置を高じる事は出来ましょう…ですから私は悪い事だとは思っていませんよ!」
(^。^;)『成る程…物は考え様という事か…果たしてそんな器用な事が通じるのかは、まだ私にも判らないが、もし可能なのなら、我々も商団を揚げて支援しても良い!此れは面白い事に為って来たかも知れぬ…』
秦初はそう想いながら、衛鞅を見つめた。
なかなかのやり手の様だから、此れからの秦の改革には期待が持てそうだった。
『渠梁様も良い担い手を得られたのだな…』
義父・子規で在れば、そう想われるに違い無かった。
衛鞅は夕げに誘ってくれたが、魯粛に愛馬・管仲を預けてある。
それに今日中に趙良と落ち合う為に、義父の館で合流する必要も在った。
秦初は厚く礼を述べて、今回は辞退する事にした。
その代わり、その申し出は白峯を引き合わせる時にでも有り難くお受けする棟、伝えた。
「判りました!ではまた後日に♪気をつけてお帰り下さい(´▽`*)♪」
衛鞅はそう述べると、「貴方に逢えて良かった」と最後に一言締め括った。
(*´▽`)「ええ…私もですよ♪ではまた後日に!」
秦初も返礼すると、お暇する。
帰り掛けに、車英が見おくりに出て来た。
「義兄…今日は逢えて良かった!また是非、おいでに為って下さい(´▽`*)♪」
「あぁ♪勿論!それまで元気でな♪また逢おう(*´▽`)♪」
秦初は雪の積もる坂道を、ザックザックと音を立てながら、下って行く。
吹雪のせいか寒さは身に凍みるが、心は達成感と再会と出逢いの為に温かく、歩く脚にも自然と力が漲っていた。




