青雲
白雪と喬燕に見送られて、男達三人は、出立した。
一路、目指すは秦国である。
白雪の商団は、主に中原と呼ばれた地域を廻る事はあっても、楚や秦と言った中華の中心から外れている地域には、入国した事が無かった。
そこで、この機会に秦国内に拠点を設けておく事にし、そのために白峯を先遣隊として送り込む事にしたのだった。
実質的な実務をするためには、当然ながら人手が不可欠だが、それは白峯が落ち着き先を決めた後に、 白雪が送り込む手筈になっていた。
無論、秦国内の事を承知している者も必要になって来るで在ろうが、それは現地調達する事にして、まずは商団が入る余地があるかどうかの下見という具合に為るであろう。
趙良は立場上、余計な詮索は出来ないので、先程の事柄には何も触れず、無言のままに控えている。
確かに気には成っているものの、それは太子の護衛の観点からの心配であり、けして興味本位から来るものではなかった。
西夏国の太子は、歴代過酷な状況に置かれる事が多い。
勿論、それは守る側も重々承知の上での事に為るが、今回のように突然降って湧いた様な事柄に至っては、知る、知らないでは極度に対応が変って来てしまうので、気になっていたと言えよう。
秦初は、そんな趙良の心配など気にもしていない様子で、周りの景色を観ながら歩いている。
それは彼が趙良の仕事を軽く見ている訳では無く、それだけ趙良を信用している事の裏返しなのだ。
事、この点に関して言えば秦初は揺るぎない『信』を趙良に置いていた。
(;^_^A『女に手が早いのは玉に瑕だがな…』
結果誤解では在ったものの、秦初はそれで自分の正体がバレたのでは無いかと、一瞬ヒヤリとさせられたのだから、想い出しながら苦笑いしていた。
すると白峯が機転を効かせるように、話し掛けて来た。
「若君は、姉から何を頼まれたのですか?」
白峯は快活で明るい人柄であるためか、同じ事を聞くにしても得をしており、相手に不快感を与えない。
秦初はそれでも苦笑をしていたが、サラリと聞かれたためか、或いは相手が自雪の弟であったためか、直ぐに応えてくれた。
もしかすると、長い道中になる訳だから、雰囲気を壊さない様に、配慮したのかも知れなかった。
「そなた達も昨晩聞いた通りの事だ。衛鞅殿の事だよ。私はあの時、彼に会う約束をした訳だが、改革の旗手という者は、いつの時代も敵を作るものだ。無論、御本人はそんな事は百も承知で事に臨んでいる事だろうが、彼を見守り、いざとなったら助けて欲しいと、まぁ簡単に言うとこんな話しだった。私に惚れているとか、恋愛話しで無くて申し訳ないな…」
秦初はほくそ笑みながら、そう答えた。
じっと聞いていた趙良は心無しかホッとしているように見える。
白峯はそれを聞くと、趙良の肩をポンポンと叩きながら、快活に笑った。
「姉は昔から心配性なのですよ、まぁ商団の長という地位にある訳ですから、当たり前なのかも知れませんがね!判ってやって下さい。」
白峯は姉の立場ではやむを得ないという所を強調しているようだ。
秦初はこちらも快活に笑いながら、
「そう言うお主は至って楽観的なのだな!」
と言って白峯を見つめている。
「まぁね…恐らくは、心配性な面は全て姉に遺伝したのでしょうな!私の中には伝わらなかったようだ…」
白峯は相も変わらず明るく快活にそう応えながら、秦初を見つめた。
「そうかも知れんな…」
秦初はそう想いながら、白雪の訴える様な眼差しを想い出していた。
やがて臨淄の都を抜けて、馬亭に到着すると、皆それぞれの馬を受け取る。
斉の都は様々な学派の学士達が集まり、日夜議論に明け暮れているというのは先に述べた。
さらに言えば、威王の時代以降、燕の楽毅率いる合従軍に攻められたほかは、比較的に穏やかな地域で、一国としての面積も広く、陸では田畑が潤い、海に近い立地条件を生かした塩や海産物も採れるため、自国で消費する分や軍糧として国庫に備える物以外は、同盟国に融通して金に替える等、今でいう所の国家間の貿易も盛んに行われていた。
そういう者たちがこぞって、斉の国を目指してやって来るのだから、馬亭などが在ったとしても不思議はあるまい。
かなり儲かった事であろう。
実際、彼らが預けた馬亭は繁盛しているらしく、多少の金銀を上乗せすれば、かなりの付加価値が付いていたのである。
馬同士がこぞって集まると、時たま伝染病を貰ったりする事もあるので、離れた場所で特別に預かって貰い、対応して貰う事も出来た。
現代でいう所の、『個室待遇』みたいなものである。
(;^_^Aある意味、隔離されているとも言えるが…。
秦初と趙良の馬は汗血馬なので、個室待遇で預かって貰っていた。
汗血馬については短編『西夏国奇譚外伝・左慈翁篇』で詳しく述べているので、興味のある方はそちらを御覧頂きたい。
白峯の馬は中華でごくありふれた馬なのだが、さすがに儲けている商団の者だけ在って、割りと良い馬に乗っている。
しかしながら、1日千里と云われた汗血馬からすれば、早さも体力にも限りがあるので、白峯の馬に合わせて進む以外に方法は無かった。
『急ぐ道程でも無いからな…』
秦初はそう想いながら、のんびりと進む事にした。
因みに彼らの汗血馬には名前がついており、秦初の馬は、管仲と言い、趙良の馬は鮑叔と言った。
彼らが馬に名前をつけ始めたのは、この頃からの様で、汗血馬を手に入れるという事が、彼らにとってどれ程、重要で在るのかが、垣間見える逸話である。
しかも、たかが馬の名前と侮ってはいけない。
ここにも彼ら個人の感性が求められていたのだった。
その話を聴いていた白峯は、然も面白いと言わんばかりに、快活に笑いながら、こう言った。
「面白い!私も此れを機会に名前をつけますかな?」
秦初は苦笑しながら、
「(´▽`)♪何て名前にするのかね?」
そう尋ねると、白峯は、自嘲しながら、
「白龍なんてどうです?強くて早そうでしょう?」
そう笑いながら、顔を赤らめた。
「いいんじゃないか?な!趙良…お前もそう想うだろう?(´▽`*)♪」
秦初はそう笑いながら、同意を求めた。
趙良は「面白いかもしれませんな…」と生真面目そうに応えた。
余りにも趙良が真面目に応えたものだから、秦初も白峯も壺に入ったらしく、ゲラゲラと笑い転げた。
趙良も釣られて苦笑している。
『もう少し気の効いた返事をすれば良かったかな…(;^_^A』
趙良はもう少し感性を磨かねば…とやはり真面目に考えていた。
『……』
三人の馬は街道を一路、宋に向けて直走る。
秦に向かうには、色々な行き方が考えられるが、まず斉の隣国の宋を経由して、周に入り、魏・韓を抜けて、秦に入るのが最短距離と言えよう。
無論、途中に宿を泊る為には、城内の街に入らねばならないので、必ず城門を通らねば為らず、そのためには、旅券となる公札は持っていなければ、そもそも旅など適わない。
秦初と趙良は、秦国の宗主が発行した公礼と、周王朝が発行している公札を持っているので、楚国以外で足止めを食う事はまず無い。
秦初や趙良が、なぜ周王朝発行札を持っているのか、不思議に想う皆様もおられる事だと思う。
それは西夏国建国に端を発する事柄が、大きく関係している。
その辺りの事情は、また機会が在れば書こうと想う。
そう言った訳で、ほとんどの国は、周王朝発行札で賄う事が出来た。
但し、秦国と楚国は辺境の地に在るので、いまひとつ周王の権威を軽んじる嫌いがあり、特に周王が有名無実な存在になってからは、状況を依り難しくしていた。
西夏国の関係者は、この様に表向きは、中華の力の或る者に内密に身元を引き受けて貰い、中華の者として、堂々と国中を渡り歩く事が出来たのである。
さらに言えば、この頃はまだ、戸籍登録などがしっかりとされていなかった事を考えれば、下々の者に混じり入り込むくらいはお手の者であった。
特に商団として堂々と商いをする分には、咎め立てする者も無く、比較的自由に行き来する事が出来たのである。
こうした事から、あらゆる地域で西夏国の噂が、ちらりほらりと流布する中で、前述の伝説が出来上がったのでは無いだろうか。
こうした動きは、秦王・嬴政と西夏国王・司馬匠の間で通商同盟が結ばれるまで続く事になる。
ちなみに司馬匠は、秦初の曾孫に充たる。
一方、白峯の方はもっと簡単で、秦・楚以外ではもはや、顔パスで出入り出来る程の有名人であり、どの国の城門でも楽に出入り出来た。
それだけ白雪の商団が中華に寄与しており、それだけ成功を修めていた証でもある。
勿論、魏国の商人として公札は所持しているが、要所要所で差し障りの無い程度の"心尽くし"を、あの笑顔でさり気なく袖に入れてあげるので、皆、白峯の来訪を心の底から待ち詫びている程であった。
彼らはこうして、予定通りの行程を踏んで、秦国に無事入国を果たす事になる。
実りの秋は、束の間に過ぎて、秦国に着く頃には、冬が到来しようとしていた。
【誤字の訂正】
無論、秦国内の事を承知している者も必要になって来るで在ろうが、それは現地調達する事にして、まずは商団が入る余地があるかどうかの下見という具合に為るであろう
(^o^;)単純に語尾に句点が無いため追加の改編。




