約束
白雪の館に辿り着くと、白峯が彼らを迎えた。
「姉さんお帰りなさい。愉しいひとときを過ごせましたか?」
そう言って頭を上げると、二人の見知らぬ男達が一緒なので、少し驚きの顔をみせた。
白雪は見知らぬ初対面の男たちを館に招く様な人柄では無く、未だに只の一度もそんな事は無かったので、少し頭の中で訝りながらも、大事な取引相手かも知れぬと、愛想良く笑いながら、
「姉上、此方の紳士方はどのような…」
…方々ですか?と確認しようとしたのだが、白雪はそれを聴くや、今まで見せた事も無い様な嬉しさで頬を滲ませながら、その言葉を遮ると、喜びを爆発させた。
「白峯…この方があの伝説の太子様なのですよ♪皆で夢に見ていたあの方なのです♪」
そう言って弟と抱擁したのである。
白峯は突然の事で頭が回っていなかったが、そう言われて始めて、そのお客人の顔を眺めると、耳に煌めく黄金の耳飾りに気がついた。
門扉の方から漂って来る優しい風に乗って、耳飾りがシャランシャランと揺れて音を立てている。
「ああ…」
白峯はそれに気がつくと、白雪をギュッと抱き締めて、
「姉上、ようやくその時が来たのですね…」
そう言って彼も嬉しそうに秦初の顔を見やっている。
そして、改める様に跪くと、
「太子様、私が白雪の弟で白峯と申します。今日この時から、私は貴殿方の為に精一杯の努力を惜しみませぬ。どうか宜しくお願い致します…」
そう言って、喜びを表したのである。
そして、
「さぁさぁ…どうぞ中に!歓迎致しますぞ♪今すぐに馳走の準備を致しますので、どうかそれまで、姉上たちとゆっくりご歓談下され…私も手配が済んだらすぐに参ります!」
そう言って歓迎してくれたのだった。
白雪も「どうぞ…」と言って手招いている。
秦初は趙良の顔を見やりながら微笑むと、
「この際だ、御言葉に甘えるとしよう…」
そう言ってこの歓迎に礼を述べながら、歩を進めた。
趙良も主人の後に付き従い、それに続く。
その際に喬燕の顔を眺めると、目配せしながら、優しく微笑んだ。
喬燕は頬を朱く染めて、恥ずかしそうに俯いている。
白峯は、ようやくその気に為ってくれた客人たちを励ます様に、
「遠慮なくどうぞどうぞ…自分の家だと想って、気楽にして下さい♪」
そう言うと、厨の方に走って行った。
店の奥には、少し広めの応接があり、中央には囲炉裏が炊かれて居て、とても暖かい。
その奥には少し段が高めの位置に長机が置かれて居て、客人をもてなす位揺ったりとした席が設けられていた。
元々商談の時などに使用しているのだろう。
かなり高価な机が置かれているのは、白雪の商団がそれだけ成功を納めている事を物語っていた。
秦初と趙良が並んで席に着くと、対面には白雪と喬燕が後に続く。
喬燕は久方振りの想い人に再会してその喜びを素直に表現した。
「趙良様…貴方が太子様の腹心だとは想いも依りませんでした。でもこうして再会出来て嬉しいですわ…」
喬燕はそう言葉にすると、先程の目配せを想い出してか、再び頬を朱く染めた。
趙良は太子の前では控えて居なくては為らないので、チラッと秦初を見やると、主は『好きにせよ♪』と頷く様な素振りをみせている。
そこで、ここはその好意に甘える事にして、
「喬燕殿、私は若君の懐刀です。その私が自ら立場を明確にする事など出来ない相談です。それは此れからも変わらないし、私にはとても大事な事ですから、どうか御理解頂けたらと願っていますよ…」
そう言って喬燕を見つめると、秦初に向かって畏まる様に膝に両手を置いて、頭を下げた。
喬燕はクスクスっと微笑みながら、
「判っておりますわ…どうか気にしないで下さい。私はこの再会にとても心が踊っているのですから…」
そう言って嬉しそうに頬を緩めた。
白雪は秦初の度量の大きさに感心しながら、その様子を眺めている。
そこにようやく白峯も「お待たせ致した…」と言って戻って来た。
それが合図に、小者どもが次々に料理を運んで来て、机に置いて行く。最後に酒の瓶を何個か置くと、静かにスッと下がって行った。
かなり教育が行き届いているらしい。
「さあさあ…どうぞお召し上がり下さい。斉は近くに海が在りますので、海の幸がたくさん取れます。魚の他にも貝も取れるのです。帆立貝や鮑も在りますので、この際是非ご賞味になって下さい。特に鮑はコリコリと歯応えがあり、美味いですぞ♪きっと気に入ります。」
白峯は心の底から歓待の気持ちを存分に滲ませながら、喜びを身体全体で表してくれた。
「ありがたい…趙良遠慮なく頂くとしよう…お前も食べなさい♪」
秦初はとてもご機嫌で、この歓迎に感謝を示した。
皆で乾杯した後に、それぞれが改めて挨拶を済ませると、用意された料理に舌鼓を打ちながら、しばらく多和いも無い事を歓談しながら、時は過ぎた。
『成る程…この鮑というものは旨いな…我が商団でも海の幸をもう少し見直す事にしよう。我らの技術力ならば、喩え秦の様な山に囲まれた西の果てでも新鮮な海の幸を届ける事は出来そうだからな…此れは来た甲斐が在ったというものだ…』
秦初はそう想いながら、商売人としての算盤を頭の中で弾く事も忘れていなかった。
「時に…」
白雪はそう言葉を着くと、秦初の方を見た。
秦初は一旦思考を取り止めて、白雪の顔を眺めると、真摯に向き合う姿勢をみせた。
白雪はその顔を見て安心したのか、言葉を続けた。
「時に…ひとつお願いがあるのですが、効いていただけますかしら?」
そう言うと、秦初の返事を待つ様に控えている。
秦初はフッとほくそ笑むと、軽く頷いた。
『やはりそう来たか…此れはもう、此処に来る事が決まった時から覚悟はしていた。何となく意向は判っている事だ…此処は願いを叶えるとしよう…』
そう想いながら、
「何なりと!…此れだけの歓待を受けているのですから、こちらも真摯に向き合わねば成りません。どうぞお話をお聞かせ下さい。悪い様には致しません…」
そう言うと、白雪の顔を真剣に見ながら笑みを浮かべた。
「そう言って頂けて安心致しました。では遠慮なく申し上げる事に致します…」
白雪は殊更嬉しそうに笑顔を見せた。
「私の知り合いに衛鞅様と仰る御方がいます。その方は今、秦の国で改革を進める為に頑張っておられるのですが、その方に一度会って頂きたいのです…そしてもしも、若君のお眼鏡に叶うようでしたら、その行く末を見守ってあげてくれませんか?あの方はまだ気がついておられませんが、ゆくゆくはご自分の身の危険を考えねば為らなくなる時が来る様な予感が私はしているのです…」
そう言うと、じっと秦初の顔色を窺う様に見つめた。
『(^^;?何だそんな話しか…衛鞅というのは白雪殿の想い人らしいな…そんなに想い詰めているとは些か驚いたが、かなり有能な人物なのだろう…能力の或る者になら喜んで会うが、依りによって秦の国とはな…そう言えば、風の便りに近頃、渠梁様が人材を求める檄文を発したと聴いている。あれと何か関係が在りそうだが…』
秦初はそう思い出すと、『此れは面白い…』とやおら乗り気に為った。
そこで優しく微笑みながら、こう応えた。
「宜しいですとも!こちらとしても有能な方には一度お会いしてみたい。それに私の義理の父が元々秦国で相国をしていましたので、その改革とやらにも興味はあります。喜んでお引き受けいたそう。それで宜しいですかな?」
秦初はそう言いながら、
『此れは面白く為って来た…しばらく退屈しないで済みそうだ!』
そう想いながら快諾した。
白雪はとても嬉しそうに感謝の意を表していた。




