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何者か?

その日秦初は、久し振りに秦国の地に舞い戻って来ていた。


本来なら、まず義父である子規の御尊顔を拝しに行くのが子の努め…と言ったところで在ろうが、どうもその気は無いらしい。


『雪か…積もるかな…』


秦初は秦国に入る前辺りから、粉雪が舞っていたのには気づいていたが、時と共に雪は街道に植えられた木々の枝をどんどん白く染め上げており、積もる事が予想された。


彼は眼の上に手を添えて、空を見上げると、


『此れは急がねば成らんな…』


と足を速めた。


秦国の雪は降り積もると(かさ)が増して、下手をすれば腰まで浸かってしまう。


その後はお約束の吹雪となる事も判っていたためであった。


『約束は守らねば成らない…』


秦初はそう想いながら、あの出逢いの事を考えていた。



『……』



彼は修業の(かたわ)ら、斉の国で稷下(しょくか)の学士に()じって、(まつりごと)の有り様について議論を闘わせていた。


稷下の学士とは、戦国時代の斉の国都である臨淄(りんし)に集まった学者たちの事である。


臨淄の13箇所ある城門のひとつである『稷門(しょくもん)』の近くに住まいを与えられた事から、この名が就いた。


稷下の学士たちは、自分の信ずる説を唱えて、日々他の人が唱える説との論争をした。


人々はこれを百家争鳴(ひゃっかそうめい)と呼んだ。


主な説には、陰陽家(おんみょうか)儒家(じゅか)墨家(ぼっか)法家(ほうか)名家(めいか)道家(どうか)縦横家(じゅうおうか)雑家(ざっか)農家(のうか)小説家(しょうせつか)兵家(へいか)などがある。


中には(´- `;)何じゃこりゃ…と訳の判らない説もあるので、幾つかご紹介しようと想う。


興味の在る方は此れを機会に調べて見ると面白い。


まず名家であるが、これは簡単に言うと、今でいう所の『哲学』である。変な(たと)えが多くて、読んでみると面白いが、頭が混乱して来る事、請け合いである。ひとつだけ記しておくが、「白馬は馬ではない」(白馬非馬)…(^^;ね!嫌でしょ?(笑)


次に道家であるが、此れは『老荘思想』の事で、老子と荘子という人が唱えた学問である。道は天なり…云々と書かれているが、簡単に言うと、儒家の逆思想であり、隠棲(いんせい)の薦め…の様なものである。


雑家とは、無論の事、雑学では無い。あらゆる諸家の説を取捨(しゅしゃ)統合(とうごう)参酌(さんしゃく)したものであり、簡単に言うと、良いとこ取りだし、悪く言えば節操が無いと言うべきか…。


農家は、読んで字の如しで、主に農業技術を教える学問である。


小説家は、物語を書く人では無い(^^;…。簡単に言うと、故事成語を使った戒めや活用の学問である。


墨家は、平和主義、博愛主義の学問である。但し、非戦論者とはまた趣は違う。攻められて困っている城が在れば、積極的な守城戦を展開する戦闘武装集団であり、『守り』に特化した学問である。


この様に、さまざまな思想や学問が接触し、学者たちの間で討論が行わることで、論理が磨かれ、相互理解を深めることにつながった…という事らしい。


そして、こうして形成されたさまざまな学問は、『稷下の学』とも呼ばれた。


秦初は、その中で切磋琢磨?し、様々な学術を吸収する事で、学士たちの観念を知ろうとして居たので在った。


そして、その合間には囲碁を打ちながら、酒を傾けて、賢人と見れば交流して知識を吸収したりしていた。


そんな中で、ある時に二人組の女人が酒を傾けている光景を見つけて、『珍しいな… 』そう思いながら、酒の(さかな)に遠目で眺めていた。


すると、酒の席ではそう珍しくもないが、酔った勢いで、二人に(から)(やから)が居た。


『これは…いかん!』


秦初はそういう輩が"大"のつく程、嫌いである。


『女性に狼藉(ろうぜき)を働くとはけしからん!』


彼は直ぐに立ち上がると、真っすぐにスタスタと歩いて行った。


そしてその乱暴者の背中に「おい!」と声を掛けて、その肩を掴もうとした刹那(せつな)の事である。


何とその男は、秦初の眼の前で宙にフラッと舞い上がると、その直後にスト~ンと頭から床に叩きつけられたのだ。


一瞬の事に秦初でさえ、いったい何が起こったのか、直ぐには理解出来ずに居た。


しかしながら、その直後に大歓声と共に場内から拍手喝采の嵐が起きて、その中心にひとりの可憐(かれん)な乙女が(たたず)んでいた。


どうやら、それは二人の女人の内のひとりで、髪を後ろで一本に束ねた上で、右肩から前に流しており、服装は(いろど)りのある胡服(こふく)を着ていて、長年に渡り、男勝りが板についているのは明らかだった。


胡服と言うのは、北方の騎馬民族が来ていた民族服で、いわゆる民族衣裳であるのだが、騎馬戦の際に役に立つ。


当時の中華の戦いは主に戦車戦と歩兵戦術が主体となっての混合戦だった為か、大夫たちは袖が長く、腕が隠れる様な上衣とスカートの様な仕様の下衣を身に(まと)って居たため、それでは騎馬には乗り難かった。


そこで趙国の六代君主・武霊王(ぶれいおう)は、趙を強国にして、周辺国を侵略するために、胡服を取り入れた上での騎馬戦術を強みとした。


騎馬に乗り、騎上から弓を射るというものである。


此れは読んで字の如く『胡服騎射(こふくきしゃ)』と呼ばれて他国に恐れられたのである。


さて、話を戻そう…。


頭から床に叩きつけられた男は「痛って~な!」と言って、懲りずにまだ手を出そうとしている。


可憐な乙女は、笑顔で聴衆に応えていたが、それを見ると即座に表情が変わり、怒り心頭に見構えた。


「おい!それくらいにしておけ、酒が不味くなる…。」


そう言うと秦初は男を後ろ手に拘束する様に、腕を(ひね)った。


男は「アッッツ」と大袈裟に(うめ)きながら、後ろをチラッと見たが、背が高く頑強そうな武人が恐い形相で睨んでいるのに気がつくと、途端にだらしなく弱腰となって、


「旦那ぁ~真剣(マジ)になるのは止めましょうや、判りましたよ、退散しますから、許しておくんなせぇや…」


と先程の威勢の良さは影を潜めて、腰が明らかに引けている。


秦初は、フッとほくそ笑むと、


「彼女たちに謝るなら許してやろう♪」


そう言って、少し腕を捻ってやる。


男は途端に顔を(ゆが)めたが、


「判りました、判りましたよ…」


と言って、二人の女人の方を向くと、


「迷惑をかけて申し訳ありませんでした。二度と致しませんので、許して下さい…」


そう言って、頭を深々と下げた。


秦初は「宜しい!では許してやる、早く行け!」


そう言って、男に声を掛けると腕を離してやった。


男は再び「すみませんでした~」と叫ぶと、一目散に逃げ出して消えてしまった。


「おっと!()(しろ)を貰うのを忘れていたな…亭主、これはあの男の払い分だ、取っておいてくれ!…(ちな)みに此れで足りるかい?」


秦初は揉め事を比較的近くで、ハラハラしながら、見ていた酒場の(あるじ)に声を掛けると、亭主は、


勿論(もちろん)です。お釣りが来ます、旦那色々と有り難う御座いました♪」


そう言って、嬉しそうに去って行った。


秦初は「やれやれ…」と言いながら、両手を(かしわ)()にして、パンパン叩いて(ほこり)(はら)うと、自分の席に戻ろうとした。


すると、その背中越しに声が掛かり、


「お武家さん、良かったら一緒に如何(いかが)かしら?」


と声が掛かった。


秦初は、振り向くと、先程の勇しい乙女が、


『おいで!おいで!』


と手招きしている。


秦初は照れながら、歩を進めると、


「大丈夫そうで、安心しました。でもお嬢さんには不要だったのでは?」


と、笑みを浮かべた。


男勝りなお嬢さんは、クスクスと笑い出すと、


「いいえ…有難(ありがた)かったわ♪私はあんな輩は何程の者でも無いのだけれど、私の連れ…即ち、彼女は私の親友であり、家宰なのだけれど、怖がりなのよ!それに私がお転婆な事をすると、後で叱られるの♪だから今回は仮りて置くわ!」


そう言うと、腰を折りながら、女性らしく礼を述べた。


そして、


「私は魏国を拠点にして、幅広く商売をしている采配(さはい)(がしら)の"白雪(はくせつ)"、そして、此ちらが私の家宰の喬燕(きょうえん)、宜しく♪」


そう挨拶すると、席を勧めてくれた。


喬燕もニッコリと笑顔で軽く相槌を打つ。


秦初は、勧められた席に座りながら、


「私は秦初と申します。中華全土を又に架けての、武者修業の身の上です。宜しく!」


そう挨拶を返した。


その上で、


「はて…喬燕ってどこかで聞いた事がある名前だな(^^??」


と、不思議そうな顔をした。


けれども、さすがに面と向かって相手に、


『どこかでお逢いしましたか?』


などと聞ける筈も無い。


いくら何でも相手は女性だ…初対面で聞く事では無いし、第一、誤解を受けたらど~するのだ。


聞きように依っては、公然と軟派(ナンパ)している様に取られ無くもない(^o^;)…


秦初は仕方無く一緒に酒席を囲むと、たわいも無い 雑談に応じながら、時折り、チラッチラッと喬燕を見た。


『確かにどっかで逢った記憶はあるんだけれど、どこで会ったのかしらん?」


ところがこういう時に限って記憶と言うべき物は、そう簡単には、(よみが)えらないと相場が決まっているもので、秦初は頭を抱えてしまった。


そんな秦初を眺めながら、白雪はこちらも不思議そうに秦初を見ている。


それはそうだろう…会話の合間に絶えず、チラッチラッと、一方ばかりを見られては、自分も居るのに気分が良かろう筈が無い。


女性はこういった事には敏感だし、ある意味、男性はいつの時代も鈍感である。

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