思わぬ来訪者
その頃、衛鞅はどうして居たのかというと、相も変わらず高台にある宿泊所の一室で気ままに過ごしていた。
正確にいうと、人材登用の募集が締め切られ、景監に依って正式に終了の宣言がされて以降、宿泊所としての機能は閉鎖されており、既に以前の在るべき姿である宿屋に戻っていたが、孝公の計らいにより、衛鞅だけは前と同じ様にただで宿泊する事が出来たからである。
此れは単に衛鞅にあてがう住まいが未だ決まって居ないためで、正式に任用が決まらないと住まいがあてがえない為であった。
孝公の胸の内では、既に衛鞅を左庶長に任用する事は決まっていたが、左庶長といえば『大夫』の位を飛び越えて、いきなり『候』の階級に任命する事になる。
その為には正式な手続きを経ないと任命出来ないという厳しい縛りが在ったのだ。
関係閣僚(秦国の貴族階級)を参集して、その功を読み上げ、任命する理由を明確にしなければ成らない。
この場合はそれが秦の変法改革の具体的な草案を示した事であり、それを実行に移す為の然るべき権限を与える為であった。
皆の先頭に立ち、改革を断行するためには、階級は必ず候の位でなくては成らない。
大夫以下の位ではそれは不可能なのである。
子規が以前、献公に依って政務を任された時には、小上造に任命された上で『相国』になった事は先に述べた。
子規は元々、嬴氏…つまり宗主の一族なので、皇族としていきなり高い階級を与えられても何の不思議もなかったし、周りも敢えてそれに異を唱える者など居なかったが、衛鞅の場合はそうもいかない。
衛鞅は確かに『衛』の国の公子ではあったが、それは『衛』の国では皇族であるというだけの事であり、『秦』の国では只の余所者でしか無いのだ。
因みに『衛』の国とは周の文王の九男・康叔を始祖とするので、元は周の皇族が建てた国である。
場所は今の中国の河南省付近に在ったとされており、三晋と斉・鄭・宋に周りを囲まれていると言えば、歴史好きな読者諸君なら、だいたいの位置関係がお判りになるだろうか?
建国時は朝歌を都とした『衛』であるが、此処は、ちょうど黄河と淇水の間に在り、中原の中心部に位置する豊饒な地であった為に、春秋・戦国時代を通じて、係争の的となった。
『衛』が弱小国家に成り下がった理由はこの辺りにあるのかも知れない。
そう言った訳で、まだ『衛』の国が戦国七強国クラスの対等な立場の国であれば、また扱いも違ったかも知れないが、この頃の『衛』の国は見た目にも斜陽に向かっており、『三晋』と呼ばれた魏・趙・韓などから絶えず圧力を掛けられていて、斉なども虎視眈々と狙っているなど、正に蛇に睨まれた蛙の如き、弱小国家と成り下がっていたので、敬意を以て迎える程の器の国とは観られなかったのである。
そして衛鞅自身も『衛』の国を捨てて、『魏』の国に活躍の場を移し、中庶子に為っているのだから、最早『衛』の国の公子とも呼べない立場で在ったので、尚更であり、孝公に依り『他国の客将』として位を貰う他無かったのだった。
その衛鞅は草案が孝公により認められて、草案を立案した事に依り、孝公預りの『客分』の立場で今は来るべき日を待っている状況という所である。
衛鞅はのんびり机に向かって竹簡にまたぞろ筆を走らせている。
孝公に正式に採用される迄の間に、少し余裕が生まれたため、この際、先の事を見据えて、第一次変法が軌道に乗った後の事をあれやこれやと考えていたのである。
衛鞅はこの先、忙しく為れば、先の事をゆっくり考えている暇が無かろうと思い、既に先々の事に心を馳せて居たのだから、大した度量というべきだろう。
そして、その合間には、外に出て新鮮な空気を吸い、木々に集まる鳥たちや、宿の庭で戯れる犬猫などをからかいながら、のんびりと過ごしていた。
此処二、三日間は、第二次変法の草案作りに費やされていたが、折からの雪で寒さが増し、庭にも雪がだんだんと積もって一面、真っ白な雪景色と変わっていた。
『此れでは外に出る事も出来ぬ…』
衛鞅は上等な白テンの衣を肩に掛けて寒さを凌いで居たが、ちょうどその時に宿の亭主が声を掛けてくれた。
「衛鞅さん、遅くなってすみません。直ぐに囲炉裏に薪を入れて、暖かくして差し上げますから少し待ってて下さい♪」
そう言うと、亭主は慣れた手付きで、囲炉裏に薪を入れて、手際良く火をくべると、その上に茶を入れた土瓶を下げてくれた。
「ご亭主、此れはすみませぬ!とても助かります♪」
衛鞅はそう礼を述べると、頭を下げた。
「いや何、大した事ではありませんよ♪君主様からお預かりした大事な方に、肩身の狭い想いはさせられませんから!間も無くお昼ですな…直ぐに昼食をお持ちしますんで、少し待ってて下さい♪」
亭主はそう言うと、忙しそうに引き上げて行った。
やがて土瓶がグラグラと煮立ってくると、衛鞅は土瓶を囲炉裏から外して、器に茶を入れてひとくち飲んだ。
喉も乾いていたし、ゴクゴクとそれは美味そうに飲み干すと、もう一杯器に茶を入れてから、土瓶を再び囲炉裏に戻しておいた。
その上で、机に積んである竹簡の山の中から、そのひとつを再び取り出すと、カタカタと小気味良い音を立てながら少しずつ広げて行き、自分がこの数日に書き記した第二次変法の中身に眼を走らせて行く。
それをニ、三度繰り返すと、満足した様に竹簡を置いて、再び茶を啜った。
そこにちょうど宿の亭主が昼食を持って来てくれた。
「衛鞅さん、今日は朝早くから生憎の雪で、朝市もお休みなんですよ…」
亭主がそこまで説明すると、衛鞅は気兼ねしたか、
「それは難儀な事ですな…でも構いません、食事を一日三食きちんと提供していただいているのです。此れ以上、何を求めるでしょう。お気遣い無く!」
そう言って、亭主を気遣った。
ところが亭主はそうでは無いと言う。
「確かに朝市はお休みだったのですが、アハハ…こんな雪の中、市場に出掛ける方も変わり者と言えるかも知れませんが、行ったお陰でもっと変わり者に会いましてね…そいつぁ、私の昔からの悪友なんですが、大の釣り好きでしてね、それが高じて漁師をやっているくらいでして、この寒い中、渭水に船を浮かべて、川魚を取り捲ったらしいのです。ちょうど折からの雪で、保存状態抜群、新鮮に輸送出来たのは、良かったのですが、肝心の市が休みで、買い手が無いと言う…昔からどこか抜けた奴なんですが、憎めない奴でして、仕方が無いので半分は自分で持ち帰るが、半分はお前にやると言われまして、私も気の毒だから、此れで酒でも飲んでくれ!と手間賃は置いて来ましたが、思わぬ材料が手に入りましたので、それを砕いて叩き、摘入にして山菜と煮込みました。そう言った訳で昼は煮込みと大判焼きです。ど~ぞ召し上がれ!」
亭主は長々と自分が言いたい事をとっとと述べると、「やれ、忙しい」とまたぞろ引き上げていった。
帰り際、「上手い具合に雪ならいっぱい庭にありますんで、魚は埋めてありますから、今夜はまた御馳走しますよ!」そう言うのを忘れなかった。
衛鞅はフゥ~と溜め息を尽くと、
「とても良い方だが、話しが長いのがたまに傷だな…」
と、苦笑しながら、煮込みをひと口食べてみた。
魚の摘入がとても美味しい。
「故郷の朝歌では、黄河や淇水から取れた魚をよく食べていたっけな…」
衛鞅は懐しさも手伝ってか、食欲も進み、「旨い旨い」と言いながら、あっという間に平らげてしまった。
そして再び土瓶から茶を入れて、美味しそうに啜った。
すると、そこに慌てたように宿の亭主が戻って来て、客の来訪を告げた。
「この雪の降る中を、わざわざ自分を訪ねて来るとは、いったいどんな物好きだろう…」
と、それだけに興味を抱いた衛鞅は、即座に決断して会う事にした。
「是非、お会い致そう…悪いが案内していただけますか?」
彼は亭主にそう伝えると、亭主は「お易い御用です!」そう言って再びバタバタと、引き上げて行った。




