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師弟の絆

「お大事に…」


黒龍はそう言うと、景監宅を後にした。


令狐は別れ際まで何度も頭を下げて、黒龍を見送っていた。


『気丈な娘さんだ…かなり苦労して生きて来られたらしいな。あんなに泣き腫らして、取り乱していたのに、いざとなると、テキパキと行動出来るのだから、とても感心した。まだ若いのに、気高ても良いし、景監殿は幸せ者だな…』


黒龍はそう想いながら、街路を歩いて行く。


道行きでは、家から男達が総出で街路に出て、懸命に雪掻きをしている。


大抵の者は簑を着て、菅傘を被っているが、良く見ると、どれもかなり年季の入った代物で、何度も破れては(つくろ)い、破れては繕いしているらしく、繕った部分だけが真新しい(かや)で編み込まれているためか、見た目が(まだら)に成っているし、泥まみれになっては、(すす)いでいるためか、泥がこびり付いてしまっている物もあった。


それでも夜露を(しの)ぐためには必要であり、この寒さの中で、無いよりはましなのだから、皆大切にしているのだ。


それでも苦しそうにやっている者は誰ひとり居らず、皆、一生懸命声を出して、励まし合いながら、取り組んでいる。


各々の開いた口からは絶えず白い息が宙を漂い流れていく。


吹雪が通り抜け、雪が舞った後なのだから、それだけ外は寒さが厳しく、未だに身を切る様な寒さが絶え間無く襲って来る事を考えれば、吐く息が白くても当たり前だろう。


それにも(かか)わらず、そんな過酷な環境下で働いている彼らの蟀谷(こめかみ)からは、ツーっと汗が吹き出していた。


そしてその汗で出来た湯気が空気に触れた瞬間、ス~と消えて行くのだ。


それだけの重労働なのだと言えよう。


彼らの様な勤勉で過酷な環境を(いと)わない者たちが居るから、雪の後でも道が歩ける。


有難い事だし、感謝しなくてはいけないだろう。


そんな彼らが、いつまでも報われないのは、やはり世の中が間違っているのではないか?


黒龍はそう想うのだ。


我が君が行う改革が、彼らの様な貧しい者の糧に成り得るものならば、どんなに良かろうと彼は思っていた。


それにしても、こんなに人が営みの中で努力を重ね続けていても、それを一瞬にして(くつがえ)して仕舞える大自然の大きさとは何て容赦が無いのだろう。


そこには慈悲の欠片(かけら)のひとつも無く、圧倒的な圧力のままに傍若無人に振る舞う災悪としか言い様が無く、その力の前には、人という存在など何て()っぽけなのだろうとつくづく思い知らされる。


それでも諦めずに、先人たちは何度苦汁を飲まされ様が立ち直り、倒されても倒されても、起き上がり小法師の様に、再び立ち上がり挑んで来たのだ。


黒龍はそう想いながら、自分も改めて気持ちを引き締め直す事にした。


『年老いたとはいえ、まだまだ若い者には負けん!』


我が君のお側でお仕えする以上は、言い訳など効かないのだ。


わざわざこの老体を求めて、足を運ばれた我が君の切なる気持ちを無下には出来ないのだ。


些少の事柄で、いちいち足手まといになって居ては目も当てられないのだ。


『だから…自分も初心に返って、気概を持って事に当たろう…』


黒龍はそう想ったのだった。


『……』


『さてどうするかな?』


よくよく考えてみれば、大后様のところを辞去した後に、子規邸に真っすぐに赴いたものだから、その身は中途半端にぶら下っているようなものだ。


恐らく今は主君に復命しようにも、連日の強行軍から、身体を休められている事だろう。


『一旦、自宅に戻って待機しておく事にするか…』


説明も行き届かないまま、買蔣のところに顔を出しても、変に誤解させるかも知れない。


それで無くても、彼は自分が推薦した男なのだから、弟子も同然だが、その弟子の仕事を奪い取ると思われては、甚だ心持ちが悪い。


主君からの説明を待つのが妥当な気がしていた。


そこで黒龍は、主君の屋敷に赴くのは後廻しにして、自宅に戻る事にした。


黒龍の自宅は、大后様のお屋敷の離れにあり、裏手の門から入れば特にお屋敷の者に見咎められる事も無いので、この場合は幸いというものだった。


但し、衛兵は当然の事ながら配置されているので、挨拶はかわす。


黒龍は特に物持ちでも無く、質素な暮らし振りが長年、板についているため、大袈裟な整理は不要だが、人が暮らしている以上は何やかやでゴミも出るし、着衣も必要だ。


『今のうちに少し整理でもしておくか…』


黒龍はそう想いながら、自宅の門扉を開いた。


するとそこには予想外の待ち人が佇んでいたのである。


買蔣であった。


黒龍は今の今まで彼の事を考えており、彼を(おもんばか)って、直行を避けた筈が、その彼が突然眼前に現われたので、たまげてしまった。


『いったいどういう事だ?』


黒龍は少々混乱してしまっている。


しかしながら、当の買蔣の方は浮き浮きした顔で、黒龍を見つけると、


「お師匠様♪御無沙汰しております。」


と言って、駆け寄って来た。


その眼は(ラン)々と輝き、その頬は緩んで、とても嬉しそうだ。


「お師匠様♪また一緒に働けるんでしょう!私、先程(さっき)それを知ったので、こうして会いに来ちゃいました。また、色々と教えて下さいね?今からとても楽しみですo(^o^)o♪」


買蔣はとても興奮しているらしく、一気に(まく)し立てた。


却って黒龍が惑いを感じる程に彼は喜びを隠す事が無いのだ。


それは見た目にも判る程で、身体全体で浮き浮き、わくわくしている。


杞憂(きゆう)だったかな?」


黒龍は想った。


元々素直な裏表の無い男だったから、彼を推したのであるが、今でもこんなに自分を慕ってくれるとは…そう想うと黒龍も嬉しかったのである。


『噂の出所はやはり主君か公主様かどちらかだろうな…』


黒龍はそう感じたため、悪いとは想ったが、(かま)を掛けてみる事にした。


「そうか、そんなに喜んでくれて私も嬉しいよ…だけど知ったと言ったな?いったいどうやって知ったんだい…」


すると買蔣は嬉しそうにすぐに答えてくれた。


「私、行き先聴いてなかったもので、当日主君がお帰りにならなかったものですから、大后様に御相談に伺ったのです。そうしたら、公主様が明朝一番で主君のお部屋で待ちましょうってお話になって、待っていたところに主君が戻って来たのです。主君と公主様のお話の中で黒龍様の名前が出て、黒龍様が主君の直臣になられた事を知り、師匠と一緒に仕事が出来ると喜んでいた次第です(^з^)-☆」


話し終えた後も買蔣の気持ちは変わらぬままで、その顔には喜びの色があふれていた。


『成る程…そういう事か!』


黒龍は深い溜め息をついた。


『……』


彼はその場に居合わせた方々、全てにお仕えした経験があるため、それぞれの性格やものの考え方も把握している。


公主様はとても明るい聡明な方で、我が君にとても懐いており、何かにつけては『兄上…兄上♪』と絡みたがる。


容姿端麗で第一印象はとても素敵な女性に観えるので、初めて会った人ならば、誰しも一目で彼女の事が好きになるだろう。


だから大人しくして居れば、もうとっくに御縁が逢っただろうに、未だにおひとりでいらっしゃるのには、訳があった。


彼女は性格が男まさりで、例え相手が殿方で在ろうとも、ずけずけと物を言う。


特に女性を(ないがし)ろにしたり、下風に見る輩は大嫌いで、口も立つので、彼女が不遜と感じた相手には容赦が無い。


相手をギャフンと言わせるまでやり込めて仕舞うので、相手は腰が引けてしまい逃げ出す始末である。


乙女を(あなど)る殿方に、大人しく尻込みしてる様な女子(おなご)では無いのだ。


当然そう言う武勇伝が重なると、彼女に接近しようなどと想う物好きな殿方は居なくなる。


時代に関係無く、こういう噂は直ぐに広まるので、適齢期の殿方は誰しも怖がって、最早(もはや)近づく者など居ない。


けれども彼女はそんな事はお構いなしに、全く気にしている素振りも見せない。


『自立した女性』この言葉が彼女には一番相応しいのでは無いかと、黒龍は想っている。


こう表現すると少々我儘(わがまま)な姫君に写るかも知れないが、けしてそんな事はない。


彼女は侮られる事が嫌いなだけであり、対等な立場で接する限りにおいては、明るく溌剌(はつらつ)とした女性(ひと)であり、優しい仕草さえ見せる事が在った。


『おキャンな性格の甘えん坊さん…』そう言った所で在ろうか?


『蘭玉様は昔から我が君を慕われておる…』


蘭玉が兄に懐いているのは、兄の中に『男の理想像』を観ているからであった。


自立した優しい殿方…人の痛みが判り、気遣いの出来る人柄…そして大きな大志を抱き目標に向かって邁進する姿…そう言ったところであろうか。


渠梁もそんな蘭玉の自己表現を厭わない真っ直ぐな性格を兄として愛していて、とても可愛がっていたのである。


だから余程の事が無い限りは、包み隠す事無く、何でも答えるし、言いたい事が言える仲なのであった。


『……』


『相手が蘭玉様ならば、有り得る…』


黒龍はそう想いながら苦笑した。


買蔣は(つぶ)らな瞳でこちらを見つめている。


黒龍はフッと溜め息を尽くと"仕方無い"とやおら諦めの境地で、買蔣に真摯に向き合う事にした。


相手を(おもんばか)る余り、避けていた自分が馬鹿らしくなったのである。


『もう少し彼の性格を深く考慮すべきであったな…』


買蔣は今も昔も変わらぬ、素直で律儀な男だった…それが今、いみじくも明らかと成ったからには、最早、余計な詮索も配慮も要らなかった。


只真っ直ぐに気持ちに応えるだけで良かった。


「そうだな♪買蔣、私もお前とまた一緒に働ける事がとても嬉しいよ♪こちらこそ宜しく頼む。この際だから、お前に私の持てる全ての経験を伝えてやるから、覚悟せよ(*^^*)私は厳しいぞ♪」


黒龍はそう言って笑った。


「ほんとですかo(^o^)o♪師匠~すっごく愉しみで~す♪やったぁ(´- `*)滅っ茶嬉しいな~♪」


買蔣は本当に嬉しそうだ。


黒龍はこうして無事に古巣に戻る事が出来る喜びに感謝していた。


「今日から私がお前の教育係だ!ビシビシ鍛えてやるから覚悟する様に♪」


黒龍はそう告げた。


彼なりの覚悟で在った。


『初心忘るべからず…』


あの言葉が脳裏に焼きついていた。


「(^o^ゞはい!」


買蔣は此れ以上は無い程、しっかりとした声で、嬉しそうにそう応えた。

【誤字の訂正】


黒龍ばそう想いながら、街路を歩いて行く。


「黒龍ば」を「黒龍は」に改編。

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