景監の許嫁
子規の属人が馴らして固めた並木道を下って行くと、その先の道はほぼほぼ雪に覆われていた。
僅かに朝早くから動き出す農夫達に依って、人ひとりが辛うじて通り抜けられそうな細い道が、前方に向けて続いている。
「おい!景監…集中力を切らすで無いぞ…命に関わるゆえな。我らは運命共同体なのだから、慎重に行くぞ…こんな所で改革が水泡に帰したら目も充てられぬ(^-^;…」
孝公はそう声を掛けると、ゴクリと喉を鳴らして、決意を固めた。
「(;^_^A判っておりますよぅ…私もまだ若い身空で死にたく在りませぬ…こんな所で死んだら、令狐に叱られますぅ…」
景監はそう哭きながら、腹を括った。
令狐は景監の許嫁であり、二人は既に一緒に住んでいるが、此れは元々二人が従兄妹同士であるためだった。
令狐の両親は既に二人とも亡くなっていて、景監の両親が彼女を引き取って以来、二人は本当の兄妹の様に仲良く暮らして来た。
令狐の住む家は元々、巴の地に在ったのだが、その地で10年程前に蜀との土地を巡るいざこざが有り、その時に令孤の両親が巻き込まれた末に犠牲と為っていたのである。
景監の父親はその訃報を聴いた時に、危険を承知で彼女を探しに巴蜀に侵入して、やっとの事で探し出すと、身を挺して彼女を守り、救い出して来たのだった。
景監と令狐はそれ以来兄と妹として育てられた。
彼は兄として、事或るごとに令狐を守って来た。
そしてその事が彼に独立心を芽生えさせる事になる。
景監は守る者が出来た事で精神的にも大きく成長出来たと言えるのかも知れない。
令狐も両親の死という、小さな子供には大変にショックな精神状態から立ち直るに当たり、景監の存在は大きかったのだと言えよう。
恐らく幼かった彼女にとっては、自分を身を挺して守ってくれる景監の存在は、依り大きな存在として写った事だろう。
そして彼女の心の拠り所と成った彼の存在が、彼女の中で時と共に育まれ、大きく膨らんでいったとしても、不思議は或るまい。
やがてそれが淡い恋心と成っても自然の成り行きというものだった。
景監の父はそんな中で北方の馬賊の反乱鎮圧の為に戦いに赴き、帰らぬ人と成った。
母親もその後、直ぐに病で亡くなる。
両親を亡くした景監は一時、落ち込んでは居たものの、それを許さないのが令狐の存在であった。
自分が元気に働かねば、彼女を養っていけない。
その想いが彼を依り強く逞しく成長させたのである。
そして令狐もそんな景監に寄り添い支えて来た。
此れが切っ掛けで在ったのかは判らぬが、令狐の淡い恋心は依り強くなり、次第に景監を異性として意識し始める。
そんな訳で、令狐は彼に恋焦がれて居たが、彼女がまだ幼かった事と、一時の気持ちからその想いを受け入れる事の出来なかった景監は、彼女を育てながら、将来は誰か然るべき相手を見つけてやるつもりで在った。
しかしながら、彼女の仄かな恋は、やがて愛に昇華しており、景監を想う気持ちは変わらなかった。
そんな一途な彼女の想いに景監の心もやがて変化を見せて来ていた。
さらには令狐は愛らしい笑窪の可愛い素敵な女性に成長していたので、景監自身も彼女の顔を毎日の様に観て暮らす内に、自然と愛する様に為っていたのである。
そんな令狐を置いて、こんな所では死ねない…そういう事なのであった。
「そうだな…その気持ちは大事にせよ♪先程の体たらくは御免被るゆえな(´▽`)♪」
孝公は景監とじゃれあいながら、ポンポンと軽く頭を叩いた。
そんな二人を見つめながら、黒龍は思い切って口火を切った。
「如何でしょう?私が先に先行して、行く手を検索致します。反対側から人が来ないとも限りませぬ。まぁ早朝ですから、ほぼ大丈夫だとは思いますが、念のためですな…」
孝公は振り向くやチラリと黒龍を見つめると、
「そうせよ(´▽`)♪」
と応えて、再び景監の顔を眺めながら、
「次に私が進むゆえお前は私の背中にへばり着いておれ…それが一番安全だからな…ワッハッハ(´▽`)♪」
そう言って笑った。
「(;・ε・)チェッ!判りましたよ…仰せの通りに致します。この際それが一番安全そうですもんね♪」
こうして三人は計画的に溝の様に細い道を、心細げに進んで行った。
幸いな事には、黒龍がいみじくも語った通りに、早朝のせいで在ろうか…誰にも遭遇する事無く、三人は無事にこの細道を抜け出す事に成功したのだった。
『……』
三人が櫟陽城門に辿り着く頃には、すっかり陽が登り、雲の切れ間から落ちて来ていた粉雪も止んで、代わりに陽射しが降り注いで来ていた。
「二人とも御苦労で在ったな…疲れたであろう…しばらく身体を休めよ♪兄上の所には明日の朝にでも伺う事にしようと思っている。またその時には付き合って貰えると有難い…」
孝公はそう二人を労いながら、笑みを浮かべた。
「我が君…良かったですな♪私も無事に復帰第一戦を乗り越える事が出来てホッと致しました。」
黒龍はそう言うと、大きな息を口から吐いている。
その顔には安堵の色が浮かんでいた。
景監も安心したかの様に嬉しそうだ。
「我が君♪お陰様でこの景監、命を拾いました。後はまた身体を休めて明日頑張ります…お疲れ様でした(_ _)…」
景監は自分の不始末とはいえ、凍りついた雪の中に落ち込んだ事で、身体がかなり冷えており、本人が考えている以上に体温を失っていた。
また体力も削がれており、お腹も壊していたため、直ぐにでも離脱しなければ成らなかったのであった。
実際、口唇は紫色に腫れ上がっているので、見た目にもそれは判っていた。
孝公が彼を背中に捕まらせて、氷の細道を進んだ理由も其処に在ったのである。
「よく休め…大事な身体だ、ゆめゆめ無理はするで無いぞ…」
孝公はそう労いの言葉を掛けると、
「黒龍…悪いが奴を家まで送ってやってくれ…」
そう命じた。
「喜んで!さぁ景監殿、麗しの乙女が自宅で貴方の帰りを首を長くして待っておりますぞ♪行きましょう(^-^;…」
そう語り掛けると、景監をおぶって歩き出した。
「宜しく頼む(;^_^A…」
孝公はそう言いながら、二人の背中を見送ったのであった。




