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法に依る秩序

翌朝、孝公は早速に景監を呼び出した。


景監は主上の呼び出しに一瞬ドキリとしたものの、衛鞅の『今後はお叱りを受ける事は無い』という言葉を思い出して、半信半疑で登城した。


孝公の居室に到着すると、再び扉の外から顔をヒョコりと出して主上の顔色を窺う。


さすがに二度続けて怒鳴りつけられているため、おいそれとは近づけない。


孝公は日常の執務に励んでおり、書簡を見ながら、黙々と筆を走らせている。


その顔色は屋外から射す陽の光に依って、浮かび上がるようによく見えた。


とても充実しており、穏やかな顔をしている。


景監は少しホッとしながら、スッと扉の真ん中辺りに身体を現し「我が君、お呼びでございますか?」と声を掛けた。


するとその声に反応する様に顔を上げた孝公は、


「景監か…朝からすまないな。よく来た。そこに座って待っててくれ…切りのよい所までやってしまいたい。」


そう言って席を勧めた。


「はぁ…承知しました。」


景監が座に着くと、孝公は再び書簡に目を遣りながら、筆を走らせている。


景監はその姿を眺めながら、


『言葉尻も穏やかそのもの…何よりこんな朝から執務に励んでいるとは、時間を惜しんでの事に相違無い…どうやら三回目の会見は上手く事が運んだ様だな…楽しみに待つとしよう。』


そう想いながら、ひたむきに取り組む主上の顔を微笑ましく見つめるのだった。


やがて…けりが着いたのか孝公は書簡を丸めると、机の端に寄せて置き、筆を硯の横に置くとおもむろに立ち上がって、「待たせたな♪」と言いながら、景監の座る席の対面にドシッと腰を降ろした。


この席は衛鞅と話し合うために(こしら)えた例の席である。


「それでお話とは昨日の会見の事に御座いましょうか?」


景監も少し唐突とは想いながらも、早く結果が知りたいので、気がせいていたのだろう…やおら()かせる形に成ってしまった。


孝公はそれを感じたのか、苦笑しながらもニコニコ微笑みながら、話し始めた。


「景監よ!お主の客人はなかなか話が判る男の様だな♪昨日の話はかなり興味深く拝聴したぞ。あの男には既に頭に(えが)いた計画(プラン)がある様だ。彼がなぜこんなにも回りくどい真似をしたのかも、何となく理解出来た気がするよ。」


そう言うと、「お前も気が気でなかったろう?すまなかったな…骨折り御苦労だった。」そう言って景監の骨身を惜しまぬ奉仕の姿勢を労ったのだった。


景監は、主上の期待が実りつつある事を喜び、そして我が身を労う気持ちに感無量で、言葉に詰まった。


「それはよう御座いました…」


ただ一言、声を振り絞りながら、そう応えたのだった。


孝公は事が穆公の治世の話に及んだ事を話し、穆公が百里奚(ひゃくりけい)という名臣を見出(みい)だした様に、この孝公は衛鞅という傑物を見出だしたのかも知れぬ…と語った。


まだこの時点では、具体的な施策も聞いていないのに、不思議な事だが、孝公にはそれだけ想う所が在ったのかも知れない。


景監もほぼ同じ事を頭に描いていたが、主上にはそれだけの確信が持てたのだろう…それならばこれ以上は何も言うまいと、その気持ちの有り様を真摯に受け止めて、素直に喜ぶのだった。


そして話が終わると孝公は、景監に次の会見の段取りを組むように申しつけた。


そしてひと言…「実はな、次の約束はしたのだ。」そう言って笑った。


「だから会見の日が決まったら、お主は安心して直ぐに私に知らせてくれ!今までは話し掛け辛かったろう(*^^*)すまぬな…衛鞅の予定に合わせるから明日以降なら早い方が良いぞ♪私は今日は可能な限り、執務を済ませる所以宜しく頼む!」


景監も安心した様に微笑みながら、「承知しました!お任せ下さい。」そう言って立ち上がると、拝礼しておずおずと退出した。


孝公は景監の背中を見送ると、再び着座して、書簡を広げた。


そして筆を取ると身を乗り出して執務に復帰するのだった。


『……』


景監は主上の居室を退出すると、その足で宿泊所に向かった。


気持ちは晴れやかで、心なしか歩みも軽やかだった。


此れならあの坂道もひとっ飛びで駆け上がれるだろう…そう頭に想い浮かべて笑った。


気持ちひとつで此れだけ違うのかと苦笑しながら、衛鞅に会うのが愉しみで、心が弾んだ。


やがて坂道を登り切る頃には、身体から汗が(ほとばし)ってきたが、それすらも清々しい気分になれたのである。


衛鞅も笑顔で迎えてくれた。


そして開口一番、「如何ですか?」と聞いた。


景監は衛鞅を見つめながら、ニコニコして語り出した。


「衛鞅殿!貴方の仰る通りでした。私は今朝から我が君にお褒めの言葉を賜り、気分がとても良い。此れも貴方が約束を果たしてくれたお陰です。御礼申し上げる。そして貴方もよくぞ我が君の心を掴まれましたな…我が君は貴方をようやく認めた様です。是非とも次の会見を実現する様に申し使って参りました。」


そう言うと、衛鞅にペコリと頭を下げた。


衛鞅は景監にそう言われて少々恐縮して、照れている。そしてはにかみながら、


「ね?言った通りだったでしょう(^^)v♪」


そう応えた。


そして、少し考え込んでいたが、こう尋ねた。


「次の会見は三日後では如何か?私も少し真剣に話を頭の中でまとめたいのです。次がいよいよ本番ですからな…。準備万端にして置かねば成りません。」


景監は「確かにそうですな…我が君からは明日以降なら構わぬと言われております。まあ可能な限り早く!…とも承っておりますが、せっかくの機会です…じっくりと草案をまとめると宜しい。我が君もその方がお喜びになる事でしょうから…なあに少しぐらい待たせると良いのです!その方が有り難みもあるというもの…しっかりとお励み下さい。」そう言って小気味良く笑った。


お調子者の悪い所が如実に出ている。


孝公が聞いたら、また頭越成しに怒鳴りつけられそうであった…(;^_^A!


衛鞅もそれを聞いて苦笑している。


しかしながら、よい方向に考える事にした。


「有難いお申し出です。では遠慮無くお時間を頂くとしましょう。ではまた三日後に!」


そう言うと景監に拝礼した。


景監も答礼すると「ではお約束の日に!」そう言って、踵を返すと、再び坂道を下って帰っていった。


『(^-^;少々頼り無いが…彼無しには今回の会見は成功しなかっただろう。お調子者の景監殿に感謝しなくてはな…』


衛鞅はそう想いながら、机に向かうと木簡を広げて、要点を書き出し始めた。


『法に依る秩序…』筆でそう記し始めたのである。

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