孝公との対面
孝公は衛鞅を迎えると、
「嬴渠梁と申します。視察の旅ご苦労で御座った。どうぞこちらにお座り下され!」
そう言って、わざわざ此のために設えた対面の机の方へ衛鞅を誘った。
「衛鞅と申します。」
彼はそう言って頭を下げると、勧められた席に着いた。
そして、「この度は、面会の儀をご承諾下さり有り難う御座います。」と礼を述べた。
孝公は、「いや、礼を申し上げるのは、こちらの方です。よくぞ全国行脚を成し遂げられましたな…景監からも逐一報告を受けておりますぞ。なかなか出来る事ではありません。」そう言って衛鞅に労いの言葉をかけた。
『やはり景監殿は君主様に近しい方の様だ…しかも律儀な性格が如実に出ている。』
彼はそう想い苦笑したが、心の内に留めたのだった。
孝公は早速、彼の視察に基づいた施策を知りたがった。
衛鞅も無論そのために面会しているのだが、この秦の若い君主がいったい、な辺の領域を目指しているのかが判らないと、助言の仕様も無い。
衛鞅はそもそも施策の提出は求められてはいない。
それは、その期限が既に過ぎている事、また君主自体が期限を飛び越しての面会を望んだ以上、対面の場において直接に此れを説得する必要があったからであった。
衛鞅は孝公に面会してみて、その人柄については、申し分無く思っていた。
しかしながら、その才覚についても、この対面の場で直接確認せねば成らず、その目標も知る必要があったので、ふと悪戯心が湧いたのである。
彼は事もあろうに、一国の君主を天秤に掛けた下調べを担う事に決めたのであった。
彼が藪から棒に何故こんな事をし始めたのかは、前述の通りなのだが、やられた孝公の方は気の毒としか言いようも無かったし、彼は此れ以降、この悪戯の被害者として、お付き合いさせられる羽目に陥る事になる。
そう書くと、一方的に衛鞅が嫌らしい人間に写るかも知れないが、実情は、孝公の望みは本人しか知らない事なので、それを客観的に知ろうとした衛鞅をまんざら責める訳にもいかないと言うべきかも知れない。
面会を許されるだけでも大変であるのに、その貴重な機会を自ら潰しながら、御本人様の求める本質に的を絞っていくなんて、面白い男だと、全く真逆の結論に達する事も可能なのだ。
この悪戯を決行するに当たっては、君主に一番近い存在である景監の協力無しには有り得ない事なのであるが、彼はその要とも言うべき景監の懐に完全に入っていて、信用を得た事をこの際、最大限に活用させてもらおうと腹に決めたのだった。
無論、何にも知らない景監は、自分の役目は終わったとホッとひと息ついているが、そうは問屋が卸さないと言ったところかも知れない。
誠に気の毒な事である。
けれども仕方無いのだ。
この衛鞅という男に最後の希望を託したのは、他ならぬ孝公主従だったのであるから。
さて、彼の話を聞きたくて仕方が無い孝公は、
『(´▽`)早くぅ~♪』
という気持ちを隠さずに待ち詫びている。
衛鞅としては、そのご期待に沿えるかどうかは、当人のお好み次第という事になる訳だ。
第1回目…初対面である本日は、中華最大の高みである『皇と帝』の話をする事にした。
無論、『さすがに此れは無ぇだろうよ…』と、衛鞅も本当のところは判っている。
中華六強の国々よりも低く、底辺すれすれの所に位置している今の秦の状況を鑑みれば、神代の時代にその徳に依って中華を治めた堯や舜の如き高見を目指す訳が無い。
ぶっちゃけそれを百も承知で此れから宣おうという訳だ。
(;^_^A ある意味…鬼畜ですな(笑)
しかしながら、此れもお役目の内と心得ている彼は、『三帝五皇』の話を持ち出して、君主の一番大事な姿勢は『徳』であるとぶち挙げた。
そもそもこの『三帝五皇』って読んでいくと判るのだけどね、神話の様な話で、実在した人物かも判らない(-_-;)…。
日本でいう所の、天照皇大神やスサノウノミコトの様なものですな…。
その耳石を簡単に言うと、深い仁愛と徳により国を治め、民を慈しむ事が特上の政治だという事なんだけど、この時代の人でさえ、そんな事が可能だと考えてた人はいないと想える。
あくまでも理想の形を著しているに過ぎないんだよね(^-^;…
因みに衛鞅本人だって、そんな事が可能だと『露程』も想っていないのであるから、笑える話なのだが、御本人様が此れに興味があるなら、『此れで行く』しか無くなる…。
その場合は、「私よりもずっと適任の方が世の中にはいっぱい居ます。」そう言って、早々に離脱しようと思っているから、それならそれで構わない。
せっかくの旅の経験が無駄になるかも知れないが、それならいっその事、後日…他国でこの視察を敵情視察として役に立てれば良い (#゜Д゜)フフフ…。
f(^ー^;何事も無駄には成らぬという見本である。
彼はさらに夏の禹王や周の武王の話を持ち出して、「徳による国の成り立ち」を、夏の桀王や殷の紂王の話を持ち出して、「不徳による国の崩壊」に至るまで、切々と話し込んだ。
ところが、肝心の孝公は熱を帯びた力説の最中もひたすら眠そうに欠伸を噛み殺しては、変人を見る目で衛鞅を見つめている。
その顔には、ハッキリと、
『つまんないから、もういい!』
と書いてあった。
『そろそろこのくらいで勘弁してあげるか…』
衛鞅としても多少、引き際を気をつけておかないと、余りにも嫌われた場合、次の第2ステージに進出出来なくなると困る。
そこで、「どうも君主様には帝や皇の如き政はお気に召さない様ですね…御無礼申しました。お疲れの様ですから、今日の所は此れでお終いに致しましょう。また別の方法がお望みでしたら、お呼び下さればいつでも参ります。」そう言って、とっとと引き上げてしまった。
ただひとり取り残された孝公は、唖然として、彼の背中を、指を咥えて見送るしか無かったのである。
そして衛鞅は、『帝と皇はクリアしたか…案外まともな君主で幸いだった…ひとまず今回は合格だ!』と君主をまるで値踏みするかの様な言葉を、独り言で呟くと、嬉々として手を後ろ手に組みながら、意気揚々と宿屋に引き揚げて行くのだった。




