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約束

景監は衛鞅の(もと)を辞すと、その足で真っ直ぐ孝公の許に復命した。


孝公は景監が拝命を願い出ると、『いよいよかな?』と期待を膨らませた。


「我が君、ご報告が御座います…。」


景監も主が待ちわびているだろう事は理解している。


で…あれば殊更に前置きをする必要もないだろう。


孝公もけして異は唱えまい。


しかしながら、いくら自分が股肱の臣として大事にされているからといって、あくまでも自分はいち臣下なのだ!


不遜な態度があってはならない。


景監がそういった姿勢を貫いているからこそ、皆に親しまれる。


そして自身でそういう立場をわきまえているからこそ、皆の手本と成るべきだと心得ていた。


「衛鞅の事かな?」


孝公は単刀直入に入った。


その瞳は爛爛(らんらん)(かがや)いている。


「左様です、我が君!衛鞅の身体は随分と回復し、いつでも対面に(かな)う事でしょう…。」


景監はそう言うと、少し間をおいて苦笑する。


「実は先程まで視察道中の話を伺っておりました…。」


「そうであったか…」孝公は相槌を打つと、「まぁ…座りなさい。」と席を勧めた。


景監はコクリと頷くと、腰を掛ける。


「で…感触はどうか?」


孝公は期待を込めた態度を隠さない。


彼は気持ちを高揚させており、その耳は一声も聞き漏らすまいと準備万端である。


景監は少し苦笑した。


我が君が此れ程までに待ち望んでいる人物がこれ迄に居ただろうか?


その有り様は恋焦がれる女がひとり(しとね)で相手の男を待つ心持ちと言えた。


「ご期待に()えるのではと思っております…」


景監はそう応えると、衛鞅が旅の途中で出会った老人の話を引用しながら、道中の苦労と経験を語って聞かせた。


そして最後に衛鞅が口にした一言を()いて話を終えた。


孝公は話の途中、(しき)りに頷きながら、食い入る様に聞いていたが、老人の話のさわりでは、目を潤ませながら、口を真一文字に結んで慟哭した。


そして『…そんな些細な喜びが当たり前に得られる生き方をさせてあげたい…』そう口にした衛鞅の言葉に自然と心が熱くなった。


『直ぐにでも会ってみたいな…』


孝公はそう呟きながら、景監を見つめた。


「衛鞅殿からも我が君への目通りの願いが御座いました。彼は今朝目覚めたばかりの様ですから、明日にでも機会を作って差し上げては如何でしょう?私が連れて参ります。」


景監は正装をして自分を迎えてくれた衛鞅が、かなり無理をしていた事も承知していた。


衛鞅の事だから、今すぐに声を掛けたとしても、我が君に会いに来るだろう事も察していた。


しかしながら、なるべくならば、万全の体調で望ませてやりたい。


景監ならではの心配りであった。


孝公も景監の言葉の狭間から、その辺りの機微を詠み取ったらしく、


「そうだな…それが良かろう。景監よろしく頼むぞ!」


そう言って、待つ事にしたのだった。


『どうせ、今まで待って来たのだ…1日遅れたとしても大した問題では無い…明日が楽しみだな♪』


孝公はそう想いながら、


「御苦労であった…お前も下がって少し休みなさい。」


と景監にも労いの言葉を忘れないのであった。


景監は退出すると早速、衛鞅に使いを遣って、


『対面が明日に為った』旨を伝えてやった。


使いは直ぐに戻って来て、彼が『承知』した旨を復命した。


『いずれにしてもいよいよだ…此れで私もこのお役目をようやく一段落出来ると言うものだ…』


"我が君の想いに応えるまでは…。"


その気持ちで努めて来た景監は、ようやく肩の荷を降ろした気分であった。


一方、約束を守って直ぐに君主様との面会を実現した景監に対して、衛鞅は感謝していた。


そして約束を守った事で景監を完全に信用すると共に、『かなり君主様に信頼されている御仁なのだな…』と思ったのだった。


三者三様に、明日の『対面』に想いを馳せていた。

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