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覚醒

目覚めると質素だが清潔な部屋に寝かされていた。


約2ヶ月間に及ぶ行軍によって身体は基より心も疲れきってしまっていた。


しかしながら、当初の目的を完遂出来た事に依るその達成感のためか、胸に沸き上がる想いは、止めどなく溢れ出ており、納まる事はなかった。


「痛っ…。」


道中痛めた身体のあちらこちらが、悲鳴を上げている。


でも自分が成し得た事に比べれば、これしきの痛みなど、幾らでもくれてやれる程、その達成感は大きかった。


各地の庶民の暮らしは貧しく厳しい。


戦国六国の庶民の暮らしぶりも、苦しい事に替わりないが、ここ秦の庶民の生活に比べれば、まだまだ天国と言えた。


道中を巡る中で、出会った人々や計らずも関わった出来事を心の中で反芻しながら、秦人(しんひと)の気質をより深く探究する事が叶った…。


これは大きな成果であった。


衛鞅は感慨深く頭に想い描きながら、しばらく宙を見つめて身動(みじろ)ぎもせずにいたが、ハッと我に返ると、床から這い出た。


まず、自分の状況を確認しなければ成るまい。


身体は疲れていたが、だいぶ回復しつつある。


2ヶ月の行軍であちこち傷だらけだったが、傷口には薬草が塗られているようだ。


正直痛みは感じるが、立ち上がれない程でもない。


髪は手で触ってみると、清潔に洗われており、どうやらシラミやその殻なども鋤いてくれた様だった。


身体も洗ってくれたのだろう…腐臭は消えているし、服も新しく清潔なものに替えてくれてある。


ふと横を見ると、質素ながらも食べ物が置いてくれてあり、その傍らの木簡を広げて見ると、


『起きたらどうぞ食べて下さい。』


そう記してあった。


山菜漬けと饅頭がたくさん積まれている。


途端に腹が鳴り、空腹を感じた。


彼は箸を取り、山菜漬けを口に入れながら、もう片方の手で饅頭にかぶりついた。


しばらくは右手と左手を忙しく動かしながら、頬張り続け、ようやく腹が満たされるや、手の動きを止めた。


『お酒も有るのだな…。』


やや小さめの徳利からは醗酵した良い匂いがする。


そのまま鷲掴みに持つや、一気にグイッと飲み干した。


久し振りに喉が潤いスッキリする。


『少し強いな…。』


衛鞅はそう想いながら、鼻から刺激の強い息を吐いた。



しばらくすると、男が顔を出した。


懐かしの宿泊所の亭主である。


「起きられましたか…?お身体は如何です?」


亭主はそう言いながら、床几(しょうぎ)の上をチラッと見ると、満足げな笑みを浮かべた。


「食べられたのなら安心だ。回復に向かうでしょう♪あとはよく休む事ですな…。」


衛鞅は気絶していた自分を介抱してくれた事に対して礼を述べた。


亭主ははじめ気がつかなかった事を詫び、


「ご苦労されましたな…。それに比べればお安い御用です。」


と言って微笑んだ。


「ところで私はどのくらい寝ていたのでしょう?」


衛鞅はふと疑問を口にした。


すると亭主は快活に答えてくれた。


「そうですな…ざっと3日という所ですかな…。」


衛鞅はそれを聞くと申し訳なさそうに、


「そんなに…。」と言って恐縮している。


亭主は「身体が求めて居たのですよ!」と慰めた。


その際に衛鞅の傷口の薬草が取れかかっているのに気がついたようで、


「薬草を替えさせましょう…足りなければ食べ物も酒もまだあります。」


と積極的に世話を焼いてくれる。


「では酒をいただけますか?」と衛鞅は応えた。


亭主は「直ぐに!」と言うと、


「そうだ!目覚めたことを伝えますよ!」


と、『そうだった!』と思い出したかのように部屋を出て行った。

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