初恋の幼馴染みと学校まで二人三脚する事になった少年、調子に乗って人生の二人三脚も願ってしまう。なお、言われた少女もまんざらではない模様
高校三年のある朝、俺は眠気と戦いながらフラフラと登校していた。ここまではいつも通り。
しかし、振動したスマホの画面を見て――俺は一気に目が覚めた。
幼馴染みから電話がかかって来たのだ。小学校以来、実に六年ぶりの電話だった。
「もしもし? どうした珠美?」
自分の声が震えているのが分かった。
「和也、急いでモミジ公園まで来れる!?」
普段より早口な、珠美の声。
「モミジ公園って、昔よく遊んだあの公園だよね?」
「そう。すぐ来てくれないかな。お願い」
「わ、分かった! 行くよ!」
俺は走った。
何が何だか分からないが、呼ばれている事だけは分かった。それも、相当切羽詰まっているようだ。
走りながら考えた。
まず、思い出を振り返った。
珠美と電話したのは、小学生の時が最後だった。それは良く覚えている。何しろ、俺はその電話で振られたのだから。
その後、一回も電話をした事はない。これも間違いない。
中学の入学時も高校の入学時も、とりあえず連絡先を確認・交換した。しかし、実際に電話をする機会はなかった。
それなのに、高校三年生になって、突如電話だ。
珠美はこの前、足を骨折した。だから松葉杖で登校している。弱点が丸見えだし、早い移動が出来ない。
もしかしたら、男にナンパでもされているのかもしれない。それとも、ストーカーや変質者が出たのかも……。
心臓がバクバクしているが、全速力で走っているせいなのか、珠美の事が心配なせいなのか、分からない。
珠美に何かあったら俺は……。
何度も転びそうになりながら、目的地に向かって走り続けた。
――あの角を曲がればもみじ公園だ。無事で居てくれ。
見えた、珠美だ!
「珠美! 大丈夫か!?」
「あ、おはよ。松葉杖が無くなっちゃったから、二人三脚してよ」
珠美は、呑気に笑っている。
俺は呆気に取られた。
「はあ? なんだって?」
「二人三脚。私、皆勤賞取りたいの。急いでるの。
歩きながら説明するから、まず二人三脚始めて」
そう言い、珠美は俺に向けて手を伸ばした。
俺は恐る恐る肩を組みながら
「……なんで俺なんだよ」
と、たずねた。
「小学校の時に私達、二人三脚で一位を取ったじゃん。それに、モミジ公園って言っても誰も分からなそうだったから」
「なるほど」
つまりは消去法か。
俺は珠美の答えに、ガッカリしたような、ホッとしたような……。
「さあ、行くよ。もっと肩持って。
外の足からね。一、二。一、二」
俺は、万が一にも珠美を転ばせてはいけないと思って、珠美の肩を掴み直した。
しかし、密着すると今度は別の事が心配になる。
「でも俺、走って来たから臭いんだけど。大丈夫?」
「臭くないじゃん。むしろ、なんか良い匂いするよ?」
なんと珠美は、俺の髪の匂いを嗅いだ。
「嗅ぐなよ! 嗅いだら俺も珠美の匂い嗅ぐぞ」
「あー、エッチ。息も荒いし、変態。エロい事考えてるでしょ」
「息が荒いのは走って来たからだよ。はあ、今年で一番疲れた」
「運動が大嫌いな和也がそんなに走るなんて、珍しいじゃん」
「珠美のせいだよ! 珠美が急いでって言うから俺、ナンパとか痴漢とかされてるのかと思って。転びそうになったし、心臓がヤバかったよ」
「そんなに心配してくれたの?」
「心配するよ、そりゃあ。骨折してるし、何かあったら抵抗出来ないだろ。俺、頼むから無事で居てくれって祈りながら走ってたよ。
もうちょっと、説明の仕方があったろ。パニックになると昔から説明とか下手だよな」
俺は、ここぞとばかりに愚痴った。
どうやら、緊張している時の珠美はやたらポンコツみたいなのだ。この前、女友達に俺との関係を聞かれた時も、しどろもどろになっていた。
「今日の和也、優しいじゃん。
骨折した時はあんまり心配してくれなかったのに、どうして急に心配してくれるの?」
「どうして、じゃないよ。電話かかって来たの六年ぶりだぞ。何事かと思うだろ。
珠美こそどうしたんだよ。急に電話なんてして」
俺は照れ臭くて、質問を返した。
「だってさあ。松葉杖が無くなって、皆勤賞どうしようって思ったら、ワケわからなくなって」
「そう、それが意味不明なんだよ。松葉杖がなんで無くなるんだ?」
「気付いたら無かった」
堂々と言う珠美。
「いや、なんで松葉杖から目を離してたんだ?」
「私、かなり早く家を出て歩いてたんだけど、なんかこのペースなら余裕で間に合うななって思って。もみじ公園で休憩してスマホいじってたの。そしたら犬が歩いてきて。野良犬?」
「野良猫は良く見るけど、野良犬って珍しいな」
「私もそう思って、野良犬って最近もいるのか検索してみたの。誰かの飼い犬なのかなって」
「ああ、逃げたみたいな?」
「そう。そういうの調べてて、つい夢中になっちゃって。
そろそろ歩かないとってふと気付いたら、松葉杖が無くて」
「バカだなあ。骨折してる時にそんなに無防備にするか?」
「だって、松葉杖だよ? 無くなるって思わないじゃん。
軽い松葉杖だから、犬が持って行っちゃったのかなあ?」
「軽い松葉杖なんてあるんだ?」
「すごく軽いんだよ。気に入ってたのに」
「犬が持って行ったなら、なんかガサゴソ引きずる音とかしなかったの?」
「音楽聞いてたから分からない」
「骨折中に、目の前以外に松葉杖置いて、一人で音楽聞いて……」
俺はつい、ため息をついた。
「あー、バカにして」
「あのさあ。もう高校三年だろ?」
「さすがに反省してる」
「たっぷり反省しろ。ありえないぞ」
「ごめんね迷惑かけて。怒ってる?」
「全然怒ってないよ。……いや、怒ってるかな」
俺は、言い直した。
「隙だらけで生きてたら危ないよ。襲われるぞ。もっと警戒して生きないと。
そういう意味では怒ってると思う。自分をもっと大切にしなきゃダメだよ」
「ごめんなさい。気を付ける」
「だけど、迷惑だなんて思ってない。総合的には喜んでる」
「なんで?」
なんで、ときたもんだ。珠美は、俺の事をなんとも思ってないんだな。
「そりゃあ……好きな人と密着出来るなら嬉しいよ」
「和也、私の事まだ好きなの!?」
「なんだよその質問、気まずいな。好きだけど」
「本当に?」
「嫌いになったって言ってないんだから、好きなままに決まってるだろ」
「でも、私に飽きた感じだったのに」
「振られてるのに、それまで通りに遊びに誘えるかよ。迷惑だろ、嫌がられてるのに」
「私、振ってなくない?」
「『まだ恋とかよく分からないから、ごめんね』って言ったじゃねーか」
「ごめんねって言っただけじゃん」
「じゃあ、なんでごめんねなんて言ったんだよ?」
「分からなくてごめんねってこと」
「珠美はいつも、説明が下手過ぎるよ」
俺は、つい笑ってしまった。振られたわけじゃなかったのか。
「和也はずっと気にしてたの?」
「まあな。
そのせいで俺、珠美の隣を歩けるの六年ぶり」
「え? 入学式の日とか、他に友達いないから一緒に帰ったじゃん」
「俺、後ろだったろ。彼氏と思われたら嫌なんだろうなと思って、隣に立たないようにしてたんだよ」
「あれそういう事だったの!? 止めてよあれ」
「隣に立っても良いの?」
「隣じゃないと話しにくいじゃん」
「やった。すげえ嬉しい」
「そんな事で? 私の事そこまで好きなの?」
「好きだよ」
「それ何年間? 小六からずっとって事?」
「告白したのは六年だけど、好きになったのは四年。だから……八年目になるのかな」
「私、全然気付かなかった。ごめんね」
「良いよ。俺の方こそ、嫌いになれなくてごめん。気持ち悪いよね?」
「気持ち悪くなんかないよ」
「まだ好きでいて良いの?」
「そんなの、ダメって言えるワケないじゃん」
「ダメって言ったら、好きじゃなくなれるように頑張ってみるけど」
「そんなの変だよ」
珠美が笑った。俺の大好きな、毎日二人で遊んで居た頃の珠美の笑い方だった。
「普通に過ごそうよ」
「普通に過ごした結果、どんどん好きになっちゃったんだけど……」
「それはそれで良いじゃん」
「良いのかな」
「もー! 私が良いって言ってるのに、なんで遠慮するの!?」
「うわあ、ごめん」
昔と同じ怒られ方をされてしまったので、思わず口から情けない声が出てしまった。
「普通にすれば良いんだね?」
「うん。遠慮しないで。言いたい事があったら言ってみて。嫌なら嫌って言うから」
「じゃあ俺……珠美が良い時は、一緒に歩きたいな」
「だったら、明日からも和也に二人三脚頼もうかな。骨折もう治りそうだから、新しい松葉杖買いたくないんだよね」
「いや、そのくらい俺が出すけど。松葉杖をケチって、骨が変な風にくっついたりしたら危ないんじゃないの?
あと、転んだりしたら……」
「かなり治りかけだから、気を付けて歩けば平気だよ。お医者さんも、もう大丈夫そうですねって言ってたんだから。
松葉杖なんて買う金あるなら、二人で遊園地でも行こうよ」
「遊園地行きたい。俺、乗り物に乗れるようになったんだよ」
「そういえば、昔は観覧車すら乗れなかったね」
「だってさあ、あんな高いのにフラフラしてて安心感ないじゃん。昔は怖かったんだよ」
「今はジェットコースターも乗れるの?」
「……手を繋いでてくれたら、乗る」
「手くらい良いよ。二人三脚のお礼」
「じゃあ行きたいなあ。
お医者さんに、松葉杖なしで良いのかちゃんと聞いてみてよ。二人三脚で大丈夫って言ったら、二人三脚する」
「了解。
まあとりあえず、今日の学校の行き帰りは二人三脚してもらうからね。肩も、もっとギュッと握り締めてよ。なんか怖いから」
「これくらい? 痛くない?」
「痛くないよ。安心する」
安心すると言って貰える事は、とても嬉しい。……だけど、俺がこんなにドキドキしているのに、珠美は平気なんだよな。見込み、ないなあ。
「どうかした?」
と、珠美が俺の顔を見つめた。
「いや……骨折って、どれくらいで治るのかなって思って」
「うーん、すぐ治ると思うけど……もし一ヶ月とか言っても、毎日二人三脚してくれるの?」
「するよ当然。珠美となら、一生二人三脚してたって良いよ」
「え? ……一応聞くけど、それって告白?」
「へ!? 違う違う!」
「そ、そうだよね!? 私、前みたいに告白断ったとか勘違いさせたら、和也に悪いと思って。変な確認してごめん」
珠美が顔を真っ赤にして謝る。
ああ、俺が変な事を言ったせいで恥ずかしい思いをさせてしまった。
「俺は、もう告白しないから大丈夫。
友達で十分。珠美の隣に居られるだけで嬉しいよ。一生っていうのは、そういう意味で。
今後、俺が何か変な事を口走っても一切気にしなくて良いから。安心して」
「付き合いたいとか、思わないの?」
そりゃあ、付き合えたらどんなに幸せかって思うけどさ。
「だって、両想いじゃないし」
「昔は、ね」
「えっ。それってどういう意味――」
「あっ、私の友達来たから話ストップね」
肝心な所が聞けなかったけど……どうやら俺は、しばらく珠美と二人三脚で歩けるらしい。
――いつまでも、珠美の隣を歩けたら良いのになあ。
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