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狐の嫁入り  作者: くろのす
7/7

#7

ありがとうございました。

無事完結です。

乙女が瀕死になり、それをなんとか背負って本殿に到着したところまでは覚えている。

そのあと、乙女に「私を伴侶にしてください」と頼んだその後の記憶がやや怪しくなっていた。

自分が何を願ったのか、理亜は思い出せなかった。

廊下を歩いてると、向こうから満身創痍の音八がやってきた。

「…よう」

音八は理亜に、やや低いトーンで話しかける。

彼の右腕は折れていて、眼帯が付いていた。

ワイシャツから垣間見える胸板には、包帯が巻かれており、痛々しい傷を連想させる。

「…ごめんなさい。私のわがままで」

「いや、いいんだ。君に怒ってるわけじゃない」

昨日の憎しみに満ち満ちた雰囲気はすっかり消え、彼はいつもより落ち着いて見えた。

「…どうして私を助けようとしてくれたの?」

敢えて、乙女を殺そうとしたのか、とは聞かなかった。彼からすれば、私が食べられないようにするために、乙女を瀕死まで追い込んだのだ。

「…惜しいと思った。君の事が好きだったんだよ、友人として」

音八は理亜の目を見て、はっきりと話した。

「化け物に喰われるよりかは、自分の道を全うして生きた方が幸福なんじゃないかと思った。そんなところかな」

「…そうだったんだ…。ごめんね。気遣いを、無碍にするような事しちゃって」

「…君が謝る事じゃない」

音八は溜息を吐き、窓の外を見る。雪が積もり、教員がせっせと雪かきをしていた。

「俺が宿題をサボり始めたのは、つまらないと感じたからなんだ」

彼は、初めて自分のことを他人に話した。

「問題を読めば普通にわかるし、宿題の内容が幼稚に見えた。だから、問題文が長い時以外は滅多にやらなかったんだ」

「そうなんだ。私は…安心したかったのかな。宿題をしてきてない事で責められるのが、怖かったんだと思う」

理亜は音八と同じように、自分の過去を振り返った。

「でも、俺は予習してきたんだよ。あの女を殺すために、4年間綿密な予習をな」

改めて、自分の身勝手な我儘で、彼の時間を無駄にしてしまったのだと後悔する。

だが、目の前で彼女が殺される方が理亜にとっては恐ろしかった。

「俺は多分、予習しない方が人生上手く行くんだろうな」

自分を嗤いながら、音八は怪我を見せる。

「…私も、あの時すごく必死だったんだよ」

理亜は時間がなかったこともそうだが、あの状況下であそこまで動けるとは思っていなかった。

「私は予習なんて暇なかったし、何も考えられなかったけど、乙女ちゃんが目の前で居なくなるのだけは嫌だったんだよ」

音八はそうだろうな、という顔をしながら、深い溜息を吐く。

数秒の沈黙の後、音八が切り出した。

「…最後に一つ聞きたい」

「ん?」

「君の行く道は、辛く苦しいものとなるだろう。共に生きる、なんて生易しくない。もう契約を破棄する事はできないのはわかってる。けれど…君は本当に、それでよかったのか?」

理亜は戸惑った。言われてみれば、その通りである。身勝手な理由。自己の中で咀嚼しただけのエゴ。他人の幸せを優先したはずだけど、それは自己満足だったのかも知れない。けれど、彼女はきっぱりと答える。

「私は後悔してないよ。それが私の選んだ道だから」

音八は彼女の台詞を、半分呆れたような、納得したような、そんな表情を浮かべた。

「まぁ、笹上はそうだよな。愚問だったよ」

理亜はニコっと微笑み、「じゃあね、お大事に」と言ってその場から離れる。

軽く走りながら、音八の後ろを通り過ぎていった。

「…お大事に…か」

自分の手を見て、音八は乾いた笑いをする。

「それは、君が心配する事だろ」

彼は、一歩前に足を進めた。


—数十年後—


4歳程度の少年が、野原を駆けている。その少し奥には、筋肉質な中年の男が、本を読む為か。木陰に座り込んでいた。

「パパ、あそばないの?」

「何しようか。鬼ごっこか?」

少年は男に首を振り、かくれんぼがいい、とせがむ。

男は少年の要望を聞き、公園内の野原でかくれんぼの準備をする。

じゃんけんで負けた方が鬼でいいな?と、男は少年に確認した。男は少年が、最初にパーを出すのが癖だと分かっていたので敢えてグーを出した。

「負けちゃったな」と、男は少年に微笑み、少年に10秒数えるように指示された。

後ろを向き、少年の次の指示を待つ。15秒ほど経ったあたりだろうか、少年から「もういいよ」と声が上がった。

男は周りを見渡し、どこにいるか探す。ただ、少年の癖から考えれば、遊具やわかりやすいところに隠れているだろうと考え、真っ直ぐ遊具の方へ向かうと、案の定、遊具の近くにちょこんと座っていた。

男は少年に、「見つけた」と話しかけ、少年は笑いながら男に抱きつく。

その直後、夕暮れの空から、ぽつぽつ、と少しばかりの雨が降った。その雨は少しだけ強くなり、弱いシャワーほどの雨になった。

橙の宝石の如く輝く太陽と共に雨が降っている不思議な状態に、少年は興味津々、と言ったところだった。

「パパ、はれてるのに雨がふってるよ」

「そうだね」

「これ、なんて言うの?」

少年は空に指を差し、男に質問する。

「お天気雨なんて呼ばれてる。たまにあるよ。関西だと、晴れてるのに雨が降ってるのが珍しいから———」

男はふと空を見る。

風に乗せられた雲が、覆い隠してた太陽の姿を徐々に見せていく。

男は太陽に目を向け、心の中でしみじみと、思い出すように納得し、少年にこう言った。

「『狐の嫁入り』、なんて言われてる」


「奥方様、どうでしょう」

手先の器用な狐が、自分の顔に白粉(おしろい)(かんざし)、その他諸々の化粧品を塗ってくれた。

改めて自分の白無垢に驚く。16年前の自分であれば、きっとウェディングドレスで結婚を挙げるだろうと思っていたからだ。

「あ…ありがとうございます」

「奥方様はお顔立ちが整っていらっしゃるので、私も微力ながらさせて頂きました」

丁寧な狐は、最後にそそくさと小さな盃を私に手渡す。

「これは…」

「…若返りの御神酒です」

理亜はその発言で全てを察した。少しだけ、心に迷いが出た。

「…ありがとうございます」

ゆっくりと、その盃に口を付ける。自分の肉体が、14歳の、瑞々しいものに戻る感覚に浸る。

「…では、これで終わりです。神楽様との契りの準備は整いました」

化粧をしてくれた狐が見せたお辞儀は、まるで人のそれだった。

「では奥方様、こちらへどうぞ。本殿へご案内いたします」

別の狐が襖から覗いて、私に催促する。私は頭を下げ、慣れない着物に苦戦しながらも、立ち上がった。


「神楽様、神楽様」

狐の姿をした従者が、部屋の襖を叩く。

「なぁに。急いでいたらわからないわ」

黒い艶やかな和服を着た少女が、長い髪を揺らし、狐の方へ目を向ける。

「奥方様がお見えになりました。もうじき此処、本殿に参ります」

頭を深く下げたまま、狐はそう言った。

「そう…お迎えなさい。私のモノなんだから、傷付けたら首はないわよ」

「承知しております」

狐は襖から少し退き、道を開けた。神楽様と呼ばれた少女は立ち上がろうとしたその時、窓から白い狐が入ってきた。

「久しぶりね」

「…御狐様でいらっしゃいましたか」

彼女は白い狐に低頭する。

「貴女にも伴侶ができたのね。大事になさい」

「もちろんそのつもりです」

「…貴女のした罪は消えはしませんが、私は赦します」

「…ありがとうございます」

「私はこれで。せめて自分のモノにした仔は、幸せにすることね」

白い狐は、彼女が頭を上げると、既に居なかった。

彼女は溜息を吐き、立ち上がると部屋の外に足を運ぶ。外へ出て、本殿の前で立っていると、鈴の音が階段の下の方から響いてきた。階段の方へ近付いて行くと、白無垢の綿帽子で顔が隠れている彼女の姿が見えた。

その両脇と後ろには、提灯と和傘を差した狐と、青白く輝く人魂が揺らめいている。

階段の少し下には鳥居があり、その鳥居まで彼女は降りて行った。

そして二人が鳥居を隔てて向かいあった時、白無垢の彼女は深く礼をした。

「綺麗よ、理亜」

「ありがとう、乙女ちゃん」

神楽乙女は伴侶である理亜の手を取り、鳥居の中へと誘導する。一歩踏み入れると空が月夜の世界になり、周りに藤の花が咲き誇る。本殿は鏡のような水面に鏡像が映っていた。

「綺麗…」

理亜は息を呑むほどの藤色と月に魅せられ、世界が変わったことを理解した。乙女に歩幅を合わせ、一歩ずつ進む。

「御狐様の神殿を再現してみたの。今度連れて行ってあげるね」

「でも私、人間だし…いいのかな?」

「もう私のモノでしょ、行きましょう?」

乙女は理亜の手を握った。理亜は照れながらも、愛されている感覚が心地よかった。


本殿に入ると、内部は見た目よりずっと広く、旅館の宴会場に似ている構造になっていた。お膳がズラリと並んでおり、そのお膳の前には、半分ほどの人達が座っている。理亜と乙女が入室すると、ガヤガヤと周りの人々が賑わってきた。

理亜が会釈をしながら一番奥の座布団に座る。それに倣って、理亜も乙女の左手に座った。

「この人達、みんな神様のお遣いよ。私達の為に来てくれたのね」

理亜はその話を聞いて、急に恥ずかしくなり、顔を隠すために頭を下げた。

「顔が真っ赤。大丈夫、理亜は綺麗よ」

乙女が理亜の右手の甲に手を掌を乗せる。空いた左手で顔を覆い、再び顔を上げた。

理亜は緊張を紛らわす為に、一瞬だけ外を見る。

「あっ…」

あの時と同じ。

晴れやかな夕日の中に、線のような雨が降っていた。

ありがとうございました。

このお話の元ネタは、Twitterのフォロワーなのですが「これを元に話を書きたい」とお願いしたら、快く受け入れてくれた為、『狐の嫁入り』を執筆しました。

初めて百合の話を書いたので、至らぬ所はありますでしょうが、そこは目を瞑っていただけると幸いです。


最後になりますが、この話を読んでくださり、ありがとうございました。

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