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狐の嫁入り  作者: くろのす
6/7

#6

6話です。

「慰霊の日の…本当の意味…?」

理亜は戸惑った。

慰霊の日はこの街で起こった猟奇殺人の話ではなかったのか。それに何故、乙女が関わるのか。

「恐らく君が見たものは、ネットのまとめサイトか何かだろう。そこにはこう書かれていたはずだ。『当時開拓地であった玖戸島の『島民全員』、何者かによって虐殺された事件である』とな」

音八は理亜と目を合わせながら、淡々と続ける。その狂気に満ちた瞳から、理亜は目を背ける事が出来なかった。

「ち…違うの…?」

「あぁ。厳密には違う。島民全員が殺されたのは間違いはない。だが、犯人が違う」

理亜は犯人が違う、という点が引っかかった。そもそもわからないのに、何故そんな言い方をしたのか。

「どういう事…?」

「犯人は『人』じゃない。『獣』だ」

「えっ…?獣…?」

音八は地面に倒れ込んでいる乙女のセーラー服の後ろの襟をグッと掴み、理亜の方に乙女を投げる。理亜はギリギリで彼女をキャッチしたが、肉体の損傷があの惨憺な死体と酷似していたために、手を引いてしまった。

「犯人はその女だ。その女が島民を全員喰い殺したんだよ」

音八は刀を納めながらそう言った。

「…嘘…なんで…だってあの事件は…!」

「明治初期に起こったな。まさか笹上、その女狐が本当に中学生だと思ってるのか?」

髪が血で顔にくっ付き、腹部からは内臓が露出し、所々に刀で無惨に斬られた跡が付いた、変わり果てた乙女の姿を見る。

肌の質感、身長、肉体の生温かさ。どう見ても中学生である。

「残念ながらその女、千年は生きてるぞ」

理亜は少し泣きながら、音八に苛立ちを覚えた。

「…どうして…こんな事するの?」

「それを聞いてどうする?」

「…私はこの街の事を知りたい」

「なるほどな。ならこの街について話そうか」

音八は理亜に、この街について話し始めた。

***

玖戸島は始め、『稲戸島』と呼称されていた。

江戸時代に幕府によって発見された小さな島である。

江戸幕府は役人を集め、その小さな島を開拓するように指令を出した。江戸時代末期、大体の開拓が済み、家もそれなりに建ち、人が住める程度にまで発展したのだった。

そして、その役人達はとある神社を建立した。

玖戸島に最も近い街は江戸幕府だったために、小さいながらも祠を建てた。

その神社が、当時広く信仰されていた稲荷神社だった。

人が住み始めて数年が経った頃。日本が明治維新で慌ただしい中、稲戸島は当初東京府に組み込まれたが、後に埼玉県に組み込まれた。

そして、明治維新が終わり明治初期。

祀られていた祭神である、稲荷神が島民を呪殺する事件が起こる。

それが、現在の玖戸島民連続虐殺事件である。

***

「あの時、選んでいたのが稲荷神社じゃなければ、こんなことにはならなかったんだろうな」

「それと…それと乙女ちゃんがどう関係あるの?」

音八は溜息を吐いて、乙女を指差した。

「気付いてないのか?二ヶ月も一緒にいたんだろう」

「えっ…?」

乙女の姿を見ると、切れた耳に血塗れの狐の尻尾が生えた少女になっていた。

服装も、セーラー服から袴に変わっている。

「今回は上手く隠してたんだな」

「どういう事…?」

「…稲荷神は人の姿に九本の尾と、狐の耳が生えた女性神だ」

音八はこう切り出した。

「分社ができる時、稲荷神(かのじょ)は分社に自分の従者である妖狐に(やしろ)の管理とそこに住む人々の統治をやらせる」

彼は乙女を指差しながら説明する。

「稲荷神は本社が京都に在らせられるから、こんな片田舎にはやって来れない。従者である狐に統治を任せているのはそんな理由だ」

音八の説明は更に続いた。

「その女———君の言う『乙女ちゃん』は元々、稲荷神が遣わした化け狐だ」

ファンタジーだと思うだろ?大マジなんだよ、と音八は肩をすくめる。

「その女はこの『稲戸島』の統治を任された狐なんだ。人々の統治っていうのは、ありていに言えば『信仰されること』」

音八は理亜と目を合わせ、説明を続ける。

「人々に信じられることで、神というのは在り方が強くなる。だから、人々が信じれば、神には補強が掛かって、多くの厄を退いてくれる」

ここまではわかるか?と音八が聞いた。

理亜は空想的な話を理解するのは得意だったので頷いた。

「じゃあ、どうやってその『信仰』を増やすか。パターンは二個ある。まず一つ目は『人々の記憶に残ること』」

頻繁に人の前に現れて、土地神として振る舞う事で人々の記憶に残ることを目的としているらしい。

「二つ目が、『人を伴侶にすること』だ。こちらはハイリスクハイリターン。自分の存在が確固たるものになる代わりに、人々の反感を買う事になっても文句は言えない」

だがな、と音八は逆接を置く。

「ソイツは人を伴侶にしようとした上に、人々に文句を言ったんだ」

「どういう…こと?」

音八は淡々と続ける。

「それがあの殺人事件だ。その女狐は伴侶になるはずだった女性を攫って、島民を全員皆殺しにした」

「…説明して、どういう事?」

理亜が怒気をはらんだ声で音八に問う。

その直前、乙女はぼんやりとした意識の中、過去を思い出していた。

———

さざ波の静かな音。人々の江戸訛りの会話。暖かい日。この街には、城下町の喧騒や、本社に来る人々の耳障りな願いが聞こえず、私としてはとても心地よかった。人間は身勝手で、私の話を聞こうとしない。そもそも話しかけても無視される。御狐様に「この島を治めてきなさい」と言われたはいいが、私はまだ生まれて間もないただの化け狐だ。どうやって人々から信じて貰おうか、そうして考えていると、一人の少女が隣にやって来た。おかっぱ髪の女の子だった。

「あなた、一人なの?」

「…私に話しかけない方がいいよ。私は人には見えないから」

「でも、私には見えるよ?」

不思議だった。今思えば、たまにいる霊感の強い子供だったのだろう。だが、自分の姿が今まで認識されていなかった私は、初めて他人に興味を持った。

その子は私の祀られたお社に毎日来て、木の実や山菜を私に渡す。そして私に今日あったことを話し、夕暮れ刻になると足速に帰った。

そんな生活が続いたある日、その子の右腕に痣があるのを見つけた。当初「何でもない」と笑っていたが、後に彼女が島民にのけ者にされている所を見た。

私に話しかけたからだろう。見えないものと話す、奇妙な子供と思われたのだろう。

そうであれば、私に出来ることは、あの腐った人間達から彼女を離すことしか出来なかろう。

方法は決まっていた。(つがい)にすれば良い。

一部の人間は見た目の違う両者で過ごしているし、彼女を迎え入れれば、この島もそれなりに治められるはずだ。そう考えた私は、彼女を探しに島を駆けた。私は彼女を日が暮れるまで探し、なんとか見つけた。

彼女は倒れていて、息をしていなかった。

もう既に遅かった。私と仲良くしていたからか。それとも彼女をのけ者にしていたからか。原因はわからない。だが、目の前に在るその肉塊を見て、私は思ったのだ。

「最初から知らなければよかったのに。知らなければ、苦しむことなんてなかったのに」

私のことを知らないフリをして、うまく逃げればよかったのだ。たった一人の女の子に、あまりにも無慈悲な選択をさせたこの島民への怒りが、私の心に溜まる。私は彼女の亡骸を呑み込んだ。なんて不味い。人の肉なんて呑みたくなかった。ましてや自分を好いてくれていた子の亡骸なんて更に気分が悪い。

私なりの弔いだった。これ以上傷付かないよう、私の中で眠って欲しい。そして私は、島民を殺す事を彼女への手向け花とした。どう考えても自業自得だ。ただそこに、「私」という神秘が絡んでいるだけ。

島民の皆殺しは半日程度で済んだ。島民を殺した。そこに後悔はない。だが、御狐様に酷く叱られるだろうと京都に還った。案の定、私はとんでもない程怒られ、神格を剥がされた。『獣』に堕とされたのだ。

その後、追い出される形で私は島に戻り、自分の境内で眠りについた。

10年ごとに起きては女の子を呑む。それを繰り返して150年。最悪な事に、私は乱暴で凶悪な神として人々の記憶に残っていたのだ。

元はといえば、助けなかった島民が悪いのに。

「ほんと、自分勝手」

———

「…というわけだ。150年間、その女は眠っては喰う、を繰り返していた。見かねた稲荷神は、他の神を頼る事にしたんだ」

「…他の…神様…?」

「八幡神、応神天皇だ」

鶴岡八幡宮とか、鎌倉だとかなり有名な神だ、と音八は付け加える。

「1887年、事件から大体20年後に、俺の先祖はこの島に派遣された。理由はもちろん、この社に祀られた獣を駆除する事。その為にはコイツを弱らせないとならない」

音八は、更にこう付け加えた。

「稲戸島は、元々稲荷神一人を祀っていた島だった。だから『稲荷神と人の戸』っていうのが名前の由来だ。だから明治政府は名前を変えた」

ここで一旦言葉を区切り、彼はこう言った。

「この神社を中心に、八個の八幡神社でコイツを封じようとしたんだ。だから『九つの神社の戸の島』、玖戸島という名前になったんだ」

理亜の脳に、音八のセリフがフラッシュバックする。

島に8つの社を持ってるから、そのうちの4個の掃除をしていた。8つの社は、この神社を囲むように造られている。八幡神社と、この稲荷神社で、九つの神社。

全てに辻褄が合う。今まで不思議だった部分に。乙女があの時、あの事件をはぐらかしていた理由に。この街の名前の、本当の意味に。

「あ、そうそう。笹上、君が東京に住んでいた頃、君の家に一番近かった神社の名前、覚えてるか?」

理亜は東京の記憶を思い起こす。

あの白い狐を見たのは———狐…?

「あぁ…」

「やっぱり、君の氏神は、稲荷神(かのじょ)なんだな」

音八はどこか悲しい目で理亜を見る。憐れみか悲哀か、理亜にはわからなかった。

「君は器なんだ」

あの時白い狐が見えていたのは、私の幻覚ではなかったのだ。

「この『逢魔時』を視認できてる時点で、普通の人間ではなかったし、首筋の痣がある時点で器の資格を持っていたんだ」

理亜は、少しだけ温度が高い首筋部分に手を当てた。

「器ってのは鍵…俺にとっては道標だが、その女からすればエサに過ぎない。その女が起きたのも、君という器が現れたからだろうね」

理亜は解した。全て必然で繋がっていたのだ。

あの時乙女に出逢ったことがはじまりだった。理亜は後悔する。こんな昔話なんて、知らなければよかった。目の前で友達が殺されるのを、見る事しか出来ないのか、と心の中で嘆く。

「…笹上には悪いと思ってる。君を利用した形になったんだ。だが、俺はこの女を殺さないといけない」

「…どうして…?」

「俺の爺ちゃんも伯父さんも、この女に殺されたからだな。邦幡家は、10年ごとに目覚めるコイツを殺す為に続いていたんだ」

音八の瞳が、徐々に変わっていった。先程の悲哀の瞳ではない。怨を背負った、憎しみ深い目の色をしている。

「コイツを殺せば、俺の家族は報われるんだ。この一振りの為に、俺は14年間生きてきた」

理亜は戸惑った。

たしかに今、乙女を殺せば、今後この島で女の子が亡くならずに済む。

でも———自分はそれで良いのだろうか。

過去の事を知らずに話していれば、彼女は善人である。理亜には、乙女の真意が分からなかった。だが、彼女が人を食べていたのは、本当に「食欲」から生まれたものなのか。その疑問が、胸から離れなかった。

乙女の虚な瞳と、理亜の目が合う。

音八は刀を振り上げ、乙女の首を目掛けて刀を下ろした。

その一瞬、理亜は音八に体当たりをした。

どんっ。という音と共に、彼はバランスを崩し倒れるように石畳の階段から落ちる。

理亜はその隙に乙女の腕と太ももを掴み、おんぶする形で、今居る踊り場から、全速力で階段を登った。

「…おいおい…マジかよ…」

小さくなる一人と一匹を見つめ、音八は刀を握り直し、階段を登る。


ぐったりとした乙女をおんぶしながら、理亜は階段を登る。普段の性格からは考えられないほどアグレッシブだが、理亜にとって、今はどうでも良い事だった。

とにかく走った。走り続けた。そして本殿に着いたその時、理亜は乙女を下ろした。

血は止まっているが、出血多量で身体が冷たくなっている。もちろん心臓は動いていない。

理亜はどんどん追い詰められていった。

早くしなければ乙女を死なせてしまう。音八との会話から何か助ける方法があるか、それとも乙女との会話にヒントがあったか。脳の引き出しを片っ端から開けている感覚に近かった。

そして、『それ』を思い出す。ハイリスクハイリターンなやり方。一か八か、乙女に話しかける。

「乙女ちゃん、少し聞いて」

「…り…あ…?」

真っ赤に染まった口の中がわずかに見えた。

「私を伴侶にしてください」

乙女はそのセリフに驚いた様子を見せた。

「でも…わたしは…みんなを…」

言いかけた乙女を遮るように、理亜は続ける。

「代わりに、もうここの人達を喰べないでください」

理亜は冷たい乙女の手を握り、頭を下げた。

乙女にはそれが、神頼みをする可哀想な少女に見えた。

「ききいれます。あなたの、たのみごと」

乙女は痛みを耐え立ち上がり、理亜を見下ろす形になった。

理亜が乙女を見上げる。

空は夜に染まり、月は煌めいていた。

一帯が霧に覆われ、一瞬乙女の姿が見えなくなった。

再び理亜が目を開けると、あの時の白い狐がいた。

あの時と違って、自分の身長を遥かに越している。

その直後、音八が本殿にやってきた。

「…まさかそっちを選ぶなんてな…」

音八がそう言うと、白狐は遠吠えしたかと思うと、彼の前に大口を開け、閉じる動作をした。

(瞬間移動か…斬る暇すらなかったな…)

音八は胸あたりを鋭利な何かで斬られる感覚を最後に倒れ、そのまま階段から転がり落ちた。


乙女は人間の姿に戻り、理亜を抱き抱える。

「…私に神頼みした子は、貴女が初めてよ」

彼女が理亜に向けた笑顔は、正に女神のそれだった。

次回、完結です。

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