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狐の嫁入り  作者: くろのす
5/7

#5

5話です。

昨日の夜から、うっすらと雪が降り出した。

理亜は自室で動物の動画を鑑賞していた時、ふと外を見たら、ちらちらと雪が舞っていたのを偶然見かけたのだ。

(音八君の言ってたこと…ホントだったんだ…)

若干疑い気味だった彼の台詞を脳で反芻しながら、冬の到来を理亜は静かに迎えたのだった。


翌日、宿題をし忘れたことを、学校に着いてから理亜は気付いた。昨日普段より遅い時間に寝たせいで、眠気が異様なほど強かった。

ノートを目の前にしても、ガクンと目を閉じてしまう。

どうしようかと理亜が悩んでいると、隣に音八が座った。

「あ、おはよう音八君」

「…雪、降ったろ?」

彼はマフラーを外しながら、赤くなった鼻に手を触れながら、口角を上げた。

「いやさぁ…昨日数学の宿題やり忘れちゃって…」

動画を見ていたから宿題に手をつけられなかったなんて言えないが、理亜は笑顔を作った。

「…見せるか?昨日暇潰しにやったんだよ」

2年生の最後あたりになると、教科書は幾何学的な問題が多くなる。理亜は方程式や細かい計算より、そういった幾何学の類があまり得意ではなかった。

それ故、理亜は音八の提案にやや迷いながらも、申し訳なさで断った。


数学の時間になると、担当教師が宿題の解説をしながら、眠りたい気持ちを抑えながら、理亜は授業を聞いていた。

授業の途中、いつもぼんやりとしている音八の方を見ると、普段のふんわりしたオーラとは微妙に違う、どこか張り詰めた雰囲気を纏った彼に、理亜は驚いた。

ペンを回しながら、じっと山の方を見て、トントンと机を指で叩いていた。

理亜はその様子に若干の違和感と、少しばかりの恐怖を覚え、目を逸らすようにノートに向き合った。


放課後、茜色に染まった教室で、理亜はグラウンドにちらほらいる部員を見ていた。

もうとっくに下校の時間は過ぎているし、早く帰らなければならないのは分かっていたが、何故か彼女の足は動こうとしなかったのだ。

夕暮れが随分早くなってしまった。

9月にここに来た時は、こんなに夕暮れは濃い茜色をしていなかったな、と思い出す。もっと心地の良い、温かな夕陽であった。

どこか悲しい気持ちが拭えぬ中、完全下校の時間まで、残り30分程度まで迫ってる事に理亜は気付いた。

「そろそろ帰らないと…」

理亜は学校指定のカバンを肩に掛け、階段を降りた。下駄箱に着くと、なんとも言えぬ、虚無に近しいようなオレンジ色が、昇降口を照らしている。

野球部のバットとボールがぶつかる音に、サッカー部の掛け声、テニス部のラケットを振りかぶる音。

それらが過去のように感じ、ふらふらと足元を揺らす。

理亜はあまりに不愉快なこの感覚がどうしても耐えられず、足早に校舎を離れた。


学校から家への帰路に着く途中で、理亜はT字路に辿り着く。このT字路を左に曲がると、家の道に繋がるのだが、彼女は「何か」がおかしい事に気付いた。

「…アレ…?この道…さっき通った…?」

冷や汗が背を伝った。危険であると頭が信号を出す。

鼓動が早くなった。あの足元を揺らす、不快な感覚が近付いてくる。貧血の時に近い、頭がぼんやりして立ちくらみがする感覚が強くなった。

理亜は考えるより先に、足を出して走った。

———この夕暮れは危険である。

本能でそう理解した理亜は、とにかく前へ走った。先程のT字路を右に曲がり、あの不快な感覚から逃げる形で走った。

だが、逃げている途中でグイッと誰かに右腕を強く引かれた。

「えっ」

身体が浮くくらい強く引っ張られた彼女は、考える間すらなく、危うく転びそうになった。だが、何者かが指を絡ませ、うまく彼女をキャッチした。

「っと…こんばんは。理亜ちゃん」

「お、乙女ちゃん!」

あの恐怖の中、顔見知りに会えた安堵と、外れる程強く引っ張られた腕の痛みで、涙目になりながら乙女に抱き付いた。

「危なかったね」

ふと外を見ると、奇怪な笑い声を上げながら、グロテスクな見た目をした怪物に近いものが歩いていた。

「一応、ここは神社だから、アイツらは入って来れないのよ」

「乙女ちゃん…今日はどうして…」

「今日は理亜ちゃんにお話があったの。だからいつ来るのかなって待ってたのだけれど…」

乙女はいつに無く鋭い瞳で境外を睨むと、こう続けた。

「こんな荒れ具合じゃ、来れなくて当然ね」

理亜は乙女に抱きつきながら外の様子をちらりと見る。

普段の夕暮れより、昏く濃い紅に怖気付きながら、乙女のセーラー服の裾をぎゅっと握った。震える理亜の腕を、優しく覆う。

「乙女ちゃん…『荒れる』…って何…?」

理亜は乙女の先程の発言が気になっていた。

「今日みたいな日のこと。一ヶ月に一度、月が満ちるのと同じように、厄災が廻って来るのだけど…ここまでひどいのは珍しいわ」

「前の月とかこんな事なかったよね?」

「えぇ。こんなにひどくなるのは半年に一回程度。滅多にないわ。でも理亜ちゃん、これが見えるなんて、霊感かなり強くない?」

この街の人達のほとんどは、空が濃い事にすら気付かない、と補足された。

ファンタジーの要素がかなり強いことに戸惑いを覚えながらも、理亜は乙女に言われた台詞に、いくつか心当たりがあったのだ。

「…昔…神社で真っ白な狐を見たことがある…かな…」

直近で思い出せる記憶がそれだけだったので、朧げな記憶を口に出した。

母親と神社に行った時、鳥居の前にちょこんと座る狐を見た時、珍しさに駆け寄ったが、母親にそこに何があるのか、と問われ、妙な目で見られた事を思い出した。

「…そう。また会えるといいわね」

その話をすると、乙女は、どこか窮屈そうな顔をしていた。

「乙女ちゃんは…怖くないの?」

理亜は恐ろしかった。

世界が徒に塗り潰されて行くその様が。

自分が知る空が真紅に染まり続ける痛みが。

「…怖くないわ。ずっと住んでるから、じっとしていれば治まることを知ってるもの」

乙女は理亜を庇うように抱擁する。理亜はそれでも怖かったが、乙女に申し訳ない気持ちもあり、立ち上がろうと体勢を整えた。だが、力がうまく入らないので、仕方なく理亜はアヒル座りに変えた。

「あとどれくらいかな…」

「そうね…早くて半日くらいかしら…」

「…えっ…?」

乙女がそう答えると、理亜は青ざめた暗い顔で反応した。まだ、このじわじわと来る苦しみを味わわなければならないのか、という恐怖を露わにした表情だった。

そんな理亜の顔を見た乙女は、理亜の手を握り、こう切り出す。

「理亜ちゃん…ウチにくる?」

乙女のこの提案は、理亜にとって大きな頼りになるものだった。理亜は乙女の手を握り返し、ゆっくりと口を開く。口を開く前に、涙が零れた。

夕暮れのこの恐怖から逃れられるのであれば、何だって良かったのだ。まさに藁にもすがる思いで、理亜は答えた。

「いいの…?だったら———」

『行きたい、連れて行って』

そう言おうとした刹那。

理亜は乙女の右手首が豆腐のように斬れるのを、スローモーションで見た。

実際にゆっくりになったのではなく、あまりに衝撃的な事だったので、強く脳に焼き付いているだけである。

自分の手を握っていた乙女の手首が、石畳の上に血が跳ねる音と共に落ち、理亜の頬に、線状の赤い液体が付いた。

「———えっ?」

乙女は驚いた顔をした直後、境外を見た。

「それは無理な相談だな。ソイツに家なんてないんだから」

聴き覚えのある男の声が境外から聞こえ、理亜は外を見た。

「嘘…どうして…?」


そこに居たのは、刀を持った邦幡音八だった。

「音八君…なんで…?」

乙女は舌打ちしながら、理亜を庇う形で前に出て、斬られた手首を修復すると同時に、人差し指で音八を指す。乙女は、獣の爪に似たものを出したが、音八は乙女から来る爪の流れを刀で防ぎ、次の瞬間、乙女の右腕を刀の空振りで斬り落とした。

間もなく、乙女の胸辺りに、バッサリと斬られた傷が付き、腹部にも深い斬撃を喰らった。

脂肪と思われる白い何かと大量の血が、石畳の上を汚す。

乙女は残る左手で腹を抑えたが、口から出た血を止められなかった。

音八は一歩ずつ境内の石畳を登る。

「やっと…正体表したな。クソ女」

彼は乙女の心臓あたりを刀で刺したが、それを乙女は左手で掴んだ。しかし音八はそれを無視し、掴まれた手を巻き込みながら刀を心臓から抜いた。指の内三本が地面に落ち、乙女は前屈みに倒れる。靴近くに倒れ込んだ彼女を、音八は雑にあしらった。ビチャっという血と皮膚がぶつかる嫌な音が響く。

理亜はこの状況が飲み込めず、ただ見る事しか出来なかった。

「…笹上」

音八が理亜に問う。理亜は声が出せなかったが、音八はそれを察してこう聞いた。

「この女狐といつから知り合いだ?」

別人のように聞こえる声の低さと、殺人鬼の如く悍ましい眼光に、理亜は竦んだ。

「私が…この街に来た頃…」

理亜は震えながらそう答える。

「…九月あたりか?まぁ…その辺が妥当だろうな。大体二ヶ月…器かどうかを見極めるのには十分な時間だな…」

彼は顎に手を当て、次いで質問をした。

「どのくらいの頻度でこの女と接触した?」

「殆ど毎日…」

音八は嘲笑いながら答えた。

「余程ご執心だったようだな。こんなクソ女に好かれるなんて…」

彼は刀に付いた血を払い、次の質問をした。

「首の刻印、最初の一画はいつ出来た?」

理亜は首の刻印と問われ、何かわからなかった。

首筋に触れると、感触がわずかに違う部分があった。

「一ヶ月くらい前…だと思う…」

「…?随分遅いな…いつもならもう手遅れの事が多いが…良かったな、笹上」

音八は笑いながらそう言った。

絞り出した声で、理亜は音八に尋ねる。

「なんで…こんな酷い事するの…?乙女ちゃんは…悪いことしてないのに…!」

音八は理亜を心底不思議そうな顔で見た後、こう答えた。

「乙女ちゃん…?この女のことか?今はそんな名前なのか」

音八は深い溜息を吐いた。

どちらかと言えば、呆れの溜息に近い。

「その様子だと、この女が過去に何をしたのか、それも知らないみたいだな。まぁ当たり前か…その程度なら可愛い方だよ」

音八は乾いた笑いを理亜に向け、こう続けた。

「なら教えるよ。あの事件…『玖戸慰霊の日』の本当の意味を」

初めて見る、冷たい彼の視線に、理亜は恐怖を抱いた。

本当は1話で納めようと思ったのですが、かなり量が多くなりそうだったので、二つに分けました。

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