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狐の嫁入り  作者: くろのす
4/7

#4

4話です

11月になり、肌を刺すような寒さが頻繁に増えたのある日の木曜日の事である。

担任の城島が出席簿をトン、と叩いてこう切り出した。

「え〜、明日ですが『玖戸慰霊の日』という事でお休みです。皆さん、黙祷と共にしっかり提出課題はやってきてくださいね」

理亜は戸惑った。『玖戸慰霊の日』という聞き慣れない単語を聞いたためである。

そんな祝日がこの市にはあったのか、という驚きと、『慰霊の日』というには人が亡くなったのだろうが、一体何があったのだろう、という興味本位から首を傾げた。

隣の音八は何もする気の無さそうな脱力した顔をしたまま、城島の話を右耳から左耳へと流していた。


HRが終わり、理亜は音八に話しかけようと肩を叩いた。

「ねぇねぇ、音八君」

音八は少し睨むように振り向いたが、目頭を少し押して目を開いた。

「どうした?」

「あぁ…いや、先生が言ってた『玖戸慰霊の日』、アレ何があったのかなって」

理亜がそういうと、音八はしばらく黙った後「あぁ…そっか…」と一言の後、こう続けた。

「普通にネットで検索かけりゃ出てくるよ、都市伝説スレッドみたいな感じのやつ」

「じゃあ、また明後日な」とだけ言い残し、足早にその場を去っていった。まるで、直接口からは言うのを躊躇うかのように見受けた理亜は、珍しいと感じながら帰路に着いた。


家に帰ってすぐにスマホを手に取り、『玖戸慰霊の日』と、検索を掛けた。

「音八君曰く…ネットスレッドに出てると…」

出てきた検索結果の三番目にそのスレッドらしきものが出てきたので、それを理亜はクリックした。


***

【玖戸慰霊の日】(別名:玖戸島民連続虐殺事件)

明治初期、11月の某日、■県に在する玖戸市内(当時の玖戸島)で起こった事件。当時開拓地であった玖戸島の『島民全員』、何者かによって虐殺された事件。

なお、一人だけ行方不明になっていた少女が居たが、当時市内に祀られていた神社の境内にて、『臓器が全て抜かれているのに外傷が一切ない状態』の変死体として発見された。

島民の殆どが、獣に食い散らかされたかのような死体で発見された。島の各所に腸の一部や脂肪、内臓と思われる破片がそこら中に転がっており、当時は「死臭と鉄の匂いが充満していた」と記述が残されている。

現在玖戸市は、神社による厄祓いが厳重に施されており、安全とされている。だが、その凄惨な事件を忘れないために市内では11月の第2金曜日が祝日として設定されている。

[閲覧注意]

このリンクから画像に飛べますが、閲覧は自己責任でお願いします。

***


理亜はその画像を怖いもの見たさで開いてしまったが、その途端後悔した。

一ページ目から、画質は悪いが死体らしきものが写っていた故、その惨憺さに吐き気を催した。

「うえっ…グロッ……」

手を押さえ、即座にブラウザバックする。

理亜の中で、玖戸市のイメージが大きく崩れた。

平穏で何も起きない街、という印象が、昏い過去を封じた悍ましい街になってしまった。

ここの人達はそれを知っているのだろうか。

一番知ってそうな人は誰だろう、と理亜は思考する。

音八はこの事件について触れたくなさそうに避けていたので、情報を得られないだろうと考えた。

「…やっぱり、乙女ちゃんに聞くしかないかな…」

そして理亜は、制服を着替える事なく、乙女を探すために外に飛び出した。


乙女の家がどこにあるかは知らないし、中学校も隣町と聞いていた理亜は、探すのに苦労するだろうと想定していた。だが、正直ここまで手こずるか、と思うほど見つからなかった。

出逢った廃神社やあの海辺、市内をずっと探していたが、やはり見つからない。乙女がまだ学校内に居るのか、それとも家に居るのか分からなかった。

「えぇ…どこかなぁ…」

走りながら、息切れをしては休んで歩く、を繰り返していたその時、妙に首が熱いのに気付いた。

走っているからといって、首だけが暖まる、というのは、理亜にとっては違和感だったのだ。

理亜が一歩前に進む度に、その首の熱が上がるような感覚。何を表してるか、理亜には分からなかったが、これを指針にする他ないと考え、歩いて、首の体温が高くなる方へと向かった。

しばらくその方向に進んでいくと、最初に探した廃神社に戻ってきていた。

「…アレ?ここって…」

理亜は最初に探したはずなのにおかしい、と感じながらも、乙女の名前を呼んだ。

「乙女ちゃん…いる?」

数秒の沈黙のあと、鈴に近い、甲高い音が後ろから聞こえ、理亜は後ろを振り向いた。

「どうしたの?理亜ちゃん」

理亜は本当に居たのか、というリアクションをしてから、乙女の手を握った。

「あ、乙女ちゃん!探してたの、少し聞きたいことがあったの!」

理亜はやや息切れしながら乙女に話しかける。乙女はいつもの優しい口調で、ニコニコと笑顔を絶やさず理亜に話しかける。

「そう…私に分かることかしら?」

「乙女ちゃん、隣町の学校だから休みか分からないんだけど、ずっと玖戸市に住んでたよね?」

「えぇ…そうね。学校以外で離れた事はないわ」

理亜は可能性が高くなった事に『よし』と心の中で思いながら、乙女に問いた。

「『玖戸市慰霊の日』…って、何があったの?」

そう、理亜が聞いたその時である。

乙女の顔が、明らかに曇った。

「…それは、どこから聞いたの?」

先程の笑顔が潰えて、どこか怒ったような顔つきになった。不機嫌そう、とも言い換えられる。

理亜は、何故乙女がその複雑な顔をしたのか分からず、首を傾げ、『学校で聞いた』と答えた。

「そう…ごめんね理亜ちゃん。私の口からは何も言えないわ」

乙女はどこか安心した声色で答えた。

「え…?」

乙女は曇った表情のまま、どこか辛そうに笑う。

「私はその時生きてないし、どういう事件だったかは、想像でしか話せないわ。だから、『何があった』、って言うのは話せないの、ごめんね」

理亜はどこか納得できない顔をした。

音八も、乙女も、誰もこの事件について話そうとしない。口に出す事すら禁忌であるかのように、触れようとしない。触れさせてくれない。

「それに、理亜ちゃんはまだここに来て日が浅いから知らないかもだけど、玖戸(ここ)ではその事件、軽々しく口にする事も禁じられてるの」

理亜の手を握る、乙女の力が強くなった。

「どうして…?」

「だってあんな事件、怖いでしょ?怖いからみんな口にしないの。起きて欲しくないから、口にしないのよ」

理亜は、半分納得したが、未だスッキリしない、そのはぐらかされた解答に頷くしかなかった。

確かに、自分が浅はかだったかもしれない。

自分の住んでいる街とはいえ、その過去の凄惨な歴史に足を踏み入れるのはあまりよろしくないのではないか。

「ごめんね、理亜ちゃん」

理亜が考えていると、乙女がもう一度謝ってきた。

「こっちこそごめんね、私まだここに来たばっかりで…」

と、言いかけたその時、理亜のスマホが振動した。

「あ、ごめん。お母さんから電話だ」

理亜は母からの着信に応答する。

[理亜?今どこ?]

「友達と一緒に居るよ、もうすぐ帰るから」

[そう?ならよかった。すぐ帰ってきてね]

「はーい、じゃあね」

電話を切り、理亜は乙女に『そろそろ帰るね』と言い、乙女も『えぇ。ごめんね、暗くなっちゃって』と答えた。

確かに周りを見るとかなり暗くなっていた。スマホの時間を見ると、4時半をとっくに過ぎている。

理亜は神社から出て、すっかり暗くなってしまった道に足を踏み出した。

歩いた理亜は違和感を覚えた。

足が思うように動かない、というより『足が進もうとしない』。心臓が痛いくらいに打ちつける。足が進まない。早く帰らなければならないのに、うまく動かせない。焦りながら、あの惨い写真が脳裏に蘇った。恐ろしかった。いつもなら心地良く感じたここの潮風が、血生臭く感じるようになった。鼻を刺すような磯の匂いが、理亜の脳を激しく揺さぶる。えづきが止まらない。今にも戻しそうなその時、後ろから聞き慣れた声で呼ばれた。

「…笹上か?」

後ろを振り向くと、そこには細長いバックを背負った音八がいた。

「あっ…はい…私です…」

「今5時だぞ。何してたんだ?」

「ちょっと友達と話してた…」

音八はあぁ、と納得した反応をする。

「今日と明日に関しては外に出ない方がいいぞ。担任も言った通り、慰霊の日だからな」

外に出てると老人がうるさいので出ない方がとやかく言われなくていい、と彼は付け加えた。

理亜は、安堵からやや涙目になりながら音八の話を聞く。

「音八君は何してたの?」

「普通に頼まれ事。ウチこの島に8個、(やしろ)持ってるから、そのうちの4個の掃除。それやってたらこんな遅い時間になったってだけ」

「そう…なんだ…」

理亜はまだ残る恐怖心をどうにかしようと深く息を吸った。

「…」

(…ダメそうだな。まぁそりゃそうか)

音八は「はぁ」とため息を吐き、こう切り出した。

「もう遅いし送っていくぞ。家どこだっけか」

理亜は音八の発言に驚いた。申し訳ないという気持ちと、ありがたいという気持ちが半々になりながら、理亜は震える足で音八の隣を歩く。

「え…いいの?」

「…この辺街頭ないし、多分迷うと思うから」

音八は帰るついでだよ、と言いながら『先に行って』と合図を送った。

理亜は言われた通り、音八の一歩手前を歩く。

歩きながら、彼女は気になっていた話題を振る。

「音八君…その荷物…」

「これ?普通に掃除用品だけど。ホウキとかちりとりとか。今秋だし、枯葉めっちゃ落ちてくるだろ。それを棄ててたんだ。もうすぐ冬で雪も降るだろうし、雪かきもやらないとか…」

「ここって雪降るの?」

「まぁ…雪国ほどじゃないけど、小学生がはしゃぐくらいには降るぞ」

理亜は東京の雪を思い出したが、あまり記憶に残って居なかった。降らないし、積もるなんてことは滅多にないからだ。

そのまましばらく会話が続き、理亜の家に辿り着いた。

「今日はありがとう。迷惑かけてごめんね」

「別にいい。それじゃ」

音八はそれだけ言い残すと前を向き、坂道を下った。

彼を見送り、見えなくなったあたりで、理亜は家の戸を閉じた。

玄関の靴置き場に、靴が一足増えていた。

「ごめんお母さん。遅くなった」

「おかえり。外も暗くなってたから、心配したわ」

「うん、ごめん。ちょっと友達と話してて」

「いいのよ。ご飯出来たら呼ぶからね」

理亜は2階に上り、乙女の曇った顔を思い出した。


この街にかつて何があったのか。

理亜が「それ」を知る日は、刻一刻と迫っていた。

多分あと2話で完結します

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