#2
2話です
土曜の出来事が、理亜の全身を締め付けるように残っていた。
いきなり夕暮れになり、謎の美少女と出逢い、気付いたら元いた場所に戻る、なんて魔法に等しい出来事だった。
ただ、理亜は恐怖していた。
それがどこから来る恐怖なのか、そこまでは分からなかった。だが、真っ暗な中に引きづり込まれそうな、根本的な恐怖が理亜を締め付けていた。
日曜日の朝から頭痛も激しくなり、攣った痛みがあった足の痛みも強くなっていった。
「はぁ…」
授業は何とか気合いで受けたが、正直早退したいレベルで痛みが増している。
「…笹上さん、どうかした?」
「…音八君…いやちょっと体調悪くてね…」
「へぇ…土日どっか行った?」
…どこか…何処だろう…。アレは…神社なのかな…。
「この街をちょっと回ってたかな…」
あの神社のような場所がどこか分からなかったので、理亜は当たり障りのない回答をした。
「症状は?どこが痛いとかある?」
「…頭と足…」
理亜がそう発言すると、邦幡はすん、と黙ってしばらく考えていた。
「うーん…今日ウチに来る?」
「えっ、なんで、怖い」
理亜は同級生の男子に家に誘われる事は今までなかったので、恐怖というより動揺に近いものだった。
「あぁいやえっと、ウチ神社だから、お祓いとかするか、って話なんだけど」
「あっ…ごめん…ありがとう…」
理亜は照れからの動揺を隠す為、やや焦り気味に謝った。
「じゃあ学校終わったらウチに案内するから。放課後、昇降口で待ってて」
「う、うん…ありがとう…」
理亜がそういうと、邦幡は教室の外に出た。
「…『器』だろうか…そろそろ来てもらわないと、こっちも困るんだよな」
その日の夕方、理亜は邦幡の家に招待された。
家は和風の一軒家で、その後ろの山の中に神社がある、という構造だった。
「ここがウチの神社だよ、お祓いしてもらうから待ってて」
理亜は頷き、邦幡の戻りを待った。
「…君が笹上さんか?」
「え…はい、そうです」
後ろから名前を呼ばれ、理亜は後ろを振り向いた。
そこには、30〜40代前半の、後ろで髪を纏めている着物の男性が立っていた。
「お話は聞いているよ、お祓いだろう?」
「はい…えっと…」
目を上に向け、あぁ、そうだった、と目の前の男性が呟いた。
「あ、父さんここにいたのか」
邦幡が戻ってきて、目の前の男性を父さんと呼称する。
「これは失礼したね。私はこの玖戸神社の現神主、邦幡柒八だ。じゃあ向こうの神社まで音八が案内するから、ついて行って。私も後に行く。正装とかの準備があるからね」
すると音八は、理亜の先を歩き「こっちだ」という風に誘導する。
本堂への道に入り、理亜は音八を見ながらそこを進む。
…どうして音八君は、私に優しくしてくれるのだろう。
この疑問がずっと私から離れなかった。
「…」
理亜と音八の二人はずっと黙って本堂へ行く。石畳の階段を登り、しばらく行くと、鳥居を隔てて神社の本堂が見えた。
「ここがウチの神社」
荘厳な雰囲気がその神社から出ており、その技巧の凝らされた建物に、理亜は圧倒された。
「すご…」
「まぁ神社だしな」
理亜がその神秘的な何かに圧倒されていると、横から柒八が理亜に話しかけた。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
理亜が柒八の方を見ると、陰陽師のような格好をした彼が立っていた。
「よ…よろしくお願いします…」
「それじゃ、ここから上がって、このまま真っ直ぐに行けば外陣に着くから、そこに座ってね」
柒八がニコッと笑い、理亜を案内する。
(…すごい素敵…この街やばいな…)
「こういうの好きなんだね、若い子にしては珍しいよ」
「昔から歴史的建造物を見るのが好きでしたから…」
柒八はそっか、とだけ相槌を打ち、外陣に理亜を入れた。
「それじゃ、ここに座ってね。正座が理想だけど、辛くなったら崩していいし、出来なければ普通に座ってていいよ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「このまま進めるね」
音八が板の間に立ち、お祓いの様子を見ていた。
呪文のような祝詞が本堂を包む。理亜は目を瞑り、それを邪魔しないようにじっと正座していた。
「…」
じっと座り、大体10分程度でお祓いが終わった。
「ありがとう、終わったよ」
柒八がそう言うと、理亜は立ち上がり、
「ありがとうございました」
と言った。
「また体調悪くなったら言ってね。音八、送ってあげて」
理亜はお辞儀をして音八と共に外に出る。
「今日はありがとう、少し足が軽くなった」
「それはよかったな。てか、お祓いなんて胡散臭いのよく信じられるな」
「まぁ…東京にも神社はあるしね、そこで三回くらいやって貰ってたんだよ」
音八はそれを聞いて、どこか納得したような顔をして頷いた。
「そういえば、音八君いつからあそこでずっと待ってたの?」
「板の間のこと?笹上さんがお祓いしてる間ずっと待ってたよ」
「あ…ごめんね。でもどうして?」
「いや、普通に心配で」
「そっ…そっか…」
理亜は、男子に体調や気分を気にされたことがなかったので、少し驚いた。
「音八君は…不思議な人だね」
「…笹上さんも大概でしょ、俺みたいなのに絡むなんて」
音八はどこか、理亜の言うことを否定するように理亜の言葉を返す。
「…それと、笹上でいいよ、言いにくいでしょ」
「あぁ、ありがとう。これからは『笹上』って呼ぶよ」
神社の階段を降りながら、二人はそんな会話を交わした。
階段を降り終え、理亜は音八にお辞儀をして、その神社を後にした。
音八は家に入り、柒八の帰りを待った。
「…音八、ただいま」
「おかえり、どうだった?」
「あの娘、確実に『器』だね。いつ顕れてもおかしくないよ」
音八はため息をつき、そうだよな、とだけ言った。
「今回は音八がやるんだ。出来そう?」
「…失敗しても、責めないでくれよ」
「ハハ、大丈夫だよ。こんなんでも、俺は父親だしね」
およそ親子とは思えぬ会話を、二人は交わす。
理亜が海沿いを歩いて居ると、夕暮れの海にぽつんと一人、黒いセーラー服を着て、長い黒髪を垂らした、顔立ちの整った少女が立っている。
風に髪が靡き、それを押さえるように海を見ていた。ただ、はっきりと見ている、というよりは、何処か虚ろで、寂しい色をしていた。
「あれ…乙女ちゃん?」
海岸に目を向け、あの少女の事を思い出す。
じっと見つめると、やはり彼女は、この間神社に居たあの子だった。
緩い坂道を走って下り、砂浜に入った。
海の近くまで行き、その子のもとに行こうと理亜は息を切らした。
大体あと5メートルくらいの距離になり、理亜は無意識で乙女の名前を呼んだ。
「乙女ちゃん!」
黒髪の美少女は、そのはっきりとした自分の名を呼ぶ声にビクッとし、こちらを振り返る。
理亜は足早に乙女の近くに寄り、手を握る。
「久しぶり!乙女ちゃん!」
「…理亜…ちゃん?」
理亜は思わず、自分の両手で乙女の両手を掴み、ブンブンと上下に振る。
「おわっ、嬉しい!覚えててくれたんだね!」
乙女はニコッとした笑顔を保ったまま、理亜の事を見つめた。
「もちろん、あそこに来る人は少ないもの」
理亜は、あそことはあの神社の事であると察した。
「乙女ちゃん、こんなところで何してたの?」
「海を見てただけよ、それより戻れたのね。よかったわ」
「?うん、ありがとう乙女ちゃん!」
理亜は一瞬、乙女に対して違和感を覚えたが、それを気にすることなく話を進めた。
「乙女ちゃんもセーラー服ってことは、学校帰りだよね?どこに行ってるの?」
「うーん、そうね…」
乙女は少し考えた素振りをして、こう答えた。
「あの橋を渡った中学校よ。住んでるのはこの町だけどね」
本州の学校に通ってるのか、と理亜は珍しいモノを見る目で乙女を見た。
「理亜ちゃんは帰り?」
「うん、乙女ちゃんの神社に入った時、ちょっとだけ体調が悪くなっちゃったから、お祓いしてもらってきたの」
理亜がそういうと、乙女の瞳が一瞬だけ、悍ましいものを見たかのような瞳をした。
その昏く冷たい瞳は、理亜の心に強く響いた。
「…そう、体調は治った?」
しかし乙女は、その瞳をすぐに隠し、その間も笑顔を絶やさなかった。
「うん、ばっちりだよ!頭痛も治ったし!」
握っていた右手を外し、グッドサインをする。
「理亜ちゃん、これからも会いに来てくれる?」
「もちろん!乙女ちゃんには助けられたからね!乙女ちゃんどこに住んでるの?」
「説明が少し難しいわ…この間会った神社の近くよ」
理亜の顔が明るくなり、乙女の手を握る力が少し強くなった。
「なら割とすぐ会えるかな?」
「そうね、理亜ちゃんはどこら辺に住んでるの?」
理亜は海の左側を指し、あっちの高台だよ、と示した。
「意外と近いのね、またすぐ会えるわ」
「ホント?よかった、乙女ちゃんとまた話したいなって思ってたんだ!」
乙女はありがとう、とだけ言い理亜の話を聞いていた。
「あ、そろそろ私帰らなきゃ、ごめんね乙女ちゃん!」
「いいのよ、ありがとうね、覚えててくれて嬉しいわ」
理亜は乙女が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
「…本当、可愛い娘。また逢いに来てくれるかしら」
乙女は海を見ながら、彼女と出逢った神社の方向に歩いて行った。
***
日曜日の午前4時、まだ暗い中『鈴』の音が聞こえたので、あの神社に行ってみた。
カッパから雨の音が聞こえる。
『入り口』まで来て、やはりそうかと合点がいく。
廃神社の中に入ると、神楽堂の中にあったはずの『封』が開放されていた。
(…やっぱりか)
結界を無条件で壊し、封を破壊し、ここに来て鈴が鳴る。
「…ようやく尻尾を出したな。待ってろ、すぐに殺してやる」
器が現れた。それの意味する事は、『彼』が一番よく知っている。
記録
9月17日 日曜日 午前4時
前日14時頃、『器』が廃神社に侵入。
結界が機能不全若くは破壊されていた。
また、『鈴』の破壊及び『封』を開放した模様。
『器』の捜索を進める。
次は3話です