<Tale.7> 漆黒の世界
「どう・・・なってんだ?」
俺達の目の前には、明かり一つない星波の町が広がっていた。
俺達が校舎を出たのは夕方だった。
いや、たとえ夜だったとしても、街灯一つ点いてないのはどう考えてもおかしい。
・・・停電か?
「お、お兄様、上!上見て!!」
隣にいる璃々花が突然叫んだ。
「上?上がどうかしたのか・・・っ!?」
その瞬間、俺は自分の目を疑った。
「な、何だよこれ!?」
見上げた空には、信じられないことに、巨大な渦が浮かんでいた。
「お兄様、あれ、何?」
「俺が知るかよ・・・」
「・・・だよね」
俺達はしばらくの間、飲み込めない状況にただ呆然と立ち尽くしていた。
ドゴォーーーーーン!!
「うぉっ!?」「きゃっ!?」
本日二度目の地響きで、俺達はようやく我を取り戻した。
「また、地震?」
「・・・いや、今のは・・・」
あおぉーーーーんっ!!
「ひっ!・・・な、何、今の・・・動物?」
「・・・」
この変な空といい、たてつづけに起きる地響きといい、雄叫びのように響く動物の声といい、まさかとは思ったんだが・・・これは、
昨日の事後、
「なぁ、結局何だったんだ、そいつ?」
目の前で元凶の子犬とじゃれているすみれに問う。
「えっとですね・・・簡単に言ってしまえば、このクリスタルの魔力の影響を受けて、魔獣と化しちゃったんですよ、この子は」
魔法の知識がない以上、まともに理解するのは無理なので、とりあえず言葉通りに解釈しておこう。
「・・・ん?いや待てよ。クリスタルからは今はその魔力とかは感じないんだろ?」
「はい、そうですが?」
「じゃあ何か?その宿っていた魔力が全部、その子犬に移動したってことか?」
「・・・駿、魔法の知識もないのになかなか鋭いですね」
すみれが目をぱちくりさせて感心していた。
「全て、ではありません。ごく一部です。残りの魔力は、おそらくこの星波町全域に散ったのだと思います」
「へぇ、なるほどねー」
・・・・・・?
「え、それってマズくない?」
「はい、かなりマズいです。形状はクリスタルの破片として散らばったはずです。もし、誰かが触れたりしたら・・・」
「こいつみたいになる・・・と、そういうことか」
「はい」
「全く、とんでもないことになったな」
「・・・ごめんなさい」
「お前のせいじゃないって」
俺はすみれの抱いている子犬を撫でながらすみれを見る。
「・・・俺に出来ることならいくらでも手伝うからさ、一緒に頑張ろうぜ、な!」
俺は元気づけるように笑って見せた。
「・・・優しすぎなのですよ、駿は」
そう答えたすみれは、かすかな涙の跡を残して微笑んでいた。
「クリスタルの破片か!」
「えっ?」
あのときのすみれの言葉、その通りになったみたいだな・・・
「えっと、お兄様?どうゆうこと?」
理解が追いつかないのか、璃々花が尋ねてくる。
「ぐだぐだ説明しても理解できんだろうから簡潔に言うぞ」
俺は一呼吸おくと、一言だけ告げた。
「モンスターが現れた!」
・・・・・・
「いや、意味わかんないよ、お兄様!?」
「理解しなくていい。そのままを受け止めろ!」
「そのままって言ったって・・・」
あおぉーーーーーん!!
「っ!?」
その鳴き声に俺達が振り返ると、校舎の陰からおそらく野生の狼であろう生物が姿を見せていた。
「お、お兄様・・・」
璃々花はその姿を目にした瞬間、怯えるようにして俺の背中に隠れた。
「・・・どうやら、間違いないみたいだな」
魔法なんてものはわからないが、確かに狼なんてものがこの辺りに住んでいるはずはないし、何よりこいつからは、あの時の子犬と同じ禍々しさを感じる。
「駿、これを」
登校前、すみれはブレスレットのようなものを俺に渡してきた。
「何だこれ?プレゼントか?」
「はい。昨日も言ったとおり、魔力の結晶である破片が町に散らばってしまいました。万が一にも襲われたとき、これを使ってください」
「使えって・・・これがあれば、俺も魔法が使えるってことか?」
「その通りです。ただ、あくまで簡易的なものですから、そう長くはもちません。・・・大丈夫ですよ。私が駆けつけるまでの間は、十分にもつはずですから」
(万が一って・・・おもいっきり運がないな、俺は・・・)
すみれから貰ったブレスレットを左手首に嵌める。
(幸運にもここは奴から死角・・・見つかる心配は・・・っ!?)
動物の嗅覚の成せる業なのか、一直線にこっちに向かってきた!
(恐い・・・けど、璃々花を危険な目に会わせるわけには行かない!)
「絶対にここを動くなよ!」
「お兄様、ダメ!!」
俺はその強い呼び止めの言葉を合図に飛び出した。
狼は飛び出した俺に正面から襲い掛かってきている。
(すみれは念じるだけでいいと言っていた。ぶっつけだが、やらなければ大怪我、最悪は死ぬ。それに後ろには璃々花もいる。・・・・・・なら、やるっきゃないか!)
俺は覚悟を決め、両手を突き出す。
『盾!!』
刹那、左手のブレスレットが光を発し、目の前に魔方陣らしきものが現れた。
狼の爪が、魔方陣に触れる。
「っぐあ!?」
衝撃が両手を伝って全身に響く。
俺はその衝撃に耐え切れず、後ろに弾き飛ばされた。
痛みを堪えて身体を起こすと、狼もまた後ろに弾き飛ばされていた。
「今の・・・俺がやったのか?」
左手を見ると、ブレスレットが眩く光っていた。
「お兄様、大丈夫!!」
振り返ると、璃々花が慌てたように駆け寄ってくるのが見えた。
と同時に、視界の端でさっきの狼が再び突進してくるのも見えてしまった。
「馬鹿!来るな!!」
未だ痛む身体を起こして、全速力で璃々花に駆け寄る。
「・・・え?」
「っちぃ!」
バチバチバチッ!!
間一髪、盾が間に合った。・・・が、
「っぐあ!!」「きゃあーーー!」
俺達は二人とも、その衝撃で再び後ろへと弾き飛ばされてしまった。
「・・・っ、大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫・・・・・・って、お兄様!血が!?」
璃々花が俺の腕を見て叫んだ。
見ると確かに左腕から血が流れていた。しかも動かない。
(やべ、骨折してるかも・・・)
そう冷静に考えられるのは、麻痺して痛みを感じていないからだろう。本当なら激痛が走っていてもおかしくはない状態だった。
前方を見ると、ほとんどダメージがないのか、狼は再びこちらに向かってきていた。
「早く逃げろ、璃々花!」
俺は左腕を庇いながら立ち上がる。
「お兄様、無茶だよ!一緒に逃げよう!!」
璃々花が泣き叫ぶように懇願してきた。
「無茶でも何でも、お前は俺が守んなきゃいけねーんだよ!!」
狼が目前まで迫ってきた。
(っぐ、ダメだ。腕が上がらねえ!)
「お兄様!いやあぁぁぁ!!!!」
『雷弾!』
ぐおおおおおおお!!!
「何だ!?」
突然俺達の後ろから何かが飛んできたと思ったら、今まさに俺達に襲い掛かろうとしていた狼は、遥か後方へ吹き飛ばされていた。
「ふう、何とか間に合ったか」
その声に振り返ると、黒い衣服を身に纏った二十歳くらいの男性と、対照的に白い衣服を着たすみれが立っていた。
「ったく、遅いぜすみれ!危うく死ぬとこだったぞ!」
「ごめんなさい。事態が大きくなってしまう危険性があったので、一度本部に戻っていたのです。それに、まさかこんなに早くこんなことになるとは思わなかったので・・・」
「いやまあ、責めてる訳じゃないんだけどな。一応これのおかげで助かったんだし」
そういって左手のブレスレットを見せる。
「・・・それは」
「駿!ちょっと動かないでください」
男が何か言いかけたが、それを遮るようにして、すみれが近寄ってきた。
『治癒』
すみれが右手の薬指に嵌めた指輪に命じる。
すると、指輪が光を放ち始めた。
その光は俺の左腕を包むようにして広がり、光が消えると、腕は何事もなかったかのように元に戻っていた。
「・・・すごい」
璃々花が隣でびっくりするように俺の腕を見ていた。
「『治癒』は、対象を元の状態に復元することができます。万能というわけではないですが、骨折程度なら完治できます」
「いや、それでも凄いって。ありがとな、すみれ」
「いえ、これも私のせいですから・・・お礼を言わないでください・・・」
すみれは昨日、そして今日と、自分の失態を責め続けているのだろう。
「すみれ・・・」
言葉をかけてやろうとしたその時、
ううぅぅぅぅぅ!!!
「な、アイツ!?」
あの攻撃を受けてまだ立ち上がれたのか、真っ直ぐにこっちを睨んでいた。
だが、二人ともまったく物怖じせず狼と対峙する。
「俺は浄化魔法は専門じゃないんだ。あとは任せるぞ」
「わかりました」
すみれが男にそう返事をすると、一歩前に出て両手を突き出した。
その身体から、魔力が両手へと収束する。
『穢れなき純白の閃光!!!』
昨日と同じ、純白の光が狼を包み込み、狼は無事浄化された。
「って、また犬かよ」
種類は違えど、その正体は間違いなく犬だった。
それから俺たちは、いったん家へと戻ることになった。
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「すみれ・・・気づいているか」
「はい、兄さん」
二人の視線はとある人物へと向いていた。
「どういうことだろうな」
「私にも詳しくは・・・ただ、魔法は使えないはずです」
「・・・そうか。だとすると、可能性は・・・」
「まさか、そんなことが?」
「憶測でしかないがな。しかし、魔力を持たずしてこの空間には入れまい」
「・・・・・・」
「まあ、しばらくは様子を見ることにしよう。アイツから目を離すなよ」
「・・・わかりました、兄さん」
そんな二人の会話を、駿と璃々花は知るはずもなかった。