<Tale.9> 襲撃者
『氷の雨!』
すみれの魔法で、つららが豪雨のごとく降り注ぐ。
『火炎弾!』
その攻撃を相殺するように、俺は火の玉を生成し、放つ。
激しい音をたてながら、お互いの魔法がぶつかり合う。
「凄いよお兄様!たった一週間で、すーちゃんと互角に戦えるなんて!」
・・・互角なもんか!
すみれはまだまだ本気を出しちゃいない。
ちょっとでも気を抜いたら、制御できなくなってしまう!
しばらくして、すみれが攻撃をやめる。
「攻撃魔法は随分上達しました。・・・というか、むしろ早過ぎるくらいの順応にびっくりです」
「そうか?まだこれしか撃てないんだが?」
「それでも、です。普通は一週間でここまで正確には撃てませんよ」
・・・よくわかんないけど、褒めてくれているようだ。
「駿は炎を主とした攻撃魔法が合っているみたいですね」
「・・・なぁ、ここ一週間、攻撃魔法ばっかやってたけど、防御魔法とかいらないのか?」
ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「私もそう思ったんですけど、始めから防御魔法をやっていたら縮こまってしまうから、最初に攻撃魔法を教えなさい、と兄さんが」
ふーん、そんなもんなんかね?
「それじゃ、朝の訓練終わり。少し休憩したら、クリスタルの破片を探しに行きましょう」
「そういやお前、結局始業式しか出られなかったな」
道中、すみれに話しかける。
「そう、ですね・・・少し残念です。でも、駿たちは大丈夫ですよ。現実世界の方では時間が止まっていますから」
「時間が止まってる?すーちゃん、どういうこと?」
璃々花が尋ねる。
「うーんと、つまりですね、ここでは時間という概念そのものがないんです。あ、空を見てください。月が動いていないでしょう?」
言われて俺達は空を見る。確かに月は動いていなかった。
「そっか、ならお前も一日しか休んでいないことになるから、また一緒に行けるな」
「・・・」
俺の言葉に、すみれが黙り込んでしまう。
「すーちゃん?」
「あ、はい・・・そうですね。楽しみです」
「うん、私もすーちゃんと一緒に学校に行きたいもん!」
そんな会話をしながら、俺達は捜索を続けた。
すみれが一瞬だけ見せた、寂しそうな顔に気付かないまま・・・
「あれ、あそこに人がいるよ?」
璃々花がそう呟いたのは、捜索を始めて小一時間経とうかというあたりだった。
「確かに。だけど、何だってこんな場所に?」
その男性は学園の裏敷地の工事現場にぽつんと立っていた。
年は二十歳を過ぎたくらい。若々しい服装から察するに、大学生だろう。
「ねえ、お兄・・・んぐっ!?」
璃々花が声をかけようとするのをすみれが止める。
「待ちなさい璃々花。ここが何処だか忘れたのですか?」
言われて俺も自覚する。
そう、ここは魔法が使えるものしか入れない。そこにあの人がいるということは則ち、彼もまた魔法が使えるということだろう。
その時、彼がこちらの視線に気づいた。
そしてゆっくりとこちらに顔を向ける。
「・・・!!」
刹那、信じられない速さでこちらに突っ込んできた!
「っ、危ない!」
俺は咄嗟に二人を庇った。
彼の拳を両腕をクロスさせて受け・・・
「っ、ぐはっ!!」
・・・られなかった。
そのまま横に弾き飛ばされる。
身体を起こしたときには、彼は追撃をかけようと、今まさに地面を蹴ろうとしていた。
『氷の呪縛!』
だが、彼女が地面を蹴るよりも早く、すみれがその足を凍らせて止める。
「お兄様、大丈夫!?」
璃々花がいち早く駆け寄ってくる。
すみれも相手の出方を伺いながら駆け寄ってきた。
「・・・ああ、大丈夫だ。だが、これは半端な力じゃないぞ・・・はじめの○歩に出てくるガ○ルパンチ級だった!」
「そんなバカ言ってる場合ですか!・・・と言いたいところですけど、大きく間違ってはないです」
「やはり○ゼルパンチ!?」
「いえ、そこは違います」
こんな緊迫した時でも返しが鋭いな!
「彼はおそらく、肉体強化系です」
にくたいきょうか?
「それも魔法なのか?」
「ええ。自らの身体の内に魔力を集め、部分的に運動能力を高めているのです。さっきの異常なスピードや、駿を吹き飛ばした攻撃が何よりの証拠です」
「何か、魔法っていろんな使い方があるんだね」
璃々花がしきりに頷いていた。
「・・っ、来ますよ!」
すみれが叫ぶのと同時に、氷が砕ける音が聞こえた。
「あれを砕いたのか!?」
「彼の魔法が肉体強化系なら、あの程度は足止めにもなりませんよ」
視線を彼から反らさぬまま、俺の言葉に平然と答えるすみれ。
彼もまた、俺達をじっと見たまま動かない。
「お前たちか・・・我を再び封じようとする者は」
不意に彼はそう問い掛けてきた。
「封じる?」
俺は首を捻ってすみれを見る。
「そうです。誰が封印を解いたか知りませんが、この町の人達にとって、魔法の存在は脅威でしかありません。そのためにも、あなたを野放しには出来ません!」
すみれは目の前の敵に向けてそう言い放つと、リングの嵌めた左手を突き出し、構えた。
「ほう、それがお前の魔法具か」
すみれはその問いに答える代わりに、リングに魔力を注ぎこんだ。
リングが白く確かな光を放出し始める。
「是非もなし、か」
その呟きと、彼が踏み込んだのは、ほぼ同時だった。
「我が名はマンモン。お前たちを滅する者の名だ!」
(っ、速い!!)
この速さに対応できる術は、俺にはない。だが・・・
「はっ!」
彼の・・・マンモンの突き出している拳が、俺達に届く寸で静止した。
すみれが瞬時に盾を作り、攻撃を防いだのだ。
「さすがだな・・・だが、いつまで耐えられるかな」
マンモンの攻撃は止まない。まるで瞬間移動でもしているかのようなスピードと、並みの人間なら即死だろうその攻撃に、すみれはただ耐えるので精一杯だった。
「っ、うぅ・・・」
すみれの苦しげな声が聞こえる。
「っ、こっの野郎!!」
すみれとの訓練でやったように炎を球状にして作り出す。
(当たらないまでも、注意を反らすくらいなら!)
「・・・むっ」
『火炎弾!!』
八発の炎の弾を、すみれの周囲の八方に打ち込む!
「この程度の弾、我に効くとでも・・・っ!?」
マンモンは弾こうと構えていた態勢を瞬時に解き、横へと大きく跳躍した。
俺の放った攻撃は対象を見失い、少し離れた岩に当たった。
ズガガガ――――――――ン!!!
「っな!?」
俺は自分の目を疑った。
想像以上の爆音と、それによって出来た大穴。それを俺がやったっていうのか・・・
「・・・まさか、これほどまでの魔力をもっているとはな。正直驚いたよ」
マンモンがどこか苛立っている様に言った。
「まだまだ未熟だが、いずれ我々の邪魔になることには違いない。ここで消えてもらうぞ」
マンモンが一歩踏み出す。
「・・・っ、ダメ・・・駿は、消させない」
先ほどの連撃を防御の上から浴びたとはいえ、もう立っているのも辛いはずのすみれが、俺の横に立った。
「もう動くことすら辛いお前に出来ることなど、たかが知れている。まとめて消え去るがいい!」
「すみれ!」
俺はすみれを庇うように前に出て、炎を出現させる。もう俺には、そうするしか他に手はなかった。
「・・・っ!?」
突然マンモンの動きが止まる。
(何だ、何が起こったんだ?)
俺は目の前の出来事を理解できなかった。
「お前は・・・!」
マンモンは驚いたような顔をしたが、その顔は除々に苛立ちを覚えていっているように見えた。
「・・・ちぃっ!」
短く舌打ちした後、小さく何かを呟いて、マンモンは姿を消した。
「・・・た、助かったのか?」
近くにもうマンモンの魔力は感じない。どうやら本当にいなくなったようだ。
「・・・はぁ、はぁ」
荒い息をついたまま、すみれがその場に座り込んだ。
「お兄様、すーちゃん、大丈夫!?」
璃々花が慌てて駆け寄ってくる。
「ああ、俺はなんとか、な」
「私も・・・魔力以外は、大丈夫です。・・・駿、おぶってもらえますか?」
「それくらい、お安い御用だ」
俺はすみれを背中に背負って歩き出した。隣で璃々花が、「わたしもわたしも~」と駄々をこねているが、とりあえずは無視。
結局、マンモンが退いた理由はわからなかったが、最後に奴が呟いた言葉が気になっていた。
「・・・『ルシフェル』、か」
確かに奴はそういった。だけどあの時いたのは、俺たち三人とマンモンの四人だけだったはず・・・
「いったい、どういう意味なんだろうな」
釈然としないモヤをかかえたまま、帰路についた。