こうしたら家族がうまくいくんじゃないか? というハンドソープのバッドエンドな提案
ああ。
なんだかちょっと意識が遠のいてきたような気がする。
きっとボクの中身が残り少なくなっているんだな。二回分、そうだな、あと半日は保ちそうだけれど、木の実ちゃんが帰ってきて、その小さなおててを洗ってしまったらきっと、ボクはもう眠りについてしまうのだろう。
ハンドソープのボク。いつも木の実ちゃんが幼稚園から帰ってくるのを、こうして洗面台の横っちょで待っている。木の実ちゃんはまだ小さくて洗面台より背が低いから、いつも台に乗ってから、ボクの頭を押すのが日課となっている。
木の実ちゃんの手のひらにアワアワを乗せてあげる。するととても喜ぶから、ボクは一生懸命、うがいするみたいに喉でブクブクブクブクして、石鹸をアワアワにしてから吐き出してあげているんだけど、中身がこうして少なくなってくると、ブブブビビビって龍夫パパのオナラのような音がしてしまうから、それはちょっと恥ずかしい。
こうなってしまうと、木の実ちゃんがすっごく喜んじゃって、オナラだオナラだと、嬉しそうに楽しそうに踊りだすから、ボクはたまったもんじゃない。恥ずかしいっつってんのにね!
ボクのおなかの中の中身が少なくなってくると、詰め替え用の中身を入れてくれる人がいるのだけれど、それが誰なのかを、ボクは知らない。
ハンドソープのボクは本体から頭を取られてしまうと、途端に意識を失ってしまって、眠ってしまうからだ。
詰め替えが終わってからもちろん、ボクは意識を取り戻すんだけど、その肝心な詰め替えをしてくれる人がいったい誰なのか、謎は深まるばかり。
いや、木の実ちゃんではないことは確かだ。あんな小さなおててで、ボクの頭を根こそぎ引っこ抜くだなんて芸当、できるはずがない。
他の人間だ。これは間違いないだろう。
さて木の実ちゃん以外のこの家の住人といえば、木の実ちゃんの龍夫パパ、木の実ちゃんの美子ママ、木の実ちゃんのおばあちゃま、木の実ちゃんのペットの猫、オタマさまぐらいだ。
オタマさまは猫だから、ボクに関してはノータッチだね。だって猫はまずハンドソープで手を洗わないだろ? いつも肉球をぺろぺろぺろぺろして顔を拭いたりしているから、ハンドソープのボクの立場からしてみると、それは非常に汚いような気がしているが、それは個人の嗜好の問題だからまあ良しとしよう。よってボクはオタマさまにとってはどうでもいい存在で、ボクはここにいるよ? と問いかけても、まずもって無視ってわけ。ボクの存在をボク自身が否定するのは、自分でも少し胸が痛む思いがするが、使わない人が、ボクのことを詰め替えるだなんてことはないだろう。そこは強く断言できる。
ちょっと前のある日のことだった。ボクの中身が少なくなったことに気がついたおばあちゃまが、何度も何度もボクの頭を叩きながら、不満を口にした。そりゃオナラみたいな音を奏でているんだから、不満も出るだろう。
「あららやだよ。ハンドソープがもう空じゃないの。まったく美子さんときたら、全然気がついてないじゃない」
ボクをよいしょっと持ち上げて、左右に振ってみる。チャプチャプと残り少ない液体が、ボクのおなかで鳴り響く。
「こういう細かいところに気がつかないなんて、嫁としてどうかしていると思うわ。龍夫は本当にできない嫁をもらってしまったわねえ」
おばあちゃまはそう言って、ボクを乱暴に元の位置に戻すと、ドスドスと足音をさせて、洗面所から出ていってしまった。
だから、おばあちゃまはボクを詰め替えてはいないのだと思う。美子さんが美子さんがと、呪文のように言うだけだからだ。
ボクは思ったね。断言できる。
詰め替えているのは、もちろんおばあちゃまではない! と。
ボクは知っている。美子ママが、木の実ちゃんのお世話で手一杯になっていることを。美子ママは木の実ちゃんを幼稚園へと送る日の朝、まず木の実ちゃんが顔を洗うときに、木の実ちゃんの袖を水道水で濡れてしまわないように、腕まくりしてあげるんだ。そして、台に乗った木の実ちゃんの後ろから、髪の毛を一つか二つに分けてからゴムで縛り、ツインテールやポニーテールにする。時々、木の実ちゃんがワガママを言い出すから、前髪を斜めに編み込んでからツインテールにしたりと、アレンジを加える。これに相当な時間を要している。朝食、幼稚園の用意、自分の化粧ってなると、これはもう戦と言い表してもいいくらいだ。
しかも、だ。テレビのアニメの影響は絶大で、木の実ちゃんは時々、「へんしんっっとうっっ」と言いつつ、台から飛び降りて、足をぐきっと捻挫することがある。そうなるともう大変で大変で。病院に行って幼稚園をお休みした日なんかは一日中、シルバニファミリとかいう玩具で、お買い物ごっこやパン屋さんごっこをしなければならくなる。大人になってからの、「ばぶばぶうー、あたちはあかちゃん。クロワッサンをひとちゅくだちゃい」は、結構キツい。
おっと、話が脱線してしまった。
そんなわけで、美子ママは朝からやることだらけの大忙しで、ボクがもうすぐ空になってしまうことなどに、構っていられないってこと。そこに、おばあちゃまは気づいていない。
美子ママが気づかない嫁だと言うならば、おばあちゃまはそれに気づかない義母ということになる。この方式はどこのご家庭でも成り立っているのだろうか? 実にくだらない。
龍夫パパはどうしたって?
龍夫パパは、眠った木の実ちゃんをおなかに乗せたまま、リビングのコタツで寝ちゃってるんだ。(オタマさま談)
それで。ここからが問題なんだよ。
美子ママは時々、洗面所にこもることがある。そういう時はなぜか、鏡を綺麗にしたがるんだ。はああああっと長い息で、鏡に生ぬるい息を吹きかける。そして持ってきたタオルで、キュッキュッキュッキュッと拭き始める。ただ、持ってきたタオルはだいたい、おばあちゃまが普段、お出かけのときに使っているタオルハンカチで、美子ママは鏡をだいたい磨き上げてしまうと、そのタオルで今度は鼻をかんだりするから恐ろしい。世の中の不条理に怒っているのだろうか、それともできない嫁だ足りない嫁だと言われ、頭にきているかの、どちらかだろうと思う。
そんなわけで、ボクの詰め替えは美子ママがぷんぷんと怒りながら、やってくれているのでは? という推理だ。木の実ちゃんがボクをブブブビビビとオナラをさせた後、意識が遠のくことが多いから、きっとそういうことではないのかなと思うのだ。この家で一番忙しい美子ママが、ボクを詰め替えてくれているというのは、非常に申し訳ない思いがする。
そこでボクから提案がある。
この家にはたくさんの詰め替えが存在する。キッチンにはまず、①食器洗剤 もしくは食洗機洗剤 ②泡ハイター ③ゴミ袋をストッカーへなどがある(美子談)。
そして、洗面所やお風呂には、①ハンドソープ ②歯磨き粉(詰め替えではないが包装ビニールを破る手間がある)③シャンプー&コンディショナー ④ボディソープ ⑤洗顔料 ⑥風呂洗い洗剤 ⑦ボックスティッシュなど。
また、トイレには ①トイレ洗剤 ②トイレ便座クイックル ③トイレットペーパー ④トイレ芳香剤 ⑤オタマさまのトイレ砂(オタマさま談)。
いや待て。これは狂う。地獄ってやつだ。
その上まだ、塩やらコショウやら黒胡椒やら醤油やら片栗粉やら米やら、ってなってくると、無限詰め替え地獄か! ってことになる。なるよね?
この量を全部、一人が管理して全部やれって言われても、相当な手練れか仙人級の術師じゃないと無理だと思う。これは美子ママのように怒り狂って、タオルで鼻をかんでしまっても仕方がないと思う案件だ。もともと、その詰め替え用の諸々を、ドラッグストアで買ってくるのだって、相当な労力だもんな。
あれが切れた、これが切れた、今度はあっちが切れたってなれば、こっちがキレるわ! これはキレても仕方がない!
そんなわけで、ボクの提案はというとね。
発表します!
ダラララララララララ…… ダンッ!
『詰め替えは、みんなでやろうぜ!』ってこと。
そうすりゃ個々の負担も減るってもんだし、お? 切れてるな? と思った人が、詰め替えりゃそれで済むってもんだしな。
ボクがそう言って鼻高々にしていると、オタマさまが洗面台にすらりと飛び乗ってきて、
「よしわかった了解だにゃん」
そう言って、爪を立ててボクに食らいついてきた。首に噛みついて、グイグイと回していく。
「痛ってえぇぇぇえええ! 痛い痛い痛い痛い! って、なにすんだ!」
「もうそろそろカラになってるんだろ? オレがツメカエてやるにゃん」
そう言って、オタマさまがボクの首を、ガジガジと噛んでは回していった。
うわあああぁぁあああああああああ。
意識が遠のいていく。
ああ。
色々、楽しかったなあ。
木の実ちゃんとの楽しい思い出が、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えてゆく。
どうせなら、木の実ちゃんが手を洗ってから、詰め替えして欲しかったなあ。
それに家族がこれでうまくいく、良いアイデアだと思ったけど、こんな風に自分の首を絞めることになるとはね。なーんてクスッと笑ったりして。
頭が、スポンと抜けると同時に、ボクは意識を失った。
永遠に……
カラン(←キャップが洗面台に転がる音)