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Case1-7




「バイトしたお金で買いました。あたしの全財産です!」


 慣れた手つきで留め具を弾き、上の部分を広げる。

 階段状になったそれぞれには、数十種類の口紅、チーク、アイシャドウとありとあらゆる化粧品が整然と並んでいた。

 箱の一番下から数種類のファンデーションを取り出すと、巫女の首元に少しずつ指でつける。慎重に色合いを確かめていた理沙は、やがて頬の下にそっと手を伸ばした。


「……この傷跡、痛みますか?」

「いえ、古いものなので」

「では隠せるように調整しますね」


 ファンデの色を決めると、下地、コンシーラー、ファンデーションと丁寧に層を重ねていく。元々肌がきめ細やかだったこともあり、巫女の顔は見違えるように明るくなった。

 ノーズシャドウとシェーディングは控えめに、目元には金とブラウンのアイシャドウをうっすらと乗せる。その鮮やかな手際の良さと、色彩を見極める能力に、脇にいたレイヴンも驚いているようだった。

 最後に赤い口紅を入れながら、理沙は静かに語りかける。


「赤って、悪魔とかお化けとか、そういう悪いものが入れなくなる色なんだそうです」

「……」

「だから目や耳に塗ってそれを防いだのが、お化粧の始まりらしくて……だからきっとこの口紅は、あなたを悪いものから守ってくれると思います」


 全体のハイライトを調整した後、理沙が声をかけると、巫女はようやく睫毛を押し上げた。理沙が差し出した鏡を受け取ると、自身の顔を見つめ驚いたように微笑む。

 化粧によって綺麗に隠された頬下の傷跡を、巫女は何度も確認しており、それを見た理沙はほっと胸を撫で下ろした。


(良かった……やっぱり気になっていたんだ)


 やがて巫女は頬を薔薇色に染めたまま、興奮気味に理沙の手を取った。


「ありがとうございます! わたくし、こんなに綺麗にお化粧していただいたの、生まれて初めてです!」

「え⁉ いやその、こちらこそすみません、あたしまだ、プロじゃないのに……」

「プロ?」

「――巫女様、そろそろ時間が」


 すると痺れを切らした青年騎士が巫女に声をかけた。

 すみません、と巫女は立ち上がり、申し訳なさそうに理沙に頭を下げる。


「そろそろ行きます。本当にありがとうございました……ええと」

「あ、あの、理沙といいます」

「リサ、……本当に感謝いたします」


 二人は慌ただしく部屋を出ていき、理沙はそれを祈るように見送った。やがて彼らの姿が見えなくなると「き、緊張したあああ」とだらりとソファにもたれかかる。

 だが背後から発せられた冷たいレイヴンの声に、すぐにぎゅっと体を硬直させた。


「まったく、勝手なことを」

「ひいい! す、すみません……」

「ですがまあ、……私も化粧まで施したいとは考えていましたので」


 え、と理沙はレイヴンを仰いだ。

 やはり彼女の傷跡や、あと一歩踏み出すのをとどまっている様子が気になっていたようだ。


「じゃ、じゃああたし、ちょっとは役にたてた感じですか⁉」

「そもそもあなたを拾いに行かなければ、私は鞄を落とさずに済んだはずなんですが」

「ご、ごめんなさい……」


 どよん、と理沙は分かりやすく落ち込んだ。それを見たレイヴンは、片方の眉だけを器用に上げ、ぽんと理沙の頭に手を伸ばす。

 二つ結びした金髪がゆらゆらと揺れ、理沙は慌ててレイヴンを振り返った。


「――ありがとうございます。おかげで助かりました」

「……ッ!」


 その瞬間、理沙は顔が一気に熱くなった。

 照れを隠すように、肩にかかる髪の両端を手でぎゅううと握りしめる。


(きょ、距離が、近い……!)


 いい子いい子、とばかりに撫でられる心地よさは捨てがたかったが、これ以上されたら羞恥で死んでしまう、と理沙は話題を変えるかのようにレイヴンに尋ねた。


「さっき、『前回』は二人とも亡くなったって言ってましたけど……今回は大丈夫なんですか?」

「巫女として正式に認められれば、おそらくは。まあすぐに結果は分かることでしょう」


 そう言うとレイヴンは、再びポケットから懐中時計を取り出した。ぱくんと口を開いた文字盤を、理沙もこっそりのぞき見る。

 すると先ほどまで九の位置にあった針が、まもなく十二の位置を差すところだった。レイヴンはその盤面を見て、静かな微笑を浮かべる。


「まもなく十二時。どうやら成功のようです」

「レイヴンさん、その時計って……」


 だが理沙が尋ねるよりも早く、懐中時計の針は天辺を指し示した。その瞬間、室内に鐘の音が鳴り響き、理沙は驚いた顔つきのまま首を巡らせる。

 一方レイヴンはテーブルに開いていたカバンを閉じると、ひょいと持ち上げ一方の肩に背負った。


「さあ、帰りますよ」

「か、帰るって、どうやって……」


 理沙の問いに答えるより先に、レイヴンはつかつかと部屋の出入り口に歩み寄った。その先は廊下では……と首を傾げる理沙の前で、がちゃりと扉を押し開く。

 すると扉の長方形にすっぽりと切り抜かれたように――見慣れた店内の光景が広がっていた。間違いなく『Toi et Moi』だ。


 レイヴンがあっさりとドアをくぐるのを見て、理沙は卓上に広げていた化粧品を片付けると大急ぎで扉に向かった。

 敷居をまたいだ瞬間、周囲を取り巻く空気の密度ががらりと変わった気がして、理沙は自身の体を確かめる。

 やがて扉は緩慢な動作でひとりでに閉まり、がちゃり、と重々しい鍵前の音を立てた。振り返った理沙はようやく「あっ」と声を上げる。


「これ、お店の奥にあったドア! あたしが入ったやつ!」

「来たところから帰る。当たり前でしょう?」


 どこか馬鹿にされている気がして、理沙はレイヴンを睨みつけた。あれだけ奇妙な体験をした後だというのに、レイヴンはさっさと放置していた作業を再開しており、メジャー片手に寸法を取り始めている。


「あの、さっきのは一体なんだったんですか?」

「夢です。どうぞ忘れてください」

「夢じゃないです! だってほら!」



 

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