表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

Case1-5




 太い馬の頸と背後のレイヴンに挟まれる形で、理沙は懸命に体勢を整える。


「ひ、ひえっ、動く……馬ってこんななんだ……」

「乗馬経験は?」

「あ、ありません!」


 がちがちに緊張している理沙が面白かったのか、レイヴンはわずかに目を見開くと、口元を隠すようにして笑った。

 なんだか馬鹿にされた気がして、理沙が頬を膨らませているうちに、レイヴンは脇にあった手綱を手に取る。


「とりあえず行きましょう。時間がない」


 するとレイヴンは踵を馬の腹に押し付けた。

 それを合図に馬首が巡り、一歩一歩と足を進め始める。ぐらぐらと左右に揺れる背に、理沙は必死になってバランスをとった。少しだけ落ち着いたところで、理沙は背後のレイヴンに話しかける。


「あ、あの、ここフランスですか?」

「違います」

「で、ですよね……」


 分かり切った答えと知っていても、聞かずにはおれなかった。

 パリのど真ん中にある洋裁店。中にある扉を開けたら、突然広大な森の中。どう考えたって普通じゃない。


(どこでもドア? じゃなければ……死後の世界、とか)


 自らの出した結論にぞくりと背筋を震わせた理沙は、レイヴンから続きを聞きだそうとする――が、突然レイヴンが理沙の腰に腕を巻き付けてきた。


「レ、レイヴンさん⁉」

「静かに。……少し速度を上げます。舌を噛まないよう、喋らないで」


 それを契機にレイヴンは「はッ」と発すると、先ほどよりも強く馬の腹を蹴った。突然のことに馬は驚き、ぐんと四つ足を加速させる。ザザ、ガザ、と触れ合う枝葉の音も荒々しく、理沙はレイヴンの腕の中でたまらず体を固めた。


(な、何⁉ 何が起きてるの⁉)


 すると疾駆するレイヴンの馬とは別に、リズムの違う蹄の音が近づいて来る。顔を上げた理沙が恐る恐る脇を振り返ると、背後から漆黒の馬が猛然とした勢いで追いかけて来ていた。

 馬上には甲冑に覆われた兵士の姿も見える。


「レ、レイヴンさん! 後ろから! 何か来てます!」

「追手です。逃げますよ」

「追手⁉」


 人生で初めて聞く単語に、理沙は目を大きく見開いた。

 宣言通りレイヴンはなおも速度を上げ、器用に馬を駆りながら森の中をひた走る。しかし追手もなかなかの名手らしく、レイヴンとの距離を一切開かせぬまま、ぴったりとくっついてきた。


 やがてピシ、と空気を破るような破裂音が理沙の耳の横を走る。顔を上げると前方の木に矢が刺さっていた。

 理沙が慌てて振り返ると、差し迫って来た黒馬の騎手が、馬上から弓を引いているではないか。


「ゆ、弓! 撃ってきてます!」

「分かっています!」


 再び矢が放たれる。すると矢はレイヴンの馬の尻をかすめた。

 ばらり、と荷物をくくっていた縄がほどけ、二つあるアタッシュケースのうち一つが落下する。


(――あっ!)


 地面に投げ出された鞄はがぱりと口を開くと、無残に中身を飛び散らせた。どうやら中には化粧道具が一式詰まっていたらしく、高そうな化粧筆や鏡、ケースに入ったファンデーションなどが、苔むした大地の中に盛大にばらまかれる。

 だがレイヴンはそれには構わず、先ほどよりも速度を上げた。


「少し飛びます。私の体をしっかりと掴んで」

「と、飛ぶって……」


 すると森の先がわずかに明るくなった。

 ようやく脱出できる、と理沙が期待したのもつかの間、その先は切り立った崖に繋がっている。

 だがレイヴンは進行を止めるどころか、なおも加速し続け――理沙は無我夢中で彼の体を掴んだ。


(ひいいいい!)


 やがて、ふわっと気持ちの悪い浮遊感が理沙を襲った。

 無重力から、一転して全身にかかる負荷に、理沙は懸命に歯を食いしばる。その直後、激しい衝撃とともに荒々しい蹄の音が続いた。


(が、崖を、飛び越えた……⁉)


 レイヴンの体を抱きしめたまま、理沙はそうっと背後にいた追手を探す。追手は向こう側にとどまっており、何度か崖の傍を行き来していた。どうやら鎧が重たすぎて、こちらまで飛ぶのは難しいようだ。

 ほっと息をつくのもつかの間、理沙はすぐさま赤面し、レイヴンに回していた腕を慌てて離した。だが当のレイヴンは気にもしていないのか、淡々と理沙に告げる。


「なんとか撒けましたか……仕方ない。このまま行きます」

「い、行くって、どこへ……」

「――巫女のもとへ、です」






 レイヴンに連れてこられたのは、巨大な市壁の前だった。

 市門に当たる場所には通行者用の橋が架かっており、理沙はレイヴンとともに馬で入場する。すると少し進んだ先で、同じく馬に乗った青年騎士に呼び止められた。


「レイヴン殿! 良かった、どこかで事故に遭われたのかと」

「失礼。ちょっと落とし物を拾っていたら、追手に気づかれまして」

(もしかして、わたしのこと……?)


 青年は革の肩当に防具という、まるでゲームに出てくる戦士のような出で立ちをしていた。体もしっかりと鍛えられており、腰には剣を携えている。

 あまりじろじろ見るのは失礼だろうか、と理沙が視線を泳がせていると、青年は早口に言葉を続けた。


「急ぎましょう。こちらへ」


 青年の先導に従い、理沙とレイヴンは大通りを駆けた。

 道中、理沙がちらりと周囲を窺うと、石造りの平屋のような建物が林立している。外国の住居という印象だが、理沙のいたパリとは明らかに年代が違うようだ。


 やがて街の最奥にある王城へとたどり着いた。

 周囲を堀で囲まれたその場所に、青年はためらうことなく馬を進める。城壁内にある馬留につなぐと、レイヴンは馬の背に残っていたもう一つの鞄を手に、青年とともに城内へと乗り込んだ。理沙も慌ててそれに続く。

 回廊を渡り、ある廊下の突き当りで立ち止まると、青年が扉を押し開いた。


「――巫女様、仕立て屋が到着いたしました」



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

ゴリラの神から加護されたお嬢様の気持ち考えたことある??【完結済】

さまざまな動物神の加護を得られる世界で、戦闘系最強SSR「ゴリラの神」を引き当ててしまった⁉
戦いが嫌いな女の子が、何故か所属することとなってしまった騎士団で、力業でなんとかする物語。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ