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Case1-4



 さすがに三日連続で訪問する勇気はなく、理沙は作戦を練る時間を取った。

 その間入学準備をしたり、授業開始までの説明を聞いたりと、やることには事欠かない。しどろもどろの英会話を武器に、教員からたびたび睨まれながらも、理沙はなんとか必要な教科書や備品を買い揃える。


(うう、やっぱりもう迷惑かなあ……)


 あとは入学の日を待つまでとなり、理沙は久しぶりに『Toi et Moi』を訪れた。来客がなさそうなことを確認し、そろそろと扉を押す。店内は三日前とまったく変わりなく、理沙はきょろきょろとレイヴンの姿を探した。


「あの、すみません……」


 声をかけるが返事はない。

 恐る恐る中に足を進めると、カウンターの奥に作業用のテーブルを発見した。どうやら型紙から裁断をしていた途中らしく、半透明の紙が仮留めされたまま放置されている。


(トイレにでも行ったのかな?)


 あの真面目そうな店主が、作業を放棄してどこかに行くとは思えない。よほど慌ただしい用事か、やむにやまれぬ事情か……と理沙が考えていると、どこかからガチャン、と重々しい金属の音が落ちた。


「――⁉」


 思わず身構えた理沙だったが、振り向いた先には廊下があるだけで、レイヴンの気配はない。だが再び似たような音が鳴り、理沙はこくりと息を吞んだ。


(な、何か、いる……?)


 レイヴンが片づけをしているのならそれでいい。しかし万一――強盗や泥棒がいて、彼が拘束でもされているのだとしたら。

 嫌な予感が理沙の背中をさああっと撫で、心臓の音がどくどくと早まっていく。


「た、確かめないと……」


 すぐに通話できる状態にした携帯を握りしめ、理沙は息を潜めるようにして廊下の奥に向かった。やがて突き当りにある古めかしい扉が姿をあらわす。

 先日理沙が開けようとしたところ、鍵がかかっていたドアだ。


(……ここ、何だろう。倉庫か、レイヴンさんの部屋……?)


 すると理沙の目の前で、ドアノブの下の鍵穴がガチ、と音を立てた。間違いない、と確信した理沙は恐々とドアノブに手を伸ばす。

 ゆっくりと右に回すと――かちゃり、と音を立ててラッチが引っ込み、わずかな隙間が生まれた。


「あ、開い、――」


 その瞬間、理沙の手を弾き飛ばす勢いでバァン、と扉が開いた。

 ぎゃあと濁点交じりの悲鳴をあげながら、理沙は思わず後ろに飛びのく。だが途端に視界が真っ白になり――そのまま奇妙な浮遊感に包まれた。







 次に意識を取り戻した時、理沙は我が目を疑った。


(なに、ここ、……っていうか空⁉)


 透き通るような水色。眼下は見渡す限りの森。耳元がごうごうと妙にうるさい――と気付いた時、理沙ははるか上空から落下しているところだった。

 下から叩きつけられる空気圧に金の髪をぶわりと波立たせながら、理沙の体はただひたすらに地表へと突進していく。


「い、いやー‼」


 あっという間に木々の葉が視認できる距離まで近づき、いよいよ無理だ、と理沙は死を覚悟した。

 すると足元から誰かの叫び声がする。


「――リサ!」


 途端にぽわん、と真珠色の泡が理沙を包み込んだ。

 加速度が急激に減少し、まるでシャボン玉に包まれたかのような状態で、ふわりふわりと降下する。中にいた理沙はようやく薄く目を開き、自身の状態に目を白黒させた。

 やがて地面が近づき――下には両手を差し出したレイヴンの姿がある。理沙を包んだ保護膜はゆっくりと彼の腕の中に下り、そのままぱちんと弾けた。どさりという音とともに、レイヴンに横向きに抱きとめられる。


「あ、ありがとう、ございます……」

「だから、あまり短い丈を履かないようにと言ったでしょう」


 その言葉に理沙は一瞬で赤面し、大慌てでスカートを押さえる。


「み、見え、ました……?」

「……」


 レイヴンは貼りついた笑顔のまま、何も言わずそっと理沙を下ろした。そのリアンションを見た理沙は、あああと心の中で頭を抱える。だがそれを気取らせるのも申し訳なく、照れ隠しがてら背負ったリュックの位置を正した。

 やがてレイヴンが呆れたように問いかける。


「どうやって、ここに来たのです」

「レ、レイヴンさんがいなくて、そしたら奥で変な音がして……何か事件に巻き込まれていたらいけないと思って、中に入って扉を開けたら、その」

『……une connasse.』

(お、怒られた⁉)


 突如吐き出された短いフランス語に、理沙は意味が分からないながらも、レイヴンのはっきりとした怒りを察する。

 しかし怒鳴られても仕方がない、と理沙は覚悟してうつむいた。だがレイヴンは、はあと疲れたため息を吐き出すと、まっすぐに理沙の方を見る。


「本来あの扉は私以外入れないはずなのですが……仕方がありません」


 するとレイヴンは、ジレのポケットからシルバーの懐中時計を取り出した。親指で竜頭を軽くノックするとぱかりと蓋が開き、中から文字盤が現れる。数字は普通の時計と同じ配置だが、不思議なことに針が一本しかなかった。


「……九時か。早く儀式まで行かないと……」

「あ、あのレイヴンさん、ここは一体……」

「説明は後です。今はするべきことを済まさなければ」


 レイヴンはくるりと振り返ると、そのまま森の奥へと足を向けた。何が何だか分からないまま理沙がついていくと、その先には一頭の栗毛の馬がおり、レイヴンは慣れた様子で縄を解いている。

 馬の背に括り付けていた荷物を確認し、ぶるる、と小さくいななく馬の頸を撫でると、石を足場にいとも簡単にその背に跨った。

 おお、と感心する理沙を見て「こちらへ」と口を開く。


「手を伸ばして。私が引き上げます」

「あ、あたしも乗るんですか⁉」

「森の中を一人でさまよいたいのなら構いませんが」


 理沙はぶんぶんと首を振ると、急いで馬上のレイヴンに手を伸ばした。だがいくら引っ張られているとは言え、圧倒的に高さが足りない。

 仕方なく先ほどのレイヴンに倣って大きな岩に片足を引っかけると、馬の背中になんとかよじ登った。


 

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