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Case1-3



「――リサ」

「は、はい!」

「『Les Catastrophes de Gaspard et Lisa』――か」

「は、はい?」


 突然の早口に、理沙は何事かと首を傾げる。

 だがレイヴンは答えを明かすわけでもなく、再びにっこりと微笑むと、四本の指をきっちりと揃えて、理沙が入って来た扉を指し示した。


「もうすぐ日が暮れます。どうぞお引き取りください、『fille』?」

「う、うう……」


 圧倒的な大人の余裕を前に、理沙は歯噛みしつつ出入り口に向かった。見送りについて来たレイヴンを恨みがましく見つめてみたが、彼は完璧な接客用の笑顔を崩すことなく、『Après vous』と優雅に理沙をエスコートする。


「寄り道せずに帰ってくださいね。知らない人からお菓子をもらったりしないように」

「し、しません!」


 あまりの子ども扱いに、理沙はむうと頬を膨らませる。するとそれを見たレイヴンは、少しだけ相好を崩した。

 絵画のような隙の無い笑顔から、普通の人のように変貌したそれを見て、理沙は思わず胸を高鳴らせる。

 だがレイヴンはあっという間に店の扉を閉めてしまい、理沙はしぶしぶと下宿先へ戻っていった。





 翌日、理沙は再びあの店の前に立っていた。


(うう……やっぱり何かお礼をしたい!)


 お守り代わりの口紅を、胸の前でぎゅっと握りしめる。そのまま取っ手に手を伸ばすと、理沙は『Toi et Moi』の扉を押した。

 店内は相変わらず教会のような不思議な静謐さがあり、同時に洋裁店独特の匂いが漂っている。

 だがレイヴンの姿はなく、理沙ははてと疑問符を浮かべた。休業の看板はなかったはず、と恐る恐る店の奥へと足を進める。


 するとカウンターの脇に廊下があり、そこに扉のない小部屋があった。試着室だろうか、と理沙がそちらに足を向けると、部屋の入口側にレイヴンが座っている。

 こっそりと様子を窺うと、部屋の奥にはもう一人――鮮麗な赤のドレスを纏った女性が座っていた。向かい合う彼女の唇に、レイヴンが筆で口紅の輪郭を描いている。


(……お化粧してる……?)


 テーブルの上には、黒で統一された化粧品がずらりと展開されており、理沙はくいいるようにその光景を見つめる。

 やがてレイヴンが筆を離すと、女性が手元にあった鏡を掲げ、自身の顔を映し込んだ。そのまま満足げに微笑むと、レイヴンに対して口早に何かを告げる。どうやらお褒めの言葉だったのか、レイヴンは静かに微笑んだ。


『C’est un honneur. Madame.』


 すると女性が立ち上がり、小部屋からこちらに向かって来た。

 勝手に見ていた気まずさもあり、理沙は急いで身を隠せる場所を探す。しかし店側に逃げては鉢合わせてしまう、と理沙は仕方なく廊下の奥へと逃げ込んだ。


 その行き止まりに、一つの大きな扉があった。

 歴史ある店にふさわしい、威厳ある佇まい。

 妙に惹きつけられる感じがして、理沙はぼんやりと立派な金色のドアノブに指を伸ばした。だが当然のように鍵がかかっており、理沙は慌てて手を離す。


(わ、わたし、勝手に何して……!) 


 その直後、理沙の背後から粛然としたレイヴンの声が響いた。

 声だけで分かるその怒り具合に、理沙はぎこちなく振り返る。


「――本当に、また来たんですね?」

「す、すみません……」


 どうやら覗いていたこともすべてばれているらしく、言い訳をする余裕もなくなった理沙は、その場でおずおずと謝罪した。

 ちらりと窺い見たレイヴンの顔には、あからさまな呆れが浮かんでおり、やってしまったと理沙は恥ずかしくなる。


「昨日も申し上げましたが、従業員の募集はしておりません」

「そ、そこをなんとか……! あたし、この口紅をくれた人に、本当にずっと、お礼がしたかったんです!」


 するとレイヴンは、はあ、と分かりやすくため息をついた。


「だからそれは私ではないと、再三申し上げたはずです。大体渡した相手も、四年の前のことを覚えているとは思えませんが」

「そ、それは、そうかもしれませんけど……でもあたし、本当にこの口紅に助けられたんです。だから……」

「……もし仮に私が渡していたとして『あなたが救われた』という事実だけで、十分だと思うことでしょう。きっとその方も、同じように思っているのでは?」


 頑として受け付けぬ態度のレイヴンを、理沙はぐぬぬと見つめた。だがこれ以上粘っても懐柔できる気配がなく、無言の圧とともに店外へと誘われる。

 なんとか取り付く島はないかと、理沙は先ほどの光景を口にした。


「そ、そういえば、ここってメイクもするんですね!」

「ええ。お客様からの希望があればですが」

「あの、あたし、プロのメイクを目指していて、お手伝いだけでも――」

「足元にお気をつけて」


 カランカラン、と無情な鐘の音が響き、理沙は表通りへと押し出された。なおも食い下がろうとする理沙を前に、レイヴンが柔らかく微笑む。


「ご来店ありがとうございました。……そういえば」

「な、なんですか⁉」


 突然のレイヴンの切り替えに、理沙は『もしかして気が変わった⁉』と期待に満ちた眼差しを浮かべる。

 だがレイヴンは理沙の全身をじっと見つめると、やや半眼になって諫めるように告げた。


「その恰好、とても似合っているとは思うのですが……すこし丈が短すぎるようです。昼間や学校はまだしも、夜はそれで出歩かないように」

「……?」


 理沙は改めて自身の服装をあらためる。

 袖先がふわりと広がった白いカットソーに、ブラウンのミニスカート。黒のローファーに赤のリュック……と眺めた後、何だか恥ずかしくなって理沙はスカートの裾を押さえた。


「か、可愛いから、いいじゃないですか!」

「それはもちろんです。ですが万一、高いところから落ちた時などに――」

「そ、そんな非常事態、起きないですから!」

「失礼、聞き取れませんでした。ヒジョウ、なんと?」

「も、もういいです!」


 さらに墓穴をほってしまいそうな気がして、理沙は真っ赤になったまま通りを駆けだした。


 

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