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Case4-5



 何故そう口にしたのか、理沙自身も分からなかった。

 あの凄惨な現場を前にして、何も出来なかったこと。彼の悲しみを救えなかったこと。シャルロッテを助けられなかったふがいなさなどが、体の奥底から絶えず込み上げてきて、上手く言葉で言い表せなくなってしまう。

 しゃくりあげながら泣く理沙を、レイヴンはそっと抱き寄せると、落ち着かせるように何度もその背を撫でた。

 やがて少しだけ呼吸が落ち着いたところで、理沙は手紙を差し出すと、恐る恐るレイヴンに白状する。


「……この手紙の、世界に行って来たの」

「これは……どうしてあなただけで?」

「わ、分かんない。手紙を持ってドアを開けたらいきなり――でもそこで、昔のレイヴンに会った」


 泣き腫らした目元を拭いながら、理沙はようやくレイヴンから体を離した。強く瞼を瞑ると、今度はまっすぐに彼を見つめる。鼻の頭は赤く、眦は擦れて滲んでいたが、涙はもう残っていなかった。


「レイヴン。この世界の『悲恋』を変えに行こう?」

「……」

「シャルロッテさんを、助けたいの」


 ひと時も目を逸らすことのない理沙の視線を、レイヴンもまた静かに受け止めていた。だが理沙の持っていた手紙をさっと取り上げると、レイヴンはそのまま脇を通り過ぎ、カウンターの方に歩いていく。

 その態度に、理沙はたまらず振り返って叫んだ。


「どうして行かないんですか⁉ この手紙が来たってことは、やり直せるってことじゃ……」

「この『悲恋』を正す必要はありません」


 コートを脱ぎながら冷静に語るレイヴンを前に、理沙は口をつぐんだ。レイヴンはなおも冷たく理由を続ける。


「確かに手紙は届いた。ですが私の判断で改変を行わなかった。それだけです」

「ど、どうしてですか⁉ 一番に変えるべき『悲恋』じゃ」

「――あの戦いは、必要な歴史だった」


 途端に雰囲気の変わったレイヴンを前に、理沙はこくりと息を吞んだ。


「たしかに彼女が反旗を翻した国は、腐った王侯貴族たちが横行する、それはそれは醜い国でした。ですが彼女の死をきっかけに、国の在り方に疑問を持つ者が倍増し、結果としてより早くに滅ぶこととなった」

「……」

「『悲恋』によって彼女は死に、国は『滅び』を迎えた。……だが、彼女の死という犠牲があったからこそ、より多くの国民が救われたという事実もある。国の滅亡が遅れればそれだけ、傷つく者も増えるのですから」

「でも、でも、それじゃ……レイヴンと、シャルロッテさんは……」

「世界には……必要な『悲恋』もあるということです」


 店内に心地の悪い沈黙が流れた。少し離れた位置から二人を見ていたフェリクスは、助け舟を出すべきかと逡巡している。

 だが彼が手助けするよりも先に、理沙がずんずんと勇ましくレイヴンの元へと歩み寄った。そのまま彼が手にしていた手紙を奪い返すと、そのまま廊下の方へと走る。


「リサ! 戻りなさい!」

「嫌です! 戻りません!」

「――っ、私たちは……互いに理解していた! 彼女だって……シャルロッテも、きっとそれを望んでいた……!」


 廊下の突き当りにある、いつもの扉にたどり着く。理沙はドアノブに手をかけると、ゆっくりとそれを回した。ぶわりと走る浮遊感。いける。

 レイヴンの珍しく焦燥した顔を前に、振り返った理沙は静かに告げた。


「だって、シャルロッテさん、泣いてました」

「……え?」

「こうなったら、あたしだけでも行きます!」


 そう言い放つと、理沙はためらいなく扉の向こうに飛び込んだ。残されたレイヴンはしばしあっけに取られていたが、その肩にぽんと乗った手のひらに、苛立ちを露わにしながら振り返る。


「あー……えーと、同業者の『契約』を見てしまったのは、本当に申し訳ないと思うんだが」

「フェリクス……」

「悪いが、今回は俺もリサちゃんに賛成。ちゃんと行って、自分の口で伝えた方が良い。どんな終わりになろうとも、だ」

「……」


 するとレイヴンは店内に戻り、カウンターの脇に残っていた理沙の化粧鞄を握りしめた。徐々に閉まりゆく扉に向き直ると、フェリクスに淡々と告げる。


「――留守を頼みます」

「ああ。お任せあれ」


 やがてレイヴンの姿は消え、扉は何の変哲もないただの板に戻った。その始終を見届けたフェリクスは、いたたと腰をさすりながら店内へと戻って行った。






 どさ、と勢いよく理沙が落ちた先は、先ほどの野営地の一角だった。いい加減着地がどうにかならないものかと眉を寄せつつ、近くにいる兵士たちの会話に耳をそばだてる。


(良かった……まだ王都には向かってないみたい)


 戻ったはいいが、すべて終わった後では意味がない。理沙はほっと胸を撫で下ろすと、シャルロッテがいるであろう最奥の天幕を目指した。

 だがすれ違う兵士たちの数があまりにも多く、理沙は冷や汗をかきながらたびたび物陰に隠れる。ひとつ、ふたつと区画の合間を移動していき、残り二つの天幕を残すまでになった。

 あとは一気に行く! と気合を入れた理沙は、すばやく飛び出し奥の天幕まで駆けだした。だが同時に背後から兵士たちの声が挙がる。


「誰だ!」

「侵入者だ! 捕まえろ!」

「あ、やっば!」


 掛け声とともに一気に足音が増え、理沙は慌てて進行方向を変えた。森の茂みにそのまま突っ込むと、鬱蒼とした木々をかき分け、大きな岩陰に身を潜める。だが兵士たちも諦め悪く追ってきており、理沙は恐怖を堪えるように自身の口を両手で押さえた。

 いよいよ兵士たちの足音が近接し、万事休すかと理沙は瞑目する。するとばさり、と羽ばたくような音が頭上でし、その直後理沙の体は何かに覆い隠された。

 恐る恐る目を開くと、理沙のすぐ目の前にレイヴンがいる。


「レ、レイヴン!」

「静かに」


 どうやら二人はレイヴンのコートに包まれているらしく、レイヴンは理沙を抱きしめるようにして庇ったまま、限界まで息を落としていた。理沙もまた、つられるように口をつぐむ。やがて隙間から兵士たちの靴先が見え、くるりとこちらを振り向いた。


 思わずひっと声を上げそうになった理沙の口を、レイヴンの手が素早く覆う。不思議なことに、すぐ目の前にいるにもかかわらず、兵士たちには理沙たちの姿がまるで見えていないようだった。

 彼らはそのまましばらく周囲を索敵していたが、ここにはいないと判断したのか、ぞろぞろと元の野営地に戻って行く。

 足音が聞こえなくなったのを確認してから、レイヴンは理沙の口を解放した。



 

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