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Case4. On revient toujours à ses premières amours.(人は常に初恋に戻る)




 十二月に入り、パリの町並みは日を追うごとに賑やかになってきた。あちらこちらにイルミネーションが輝き、夜にはクリスマスマーケットが軒を連ねている。

 スーパーには大量のチョコレートとフォアグラが棚に並び、七面鳥やシャンパン、ワインといった商品が増えてきた。

 どうやら日本だけではなく、こちらにもクリスマス商戦というものがあるようだ。


 放課後の帰り道、理沙がショーウィンドウに並ぶテディベアやアクセサリーに目を輝かせていると、その腕にクロエがぎゅうっと抱きついてくる。


『Présent?(プレゼント?)』

『N.non……juste je regarde.(ううん、見てるだけ)』


 ソウナノ? と大きな目を向けてくるクロエに、理沙はうんと苦笑した。やがて一軒の店に到着すると、クロエは本来の目的を思い出したように店内を物色し始める。今日は彼氏にプレゼントを買いたいというクロエの願いをかなえるため、理沙はここまで引っ張られて来たのだ。


(本当は、何か渡したいけど……)


 真剣に吟味しているクロエを横目に、理沙はメンズコーナーにあるカフスボタンを見つめる。美しいタイガーアイが嵌め込まれたそれを見て、理沙ははあと溜息を落とした。

 『トワ・エ・モア』――ここ最近『裏稼業』の呼び出しはなく、普通の仕立て屋としての仕事ばかりだ。

 しかし店内外の掃除や倉庫の整理、簡単な買い物や接客と、意外と慌ただしく仕事をこなしている。


 そうやって動いている間はいいのだが、ふと来客が止み、レイヴンと二人きりになった時が理沙は一番気まずかった。

 いつも通り振る舞えばいいと理解しているのだが、いざ『好き』だと意識してしまうと、今まで自分がどうしていたかとんと思い出せないのだ。


(いつもお世話になっているお礼としてなら大丈夫かな? でもそれならあんまり重いものはだめだよね……)


 カフスボタンの値段を見て、理沙はううと眉を寄せる。隣に置かれているハンカチやネクタイにも目を向けるが、洋裁を本職としている人間に対して、微妙な物を渡すことにはならないだろうかという不安がよぎった。

 やはり無難にお菓子程度だろうか……理沙は大量に並べられていた極彩色のキャンディーボックスを手に取ると、はああと嘆息を漏らした。




「好きなお菓子、ですか?」

「はい! 何が好きかなーって」

「特に好き嫌いはありませんが……しいて言うなら、chocolatでしょうか」

「ショコラ……チョコレートですか?」

「ええ。疲れた時はそれとコーヒーを飲むのが一番の幸せです」


 なるほどチョコレート、と理沙は嬉しそうに口角を上げた。街にはチョコレートの専門店もあったはず、と記憶を手繰る。


(そうだ! どうせならコーヒーも用意してみようかな)


 今日は『トワ・エ・モア』のバイトの日。

 特に来客の予定もなく、掃除もすべて終えてしまったと伝えたところ、書類の整理を言い付けられた。

 といっても古い顧客のリストを並べ替えたり破棄したりという程度で、理沙はてきぱきと仕事を終えると、ぱたんとファイルを閉じる。

 するとこれから外出するのか、黒いコートを羽織ったレイヴンが短く指示をよこした。


「終わったら、二階の書斎の棚に置いておいてください」

「わかりました!」


 理沙の明るい返事にレイヴンは微笑を返し、そのまま店を後にする。その背中を見送った後、理沙はよいしょとカウンターから立ち上がった。

 最近知ったことなのだが、この店には二階部分がある。廊下の一角にある階段で上がることができ、そのほとんどは倉庫と備品置き場。一部にレイヴンの書斎がある。一応レイヴンの住まいは他にあるらしいが、繁忙期などはここで寝泊まりすることもあるそうだ。


 理沙はとんとんと軽快なリズムで二階に向かうと、レイヴンの書斎を開けた。顧客ファイルが整然と並ぶ本棚の前に立つと、年代順に並ぶ背表紙を確認する。

 手にしていたファイルを差し込み、再び階下に戻ろうとした――その時、背後から人の声がした気がして、理沙は思わず振り返る。


(今……なんか聞こえたような……)


 もしかして泥棒⁉ と理沙は背筋を凍らせた。だが単なる勘違いかもしれないと思い直し、背後にあったレイヴンの机に恐る恐る近寄る。

 間近に見るレイヴンの机は、彼の性格をそのまま具現化したかのように、実に綺麗に整頓されていた。

 棚には洋服に関する本がずらりと並んでおり、机上には白い尾羽がついた羽根ペンが置かれている。


 その脇にあった透明なレターケースに、理沙はふと目を奪われた。随分と年季が入ったそれはガラスで出来ており、四隅を銀の装飾で彩られていた。ところどころに琥珀色の宝石が埋め込まれており、その芸術品のような佇まいに理沙は思わず感嘆する。

 だが再び聞こえてきたか細い女性の声に、理沙は目をしばたたかせた。


『――すけて』

「こ、ここから、してる……?」


 理沙はそろそろとレターケースに手を伸ばした。しかし許可なく触れるのはレイヴンに悪い気がして、伸ばした指をぴたりと留める。


(帰ってくるまで待つ? でも何か急ぎの用事だったら……)


 すると女性の悲痛な声が、再度理沙の目の前で湧き上がった。その迫真の声色に理沙はたまらずケースを開く。

 中にあったのは一通の手紙。

 それは『裏稼業』の時、レイヴンの元に落ちてくるものと酷似しており、理沙はこくりと息を吞んだ。すると次の瞬間、鮮明な声がその手紙から発せられる。


『――助けて!』

「……っ!」


 これは緊急だと判断した理沙は、すぐさま手紙を手に取ると、レイヴンに連絡を取るべく携帯のある階下へと向かった。

 だが書斎の扉に手をかけた途端、突然強い力で勝手に扉が開く。


「な、なに⁉」


 直後抵抗する間もなく――理沙はそのまま呑み込まれるようにして『そちら側』へと引き込まれていった。






「いたた……」


 全身に響く痛みを堪えながら、理沙はゆっくりと瞼を押し開いた。顔を上げるとわずかな星が瞬く夜空が広がっており、周囲には鬱蒼とした森が広がっている。


(ここ……『異世界』⁉ どうしてわたしだけ……)


 幸い手にしていた手紙は無事だったようで、理沙は丁寧にその汚れを払った。肘も膝も未だ激痛で痺れており、気を抜くとすぐにでも涙が出そうだったが、ここがどこで何が起きているのかを把握するのが先だ、と理沙は必死に自身を奮い立たせる。

 密集した木々の合間を進んでいくと、前方にいくつかのかがり火が見え始めた。さらに接近していくと、生成りの布で作られた天幕が何張かと、奥に石造りの建物が見える。

 複数の馬や荷台も運び込まれており、それらの合間を縫うようにして、甲冑を着た多くの兵士が行き交っていた。



 

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