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Case3-11




「こ、ここから帰るんですか……?」

「はい。『空間を仕切る』ものであればなんでも」


 まもなく十二時を迎える懐中時計を手に、レイヴンは穏やかに言い切った。

 二人の前にあるのは神殿の入り口。

 立派な朱塗りの柱で建立されたそこは、扉に相当するものがなく、神社の鳥居のように向こう側が丸見えの状態だ。

 いまだ疑いの目でレイヴンを見つめる理沙をよそに、いつもの鐘が頭上から鳴り響く。


 するとぽっかりと開いていた入り口が、途端に違う景色に様変わりした。そこに見えるのは『トワ・エ・モア』の廊下であり、理沙は信じられないとばかりにはくはくと口を動かす。

 レイヴンがさっとと通り抜けたのを見て、理沙もまた恐る恐る後に続いた。しっかりとした絨毯の感触を靴裏で確認した後、そうっと背後を振り返る。

 すると十二回目の鐘が鳴り終わるのに合わせて、ひとりでに扉が閉まった。


(ほ、本当に、帰って来られた……)


 ほっと息をつき、理沙は店内に戻ってしまったレイヴンの姿を探す。だがそこでふと、ちさとの言葉が脳内に甦り――途端に顔がかあっと熱くなる。


『――でも、りさは例文さんのこと、好きなんやろ?』

『――好きなら好きって言わんと』

(好きなら、好きだと……)


 もしもレイヴンと――そういう関係になれたら。

 このドキドキも、嬉しい気持ちも、すべて彼に受け止めてもらえたら。そう考えるだけで理沙の心は弾み、思わず顔に笑みが浮かぶ。

 理沙はよしと決心すると、カウンターの向こうで作業の準備をしているレイヴンに話しかけた。


「あ、あの!」

「はい?」

「レイヴン、あ、あたし――」


 その瞬間、不鮮明なテレビのような映像が理沙の目の前をよぎった。




 夕日が差し込む廊下。

 緩められた詰襟。

 汚れた上履き。


 『――悪いけど、オレ、お前のこと興味ないから』



 心の奥底に封じ込めていたはずの獣が、ゆっくりと鎌首をもたげた。理沙は言いかけていた言葉をすぐに呑み込み、たまらず青くなった顔を伏せる。


(違う。違う。わたしはもう、あの時のわたしじゃない――)


 ダイエットもして、お化粧も勉強して、髪型だって研究して。誰とでも明るく話せるように振る舞って、何人もの男の子から告白されて、友達だってたくさん出来て、それで、それで――


(でもわたし、……本当に変わったのかな)


 変わったのは外見だけ。表面だけで――その中身は、中学生だった頃の自分と何も変わっていないのではないか。

 そう気づいた途端、理沙の心臓は別の意味で鼓動を速めていく。


(だめ……言えない……わたし……)





「――リサ?」


 レイヴンの呼びかけに、理沙ははっと顔を上げた。

 見ればレイヴンが不思議そうな様子で首を傾げている。どうやら余計なことは口走っていないらしい。

 ええと、と理沙は語尾を濁らせる。


「あ、あたし、……最近コーヒーを淹れるのが少し上手くなったから、良かったら今度、飲んでもらえませんか!」


 えへへ、と笑う理沙を見て、レイヴンは意地悪く目を細める。


「そこまで言うのなら自信はあるのでしょうね」

「もちろんです!」

「いいでしょう。今度時間がある時に、付き合って差し上げます」


 ありがとうございます! と理沙は満面の笑みを浮かべる。だが心の奥では、真っ黒い怪物に食いつかれたまま、静かに水底に沈んでいく自分の姿が見えた。


(やっぱり、やめよう……『好き』だなんて)


 もしも拒絶されたら。

 こんなわたしから告白されて、レイヴンが嫌な思いをしたら。


(それよりは今の関係のままで、わたしは……)


 胸の内をレイヴンに気取られないよう、理沙はひとり唇を噛む。すると真横から、途方もない衝撃が理沙を襲った。

 がっしりと掴まれた太い腕の持ち主は、当然のごとくフェリクスだ。


「リサ! おかえり! 怪我はなかったかい⁉ ああ、こんな腹黒男と一緒だなんて、なんてかわいそうに!」

「フェ……フェリクスさん……苦しいです……首が……」

「それよりコーヒーの話かい! 俺は意外とうるさいよ? でもリサが淹れてくれるなら是非――」

「フェリクス」


 レイヴンの静かな声が頭上に落ちたかと思うと、フェリクスが突然床に倒れ込んだ。解放された理沙が恐る恐る背後を振り返ると、うつ伏せ状態のフェリクスが見事に卒倒している。

 理沙が視線を戻すと、レイヴンがその長い足を高らかに掲げていた。心底面倒くさそうな視線を落とすと、フェリクスに冷たく言い捨てる。


「お前、まだいたのか」

「ひどいなあ! ちゃんと店番してやったのに!」

「お前が来た時には既に閉店していた。その必要はない」

「そんなこと言っていいのか? 重要な連絡事項があるぞ?」


 するとレイヴンは、わずかに眉を寄せた。その反応を見たフェリクスは『ふっふっふ』と得意げに人差し指を立てる。


「大切なこと――それは」

「それは?」

「リサ……どうか君の連絡先を、俺に教えて欲しい」


 突然名前を出された理沙は意味が分からず、ぽかんと口を半端に開いた。

 だがフェリクスは大真面目らしく、理沙の両手を優しく握り込むと、背景に薔薇でも咲き出しそうな艶めいた視線を向ける。


「靴が出来た時、連絡するのに必要だったと思ってね。だから君が戻ってくるのをいまかいまかと待って――ぎゃあっ!」

「帰れ!」


 今度は反対側の足でレイヴンに蹴り飛ばされ、フェリクスは玄関先に倒れ込んだ。

 なおも食い下がるフェリクスに対し、レイヴンもまた本気で怒鳴り返す。そのやり取りは実に軽妙で、申し訳ないがコントのようだ。


 そんな二人の光景を見て、理沙はおもわず笑いを零す。

 心に浮かび上がって来た黒い影が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。



 

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