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Case3-3



 どさり、と投げ出された衝撃に、理沙はあいたたと瞼を押し上げた。

 今回は上空からの落下ではないらしいとほっとしたのもつかの間、体の下にある不思議な感触に首を傾げる。

 柔らかいような、でもしっかりとした硬さがあるような……と手触りを確かめていると、両手をついたすぐ上にレイヴンの顔があった。


「早く下りていただけますか?」

「す、すみませんっ!」


 どうやらレイヴンの上に乗っていたらしく、理沙は大急ぎで体から降りた。遅れてレイヴンも上体を起こすと、ゆっくりと周囲を観察する。


「ここはまた……随分と暗いところですね」


 二人を取り囲んでいたのは真っ暗な竹藪だった。月の明かりすらない夜空を背景に、理沙とレイヴンは獣道をかき分けながら進む。

 少し進んだところで、竹の隙間からわずかな灯りが見え始めた。ようやく視認できるようになった光景を前に、理沙はあれと首を傾げる。

 茅葺の屋根に植物の繊維が混じった土壁。

 まるで昔ばなしでみるような建物がいくつも並んでおり、理沙は物珍しさに何度も瞬いた。レイヴンはさしたる動揺も見せないまま、淡々と格子状の窓枠に手を添える。


「ここって……日本?」

「それは分かりません。あなたがいた日本に続く世界かもしれませんし、よく似ただけの別の異世界の可能性もある」


 すると少し離れた物陰から、男女の言い争うような声が聞こえて来た。


「ちさと、いいけんもう諦めえ!」

「でも、うちがおらんなったら、村のみんなはどうなるん⁉」

「そんなん知るがや! ここにおったらお前が死んでまうんやぞ! 今までの娘っこだって帰ってきたものはおるめえ!」

(し、死ぬ⁉)


 物騒な単語に理沙が驚いていると、いつの間にかレイヴンが便箋を広げていた。


「今回の対象者は『龍神の花嫁』――村に日照りが続き、それを解消すべく龍神様に嫁を捧げることとなった。だが二人の花嫁を差し出しても、龍神の怒りは収まらず……いよいよ三人目の嫁を選ぶこととなった。その女性の名前が『ちさと』……どうやらあちらで言い争っている彼女のようですね」


 暗がりで良く見えないが、たしかに小柄な女性の人影がある。


「彼女は幼い頃川で事故に遭い、一時行方不明になっていた。その後無事に帰ってきたものの今度は早くに両親を亡くし、一人暮らしのようです。今は逃亡を図っているところ……でしょうか」

「じゃあ今回はちさとさんの逃亡を助けて、その儀式を止めれば良いんですね!」

「いえ、逆です」

「逆?」

「『前回』は彼女が村から逃げ出し、儀式が行われなかったことで悲劇が起きた。具体的にはこの村で飢饉による病が発生し、ここを水源とする川が都まで流れ込む――それらの水を口にした都人たちが、というところです」

「……待ってください。じゃあ『今回』のあたしたちは……」

「『生贄の儀式をきちんと成功させる』ということでしょうね」


 それを聞いた理沙は、信じられないと首を振った。


「だ、ダメですよ! それじゃ、ちさとさんは助からないじゃないですか!」

「世界の天秤は、数の多い方に傾く――彼女一人の命で、その数千倍もの命をあがなえるなら、それもやむなしということなのでしょう」

「そんな!」


 やがてちさとと思われる女性ともう一人の男性は、静かに村の奥へと消えて行った。するとレイヴンは理沙の前に腕を伸ばすと、進路を押しとどめる。


「私が追いかけます。あなたはこの近くに隠れていなさい」

「あ、あたしも行きます!」

「山に入るのは危険です。すぐに戻りますから、絶対にそれまで出てこないように」


 言うが早いか、レイヴンは素早く駆け出して行った。急に心細くなった理沙だが、無理やりついて行ってレイヴンの足手まといにはなりたくない。

 彼の指示通り、先ほどの竹やぶに戻って隠れていよう――とそっと踵を返した。

 そこでまた別の男の声が、村の方から響く。


「おい! ちさとがおらん! 逃げ出したんやが!」

「なんだと⁉ 探せ! 儀式は明日やぞ、絶対に連れこんか!」

(も、もうばれてる!)


 生贄のちさとが逃げたと判明したせいか、村は一気に喧噪に包まれた。理沙は早く隠れようと足を速める。

 だが竹やぶの先に――先ほどまでいなかった男が一人ぽつんと立っていた。気配をまったく感じていなかった理沙は、思わず悲鳴を上げそうになったが、寸でのところでなんとか堪える。

 よく見ると男は、質素な着物を身に纏っており、不思議なことにその目は瞬き一つしていなかった。とてつもない違和感を覚えた理沙が窺っていると、男が突然叫ぶ。


「だ、誰かー! 知らん女がおるぞ!」

「えっ、あ、あたし⁉」


 すると背後から、どかどかと村の男衆が駆け寄って来た。逃げなければと理沙が顔を上げると、目の前にいたはずの男がいつの間にか消えている。


(な、なんだったの⁉ あれ!)


 理沙がぞっと背筋を凍らせているうちに、あっという間に周りを取り囲まれてしまった。戸惑う理沙の前に年配の男性が近づいて来る。


「アンタ誰だ、どっから来た」

「あ、あたしは、その……」

「奇怪な髪じゃなあ、鬼の子か?」

(おさ)、良く見るとこいつの目『金色』だて」

「ほんに。ちさとによう似とるわ」

(に、似てる? 目?)


 取り囲む男たちから、ためつすがめつ見つめられ、理沙は不快感をあらわにしたまま睨み返した。やがて長と呼ばれた年嵩の男性が、理沙に向けて静かに告げる。


「悪いが、ちょっと来てもらうぞ」

「あ、あたし、何もしてないです! ここにも今来たばかりで――」

「じゃあ運が悪かったな。まあ明日にはどうするかも決まるだろうて」

(ど、どうしたらいいのー⁉)


 村長からがっしりと手首を掴まれた理沙は、悲愴な表情を浮かべたまま、村で一番大きな邸へと連れていかれた。



 

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