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Case2-3




 理沙が微妙な表情を浮かべていると、レイヴンが身をかがめるように指示してきた。慌ててしゃがみ込み、植え込みの陰から玄関の様子を探る。

 邸の中から誰かが出て来たようだ。


「じゃあ、アデライト。週末のパーティーはよろしく頼むよ」

「……ええ、分かっているわ」

(ア、アデライト⁉)


 件の名前を耳にした理沙は、ぶわりと緊張を張り巡らせた。同時に純粋な疑問が生じ、レイヴンにこっそり尋ねる。


「あの、言葉が普通に分かるんですけど……ここって日本語で話す国なんですか?」

「そんなはずないでしょう。異邦人である私たちが聞き取れるよう、『上』が変換してくれているんです。話し言葉も通じますよ」

(また『上』……てかなにその便利翻訳機能。現実にも欲しいんですけど)


 分厚い言葉の壁を感じる教室を思い出し、理沙はたまらずため息をついた。その後も音を立てないよう注意しながら、二人はこっそりと人影を確認する。

 いるのは数人の使用人と一組のカップル。どうやら男の方がかの伯爵令息で、ドレスを纏った銀髪の女性がアデライトのようだ。

 理沙はすぐさま拳を握りしめ立ち上がった。


「とりあえず婚約を止めないとですよね。あたし、行って来ます!」

「行ってどうするつもりですか」

「だってこのままだと、アデライトさん死んじゃうんですよね? なら早く教えてあげないと!」

「少し落ち着きなさい。残念ながら、それは禁忌(タブー)です」


 え、と目を真ん丸にする理沙を見上げながら、レイヴンは言葉を続けた。


「彼らはまだ、自分たちの辿る運命を知りません。待ち受けるのがどんな悲劇であろうと、具体的に伝えることは許されない」

「それじゃ、どうやって」

「誘導するのです。もしくは説得。そもそも起こってしまった悲恋は、ほんの些細なボタンの掛け違いから生まれ出たもの。だから私たちがそれを正しい位置(ボタンホール)に戻してさし上げる」


 冷静なレイヴンの言葉を聞きながら、理沙はようやく頭に上った血を落ち着かせた。気づけばアデライトは邸の中に戻っており、しゃがみ込んでいたレイヴンもゆっくりと立ち上がる。


「見たところ、彼女もこの婚約にはあまり乗り気ではないようですね」

「ど、どうして分かるんですか?」

「こなしてきた場数が違います」


 するとレイヴンは、ポケットからいつもの懐中時計を取り出すと、かちりと盤面を開いた。針は一時を指しており、一瞥したレイヴンはもう一度竜頭を押す。

 一瞬で周囲の風景が変わり、理沙は再び目を見開いた。


「え⁉ な、なな、なんですか、これ⁉」

「一応『調停者』ですから。任務を遂行するにあたって必要な能力は、ある程度『上』から許可されているんです。あなたを助けたのもこの力ですよ」

「はー……すごい、魔法みたい……」


 そこでまた『で、結局上って誰?』という疑問が浮かんだが、レイヴンの仕事の邪魔になりたくないので、理沙はそのまま疑問を呑み込んだ。

 改めて新しい現場を観察する。

 柵に取り囲まれた場所に、似たような外見の石造りの建物がいくつも並んでいた。やがて金属のこすれ合う音が背後から接近してきて、理沙はぎくりと体を強張らせる。


(だ、誰か来た⁉)


 逃げなければ、と理沙はリュックの肩紐を握りしめた。その途端、後ろに強く引っ張られ、そのまま倉庫らしき物陰に連れ込まれる。

 思わず悲鳴を上げそうになる理沙の口を、大きな手が覆い隠した。


「静かに。……失礼、ど真ん中に出てしまったようです」

「――! ――⁉」


 最初は目で動揺を訴えていた理沙だったが、今顔に触れているのがレイヴンの手だと自覚した瞬間、妙に恥ずかしくなってきた。

 節くれた長い指と、四角く整えられた爪先が実に男性的で、理沙は少しだけ顔が熱くなる。


(な、なんか、ど、どうしよう……)


 見た目が派手だったのでよく誤解されていたのだが――実は理沙は、まだ誰とも付き合ったことが無い。

 告白は何度かされたのだが、皆キラキラしい見た目や軽いキャラクターに惹かれたという男性ばかりで、理沙はすべて断っていた。


 羞恥を懸命に我慢しているうちに、男たちの雑多な足音が倉庫の脇を通り過ぎる。体は完全にレイヴンに捕らえられているので、理沙は目だけを動かしてその正体を探った。

 物々しい音の原因は、男たちが腰に佩いている長剣と防具とが擦れたもの。彼らは簡素な服の上に金属製の胸当てをつけており、何事か談笑しながら奥の建物へ向かっていく。


「どうやらここは、騎士団のようですね」

(騎士団? ってことは、もしかして……)


 すると列の中ほどにいた男性が後ろを振り返り、大きな声で叫んだ。


「ヴィクトル! 今日こそは吞みに付き合えよな!」

(『ヴィクトル』!)


 理沙はレイヴンと一瞬目くばせすると、呼ばれた後列の方を覗き見た。すると人の良さそうな苦笑を浮かべた長身の男性がくしゃりと頭を掻いている。


「隊長、だから俺、酒吞めないんですって」

「またその言い訳か?」

「隊長、こいつのは本物なんですって。こいつ酒吞むと、目が据わるっていうか」


 ヴィクトルと呼ばれた男性は隣に立つ友人にからかわれると、さらに眉をハの字に曲げた。

 髪は柔らかそうな茶色で目も似たような優しい土色。どこかぽやっとした雰囲気が漂っており、騎士というよりは家の中で本でも読んでいそうなタイプだ。

 この穏やかそうな彼がアデライトに恋をしており、彼女を失ったことを契機に貴族制度に対して反旗を翻す――とは、にわかには信じられない。

 そんな理沙の考えを読むかのように、レイヴンが小声でつぶやいた。


「ヴィクトル・リッター。数年前、唯一の家族であった母を亡くしています」

「お母さんを……」

「ですが、亡くなった彼女は乳母であり、彼の本当の母ではなかった」

「……え⁉」

「彼はここから遠く離れた国の第一王子で、国内で激化した内乱から逃れるように、幼少のみぎりにこの地にたどり着いたようです。おそらく彼自身は、王太子であることを知らない」


 突然明かされた衝撃の真実に、理沙は開いた口が塞がらなかった。おそらくこの『裏稼業』のため、レイヴンだけに知らされている情報なのだろう。

 感心する理沙をよそに、レイヴンは口を塞いでいた手をようやく解放した。理沙がほっとするのもつかの間、レイヴンは慣れた様子で男たちの去った方向へと足を向ける。


「ど、どこに行くんですか?」

「もちろん、何も知らない王太子様のところですよ」


 その言葉通り、すたすたと歩くレイヴンについて騎士団内を歩いていくと、彼らの宿舎らしき建物へたどり着いた。

 少し離れた食堂ではわあわあとした賑わいが聞こえるが、レイヴンはそちらには目もくれず、宿舎の中へ乗り込んでいく。

 不法侵入なのでは、と理沙が怯えているのもいざ知らず、迷うことなく一つの部屋の前に到着した。するとレイヴンは軽快にその扉をノックする。


「レイヴン⁉」


 すぐに扉が開き、中からヴィクトルが姿を見せた。当事者と会って大丈夫なの⁉ と理沙が動揺していると、レイヴンの瞳が一瞬だけ妖しく光る。

 真っ黒な虹彩の中心に浮かぶ――金色の波紋。

 それを見たヴィクトルは、にっこりと相好を崩した。


「――やあレイヴン。久しぶりだな」

「ヴィクトル。元気そうですね」

(……し、知り合い?)

「こちらの女性は?」

「ああ、私の婚約者です。君にも紹介しようと思って」

(はあ⁉)


 頭上で交わされている会話に、理沙は信じられないとばかりに目を見開いた。だがレイヴンは理沙に何の説明もしないまま、ヴィクトルにいざなわれるまま彼の部屋に入る。

 よく分からないが、ここは黙って従おうと理沙も後に続いた。



 

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