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Prologue.




「悪いけど、オレ、お前のこと興味ないから」


 彼は、理沙がほんの少しだけ好意を抱いていた男子生徒だった。

 突然のことに理沙は言葉を失い、色あせた自身の上履きを見つめる。瞼にまでかかる前髪が視界に影を落とし、黒いゴムで縛っただけのおさげが肩に触れた。


「わ、わたし、そんなつもりじゃ……」

「からかわれたくねーし、明日から、あんま近づかないでくれる?」


 告白なんてするつもりはなかった。

 だがそんな反論が出来るはずもなく、理沙は「それじゃ」と言って離れていく男子生徒の背中を見ることすら出来なかった。

 彼の足音が完全に聞こえなくなったのを確認して、理沙はようやく顔を上げる。誰もいない校舎の廊下を見つめると、夕焼けを映す窓ガラスに目を向けた。


 何も手を入れていない野暮ったい黒髪。

 分厚いレンズと幅広い縁の眼鏡。

 膝より下のスカート。

 一切着崩しのないセーラー服。


 陰鬱な表情を浮かべた窓越しの少女は、そのまま静かに視線を落とす。

 ――天音理沙は今日、初めての失恋をした。






 彼と知り合ったのは文化祭の準備期間だった。

 理沙が重たい荷物を運んでいたところ、彼は明るく笑いながら「手伝おうか?」と言ってくれた。

 あまりのことに動揺し、理沙が言葉を失っていると、彼はひょいと理沙の持っていた段ボールを奪い取った。その背中に、理沙はじんわりと胸が暖かくなったのを覚えている。


(でも……ただ、それだけで、……)


 名実ともに『真面目な優等生』というレッテルを張られている理沙には、こんな恋愛ごとを打ち明ける友達はいない。

 だが一度だけ、何かの雑談に巻き込まれて彼の名前を挙げたことがあり――きっとそこから噂が広がったのだろう。


 普段なら脇目も振らず自宅に戻る理沙だったが、今日だけはどうしてもそんな気分になれず、とぼとぼと遠回りの帰路についた。

 人気のない公園を見つけ、何かに誘われるように足を向ける。

 古ぼけたブランコに腰かけると、きい、と錆びた金具の音がした。ため息をつき、先ほどの彼を思い出す。


 人気者の彼の周りにはいつだってたくさんの人がいて、女の子は皆可愛い子ばかりだった。

 化粧ひとつしたことのない理沙とは、天と地ほどに違う人種。

 あんな子たちから告白されていたら、きっと彼も――あんなに嫌そうな顔はしなかっただろうに。


(わかって……いたのに……)


 こんな自分を、好きになってもらえるはずがない。

 それなのに――どうしてこんなに胸が痛いのだろう。


「……っ」


 鼻の奥がぐすりと潤み、喉に向けて塩辛い水が流れ込んだ。

 目から大粒の涙がぼろぼろと零れてきて、理沙は必死になって両手で拭い取る。

 しかし悲しさと悔しさが次から次へとあふれ出て、制服の白いリボンに点々とした灰色の跡が染みた。

 そんな理沙の前に、突然人影が現れる。


「――大丈夫、ですか?」

「……?」


 理沙がおずおずと顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。逆光で表情はよく分からないが、透けるような白い肌に、日本人でもなかなか見ないほど綺麗な黒髪。

 切れ長の目は同じく黒曜石色をしており、やがてゆっくりと細められた。

 あまりに端正なその容姿を前に、理沙は心を奪われたように目を見開く。

 すると青年は小さな黒い箱を理沙に差し出した。


「よければ、これを」

「な、なんですか、これ……」

「あなたが、あまりに悲しんでいるようだったので」


 思わず受け取ってしまった理沙は、しげしげとそれを観察する。黒、と思われた箱は傾けると光の加減で濃い紫色に表情を変えた。十字にかけられた銀色のリボンの端には『Toi et Moi』と刻印されている。

 驚きで涙が吹き飛んでしまった理沙は、しばしそれをぼんやりと眺めていた、やがてはっと意識を取り戻すと、慌てて青年を振り仰ぐ。


「だ、だめです! こんなに高そうなも……の……?」


 だが驚くべきことに、青年はいつの間にか理沙の前から姿を消していた。






 家に戻った理沙は、夕食を終え、一人自室にある机に向かった。ずらりと広げられた参考書や教科書、ノートの上に先ほど青年からもらった箱を置く。


(捨てられなくて持って帰っちゃったけど……どうしよう……)


 返すあてもなく、途方に暮れた理沙はとりあえず箱を開けてみた。細いリボンを外し、厚みのある蓋を開ける――すると中には、きらきらと輝く白銀の筒が収められていた。


(これって……口紅?)


 繊細な細工が施されたそれを、理沙はそっと左右にずらした。桜のようなコーラルピンクの色彩が現れ、理沙は思わず目を奪われる。


「……可愛い」


 知らない人からもらったものを、という不安はあったが、欲求に負けた理沙は恐る恐る自分の唇にそれを当てた。ちゃんと色がついているのか分からず、何度か強めにこすりつけてみる。

 そのまま窓ガラスに姿を映してみた。

 だが真っ暗な夜を切り取ったそれでは、口紅の色合いがはっきりとは分からない。理沙は学習机の引き出しをひっくり返し、遥か昔にもらった手鏡を取り出した。

 緊張のまま、鏡を覗き込む。


「……」


 そこには、初めて見る自分の顔があった。

 春色のコーラルピンクは、口紅の形で見るよりもずっと淡く理沙の唇を彩っていた。

 適当に塗ったせいか、唇の輪郭からは随分と外れ、形も非対称だったが――それを見た理沙はぽろりと涙を零す。


「……かわいい、な」


 零れ落ちた雫が、ノートのまっすぐな罫線をぐにゃぐにゃに歪める。理沙は真っ赤に腫れた目をこすりながら、階下の両親に気づかれないよう声を潜めて泣いた。



 


美貌の店主×中身真面目なギャルの仕立て屋異世界ファンタジーです。

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