序章
『雨宮立花へ』
読もうとした本の間になにか挟まれていることに気づき、ページをめくるとそこには私宛の手紙のようなものが挟まれていた。懐かしい字だ。私はその字を見て、そのメモが誰からのメッセージであるかをすぐに理解できた。忘れることはない。そういえばこの本も半年前に彼からもらったものだった。
彼が嵐のように消え去ってから、半年だ。彼が消える前日にこの本をもらった。表紙も題名も書かれていない、奇妙な本だ。いつも有名なミステリーや古文、エッセイなどを渡してくる彼にしては珍しいなと思っていた。なるべく早めに読んでくれと言われて、順番に読むから多分何か月も後に読むことになる答えて、彼は少し渋っていた。その時はただ単に自分の要求が通らなかったことによる、ちょっとした不満が彼をそうさせているのだと思ったけど、今思えばこの手紙をもっと早めに読んでほしかったのだろう。そう考えると、彼には悪いことをしてしまったのかもしれない。
それから、寒かった冬も暖かい春もなにも起こらずに過ぎ去っていった。桜は咲いていたのだろうけど、窓の外を見る気力なんてなかったし、温度の変化など、この病室で過ごしていればなんの関係もなかった。時間が過ぎるにつれて変化するのは病状だけだ。
私はもう歩くことすらままならなくなっている。随分と不自由な体になってしまった。彼は一体どこに行ってしまったのだろうか。私の心の中を土足で踏み荒らすだけ踏み荒らして消えてしまった。勝手な人だとは思うけど、彼らしいなとも思う。
この病室を支配する静寂には慣れることができない。彼がいたときは、賑やかだった。彼は毎日のように病室に訪れては、いつもなにかしら私に残してくれる。それは物であったり、言葉であったり、想いであったり。そのおかげで、彼といた数か月間は退屈しなかった。
彼が病室に来なくなって数日間は、そんなこともあるのだろうとそれほど気に留めてなかった。一週間が過ぎて、二週間が過ぎて、少しずつ不安になってきた。一か月が過ぎてやっと彼の身になにかあったのだと気付くことができたが、だからといって病室から出ることのできない私が、何かできるわけでもない。漠然とした不安が心を蝕んでいった。
それから私の病状は悪化していった。このまま何も残さず、何も出来ず、枯葉のように死んでいくのだろうと思っていた矢先に現れた一枚の手紙を、彼からの手紙を、私は見たくなかった。否が応でも思い出してしまうのだ。彼と過ごした日々を。疑いようもなく私はあの数か月を楽しんでいた。お互い健康な生涯など約束されてないというのに、彼は私を変えるために貴重な時間を使ってくれた。私は今その時間を無駄にしている。それもあって私は彼に対して、ある種の罪悪感を覚えているのだろう。そのくせなにもできていないのだから、余計辛くなる。
もし彼が今の私の姿を見たら、どんな言葉をかけてくれるだろうか。何も変わってないじゃないか、何をやっているんだ、と失望の言葉を投げかけられてもおかしくはないだろう。いや、彼ならそれでも、仕方のない奴だと笑いかけてくれるかもしれない。まぁ、肝心の本人はいないのだが。
突然目の前から消えていった理由はわからない。私のところに来るのが面倒になったのか、遠い所へ引っ越してしまったか、いろんな可能性が頭の中に湧き出てくるが、なんだかどれも釈然としない。
なにはともあれ、半年の時間を経て、やっと読むことができる、私宛の手紙だ。随分と待たせてしまった彼からのメッセージを読まなければならない。
私は手紙を開き、読み始めた。手紙の書き出しにはこう書かれていた。
『僕を殺してくれ』
クーラーが流す冷気のせいか、私は体を震わせた。
初めまして。
この度、初めての投稿となります。
連載間隔は、適当に空けながらやっていきます。
ネット小説を投稿するのは初めてなので、優しい目で見ていただけるとありがたいです。
これから長くなると思いますが、なにとぞよろしくお願いします。