夏休みに現れた幽霊
その日は、嵐が過ぎさった後の雲一つない、太陽の日差しが照り付ける夏の日だった。お盆休みに曾祖父の墓参りに行った帰りの時だ。
俺、菱川佑助はあんまりにも暑かったので、墓前に携帯を落としてしまい、それに気づかないまま帰宅してしまったのだ。気づいた時にはもう八時になっていたが、墓場が近くにあったこともあり、歩いて取りに向かうことにした。
墓地は近所の山のふもとにあり、管理者もいないので、素通りで曾祖父の墓まで向かえる。
墓地までは感覚が広いものの電灯が点いていたが、墓には何も光源がない。こういう時に役に立つのが携帯なのだが、残念だがその携帯を取りに来るためにここまで来たのだ。暗がりに恐ろしさを覚えるほどに怖がりではないが、想像力があまり余るきらいがあり、こういった暗闇には幽霊だとか妖怪とは違ったもっと生々しい恐怖を想像してしまうのだ。
とはいえ、この墓地は道路から離れているわけでもない。そういった心理的圧迫はそこまで大きくはない。だからといってずっと居たいわけではない。さっさと携帯を拾って家に帰ろう。そう思い。曾祖父の墓に向かって入り口から墓地内部へ歩み始めたとき。その時になって初めて、俺は人影に気づいた。墓地は起伏のある土地で、人影があっても気づかないのが道理ではあるのだが。二つ奇妙な点があった。一つはこんな時間なのに墓にいることで、もう一つはその人影が立っているのが自分の曽祖父の墓前であるということだ。不審に思って警戒しながら近づくと、さらに奇妙なことに気が付いた。人影は一つではなかった。今までなぜ気が付かなかったのかと自分の五感を疑いたくなるほどの人数の人影が墓地内にあった。
途端に気味が悪くなった俺は、半ばほど入りかけた墓地から踵を返し、家に帰ろうとした。携帯は明日取りに行けばいい。そう思いその場から離れようとしたとき。人影がすべて一様に動き出したのだ。
彼らは何かを抱えているようで、それを持ったまま整然とした動きで墓地から外に出ようとしているのだ。
あわてて俺は、近くの林に隠れた。もし彼らがこちらの方に向かってきてもさらに隠れられるように、奥まで入っていった。
聞こえてきた彼らの足音はあまりにそろっていて、個性のそぎ落とされたような彼らの所作は、機械的な印象を受けた。
彼らの足音は少しずつ離れていく。どうやらこちらには向かってきてないようだ。完全に足音が消えた後、辺りをうかがいつつ林から出て墓地を伺う。
もう誰の気配もない。さっきまで異常な光景が嘘のようだった。
警戒しながら墓地に入り、携帯を見つける。どうやらさっきの集団には見つからなかったようだ。曾祖父の墓の向かいの墓と墓の間に入り込んでいたのだ。よほど注意深く探さないと見つけられなかっただろう。
俺も、懐中電灯を持ってこなければ泣き寝入りするところだった。
携帯電話を墓の間から拾い上げ、早く帰ろうと立ち上がったとき、何か違和感を覚えた。
何かがおかしい。墓の様子が墓参りした昼のときと違うようだ。墓石の下部にひびが入っている。骨壺の入っているべき納骨室がもぬけの殻になっているのだ。曾祖父の墓から、曾祖父の骨がなくなっている。しかも、曾祖父だけではない。あたりを見ればほかにも納骨室が開いている墓がある。さっきの人たちが持っていたのはもしや・・・・・・。想像が膨らむが、今はこんなところにいるわけではない。とりあえず家に帰って家族と相談するべきだろう。きっと警察にも連絡しなくちゃいけない。
混乱する頭と、墓泥棒らしき集団の異様な行動。ただ携帯を取りに来ただけなのになぜこんなことになってしまったんだ。
携帯を落としてしまったことと、それを取りにきてしまったことを後悔しながら、俺は帰宅するのだった。
次の日の朝、俺は父と母を連れて墓地までやってきていた。
初め俺の話を聞いた時は半信半疑の様子だったが、実際に被害を見るとすぐに行動を起こした。警察が呼ばれ、すぐに家で簡易的に事情聴取を受けたのだ。
「ええと、集団で移動していて、全員が何かを抱えていたと」
「はい、でも、なんていうか会話も何もなくて、普通じゃなかった。単なるいたずらの類には思えませんでした」
「計画的に行われているようだったと?」
「少なくとも衝動的には見えませんでした」
「わかりました、それで、墓地にいた人物の服装などは分かりますか? 一部でもいいんです。どれくらいの身長だったとかでも十分参考になります」
「ええと、曾祖父の墓の前にいた人は中肉中背で格好は分からなかったけど、多分男の人だったと思います。集団の中にも女性はいなかったように見えました」
「なるほど、ご協力感謝します」
そういって若い警察官は帰っていった。軽いものとはいえ警察というあまりかかわりのない職業の人間と会話したことで、少し疲れてしまった。一息つこうと居間から自分の部屋へあがろうと思い、階段へ向かう途中、誰かの話し声が聞こえてきた、普段なら聞き過ごしてしまう家族の会話だが、今日は家族のほかに別の声が混ざっていた。そのことが俺の注意を引き、結果として彼らの会話を扉を隔てて聞き耳を立てるようなことをしてしまったのである。
中からは祖母と父の声が聞こえてきた。母は警察官を見送った後居間の片づけをしている。弟と妹はどちらも遊びに行っているので、今なら誰にもとがめられることもない。
「つまり、墓を荒らされたのはお祖父ちゃんに関係のある人ってことかい? 母さん」
「うん、そうなの、荒らされたお墓の名前、昔、父さんの道場で見た名前なのよ、気になってアルバムを開いたら、確かに同じ名前がたくさんあったわ」
「うーん、仮に母さんの言うとおりだったとしても、それがこの事件とどう関係しているか見えてこないよ」
「私にもわからないけど、単なる墓荒らしじゃないのは確かだね」
どうやらお祖母ちゃんは、墓荒らしの被害に遭った故人たちに何か心当たりがあるようだった。
曽祖父は生前道場に通っていたらしい。もしかしたらまだこの町にのこっているかもしれないな。
とはいえ、それを調べるのは俺ではなく警察だ。俺は後ろめたい聞き耳をやめて、自分の部屋へと戻っていった。
部屋で携帯を取り出す。実は、昨晩から一切手を付けていない。少し怖かったし、大変なことが怒っていて気が向かなかったからだ。
電源ボタンを押すと、問題なく起動し、ロック画面が映った。
パスコードを打ち込み、ホーム画面に切り替わると、メッセージアプリに通知があった。友人から、今日会えないか、ときている。懇意の友人であるので、了承の返事をしてすぐ、外出用の格好に着替える。
階段を下りて居間を見ると、もう母は居間を片づけ終わり、くつろいでいるようだった。
「母さん、黒木さんのところへ行ってくる」
「そう、気を付けてね、変な人が居たらすぐその場を離れて警察を呼ぶのよ」
「わかってる。ちゃんと気を付けるよ。じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
外に出ると、少し辺りがざわついてるのが分かった、通り掛けにこみみにはさんだ程度だが、やはり昨夜の墓荒らしのことでもちきりのようだ。
もし俺が目撃者だと知ったら、根掘り葉掘り聞かれてしまうだろう。
道行く人は何も知らなと分かっているのに、少し緊張しながら友人黒川の家まで向かった。
何の変哲もない一軒家の前に立ちベルを鳴らすと、すぐに玄関が開き、黒川が出迎えてくれた。
「おはよう。いらっしゃい、どうぞ上がって」
「おはよう。お邪魔します」
黒木涼香。彼女は同じ部活に所属している同級生で、中学校の頃からの付き合いだ。オカルトに造詣が深く。オカルト研究部を立ち上げてしまうほどには熱心だ。
俺は数合わせでそのオカルト研究部に入部しているが、彼女の立ちあげるイベントはいつも面白そうで、大体参加している。研究部では荷物持ちをしている。文化部なのにやたら大きくかさむものを仕入れてくるので案外役に立っているのだ。彼女は部員の中でも非力で、度々呼び出されて怪しげな儀式の準備を手伝わされるのだ。
しかも、驚くことに、彼女にはオカルト的な素養があるらしく、度々よこしまなものを呼び寄せてしまうのだ。しかも、そのしわ寄せは俺に来る。もしかしたら今回の墓荒らしを目撃したのも、彼女の儀式のせいかもしれない。いやさすがにこれは考えすぎか。
そんなことを思いながら玄関から家の中に入る。
「少し顔色が悪いよ、何かあった?」
「ん? ああ、あったけど、顔に出てる?」
「ええ、私の得意分野。オカルトのにおいがするわ、菱川君、もしかして、幽霊でも見た?」
彼女の言葉に俺は背筋を凍らせた、どうしてそんなことを聞くんだ? 彼女はオカルトに関してはかなり敏感だけれども、さすがにここまで敏いとは思っていなかった。
「ええっと、どこから話したものか・・・・・・」
「えっ? 本当に幽霊を見たの?!」
「・・・・・・からかってたのかよ」
「まあまあいいじゃない、とにかく上がって、ちゃんと話を聞きたいもの、私の部屋の中で待ててね、今飲み物を用意するから」
そういって、好奇心を抑えられなくなった様子の彼女は、俺を二階の彼女の部屋に通して、下へ飲み物を用意しに行った。俺は彼女を待つ間、彼女の部屋の小物を見ていた。
男子高校生は普通、女性の部屋にはなにがしか期待というものを持っている。お洒落であったり、可愛らしい小道具や人形やクッションがあったりするものだと、しかし、彼女の部屋はそういった男児の心を打ち砕くような様相である。
部屋は薄暗く、出所不明のオカルトアイテムが彼女の机の上に所狭しと並べられている。壁には魔方陣のタペストリーがかけられており、中には焦げ跡のあるものまである。本棚には様々なオカルト関係の冊子が詰まっている。おおよそ普通という形容がふさわしくない内装だ。
とはいえ、何度もこの部屋には訪れているので、今更臆することはない。さすがに初めて訪れたときは、このあと生贄に捧げられるのではないかなんて、荒唐無稽の妄想をしてしまうほどには恐怖した。そして、女子の部屋に対する空虚な幻想が壊れてしまった。
今はこの部屋にも慣れて、度々装いが変わる机の上の小物を見るのがこの部屋に来る時のたのしみになっている。
「お待たせ、緑茶でよかったよね」
「ああ、ちゃんと冷えてるか?」
「ええ、もちろん、好みは覚えているわよ、あなたは数少ない家に招くような友達なんだから」
小物を見ていると黒木さんがお茶をもってやってきた。最近は外国のオカルト道具を仕入れているようだ。いつも思っているのだが、このお金はどこから出てくるのだろうか。バイトをせず、部活にかかりきりだというのに。まあ、今は他人の心配より自分の心配だ。彼女は興味津々って状態だし、こういった奇妙なことにも彼女ならではのオカルト的頭脳で突破口を開いてくれるかもしれない。
「さて、それで、幽霊を見たって本当? 詳しく教えてほしいな」
「わかった、実は昨日────」
彼女に促されて昨晩目撃したものについて語り出した。話が進むにつれて、初めはワクワクしていた彼女も、顔色を変えていった。
「それ幽霊じゃないよね、何かもっと危ないものよ、少なくともいたずらの類ではなさそうね」
「そうなんだ、狐にでもつままれた気分だよ、ほんと、あれがなんだったのかいまでもわからないんだ。ただ、まるで軍隊アリのようで、生き物と思えなかった」
「まるでネクロマンシーだね」
「ネクロマンシーってあの、死人を思うがままに操る黒魔術のことか? ネクロマンサーって呼ばれる黒魔術師が使う。前にそんな奴が出る小説を読んだことがある」
「ええ、その通りよ、まあ、とはいえ現実的じゃないわね、催眠術にかかっていた方がよっぽど納得がいくわ」
「全くその通りで、とはいっても、今は捜査も始まったばかりだし進展があるのを待つしかないな」
「そう、じゃあ、お話が終わったところで、突然だけど、あなたの運勢を占ってあげます!」
「本当に突然だな、もしかして今日呼んだのはそれが理由か?」
「そうよ、でも思ったより楽しい土産話を持ってきてくれたから、最初からラッキーアイテムを持ってきてあげる」
そういって、彼女は出ていった。時たま俺は彼女のオカルト実験の実験体になることがあるのだ、もし彼女が単なるオカルト好きだったならよかったのだが、彼女は本物だ、たまに酷い目に遭うことがある。
今日は占いだからいいのだが、もしこれが悪魔召喚だったりした時には大変だ。俺は見守っているだけでも気分が悪くなるのに、積極的に参加させられる。彼女のイベントがおもしろそうと言ったがそれはオカルト研究部で行っているイベントだ、彼女個人が行う実験は正直、あまり関わりたくはない。しかし、そう決意したころには逃げ道を塞がれているのだ。まあ、今日は何の危害もなさそうだし、占ってもらうとしよう。
彼女は水晶を持ってきて、机の前に座り、対面に座るように促した。座るとすぐに、彼女は水晶を俺の前に差し出した。
「水晶に触って、一番最初に思い浮かんだものを言って」
彼女に言われた通りに水晶に触れる。目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。見えてきたのは・・・・・・
「水晶だ」
「え?、この水晶?」
「ああ、この水晶」
なんだか手触りのいい水晶だな、なんて思ってしまい、つい言ってしまった。
「ふーん、面白いね。この水晶かあ、じゃあこれあげるね」
「え?」
「この水晶ね、その人を助けるのに必要なものを映す水晶なの、だから、もし菱川君の心に浮かんだものがちょっとしたものなら、私が調達してあげようかなって思ってたの、じゃあ、これあげるね、大切にしてよ、結構値が張ったんだから」
そういって、水晶を俺の手に押し込んできた。価値があるというのならわざわざ渡さないでほしいのだが、俺は恐る恐る手に納められた水晶を見つめた。透き通っていてきれいだが、特に異様な雰囲気はない。
これが俺の役に立つものなのか? あまり信じられない気持ちがあるが、彼女のすることに間違いはない。彼女を信じて持ち歩くことにしよう。
「ありがとう」
「ええ、ぜひ活用してね」
「わかった、で、他に何か用事はないか?」
「いいえ、ないわ大丈夫よ」
「じゃあそろそろお暇しようか」
そういって立ち上がった時だった、窓の外から悲鳴のような声が聞こえてきた。窓に近づいて見ると、そこには十字路で何匹かの動物に囲まれた男の姿があった。十字路にそれぞれ道を塞ぐように動物がいて、男は真ん中にとらわれる形になっていた。
動物は大型の犬のようであったが、全身黒ずくめで、狂ったように歯をむき出しにしてうなるさまは尋常な様子ではなかった。しかも、その動物たちの輪郭は理由はわからないが、ぼやけて見えた。まるで炎のように揺れてもいた。明らかに普通じゃない。
普通じゃないといえば、囲まれている男もまた様子がおかしかった。正確には容姿だが、彼は服装こそ普通のシャツとズボンだが、腰から何か棒状のものをぶら下げているように見えた。もしかしたら刀かもしれない。普通ならあり得ない考えだが、今十字路で繰り広げられている状況こそあり得ないものだ。
「何かあったの?」
黒木さんが十字路を見て呆然とする俺の様子に気づいて窓に近づいてくる。
ちょうどそのタイミングだった。
突如、動物たちは男にとびかかる。男は視線を巡らせることもなく、腰から何かを引き出し動物たちにたたきつける。果たして男の手にあったものは刀であった。振りかぶり前に一閃、振り返りつつ後ろに一閃、
左の動物を蹴って、その反動で右の動物にぶつかりに行く。ぶつかる瞬間にわきから刀をつき出し、動物の胴辺りを突き刺す。
瞬く間に大型犬サイズの生き物を切り捨てた技量は、おそらく並大抵のものではないだろう。彼が何故黒ずくめの狂犬に襲われているかはわからないが、凶器を持っていることは確かだ、あんな腕前の剣士が真剣をもって野外に居る。俺は混乱した。何をするのが再的確なのかがわからなかった、こんな状態で最善な行動をとれるアクション映画のヒーローたちをうらやましくおもった。極めて冷静で勇気があり、良識を持つ。今ほど彼らに来てほしいと思ったことはない。
「警察に連絡しなきゃ」
隣で剣士の大立ち回りを見ていた黒木さんが、携帯を取り出してどこかへ電話を掛けた。彼女が漏らしていたように警察だろう。極めて冷静で勇気のある判断だ。ヒーローは近くにいた様だ。
彼女に向けていた視線を窓の下に戻す。男はまだ残っていた動物を切り捨てていた。
彼は刀を鞘に戻すと、黒川家に背を向けるように歩き去ろうとしていた。しかし、彼の行く手を阻むものがいた。
着物の男だった。詳しい種類はわからないが、刀の男同様、異様な風体であった。それは、彼が着物を着ているからではない。着物の男は彼の身長と同じだけの長さを持つ大剣を携えていたからである。
ここはどこだ? 一瞬俺は自分が夢の世界にいるのだと思った。いくらなんでもあり得ない。刀を持った男が動物を虐殺して、その彼の前に着物姿の大剣使いが立ちふさがるなんて、狂ってる。
「菱川君。大丈夫よ、うちの玄関は頑丈だし、いま遠隔でシャッターも閉じてるもの」
「・・・・・・」
黒木さんの言葉が、俺をこの異常な現実が本物であると教えてくれる。
俺は彼女に返事を返すことができなかった。立ち尽くして、彼らのことをじっと見つめていたのだ。
目下、二人は獲物を構えこそすれど、動きはなかった。しばらくすると、刀の男は着物の男におい埋められていたことを察し、逃げた。彼らが相対していた十字路以外の道からも、凶器を持ったおとこたちがやって来ていたのだった。
男はまだ誰も着ていなかった道から逃げていった。他の連中も男を追って消え去った。
この後、警察の車両が来るまで、俺は動くことができなかった。
警察が来た後、また事情聴取を受けることになったのだが、こんどはどうにも毛色が違っていた。
彼らも動揺しているようだった。凶器を持った男を目撃したという事案よりも、より大きな問題に警察は激突したのではないか、と俺は推測している。。
実は、警察が来た後、俺たちは事故の現場を指さして調べてもらったのだが、俺が目撃していた動物の姿は影も形もなくなっていた。確かにいたはずだし、俺たち以外の証言もあったらしい。しかし、警察は、目撃証言があって、しかし物的証拠が見つからないこの状況に困惑しているようだった。
「またお会いしましたね、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
今朝あったばかりの警察官とまた会うことになってしまった。事情聴取はあまり時間がかからなかったが、警察官は二度あっただけの俺に気を許したのか、内緒話でもするように声を潜めて、俺に捜査状況を教えてくれた。
実は、男が逃げていった方向の地区からも警察へ通報があったのだそうだ。現場に駆け付けた警察によると、男三人の死体が発見されたようで、連続殺人として捜査本部が設置されることが決まったという。
ししかし、発見された死体は明らかに状態がおかしく。昨日今日殺された死体ではない。といわれているようだ。
まるでゾンビみたいだね、なんていって笑い話で済ませようとしているが、もしかしたら本当にゾンビかもしれない。俺はそんな嫌な想像をしてしまうくらいには、今回の事件で気がめいってしまっていた。
事情聴取が終わった後、俺は彼女に一声かけて帰ることにした。彼女もちょうど聴取が終わったのか、息をついて壁にもたれかかっている。
「黒川さん、今日はもう帰るよ」
「うん、気をつけて帰ってね?」
「もちろん、じゃあまた」
俺は夕焼けに染まり始めた道路を歩きながら、思いにふけった。あの男は誰なのだろうか、と。話を聞くと動物と人間を切り殺した凶悪犯だ。しかし、肝心の被害者たちは様子がおかしい。死体自体がなかったり、死体の劣化が激しかったり、奇妙な点が多すぎる。それにあの刀、普通刀を所持するには専門店で買って、登録証を持っていなくてはいけない。この近くに専門店はないし、日本刀を所持している家庭があったとしても、奪われたなら通報があって噂になってもおかしくはない。外から来た人間かと思ったが、それでは追われていた理由がわからなくなる。男が逃げた道はこの町から離れる方向ではなかった。ここで何かをしようとしているのか? だから襲われた? しかし、襲った連中もおかしい。切られたら消える獰猛な動物。死後の様子がおかしい男たち。
俺は恐ろしいものに関わってしまったのかもしれない。
帰宅すると、母が玄関まで来た。
「大丈夫? 黒木さん家の近くで不審者が出たって近所の人から聞いて、心配してたのよ」
「大丈夫だよ母さん、何もなかったし」
目撃こそしたが、俺には何の被害もなかった。
とはいえ、黒木さんにはショックだったろう。生き物が死ぬ場面を見てしまったのだから。見送ってくれた時も、少し具合が悪そうだったし。
気分転換に昼寝をして、母に起こされたときは晩御飯の時間だった。我が家は三世代家族で、食卓も一緒に囲む。
俺は急いで今に向かった。そこにはもう俺以外の家族全員がいて、食事の準備をしたり、テレビを見ていたりした。その中、祖母だけが様子が違った。いつもは母と一緒に料理を作っているのだが、今日はテレビを食い入るように見つめている。
そこには地方テレビのニュースが流れていた。ちょうど今日目撃した墓荒らしと不審者の事件を報道している。視聴者提供と右下に表示している動画が流れ、そこには、先ほど見かけた男たちと刀の男が斬り合う場面が映っている。ところどころモザイクがかかっているが、顔にモザイクはかかっていなかった。いいカメラかスマホを使ったのだろう、顔までくっきり映っている。このニュースがどうかしたのだろうか、たしかに恐ろしい事件ではあるが。
「どうしたの、おばあちゃん?」
「佑ちゃんかい、この人をよく見てごらんよ、見覚えはない?」
「え、いや、この人のことは見たけど、特に心当たりはないな」
「そうかい、ちょっと待っててね、今持ってくるから」
そう言って祖母は今から出て行った。どうしたのだろうか。祖母が戻ってきたのは食事がテーブルに出揃い。そろそろ食べ始めるというときだった。
廊下へ続くドアから、祖母はアルバムのようなものを抱えて、俺を手招きした。祖母のところに行くと祖母はアルバムを開いて俺に見せた。
「これは?」
「おばあちゃんのアルバム、この人見覚えある?」
「え、さっきのニュースの人?」
「そう、佑ちゃんのひいおじいちゃんと瓜二つなのよ、この男の人」
おばあちゃんはとても不思議そうに言っていたが。俺はこのとき黒川さんの言っていた死者蘇生のことを思い出していた。幽霊たちがなんらかの方法で復活して、しかしなんらかの問題が起きて、仲たがいによって殺し合いに発展した。とか、そんな荒唐無稽な妄想をしてしまった。しかし、そんな妄想をしてしまうくらい。アルバムの中の若い曽祖父と、刀の男の顔は同じだった。
「ねえ、おばあちゃん。ひいじいちゃんって、どこかの道場に通っていたりした?」
「ええ、もうすっかり様変わりしてしまったけど、確かまだ残っていたはずよ、よく知っていたわね」
「前にちょっと小耳に挟んだんだよ、それでさ、道場の場所ってわかる?」
「行きたいの?」
「うん、ちょっと見てみたいものがあって」
俺は祖母から曽祖父の通っていた道場の場所を聞き出した。俺の考えが正しければ、刀の男が刀を調達したのはここで間違いない。なんの流派かはわからないが、剣道の道場ならば、所有している可能性は他の場所よりは断然高い。それに曽祖父が通っていたのだから、曽祖父と刀の男が同一人物だったならなおさら訪れる可能性が高い。
俺はご飯をかっこみ誰より早く食べ終えて、さっさと就寝した。明日早くに道場へ向かうためだ。自分でも何をどうすればいいのかわからないが、この事件を止めることができるなら、どんな手段も試していきたい。
朝起きると、家の様子がおかしいことに気づいた。静かすぎる。この時間ならば、もうみんな起きていてもおかしくはない。母なら朝食を作っている時間だ、なのに、階下からはなんの物音も聞こえてこない。気になって家族の寝室を見てみると、まだみんな眠っていた。時間を間違えたかと思い、時計を見ようとした瞬間。ベルの音が聞こえた。俺は時間の確認をやめて、玄関に向かった。
玄関ののぞき窓から外を見る。そこには男が一人立っていた。刀の男だ? なぜここに? 戦慄して立ちすくんでいると男は何も言わず、何もせず去っていった。
恐怖に固まていると、上から家族の声が聞こえてくる。もしやあの男が眠らせていたのか? なぜこの家に来た? 謎は深まるが、彼がこの家に訪れたことが大きなヒントになっている。彼は曾祖父だ。あるいは、曾祖父のことを調べ尽くした悪質すぎるいたずらか、どちらにせよ、調べていけばわかることだろう。俺はねぼけている母に朝ご飯はいらない。と告げて早々に、さっさと準備を済ませて曾祖父の通っていたという道場に向かった。
曾祖父の通っていたという道場の前には警察の車両が停まっていた。予想されていたことだ。もし刀の男が曾祖父だったなら、この道場に刀が置かれているか知っていたはずだ。そして、何らかの理由で武器が必要になり、ここから盗むことを考えた。その結果がこの状況だろう。
俺は周りの人から話を聞くことにした。できれば関係者に話を聞くのが一番だが、今は無理そうだからな、俺は警察車両を見て不安そうに話し合っている主婦たちの一人に声をかけた。
「すみません、ここで何かあったんですか?」
「ええ、そうなのよ、何でも昨日この道場から日本刀が盗まれたらしくって、それで、日本刀で斬られた人が見つかったから、もう一度事情聴取があるんだそうよ」
「詳しいですね、道場にお知り合いでもいらっしゃるんですか?」
「ええ、息子がここに通っていて、こんなことがあったから、もしかしたらつぶれちゃうかもって不安がっていました」
「そうですか、早く事件が解決するといいですね、お話聞かせていただきありがとうございました」
「こちらこそお気遣いどうもありがとう」
よしっ! 初めから大当たりだ。彼女の情報は非常にためになった。物取りが盗んでいったのか、最初から日本刀を狙っていたのかわからないが、他の人からも情報を聞きたい。しかし、周りを見ても、さっきの主婦たち以外には人も少ない。いても、警察の車両が止まっているところを写真で撮っている若者や、通り掛けにちらと見てそのまま素通りしていく人たちなど、情報を持っていそうな人はいない。
困ったもんでその場でこのあとどうするか考えていたら、声をかけられた。聞き覚えのある声だ。
「おはよう、菱川君、どうしてここに?」
「あ、あなたは、海原さん?」
俺に声をかけたのは俺に二度事情聴取をした警察官。海原茂だ。彼は休憩中に俺を見かけて、声をかけてきたそうだ。警察官に名前を覚えられるなんて、なんだか不良みたいだな。とはいえ、いまかれにあえた尾は僥倖といえるだろう。ここは情報の抜きどころだ。
「そういえばここで日本刀の盗難事件があったそうですが、その日本刀って、昨日三人斬ったあの男が盗んだものですか?」
「まだわからないけど、たぶんそうなんだろうね、この町にはほかに日本刀がある場所はないし」
「わかるんですか?」
「ああ、登録証があるからね、それを調べたら、ここにしか日本刀は置いてなかった」
「ちなみに日本刀が盗まれた現場はどうなってるんですか?」
「いや、さすがにそれは言えないよ。でも、道場の管理が杜撰だったわけではなかった、盗んだ下手人は大した腕前だよ」
「そうなんですか、物騒ですね、早く解決すると良いんですが」
「そうだね、はやくろう解決できるよう頑張るよ、じゃね、気を付けて帰って」
そういって彼と別れた。もう十分だろう。必要と思える情報は手に入れた。しかし、これからどうしようか、刀の男が曾祖父だったとして、なぜ復活したのだとか、まだ何もわからないが、ともかく彼と接触しないことには話にならない。
そんなことを考えながら歩いていると、本日二度目の幸運が俺に訪れた。
「きみは、菱川家の人間か」
帰り道で、筒全声をかけられた。振り返ると、先日見た刀の男がそこにいた。
「はい、俺は菱川ですけど、あなたは?」
「私は、君の、ええと、遠縁でね、今朝もお邪魔したのだが、早く来すぎたようで・・・・・・ああ、まどろっこしい、ああ君、信じられないかもしれないけど私は君の───」
「曾祖父?」
「! そうだ、よくわかったな、君の言う通り私は君の曽祖父、菱川段蔵だ」
突然現れた男は、確かにおれの曽祖父の名前で自己紹介した。
「いろいろ聞きたいことがあるんですけど、どうです、立ち話も何ですから、家で話をしましょう」
「ああ、たしかにそうだな、ちょうど用もあったんだ。では行こうか」
彼はそういって歩き出した。家に着くまで会話はなかった。正直、まだこの男がじぶんの曽祖父であるとは信じられていない。しかし、彼がこの事件にかかわっていることは確かなのだ。話を聞かなくてはならない。
家に着くと、母に見つかった。
「おかえりなさい、あら、こちらは?」
「ただいま、この人は友達だよ、ちょっと用事を手伝ってくれるんだよ」
「あら、そうなの、ありがとうね、今飲み物を用意するから」
「いえ、おかまいなく、さあ、雄介君部屋に行こう」
段蔵さんを部屋に案内すると、俺に質問してきた。
「彼女が君のお母さんかい?」
「はい」
「ということは、彼女が私の孫なのか」
何やら感慨にふけっているようだった。彼は俺の部屋を見回し。
「ずいぶんと変わったのだな、私の生きていた時代と」
とつぶやいた。
確かに、曾祖父の生きていた時代からすれば、テレビはこんなに薄くはなかったし、パソコンもなかっただろう。まあ、今は彼に家電を説明するのに時間を使うわけにはいかない。話を聞こう。
「それで、あなたはなぜ、現代に復活したんですか? それとここへ来た理由は?」
「そう、だな、復活した理由はわからない。怪しげな黒ずくめの男が、目が覚めたばかりの私にお前を復活させたといってきた。目ざめた場所にはほかにも男がいた」
「俺はあなたを墓地で見かけたと思います、自分の遺骨を回収していました」
「ああ、覚えていないが私を蘇らせた男の命令だろう。あの時の私は自分の体を思い通りに動かせなかったんだ。それで、私は男の術を受けた。その時、私の肉体はわ私の言うことを聞くようになった」
「それで、蘇らせた男から逃げ出した」
「そうだ。そして、私以外に自分の体をとり戻したものはいなかったらしい。男は私に刺客を差し向けた。影のような獣と、わたしと一緒に蘇らせた人間だ。彼らは完全に男の言いなりになっていて、何を言っても無駄だった。中には生前の友人もいたが、わたしのことなど忘れているかのようだった」
「それで彼らに対抗するために日本刀を」
「その通りだ。昔通っていた道場では、抜刀術も扱っていたから、あること自体は知っていたんだ。私は信頼されていたし、許可証も持っていたから倉庫の暗証番号を知ってたんだ。だから簡単に盗み出せた」
「しかし、これからどうするんですか、ずっと逃げるわけにもいかない。もしかしたら時間が経てば、あなたは死人に戻ってしまうかもしれない」
「わかっている。あの男を野放しにはしておけない。このまま放っていれば、あの男は私を蘇らせたように、どんどん死者への冒涜を行うだろう。それに、もっと邪悪な目的があるかもしれない」
正直、段蔵さんを蘇らせた男についてはぴんと来ない。直接会ったこともないし、今のところ被害もないからだ、しかし、その男が死者を蘇らせてなにか悪事を行おうとしているのなら見過ごすわけにはいかない。
「俺も手伝いますよ段蔵さん。そんな男をみすみす放っておけない」
「いや、駄目だ。私は自分一人で決着をつけるつもりだ。それに私はほかの死者たちと違って、斬られても躯にならないんだ。きっとあの妖術使いのたくらみをくじいて見せる」
「斬られても死なないって、どういうことですか?」
「私以外の死者は、斬られたら死ぬ。しかし、私は斬られても死なない昨日刺客に追われた時に、首を斬られたのだが、なんともなかったんだ」
奇妙な話だ、他の死者たちと違い、斬られても死なないそして、そんな段蔵さんだけが、自分の意思で体を動かせる。因果関係があるのだろうか
「なら、協力させてください」
「協力?」
「この家に用事があるって言ってましたよね、それを手伝います」
「いや、たいしたことじゃないんだ。ここの倉庫に木刀が置いてあると思うんだ。それを回収する」
「そう、ですか、じゃあ、他に何か手伝えることはないですか?」
「いや、ない、ただ、もし明日になって何か事件が起こるようだったら私が失敗したことになる。だから、そのときは頼んだよ」
そういって段蔵さんは部屋の窓から飛び降りて、裏庭の倉庫に向かった。
段蔵さんは同行を拒否したけど、もし彼を一人で行かせたら、もし首尾良く運んでも、彼の蘇りがそのタイミングで切れる可能性は大いにある。俺はそれを見届けなくてはならない。それに、俺は初めて出会った曾祖父が死にに行くのをのんびり待ってられるほど、悠長な性格ではない。
俺は窓の下で武器を調達した段蔵さんが玄関に向かうのをみて、急いで玄関に行き、段蔵さんが来るのを待った。
「佑助君、この家のことは頼んだよ」
そういって彼はどこかへと歩いていった。そして俺はそのあとを10メートルほど離れて尾行し始めた。
結果として、尾行自体は順調に進んでいた。しかし、かれの行先がだんだんと人気のない場所に変わっていくので俺は少し怖くなった。詳細は不明だが、死者を蘇らせるなんて屋からの住む家に向かっているのだから不気味なんだろうなあなどと思っていた。
やがて、住居の影は見えなくなり、山道に入っていった。段蔵さんの歩みは止まることはなく。疲れなど感じていないかのように一定の歩調だ。もしかしたら本当に感じていないのかもしれない。そして、とうとう段蔵さんの歩みは止まった。そこには見覚えのない洋館がそびえたっていた。彼はためらいなく洋館に入ると、すぐさま物と物が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。
段蔵さんの心配はしなくていいだろう。助太刀しようにもできないし、先日見た腕前なら、その必要もない。しかし、こんな洋館あったっけな、こんな立派な館ならそれについての話の一つでもするものだが、
もしかしたら、段蔵さんを蘇らせた男が作ったのか? ありえないとはいえない。死者蘇生ができるような妖術使いなら、このていどのことはできて当然だろう。やがて、戦闘音がなくなり、洋館の周りは静かになった。決着がついたのだろうか、俺は様子を伺いながら玄関を開けて中をのぞいた。そこには頭に傷のついた死体が山と積み上げられていた。気持ちの悪い光景に吐き気と頭痛がするが、俺は妖術使いの無力化を確認しなければならないのだ。洋館の中に入ると、また戦闘音が聞こえてきた。地下だろうか、入ってすぐの廊下の奥に階段がある。死体を避けつつ廊下を進み階段を降りると、薄暗い部屋の中で激しい激突音が聞こえてくる。
「段蔵さん! いるんですか?」
「佑助君、何故ここに? 危険だはやくに逃げろ、この男、自殺して自分を蘇らせたんだ。しかも、私と同じように斬られても死なないんだ」
彼の言葉にハッとした。もしかして、妖術使い、ネクロマンサーの目的はそれあったのではないのか。斬られても死なない体、他者の命令を受け付けない自由意志。そのために段蔵さんを狙っていたのか?
とはいえ単なる憶測にすぎない。それより、どうにかしてこの男を止めないといけない。見た感じでは、正気を失っているように見える。
しかし、現状を打破する手がかりがない。このままでは、巻き添えを食らって死んでしまうかも、焦った俺は一回に戻り、体中のポケットを探った。何か、何かなかったか、実は、この洋館に入る前に、警察への通報は済ませてある。警察が到着する前に、俺個人でできることはないだろうか、あのままだと警察の人にも被害が出るかもしれない。
ポケットに手を突っ込んだ俺は何か堅い感触を感じた。その時、昨日の記憶がよみがえる。この水晶をくれたとき、黒木さんはなんていった? その人を助けるのに必要なものを映す。そういっていた。俺は水晶を握りつぶす気持ちで握った。すると、頭の中にイメージがわいてきた。何かの石像だ。それが俺を助けるのに必要なものなのか? しかも、水晶は必要なものを映すだけでなく。その場所も教えてくれるようだ。水晶がまるで磁石で引っ張られるように、ある一定の方向に進み始める。まるで重力などないかのようだった。そして、その水晶は館の二階のある部屋の前で止まった。そこにせきぞうがある丘、と察し、俺は館の中へ再突入した。未だ地下から先頭の音が聞こえてくる。俺はない振りかまわず廊下を駆け抜け、二階を目指した。しかし、地下からの音がより激しくなってきていた。それこそ今にも飛び出してきそうなほどに俺は二階を駆け上がりさっきの部屋を探した。あるていどの検討はついている。俺は次々と部屋の扉を開けて中に押し入り、石像を探した。三つ目の部屋の窓に、水晶があったので、そこをアガス。すると、地下から聞こえてきていた戦闘音が近づいてきていた。一回まで上がってきている。恐らく俺がこの部屋に入ったからだろう。あのせ遺贈は、きっとネクロマンサーにとって命綱と呼んでいいものなのだろう。そうでなければ上がってくるはずがない。俺は窓を開けて水晶を中に居れた。部屋の内装は普通の客室といった風で、石像は見当たらない。しかし、水晶はふわふわと浮かびながらどうして、また止まった。
なんてこった。水晶が止まったのは天井だった。もう時間がない。今から天井を壊して石像を手に入れるのは不可能だ。道具もない。絶体絶命の状態、しかも、音は二階まで上がってきている。そして、二人の死者が部屋に入って来た。
「佑助君、逃げろと言ったのに」
「良いから手伝って、天井にやつの弱点がある。だからここまで必死になってるんだよ」
そういうと段蔵さんは、木刀をネクロマンサーにたたきつけ、破壊した。しかし、それでひるんだ隙をついて跳躍。水晶のある場所を的確に蹴りぬいた。その瞬間。ネクロマンサーは体を見る見るうちに崩れさせた。そしてほんの数秒で灰になってしまった。
最初で最後に見たネクロマンサーの姿はその恐ろしい所業に見合わぬ、悲しい最後だった。
「佑助君」
名前を呼ばれ振り返った。曾祖父の姿はもう半分ほど消えていた。
「ありがとう、君が居なかったら負けていたかもしれない」
「いえ、そんな」
「でも、こんなことはもう二度としないように、人生は生きてこそだよ」
「はい」
「じゃあ、短い間だったけど、君にあえてよかった、さようなら」
そういって、曾祖父の体は灰になって消えた。サイレンの音が聞こえてくる。しかし、この惨状をなんと説明したものか、俺は、三度目の事情聴取を受けることを察し、辟易とした気分になった。
しかし、この夏の一大事件は俺の心に一生残り続けるだろう。俺は灰をつかみ取ると、洋館の外へ向かった。曾祖父の灰を掴みながら。