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私の残念なお嬢様

ある日、ジャンル欄に”悪役令嬢”ってのを見かけて、「なにそれ?」となった僕は、あまりに不思議だったので、思わず「こんな感じかな?」と想像で書いてしまいました。

 私は子供の頃からお嬢様の侍女をやっています。

 いえ、私の親が綾小路というお家に仕えておりまして、それで子供の頃にその家のご息女であらせられるお嬢様の学友に私が命じられたというだけの話なので、厳密に言えば違うのですが、とにかく「これ、児童の労働を禁止した労働基準法に違反してるのじゃ?」という疑問には気付かない振りをしたまま、高校二年になった現在に至るまで私はお嬢様に仕えてまいりました。

 一応断っておくと、私はそれに不満を持った事はありません。

 何故なら、お嬢様は見ていて大変に面白い…… もとい、大変に興味を惹かれるお方でして、成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗と非の打ち所がない材料が揃っているにもかかわらず、何と言うか、頭が良いのにおバカという矛盾を体現したかのような御仁が稀におられますが、当にそんな感じで……

 まぁ、有体に言ってしまえば、お嬢様は残念…… “残念なお嬢様”なのでございます。

 例えば、先日もこのような事がありました。

 

 木原さんという方が同じクラスにおられます。彼女は成績こそお嬢様に及びませんが、身体能力に秀でており、何よりその人格がクラスに認められいます。それで自然とお嬢様とはライバル関係のような間柄になっていまして、事ある毎に対立をしています。

 そんなある日に行われた肝試しで、お嬢様は木原さんと仙石君という男生徒をペアになるように画策なさいました。

 この二人は普段からいがみ合っていまして、だから恐らくは嫌がらせのつもりだったのでしょう。

 普段から互いに「嫌いだ嫌いだ」と罵り合っていますから、一緒に肝試しをさせたらさぞ不快な気分になるだろうと想像して。

 そして、肝試しから戻って来た木原さんに向けてお嬢様は、まるで宣戦布告をするようにこう仰られました。

 「どうだったかしら? 木原さん! 仙石君との肝試しは! 実はわたくしが仕組んだのでしてよ!」

 それを聞いて木原さんは驚いた顔をしてお嬢様を見ます。

 「え? あなたが仙石君と一緒にしてくれたの?」

 肝試しで何があったのかは分かりませんが、その時の木原さんは頬を仄かに朱色に染め、瞳を潤ませていて、なんとなく艶っぽくすらありました。

 周りの女生徒達は、「へぇ、綾小路さん、けっこう良いところあるじゃない」などとそれに反応をします。

 そこまで来ると、流石にお嬢様も自分が想像していたのとは少し、というかかなり違う展開なのだと気が付いたようで、ちょっとばかり固まっていました。

 はい。

 そうです。

 もう分かっているかもしれませんが、お嬢様が仕組んだ“お二人の肝試し”は、少しもまったく嫌がらせにはなっていないのです。むしろプレゼントです。

 「あんたとだけは、一緒になりたくないわねー」

 「おお、気が合うじゃねーか、俺も同意見だよ!」

 などとお二人は肝試しの前に言い合っていましたが、実は互いに意識し合っていて、一緒に行きたがっていたのは明らかでした。つまり、互いにツンデレ。この二人は好き合っているのです。

 まぁ、“実は”と言うか、何と言うか、お嬢様以外は全員分かっていたと思います。もう、分かりやす過ぎるくらいに。

 「ま、お礼は言っておくわ。

 ……ありがと」

 照れくさそうにしながら木原さんがお嬢様にそう言います。

 それを受けて、周囲の女生徒達は「ライバル関係に芽生えた友情ね」などと言っていました。

 お嬢様はまだよく分かっておられないようでしたが、その十呼吸くらいの間の後に、

 「ホホホ! よろしくってよ!」

 と、そう言いました。

 どうやら、“よし”としたようです。

 

 ……まぁ、ライバル関係とは言っても、何処までお嬢様が本気なのかは正直さっぱり分からないのですが。実は、何となく周りがそんな雰囲気をつくっているものだから、お嬢様はそれに合わせているだけなのかもしれない、とも私は思っています。

 お嬢様にはそんなところもありまして、周囲に合わせてしまうような…… いえ、周囲の思っていることこそが本当の自分の感情なのだと思ってしまうようなのです。

 例えば、お嬢様とベストカップルとされている九条君という男生徒がいます。

 彼は家が資産家で背も高く成績も良く当にお嬢様にピッタリと、周囲からそう思われていて、お嬢様自身もそのように認識なされているようなのですが、実はお嬢様のド本命は他にいます。

 いえ、お嬢様自身はそのように思われていないとは思いますが、それはお嬢様が自分の感情に鈍感というか、自己知覚能力が欠落しているというか、とにかく、残念だからでしょう。

 本当はお嬢様は七原君というちょっと不思議系入っている男生徒に惹かれているのだと私は思うのです。

 私としてはこの彼もどうかと思うのですが、それでもお優しいことは確実で、少なくともモテすぎて女性を軽んじそうな九条君に比べれば遥かにマシだろうとは思っています。

 ところが、この七原君、実は既にお相手と思しき女生徒がいます。森さんといういかにも平凡そうな女生徒ですが、ほんわかした雰囲気が七原君の不思議感と妙に調和していて、見ていて納得できます。

 もちろん、お嬢様としては面白くありません。

 だから、その森さんに嫌がらせをします。

 ただ、自分の恋愛感情もその嫉妬心も自覚なしのままの嫌がらせですから、それを隠そうとなんてしません。

 いえ、お嬢様の場合、自覚していても隠そうとなんてしていなかったかもしれませんが、とにかく、意中の七原君の目の前で堂々と嫌がらせをしてしまっていました。

 まぁ、そうなれば、当然、七原君からは嫌われてしまいます。それどころか、警戒だってされます。

 ただ、とは言っても、言葉で嫌味を言うくらいの他愛のない嫌がらせだったので、致命傷にまでは至っていなかったのですが。

 

 ――ところが、その日は違いました。

 

 森さんがノートがないと探していたのです。テスト範囲をまとめた大事なノートだそうです。七原君もそれを心配して一緒になって探していました。

 その様子に嫉妬を感じていたのか、お嬢様はちらちらと眺めていたのです。それに気付いた七原君はお嬢様にこう尋ねました。

 「何か知らない?」

 と。

 明らかにお嬢様を疑った言動ですが、普段の態度が普段の態度なだけに身から出た錆と言えるでしょう。

 ただ或いは、ここで素直にお嬢様が「知りませんわ! オホホホ!」とでも返せば事は済んでいたかもしれません。

 ところが、お嬢様はプライドが高い上に、嫉妬の所為でその時苛立っていたからでもあるのしょうが、

 「知っていたら、どうだと言うのです?」

 と、そうそれに返してしまったのです。

 そしてそれによって七原君の中でお嬢様は容疑者から犯人に変わってしまったようだったのです。

 「酷い! そんな卑劣な手段を執る女の子だとは思わなかった!」

 と、彼はお嬢様を責め立て始めてしまったのでした。

 お嬢様はそれを受けても勝気な表情を崩しません。ただ、恐らくはダメージは受けているのでしょう。何も返せはしませんでした。そんなお嬢様を、七原君は更に責め続けます。私はその様子を眺めながら、「さて、一体どんなタイミングで助けようか?」と、悩んでいたのです。

 ただ、狼狽する様子をお嬢様はまだ見せてはいませんでしたから、まだしばらくの猶予はあると判断していました。

 が、しかし、そのうちに私はお嬢様の様子に違和感を覚え始めたのです。

 

 ……なんか、震えている?

 

 そうなんです。

 勝気な表情のまま、上半身は微動だにせず、にもかかわらずお嬢様は震えているのです。お嬢様の足元に視線を向け、私はそれが何故なのか悟りました。

 ――足にキていたのです。

 ガクガクガクガクと、今にも倒れそうな感じ。

 その足の震えを誤魔化す為に、上半身をそれに合わせて動かすという、曲芸じみた技をなんとお嬢様は繰り出していたのでした。

 

 お嬢様は自身の恋愛感情に気が付いてはいません。だから、その嫉妬心の意味も分かっていませんし、どうして自分がショックを受けているのかも分かっていなかったでしょう。ただ、プライドだけは人の十倍高いですから、無様な姿をさらす訳にはいかないと、心身を切り離して表情と上半身だけは繕っていたのです。

 ところが、下半身はその制御下に置くことができず、つまりはそうして足にキてしまったのじゃないかと思います。

 凄い!

 人間って、こんな状態に陥れるものなのですね!

 はっきり言って、ちょっと気持ち悪い!

 

 こんな面白い物が見られるなんて、本当にお嬢様にお仕えしてきて良かったと、心の底から私は思います。

 

 やがて、そんなお嬢様の異変に気が付いたのか、七原君は変な表情を浮かべ始めました。そろそろ助けないと、本当にやばそうです。私はそう思いました。が、そんなタイミングでした。

 「森さん、ノートなら情報技術教室に忘れていたわよ」

 そこに木原さんが現れて、そうお嬢様を助けてくれたのです。

 恐らくは、彼女は先日の肝試しの際の借りを返したかったのでしょう。森さんのノートを探して持って来てくれたようです。

 七原君はそれを見るなり、お嬢様に謝りました。

 「ごめん。綾小路さん! 早とちりで、犯人扱いしていた! でも、僕、君はそんな人じゃないと思っていたからショックだったんだ」

 それを受けて、お嬢様は「オホホホ!」と笑いました。

 怒りを覚えてもいいはずなのに、何故か怒りは湧き上がって来ない。その反対に安堵と感謝と歓喜の気持ちが溢れて来て、なのにその意味が自分では分からず、半ばパニックに陥って笑っているような、それはそんな笑いでした……

 

 世の中広しと言えども、このような笑いを発せられるのは、お嬢様ただ一人だけだと私は言い切れます。

 ああ、本当に面白い。

 お嬢様にお仕えして来て良かった。

 本当に。

大体、合っていたでしょうか?

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