尾行
魔獣討伐隊の連中とぞろぞろ歩いていると、イーナから問いかけられる。
「レオンハルト様は領主様から、直に教えを受けているのですよね? 身体強化もごく自然な感じで、注意して視なければ気付かないほどですよ? 初めてお会いした時よりも、身体の動かし方が滑らかになっているというか……領主様から教えを受けられるだなんて、羨ましい限りです」
「そう? 姉さんが言ってたけど、俺が学園に通いだせば冬の間、爺ちゃんの手が空くから、その時に鍛えてもらえるかもしれないよ?」
「クッ……それなら、どんなに良かったことか……」
イーナは握り拳を作り、空を見上げながら悔しそうにする。俺が首を捻っていると、隣にいたロジーが話してくれた。
「レオンハルト様、我らはその冬の間、レオンハルト様とエリザベート様の護衛の任につくことになっているのです。この冬、我らはエリザベート様の護衛についていたので、帰ってきて魔物の話を聞いた時、イーナはすごく悔しがっていたのです」
「あ、そうだったんだ……」
そうか、イーナ達は姉の護衛についていたのか……それで、あの魔物探索の部隊にも、増援部隊にも彼女達はいなかったんだ。
更に、呆れたようにロジーが続ける。
「少し無遠慮かもしれませんが、イーナはレオンハルト様の傍につけば絶対、面白いことが起こる、なんて言い始めて……領主様へ護衛の任に就きたい、と直談判までしたのですよ? それで、魔物討伐の機会を逃し、悔しがっているのですから。何をやりたいんだか……」
「えっ? 俺ってそんな、はた迷惑な存在なのかな?」
俺はイーナに振り返って尋ねてみた。
「いえいえ、レオンハルト様がそういう存在なのではなく、なんというか鼻が利くというか……何と無く、問題からやってくるような、そんな気がするのです」
「あんまりうれしくないなぁ。人からそんな風に言われたのは初めてだよ……どっちかっていうと、姉さんの方が問題児じゃない?」
「エリザベート様は、我々の手出しできないところで問題を起こしますからね。学園内での護衛の介入なんて出来ませんから……その点、レオンハルト様の場合は魔人などという、我々でも手が出せる……」
「あっ?」
偶々、イーナに振り返ったのが切欠だった。いや、俺が庁舎か警備隊詰所にまで顔を出せって言ったんだっけ……
庁舎前の坂道から、ディッテンベルガーの本店にいた門客の男と、背が高く帽子を被っている男の姿が見えたのだ。
二人は警備隊詰所を出て、大通りから路地へ入って行くところだった。あの石の事は祖父に話したばかりなので、まだ受付に話が通ってない筈だ。
それよりも、あの男の帽子……そういえば、俺達が捕らえた魔人は帽子を被っていなかったし、マフラーの色はオレンジだった。
カメラの実験をしていた時に出会った男は、あのバケツをひっくり返したような、変わった帽子を被っていて、青いマフラーだった。
もしかして、あの夜、俺が会ったのは、灰化してしまった魔人ではなく、あっちか?
「どうしました?」
「……イーナだけ俺と来て。他はハンネと一緒に庁舎で待機。多分、俺の執務室にいるはずだから」
彼女達にそう告げて、俺は駆け出した。俺に釣られて、彼女達も動き出そうとしたが……
「ホラ、アンタたちは待機だ。言われたようにしな!」
背後から、何故か嬉しそうな声を上げる、イーナの声が聞こえてくる。
……自分でトラブルメーカーのつもりはないが、トラブルに嬉しそうな声を上げるのも、どうなんだ? そんな事を考えつつ、俺は男達の後を追い始めた。
俺はイーナに、できるだけ身体強化を控えるよう伝え、細い路地へ入っていく。身体強化で存在感が濃くなり、相手に気付かれないようするためだ。
「レオンハルト様、それは?」
「秘密の魔導具。人に言っちゃダメだよ?」
「はぁ? それで、あの二人がどうしたのですか?」
俺がスマホを見ながら二人の男の後を尾けていると、イーナが不思議そうに尋ねてくる。俺は具現化したスマホを魔導具だと言いながら、二人が振り返っても気付かれないよう、建物の陰に隠れて追跡を行う。
大勢で追うと気付かれそうなのでイーナだけ連れて来たが、失敗だったろうか?
「あっちの帽子を被ってる方の男。あれ、多分、魔人だと思うんだよね」
「ほほう? では、すぐにでも、不意打ちを食らわせますか?」
「いや、その前に、何をしようとしてるのか、仲間や関係者は他にもいるのか、その辺りを探りたいんだよ」
「とっ捕まえて、吐かせればいいのでは?」
「う~ん、それも一つの手だとは思うんだけど、アイツらって死ぬまで戦うような気がするんだよね。それに、激しく抵抗されて領都の人を巻き込みたくないし」
「成る程。しかし、領民など少しくらい傷付いても、癒しの魔術で回復してやればいいのでは?」
「……イーナ、俺は癒しの魔術がすごく下手なんだよ。魔術に慣れてる母さんでも、嫌がるくらいにさ」
「アタシも得意ではありませんが、レオンハルト様なら、我ら魔獣討伐隊や警備隊にでも命じれば済むのでは? うちの隊にも、癒しの魔術が得意な者はいますし」
「そうかもしれないけどさ……」
「レオンハルト様は貴族なのですから、今のうちに命じることも覚えなければなりませんね。さ、アタシにあの男を捕まえろ、と命を出してください」
「だから、何をしようとしているのか、探りたいんだってば」
「フフ、そうでしたね」
なんだ、揶揄われていたのか……魔獣討伐隊の隊長なのに脳筋が過ぎると思った。どんな時でも、これくらい余裕を持たなければ、隊長なんて務まらないのだろう。
二人の男は路地を抜けると、大通りを横断し、再び路地へ入っていく。何処かへの近道だろうか?
「こちらは、神殿のある方角ですね……」
「神殿か……そういえば、話ではよく聞くのに、一度も立ち寄ったことがないや……」
「そうなのですね? ま、アタシも最近では、ユッテの結婚式に立ち寄ったくらいですが……」
「ふぅん」
神殿は洗礼式だけではなく、日本でいうところの冠婚葬祭の祭以外を取り扱う。成人、婚礼の祝いの儀式の他、葬儀なども取り行うのだ。
結婚式を神殿で行うのは裕福層のみで、普通の領民は身内や親しい人で集まって、盛大に、或いはささやかに宴会を行うだけらしい。
ユッテの場合は、何年も俺についていてくれたから、という母からの贈り物だ。マーサから聞いたが、貴族からそこまでされると、ただの平民では、離婚はそう簡単にできないだろうとの事だった。
やがて、高い壁に囲まれた尖塔のある大きな建物が見えてくる。昔は白かったであろう、長い間、日に焼かれたらしい、かなり黄ばんだ石造りの壁に沿って、二人の男が歩いていく。
壁に沿っての長い通りは、特に隠れる場所もない。俺とイーナは、向こうから歩いてきたおばさんの後ろに回り込み後を追う。
壁の切れ目の角を二人は曲がっていくが、おばさんは逆に折れた。俺とイーナはそのまま、真っすぐ進んで、建物の陰で身を潜める。
「帽子の方は神殿に入っていきましたが、もう一人は立ち止まりましたね? どうします? 接触しますか?」
「いや、あそこで待ってるってことは、すぐ出てくるんじゃないかな? それより、イーナはそのマントを外しておいて。ちょっと目立ちすぎるよ」
「はぁ、気に入ってる上に、この暑さを凌げるんですがね……」
俺も首に巻いたスカーフを外し、長袖を捲り上げる。既にあの二人には貴族として面が割れてしまっているので、少しでもバレるのを誤魔化すためだ。
予想通り、暫く待つと帽子の男が出てきた。が、こっちに向かって歩いてくる。俺はさっと奥へ引っ込み、パルクールで壁を駆け上った。
「えっ?」
「面白いことをしますね? 手も使わずに、壁を軽く蹴っただけで、屋根に登りあがるだなんて」
意外なことに、イーナも俺の後について、屋上まで上がってきていた。下を覗き込むと、壁の所々がひび割れ、パラパラと蹴った跡がついている。
「……ちょっと、下手だね?」
「しょうがないでしょう? 初めてやったのですから……身体強化に殆ど魔力を回さないで、あんな動きができるのは何かコツがあるのですか?」
「あー、うん、洗礼前に、あんな風にしてよく遊んでいたんだよ。人に教えたことは無いから、コツなんてよく分かんないや……」
「そうなのですか?」
多分イーナなら、少し練習すれば出来るようになるだろう。
屋根から通り過ぎていく二人を見送り、俺とイーナは路地へと跳び下りた。そうして、再び二人の後を尾け始める。
スマホなら、魔力検知の範囲内にさえ居れば位置の特定はできる。しかし、何をやっているのかを調べるには、ある程度、近付かなければならない……
神殿に行けば、帽子の男が何をしに来たのかは分かるだろう。なので神殿は後回しだ。
「レオンハルト様、これ以上は気付かれる可能性がありますよ? その魔導具で、もう少し距離を取りましょう」
「うん、今度は何処へ向かってるのかな?」
「さぁ、何処へ向かうのでしょうね……」
王都ほどではないが、領都もそれなりに広い。イーナは領都育ちなので、俺より領都に詳しい筈だが、彼女でもそう簡単に予想はつかないようだ。
陽が落ちてきて、人混みが多くなってきた。男達との間に多くの人を挟んでいるので、スマホがなければ見失っていたかもしれない。
やがて、大衆食堂というのか酒場というのか、出入り口の前に、看板とメニューを出している店が増えてきた。二人の男は、そんな感じの店の一つに入る。
「イーナ、あの店に入って、二人の話を盗み聞きしてきてくれない? 俺は顔がバレちゃってるから、出来そうにないんだよ」
「ええ、構いませんが……案内される席の位置次第では、何も聞こえないかもしれませんよ?」
「あ、そっか……なら、これを持ってテーブルに着いたら、こっそり床に置いて」
「何ですか、これは……?」
「秘密の魔導具」
「ほう? やけに秘密の魔導具を持ってますね?」
再び、イーナが訝しそうな目を向けてくる。しかし、彼女は俺から虫型移動カメラを受け取ると、店へ向かってくれた。
彼女に具現化魔術がバレるのも、そう遠くないだろうな……
俺は店の斜め前くらいの路地に入り込んで、目に入った木箱の上に座る。そして、スマホを見ながらイーナが仕掛けてくれたカメラの移動を始めた。魔力のコードが無くても、これくらいの距離なら俺の魔力供給の及ぶ範囲内だ。
スマホで二人の位置は分かるので、客や店員に踏み潰されなければ……う~ん、ちょっと遠いな。
それでも、少しずつ移動させ、二人が着いたテーブルまで辿り着かせる。ただ、店員の大きな声や、客同士の笑い声なんかで、少し聞き取り難い。
もう少し位置を調整しなくては……カメラをテーブルの脚に登らせていくと、二人の会話が聞こえてくる。
「オレはビールと、焼き鳥のセット。アンタはどうする?」
「そうだな、オレはこの酢鶏の定食で」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「ああ、取り敢えずはそれでいい」
どうやら、まだ、料理の注文をしたところのようだ。それから、二人は雑談を始めた。料理が美味いとか、王都と子爵領の違いなど……
二人とも王都の関係者らしく、子爵領の物価は少し安いそうだ。王都で仕事をして、子爵領辺りで生活できれば贅沢できるだろうな、というような内容だった。
「残念だったな、民間の護衛を雇うための金が必要なのは分かるが、改めて出直せ、とは……」
「仕方ないさ。少し焦り過ぎたらしい。犯人が捕まったと聞いたんだが、違う奴だったなんてな……オレはてっきりアンタが犯人だったんだと思ったよ」
「なに、腰抜けの恰好をマネて罠に嵌めただけのことさ」
「で、辛気臭い神殿なんかに何の用があったんだい?」
「……預けていた荷物を回収しにな。どうだ、アレを使う気になったか?」
「いや、アンタには悪いが、あんなものを使ったからといって、とても、アレに勝てるとは思えんよ」
「フッ、それはやり方次第だよ。能力を得れば、一人前の騎士並みの力は出せる。だが、能力を得ただけで、尊大な態度になる者があまりにも多すぎるのだ。何故、奴等のみが力を持っていると思う? それは、戦い方を知っているからだ。やはり、自分の能力、戦い方をよく知らねばな……」
「そうは言うが、オレなんか、アレの子供に簡単にやられちまったよ。ありゃ能力どうこう以前の、地力の違いだと思うがね?」
「それは平民と違って、鍛えるための時間があり余っているからだろう。お前に渡したアレは、その差を埋めるための――――」
この辺りから、周りが騒がしくなり、良く聞こえなくなった。周りの客が盛り上がった? いや、この騒音や、悲鳴なんかは――
木箱を降りて、路地から通りの方へ出ていく。女が一人飛び出し、それに続いて、帽子の男、更に大勢の客が押し合いへし合い飛び出してきた。
帽子の男を追いかけ始めると、俺の隣に並走してきたイーナが、赤いマントを纏いながら状況を教えてくれた。
「すいません、レオンハルト様。帽子の男が、一緒にいた男を殺害しました」
「えっ?……うん、何と無く状況は分かったけど、どうして謝るの?」
「男が殺される直前、その近くを通りがかった女が、突然、魔力弾を辺りにバラまいたのです。それほど強力なものでは無かったので、巻き込まれた者は軽傷で済んだでしょうが……。つい身体強化を発揚させてしまい、その隙を突かれました。更に、帽子の男はアタシと目が合うと、男を殺害した短剣を振り回し、店を飛び出したのです。悲鳴を上げたり、逃げ惑う者が邪魔で、取り押さえられませんでした」
「そっか……」
「このグローサー領で、何をしようとしていたのか、これで分からなくなってしまいましたね……」
リーヌスの部下は死んでしまったんだな……俺が二人を見つけた段階で、もっと別の行動をとっていれば、違った未来になっただろうか……




