魔人の末路
地下へ降りていくと、静まり返った牢屋の並ぶ通路の奥に父がいる。近寄っていくと、父は不安そうな顔でベンチに腰掛け、牢屋の奥をジッと見つめていた。
「父さん、大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど?」
「ああ、レオン……うん、僕は大丈夫だよ……」
「そう?……あ?」
父が見つめる牢屋の中で、母が立ったまま腕を組んで魔人を見下ろしていた。その魔人の姿が、人に近い状態、初めて会った時のような、口が裂けた状態にまで戻っている。
魔人は気を失っているのか、魔力の帯も解けていて微動だにしない。胸の辺りが僅かに上下しているので、まだ生きているのは分かる。
もしかすると、父はこういうのに不慣れなのだろうか? 或いは魔人の傍にいる、母の心配をしているのかな?
「フローラ、魔人の様子はどうじゃ?」
「ああ、お父様……申し訳ありません。せっかく、お父様とレオが回収してきた、魔獣化組織のあの薬品を使い切ってしまいました。今は意識を失っていますが、恐らく、もう長くはもたないかと……それより、お父様、レオとエリーを連れてきたのですか?」
「うむ、フローラが言ったのではないか、エリーやレオンに警備隊のやり方を学ばせると。じゃから、こうして連れてきておるのじゃ。薬品に関しては、まぁ、仕方なかろう。魔人からの情報は得られたのか?」
「ええ、おおよその所は。ただ、この魔人は下っ端ですので、組織の真の目的や計画は不明でしたが……」
「そうか、それでな……」
祖父が取り調べの様子を話し、少年と魔人を面会させるという話をする。
「お義父さん、同じ牢に入れると、その少年が危険なのではないですか?」
「フン、エリー、いざという時、魔人を魔力の帯で締め付けることはできるか?」
「え? ええ、造作もありませんが、その魔人、魔力が枯渇しているのでは? もう、何もできないと思いますが……」
「何、万が一に備えてじゃ。儂では絞め殺してしまいかねんからな……こんな弱った者など、相手にする気も起きんわい。フローラ、ここは儂が変わるから、其方とディートは休憩に入れ」
「いえ、私はまだ平気です。この子たちの様子も見ておきたいですし……」
「そんな疲れた状態では、何の説得力もないわい。いいから、邸へ戻れ。これは領主命令じゃ。ディート、必ずフローラを連れ帰り、休ませろ」
「わ、分かりました。さ、帰ろう、フローラ。いくら情報を得るためとはいえ、無理しすぎだよ」
俺は気付かなかったが、母は相当疲れているらしい。父が母に寄り添うようにして、二人は地下牢を出ていった。
「爺ちゃん、母さんってそんなに疲れてるの?」
「うむ、人から……この場合は魔人じゃが、魔力を吸い出すなんぞ、普通はできんからな」
「え? できないの?」
「魔力は本来、その本人の意思が反映される。弱っているとはいえ、それを無理から引き出すのじゃぞ? たとえ、相手が魔力症を終えたばかりの子供だとしても、並の精神力では行えぬ。フローラの話からすると、今までに何度も行ったはずじゃ。疲労感を見せぬのは、貴族として当然じゃがな。儂が命じなければ、アレは下手すると精魂尽きるまで頑張り続けるぞ?」
「やはり、人に行うものではないのですね……それなら、洗礼式の魔力水晶の意味がなくなりますもの。でも、私もレオもよく見ておきなさい、と言われたのですが?」
「ほう? ならば、エリーの基礎魔術訓練は、ほぼ終了したということか。一見、大して価値のないような魔術行使じゃが、エリーはその意味をよく考えることじゃ」
「でも、姉さんは、開発中の魔導具に対して行うものなんじゃないかって、言ってたよね?」
「ええ、それ以外にも、何か利用法があるのですか?」
「フッ、あるかもしれんし、ないかもしれん。儂に言えるのはここまでじゃ。それよりも、レオンとエリーであの子をここまで連れてこい。警備隊員を使っても構わん」
祖父に言われて、俺達も地下牢を出ていく。
「魔導具以外に何に使うんだろうね?」
「さぁね? ただ、何と無く、お爺様のいう意味は分かる様な気がするわ。魔術の使い方を限定するな、ってことでしょう」
「ふぅん? 一つの使い方のみに、捉われるなってことなのかな?」
「そうなんじゃない? ま、私もよく分かんないけど……」
もしかすると、人から教わった方法だけではなく、色々と試してみろって事なのかもしれない。
それから、俺達は警備隊員に命じて、少年をロープで縛った状態で地下牢へ連れだす。そして、彼を魔人と同じ牢へ入れた。
「小僧、お主のせいでこうなったんじゃ。よく目にしておけ」
「モガガ、ムグガ……!」
長髪の少年は、祖父のせいで言葉にならない声を上げ、魔人に語り続ける。
どれくらい、そうしていただろうか? やがて、魔人が反応を示した。
魔人は少年に気付くと、彼に手を差し出す。少年は頬を、その手になすりつけるようにした。
「フッ、互いに下手を打ったな……」
「モガガ……」
「ひでぇツラだ。何を言ってんのか、わかりゃしねぇよ……なぁ、貴族のアンタらにお願いがある。オレの知っていることは全て話したし、捕まったオレが言うのもなんだが、最期にコイツと話させてくんねーか?」
「フン、よかろう。レオン、その小僧を癒してやれ」
「え? 俺が? まぁ、いいけど……」
俺も牢屋に入って、少年の長い灰色の髪の頭を掴む。長い間、風呂に入っていないのか、酷くベタ付いていた。
俺は少年に対して、癒しの魔術を使う。
「ギャアアアアッ!?」
「バカ、動くんじゃない、やりにくいだろ! ちょっとくらい、我慢しろ!」
俺の癒しの魔術が下手なのもあるが、彼は身体強化を知らないのか、痛みに耐えられないようだ。だからか、彼は再び気絶してしまった。
「ほら、これが皆、レオの癒しの魔術を受けたがらない理由よ」
「うわっ!」
そういって、姉が牢の外から少年に水魔術をぶっかける。その飛沫が俺にも少しかかった。そして、今日、何度目かの気絶から少年が復帰する。
「ウググ……酷い目に遭った……あ、喋れるようになった!?」
少年の顔は、祖父によって腫れたままだが、話せるくらいには回復した。一応、俺の癒しの魔術も効果はあるらしい。
「ティモ、オレはもうダメだ。だから、後はお前がよく考えて行動しろ……」
「な、なに言ってんだ、オレたちは王都ってところへ行って、自由気ままに生きていくんだろ!?」
「フッ、オレは悪人だからな……人を騙すのになんの呵責もない。あの村にいれば、お前はその生涯を平凡に暮らせただろう……オレがお前に王都の話をして、一緒に面白おかしく生きていこうって言ったのは、ある意味、嘘だったのさ」
「そんな! なら、どうして魔獣から、オレを何度も助けてくれたんだよ!?」
「オレはオレで、才覚者であるお前を組織に売り渡し、大金を得た後はどこかへ雲隠れするつもりだったのさ。あの村の連中は権力者によって、お前を異端とみなしていたがな……おかしいと思わなかったか? あの村で魔術を使えるのは、一部の洗礼を受けた者だけだ。しかし、魔術を伝承する者の育成を欠いていたから、オレの様な凡庸な魔術の使い手でも、ある種の畏怖を感じていたんだ。だから、あの程度のはした金でお前を手放したんだよ……あの男は洗礼を受けてもいないのに、魔術を使えるお前を恐れていたのさ」
「そんな……フーゴはオレの才能があれば、すごい組織に入れるって……その組織に能力をもらえば、貴族しか対抗できない魔獣でも、簡単に倒せるようになるって言ったじゃないか! だから、オレと一緒に王都を目指すって……」
「オレが言った組織は、綺麗事で動いているわけじゃない……いや、全ての組織が綺麗事で動いているわけじゃ……グウッ!」
「フーゴ!?」
口裂け男が苦しみだした途端、その身体がズズズ、と大きくなり始めた。牢の外から、姉が黄金色の魔力を身に纏い、魔力の帯を飛ばす。
しかし……姉の魔力の帯が魔人に絡みつく前に、少年に差し出していた魔人の腕が、ボロボロと崩れていく。
「フーゴ!」
「グウウゥッ! ティモ……お前との旅は、けっこう、たのし……」
少年へ最期の言葉を告げられず、魔人は俺達の目の前で、どんどん崩れ、灰化してしまった。
「フーゴォッ!」
暫く、誰も口をきけなかった。少年は茫然と目を見開き、放心したように地べたに座り込んでいた。
どうして灰化してしまったのか、理由は分からない。恐らく、魔獣化しようとする力に魔力が足りなくて応じられなかったとか、あの薬の効果が切れたので、力に抵抗できなかった……そんなところだろう。
そこへ、バタバタと数人が駆け付けてきた。先頭にいるのはイーナで、祖父に敬礼を取りつつ声をかけてくる。
姉の、ネーポムクの手配した魔獣討伐隊は、イーナ達だったのか。
「領主様、魔人を捕らえたとのことで、急いで駆け付けました。件の魔人はどちらに?」
「うむ、急いでくれたところ悪いが、たった今、魔人は灰化してしまったわい」
「……そうですか。その子供は?」
祖父が近ごろ起きていた、高級飲食店に被害を与えていた犯人だ、と告げると、イーナは牢に入ってきて、少年にゲンコツを落とした。
「いって! なにすんだ、テメェ!」
「うっさい! アタシらの休暇を邪魔してくれたアンタには、これくらいじゃ気が済まないんだよ!」
そういって、イーナは再び少年にゲンコツを落とした。
「イーナよ、お主の怒りは分かるが、そこまでにしておけ。其奴には、まだ、事情聴取せねばならぬのでな」
「ハァ……了解しました。魔人がいなくなったのなら、我らはどうしましょう?」
「そうじゃな……其方らはしばし、領都にて待機せよ。取り残した魔人がおるやもしれんのでな」
「おや? まだ、魔人がいるのですか? 今度こそ、落とし前をつけて見せます」
「フッ、もう、この領を抜け出しておるやもしれんがな。エリー、レオン、お主らも今日はもうよいぞ。この後は細々とした調整じゃからな」
「お爺様、私は今日一日、お爺様についています。今後のためにも、色々と学んでおきたいですし」
「そうか? レオンはどうする? 因みに、二、三日の間、儂との修行はなしじゃ」
「姉さんが爺ちゃんにつくのなら、俺も……」
そこまで言いかけた時、イーナにポンと肩へ手を置かれる。
「久しぶりに会ったというのに、つれないじゃないですか、レオンハルト様。領主様と行った魔物討伐の話を、是非、訊かせてくださいよ」
「えと……」
「フッ、行って来るといい。子供のお主には、ここは少し辛気臭いからの。エリーもつまらんように感じたら、直ぐに席を外しても構わんからな?」
「ええ、では、行きましょう、お爺様」
そうして、少年と警備隊数人を牢に残し、俺達は地下牢を出る。俺は祖父達と別れる前にイーナ達から少し離れ、ディッテンベルガー本店前でリーヌスの部下から受け取ったオレンジの石を祖父に預けた。
「ほう? こんな物で本当に魔獣化するのか?」
「分かんないよ、俺の推測だし。人体実験する訳にもいかないからね。爺ちゃんに預けておけば安全だろうからさ」
「そうね、お爺様ならどんな奴が来ても、返り討ちに出来るでしょうし」
「フッ、よかろう、これは儂が預かっておく。二人とも、このことは他言無用じゃぞ? たとえ王であったとしてもな」
王宮もこのくらいの情報は手に入れているだろうが、祖父によると要らぬ面倒を抱えるつもりは無いとの事だ。
祖父と姉は上階へ行き、俺はイーナ達、魔獣討伐隊の連中と詰所を出る。詰所は相変わらず人が多いのと、庁舎にハンネを待たせているので、俺は一先ず庁舎へ向かおうと提案したのだ。
「そういえばさ、カティアの姿が見えないけど、どうしたの?」
「アイツは裏切り者です! アタシたちの誓いを無視して、男の元へ走ったんですから!」
「男? 誰かと付き合い始めたの?」
すると、話を聞いていたロジーが笑いながら答えてくれる。
「カティアは領都の出ではなく、オストミアの街の出身なのですよ。実家がそちらにあるので、家族にでも会いに行っているのかと。今いるのは領都出身の者ばかりなので、休暇だった我々がここにいるだけです。カティアも今頃、緊急招集の知らせを聞いて、こちらに向かっている頃でしょう」
「なんだ、近々、お祝いしなきゃと思っちゃった。じゃあ、全員揃ってる訳じゃないんだ」
「いや、これはアタシの勘だけど、絶対、男が……」
イーナは最近のカティアは様子がおかしいので、男が出来たと思っているそうだ。
「分かった、分かった。それで、さっきの誓いって何なの?」
「アタシとロジーとカティアの三人は、魔獣討伐隊へ同時に入った同期なのです。で、初めての魔獣討伐の際、三人だけが……まぁ、そこで色々とあったのですよ。あの時、誓い合ったのです。あの誓い、ロジーは覚えてるわよね?」
「もちろん。我等、生まれや育ちに違いはあれども、死する日は同じ時を願わん、でしょ」
「そうそう」
この世界でも似たような話はあるんだな。三国志だっけ? あの長いマンガは読まなかったけど、桃園の誓いは俺でも知っている。……でも、その誓いが守られたのかどうかを俺は知らない。




