取り調べ
邸に着くと、姉が使用人に指示を出し、父を起こしに行ってもらう。
「あ、ごめん、ハンネ。待機場所に、弁当とカバンを忘れてきた……」
「それは構いません。場所を教えていただければ、後で回収してきます」
「……いや、危ないから、俺と一緒に行こう」
「危ないのですか? 日中の領都ですよ?」
「ああ、そういえば、あのオッサンを無視してきちゃったわね……しょうがない、レオ、午後から私と一緒に向かいましょうか」
「いいけど、姉さんは――って流石に今日は訓練も勉強もないか」
「そういうこと。じゃあ、私は先にお風呂にでも行ってくるわ」
「うん」
そうして、俺が食堂で軽食を摘まんでいると、父がやってきた。少し眠そうだ。
「レオン、おはよう。領都の事件に進展があったみたいだけど……?」
「おはよう。領都で魔人を捕まえたんだけど、今、母さんが見張ってるんだ。父さんに警備隊詰所まで来て欲しいんだって」
「フローラが? わ、分かった、行ってくる!」
簡単な説明だけで、父は慌てて食堂を飛び出していった。
それから、俺は自室で休息し、昼過ぎに起き出した。食堂へ向かうと、祖父が帰って来ていて、姉と話していた。
「爺ちゃん、お帰り。魔獣討伐はどうだった?」
「まぁ、いつも通りじゃ。それより、魔人を捕まえたそうじゃな? 面白いことになっておるではないか?」
「う~ん、魔人は、もうダメだろうって母さんが言ってたよ。多分、大した情報も持ってないだろうし」
「うむ、今、エリーから話を訊いていたところじゃ。二人とも、中々の活躍だったようじゃの」
「姉さんが捕まえたようなモンだからね。俺は……ちょっと、建物に傷をつけただけさ」
「フッ、そう自分を卑下することもない。二人で協力しての結果じゃからな」
そんな話をしていると、俺の昼食が運ばれてくる。一応、事件は解決したからか、今日はブラウクラウトのサラダはなかった。
これでやっと、苦々しい日々は終わったようである。いや、今日は祖父と姉がいるからか? まだまだ、油断してはならない。
姉と祖父は既に食事を終えていて、姉は祖父に、魔人や捕まえた子供の処遇について尋ねていた。
「魔人については、得られるだけの情報を得たなら、処分するしかあるまい。その子が実行犯なら、才覚者といえど罰せねばならぬが……エリーの言う、金属を操る魔術とは具体的にどんなものなんじゃ?」
「私が追いかけているとき、あの子は建物の前にある金属の柵を掴みました。すると、スコンと一本だけ鉄棒が抜けたのです。そして、その先端を尖らせて、私に投げつけてきたのですが……身体強化もできてない状態でしたので、躱すのは容易で、私の風魔術であっけなく意識を失いました」
「ふむ、身体強化について学んでおらんのか? もしかすると、何か理由があって、洗礼を受けておらんのかもしれんな」
「洗礼式を受けない者がいるのですか?」
「何事にも、例外とか異質の存在というのはおるものじゃよ。推測や憶測はいくらでもできるが、直接その子に話を訊けばよかろう。レオンがメシを食い終わったら、一緒に聞き取りに行くか?」
「そうですね、レオ、早く食べ終えなさい」
姉に急かされながら俺は昼食を進める。汁なしの冷やし担々麺と焼売、このセットには少し合わない、トマトとレモンのマリネ。
中華風の料理は、普段あまり出てこないので地味にうれしかったりする。マリネの方は甘めのソースがかかっているとはいえ、ちょっと酸っぱかった。
そうして、俺はハンネと、祖父と姉は、二人のお付きの使用人と一緒の馬車で、領都へ向かう。
祖父に付いているグレータはともかく、姉の使用人はちょくちょく入れ替わるので、イマイチどういう人なのか覚えられない。早い人は、半年くらいで代わってしまうのだ。
それというのも、姉についた使用人の全てが、結婚を理由に邸を去っていくのだ。どうも、姉が自分に付く使用人に何やらアドバイスしているらしい。
アドバイスだけで、そんな簡単に結婚できるはずがない、と思うのだが、姉の使用人になりたがる競争率の高さから言って、それなりの実績があるのだろう。
俺も、ハンネに協力してあげるべきなんだろうが、俺では何のアドバイスもできそうにない。
「ハンネ、結婚したい相手ができたら、俺に言ってね。姉さんに相談に乗ってもらえるよう伝えるからさ」
「まぁ、なんですか、突然? エリザベート様に付くと結婚する人が多いのは確かですが、アタシはまだまだ結婚するつもりはありませんよ」
「そうなんだ?」
「ええ、お給金を貯めて、自分の店を持ちたいのです。それまでは結婚なんて、これっぽっちも考えていませんし、一生独身でも構いません」
「厨房で鍋でもふるうの?」
「それも楽しいですが、それなら、どこかのお店で修業します。私は商会長になりたいのですよ」
「へぇ、何かの飲食店とか?」
「そうですね。子供のころは漠然と商売がしたいと考えていましたが、近頃は料理が楽しいので、飲食店もいいですね」
「いいね、お店ができたら食べに行くよ」
「ありがとうございます。ただ、それだけに、今回のディッテンベルガーの件は驚かされました。領主様を欺くだなんて、とても信じられません……」
今回のディッテンベルガーの件で、祖父は既に商会長と会っている。商会長はリーヌスが勝手にやったことなので、商会自体の取り潰しは免れたい、と申し出てきたそうだ。
姉が言っていたように、黒に近い灰色で、明確な犯罪ではない。なので、リーヌスが勝手にやった事だとしても罪には問わないし、魔紋用の糸の取り扱いも今まで通りだそうだ。
ただ、グローサー家の服飾に関する、御用聞き役を降ろされただけである。
祖父によると、業腹ではあるが、他領や王都への商売を禁じている訳でもないので、罰する法がないらしい。
王都にだって魔紋の衣装があるのに、何故、利益を出せるのか? ここのカラクリが分からなければ、どうしようもないと言っていた。領主として罪人を裁く際、情状酌量する事はあっても、感情だけで裁いてはならないそうだ。
俺は商売に関してはサッパリなので、どんなカラクリがあるのか見当もつかない。
姉は、新しい魔紋でも思い付いた職人がいるのではないか? と言っていた。
しかし、祖父によると、王都にはグローサー領を遥かに上回る数の職人がいるし、魔紋の研究をしている魔導局も近くにあるので、姉の考えは、あまり現実的ではないそうだ。
基本的に流行は王都から始まり、それが時間を掛けて他領に広がっていくものらしい。とはいえ、全ての流行が他領でも受け入れられる訳でもないそうだ。
もしかすると、姉や母のデザインした衣装が、王都で評判になったのだろうか?
領都に着くと、先にディッテンベルガーの本店へと向かう。大通りで馬車を停め、俺と姉だけで本店へと向かっていく。祖父は馬車で待っているようだ。
ディッテンベルガー本店はやっているが、開店休業状態のようで、客が見当たらない。混む時間帯ではないのかもしれないが、恐らく、貴族を欺いた店だ、という評判が広がってしまったのだろう。
遠くない未来、潰れてしまうんだろうな……
姉が一人の店員を捕まえ、俺達の手荷物を持ってくるよう命じた。暫くすると、リーヌスの舎弟だと言っていた男が、俺達のカバンを持って現れる。
「ホラ、コイツだろう、嬢ちゃんたち。貴族も大変なんだな。何が入っているのかは知らねーが、部下にでも取りに寄こせばいいものを……」
「フン、アンタと違って、皆、忙しいのよ。もう、ディッテンベルガーもリーヌスにも芽はないけれど、それでも、アンタはリーヌスについていくのかしら?」
「ああ、近く、オレと兄貴は王都へ向かう。あっちで一から出直しってわけさ」
「そう、ま、頑張んなさいな。行きましょうか、レオ」
「あ、ちょっと待ってくれ。坊ちゃん、これは少し前に変わった男からもらったモンだが、貴族であるアンタに渡しておくよ」
そういって、男が渡してきたのは、オレンジ色の小さな宝石のようなものだった。魔石にしては小さすぎるし、魔力も感じない。
「これは?」
「マフラーの男が、魔獣のようになったと耳にしてな……アンタらがここに詰めている、いつかの夜にソイツを渡されたんだ。『貴族にやられたそうだな、力が欲しければオレに言ってこい。その石の使い方を教えてやる』だなんて言われたんだよ。魔石でもないし、何に使うのかも分からなかったんだが、何故か捨てる気になれなくてな。事件解決の役に立つなら、持っていってくれ」
こっそり、タブレットから男の様子を見ていた、あの夜のものか……
「そっか、命拾いしたね。王都に行けば、そんな誘いはいっぱいあると思うよ? 出来れば関わらないようにね」
「命拾い? それに王都だって?」
「おじさんがいた頃の王都とは、様子が違うってことさ。重要な手掛かりになるかもしれないから、これは預かっておくね。謝礼が欲しいのなら、庁舎か警備隊詰所にでも出向いてくれればいいよ」
「あ、ああ……?」
意味が伝わらなかったのか、困ったような表情を浮かべる男を残し、俺と姉はディッテンベルガー本店を後にした。
この宝石みたいな物は、恐らく魔獣化する為のアイテムだろう。マフラー男は仲間を作って、才覚者の子供を王都まで連れていき、元に戻るための薬をもらうつもりだったのかもしれない。
王都まで行くのには、いつどこで現れるか分からない魔獣に対する、それなりの戦力が必要だからな……
それから俺達は警備隊詰所に向かう。馬車から詰所の様子を見て、ハンネには庁舎で待っているように告げ、俺は馬車を降りた。
外もそうだが、詰所の中の待合室は人でごった返していた。受付もフル回転のようで、大盛況である。まぁ、俺と姉のせいなんだろうけど……
正面からではなく裏手へ廻る。警備隊員の後を祖父と姉、その後に俺が続き一階の階段奥へと進んでいく。階段奥の通路には、分厚い金属の扉が幾つも並んでいた。
警備隊員がその内の一つをギィッ、と重そうに開く。中は石の床と壁で、鉄格子の窓が一つあるだけだった。
例の灰色の長い髪の子供が、ロープでぐるぐる巻きにされ、粗末な木のテーブルの向こうに座っていた。
「お主が魔人と協力して、数々の店を荒らした窃盗犯か」
祖父がドカッと向かいの丸椅子に座り、部屋の隅にいた警備隊員に軽く手を挙げる。彼は長髪の子の猿轡を外す。
改めてよく見ると、太くて濃い眉をした彼は姉と同じくらいの年齢だろうか?
「オレが何しようと、オレの勝手だろうが! 早くここから出せ!」
「フン、ならば、儂がお主を捕らえ、死ぬまで殴り続けても儂の勝手じゃな」
「できるモンならやってみろ!」
「そうか」
祖父は身を乗り出し、ボコッと彼の顔面を殴りつけた。鼻血を垂らしながら、彼は祖父を睨みつける。
「~~ッ! ってぇな! クソジジイ、卑怯だぞ! この縄を解け!」
すると、祖父は再び彼を殴りつける。それからも彼が口答えするたびに、祖父は彼を殴り続け、遂に彼は気絶してしまった。
「爺ちゃん、やりすぎじゃないの?」
「フン、全く反省の色が見れんのでな。このままでは、素直に喋るまい。先ずは此奴の心を折る。オイ」
部屋の隅にいた警備隊員が祖父に答え、水の魔術を浴びせる。目を覚ました彼が、祖父に食って掛かろうとすると、再び祖父が彼を殴りつける。
そんな光景が何度か繰り返され、数度目に彼が目を覚ました時、祖父が口を開く。
「ウグゴモグムガ……」
「なんじゃ、この程度で喋れんようになるのか。そうじゃなぁ……儂も面倒臭くなってきたし、お主への罰は飲み食いさせず、牢屋での孤独な餓死とするか。飲食店への被害を与えた、お主にはピッタリじゃろ?」
「モガ……!」
彼は顔を歪ませるが、それは祖父に殴られ続けたから腫れあがっただけでなく、その一言が彼に大きなショックを与えたようだった。
「モガモガ……」
「何を言っておるのか分らんが、心配ない。幸い、牢屋は空きだらけじゃ。余命、三日か四日といったところか? 泣こうが喚こうが、こちらもお主の面倒を見る手間が掛からんのでな。残り僅かな人生、己が過ちを後悔しながら逝けばよい」
祖父が席を立ちあがると、言葉にならない声を上げていた少年に、警備隊員が猿轡を施した。そして、俺達が取調室を出ると、祖父は扉前に待機していた警備隊員に小声で指示を出す。
「少し、フローラの様子を見てくる。それまでの間、あの子はここで待たせておけ」
「ハッ、了解しました」
そうして、俺達は通路を引き返す。その途中で姉が祖父に尋ねた。
「お爺様、結局、何も聞き出せませんでしたが?」
「アレは昔よくいた、犯罪者と気性がそっくりじゃ。仲間のために一切口を開かんような、な。ただの暴力へは簡単に屈さぬ。故に奴の痛いところを突く」
「それが断食ですか?」
「それも効果的じゃが、もう一つの弱いところも突く」
「もう一つ?」
「魔人じゃよ」
「魔人、ですか?」
「うむ、あの心の折れなさは、恐らくまだ、魔人が自分を助けてくれる、とでも思っておるのじゃろう。そこで魔人を利用する。が、その前に、現状を確認しておこうと思うてな」
二ッと口角を上げる祖父を見上げ、俺と姉は母がいる地下牢への階段を下って行くのだった。




