タンデム
「姉さん、コイツ、あの薬を飲まずに魔獣化したんだよ。このままだと、本当の魔獣になっちゃうのかも?」
「え?」
「姉さんも見たでしょ? 昔、奴らが魔獣化する前に、何か飲んでいたのを。コイツの話だと、アレは元の姿に戻るための薬なんだって」
「そうなの!? ってことは……レオ、大至急、お母様を呼んできなさい!」
「コイツの拘束は?」
「私がやっておくわ。ったく、面倒を増やしてくれるわね。魔獣化する奴なんてロクなものじゃないわ」
そういうと姉は再び、黄金のオーラを纏いだす。同乗している警備隊員が慌てた様子で、今、馬車を止めるので、と言い出した。
が、それを無視して、俺は馬車後方の扉を開き、移動中の馬車から跳び下りる。
後ろで、姉が何か言っているのが聞こえたが、よく聞き取れなかった。恐らく、警備隊に何か指示しているのだろう。
俺はスマホからアイコンをタップしてバイクを具現化した。
そして、黒いビッグスクーターに跨って、子爵邸を目指す。途中、馬車の後を追っていた、歩きのネーポムク達とすれ違う。誰もが驚きの表情を浮かべていたが、説明している暇はない。
邸に辿り着くと、門衛の二人が突っ込んでいくバイクに驚いている様子が見えた。とはいえ、二人は職業意識が高いのか、互いの槍を交差させ、バイクの行く手を遮る。
俺はブレーキを掛けつつ、横滑りにさせてバイクを門前で停めた。
「悪い」
サイドスタンドを出してバイクから降り、二人の槍を跳び超える。
「も、もしや、レオンハルト様!?」「これは一体……!?」
二人から戸惑いの声が聞こえるが、それを無視して急いで邸の玄関の扉を開く。薄暗い玄関ホールには誰もいなかった。
いつもは門衛の誰かが先に邸の中へ報告するので、出迎えてくれるからだろう。
そこに、ホールの奥の部屋から、ハンネと姉の使用人が姿を現す。それには構わず、母の部屋へ向けて階段を駆け上がった。
そして、ノックもせずに扉を開き、母の部屋へ入る。その時、何か微かな魔力の影響のようなものを感じた。
すると、ベッドで寝ていた母がムクリと上体を起こし、こちらに手を向ける。今の魔力の影響で、俺に勘付いた?
「ま、待って、母さん、俺だよ!」
「……レオ? どうしたの? こんな夜更けに」
「魔人を捕まえたんだ! でも、大変なことになりそうだから、母さんの力が必要なんだよ!」
「魔人を?……急いで着替えるから、その間に何があったのか、掻い摘んで報告しなさい」
「え、ええっと……」
俺と姉は魔人を捕まえたが、薬が無いので、本当の魔獣になってしまいそうなのだ、と母に告げた。母は返事もせず、テキパキと着替えを始める。
そこに、ハンネと姉の使用人がやってきた。
「あの、レオンハルト様、如何なさいました?」
「ええっと……」
ハンネの問いに答えようとすると、姉の使用人から肩に手を置かれ、クルリと反転させられる。
「レオンハルト様、親子とはいえ、女性の着替え中に同席するのは、はしたないですよ。さ、外でお待ちください」
「いや、でも、急いでるんだけど?」
「レオンハルト様、ここはアメリアさんに任せて、私たちは外でお待ちしましょう」
「フロレンティア様、お手伝いいたします」
「ええ、お願い」
そうして、俺は母の部屋を追い出される。ハンネと共に階下へ降りていくと、明るくなった玄関ホールに、邸を守る警備隊の連中が集まっていた。
彼等は俺達に気付くと、一斉に問いかけてくる。
「レオンハルト様、領都で何かありました!?」
「レオンハルト様の乗っていたのは、新型の魔導具ですか?」
「犯人は見つかったのですか?」
「夜空に突然、金色の怪鳥が現れたのですが、何か知っていますか?」
め、面倒だな……何と言って答えようか、と逡巡していると、ハンネが口を開く。
「アンタたち、訊きたいことは山ほどあるでしょうけれど、控えなさい。レオンハルト様は今、急いでいらっしゃるのよ。邪魔しないで」
すると、彼等は口を閉ざした。変な空気になったところへ、母が現れる。
母はいつものようなドレス姿ではなく、薄手の青白いケープコートを纏い、ズボンにブーツという姿だった。腰には細身の剣を佩いていて、他にも背後の腰の辺りがこんもりしているので、ケープコートの下に何か付けているようだ。
「何をやっているの、貴方たち。キチンと邸の守りにつきなさい。レオの話では、魔人が現れたそうよ?」
母の一言で、彼等は慌てて元の配置へと戻っていく。ううむ、俺と母とでは貴族としての貫禄が違うのかなぁ?
「レオ、行きましょうか。ハンネ、アメリア、後は任せました」
「はい、いってらっしゃいませ」
玄関から出ると、二人の門衛が、具現化したバイクの傍で興味深げに眺めていた。
「レオ、貴方の具現化ね?」
母が俺をジロリと睨んでくる。
「う、うん。急いでたから……」
「全く、具現化魔術はとっておきの手として、最後まで隠し通しなさい、とあの時、レオに忠告したでしょう? こんな風に隠そうともしないなんて、お父様は貴方に何を教えているの?」
「それだけ急いでるんだよ。それに、俺の最終手段は“変身”さ」
「その変身を今回も使ったのでしょう?」
「うっ……と、とにかく急ごうよ。魔人の手掛かりを逃すかもしれないよ?」
「そうね、これはどう使うの?」
「母さんは、俺の後ろに乗って」
門衛に離れるように告げ、俺はバイクのタンデムシートの下にあるサイドステップを出す。母にそこへ足を掛けるよう言ってバイクへ跨る。母も俺の後ろに乗った。
二人乗りなんて初めてだが、まぁ何とでもなるだろう。
「母さん、あんまり左右に重心を振らないでね」
母に一言断り、アクセルを捻ってバイクを発進させる。二人乗りになると何だか運転しにくいな、と感じていると、俺の肩に手を掛けた母が呟く。
「成る程、重心移動で曲がるのね?」
母がそういった途端、急にバイクが運転しやすくなった。ほんの僅かな時間でバイクの特性を理解したのか?
母が体重移動に理解を示したので、カーブが曲がりやすくなったのだ。
領都に続く石橋の上で、俺はバイクの速度を緩めた。数人の門衛に取り囲まれ、怪しまれるが、母が乗っているのだと知ると、母の一言で、彼等は道を開けてくれる。
そうして、先を急ぐ。
俺はまだ、人の多そうな噴水広場を避け、少し遠回りになるような順路で、警備隊詰所に向かう。街の中では危険があるため、馬や馬車を走らせてはならない、という決まりがある。
噴水広場付近でフラフラしている酔っぱらいを轢きたくないのだ。
「レオ、警備隊詰所ではなく、先に庁舎へ廻しなさい」
「え? うん、分かった」
母の指示に従い、警備隊詰所の前を通り過ぎ、アクセルを開けて一気に坂道を登る。そして、庁舎前の馬車廻しでバイクを停めた。
「ふぅ……レオの具現化魔術は便利だけれど、髪型が乱れてしまうのが難点ね」
母はバイクから降りると、姉と同じ淡い金髪を何度かかき上げていた。
「母さんはいつだって奇麗だよ」
母は一瞬、目を見開くが、笑顔になって俺の頭をなでてくる。
「まったく、貴方は……どこでそんな台詞を覚えてくるのかしら? レオはここで、少し待ってなさい」
そんなやり取りをして、母は庁舎に向かい、驚いた表情を浮かべる守衛に軽く手を振りながら中へ入って行く。俺は具現化したバイクを霧散させた。
守衛達が何か問いかけたそうにしていたが、俺はそれを無視して、少し離れた位置で母を待つ。それほど待つ事も無く、母が庁舎から出てきた。
「待たせたわね、レオ。あの魔導具は消してしまったの?」
「うん、もう、すぐそこだからさ。走った方が早いよ」
「それもそうね」
俺と母は、身体強化で駆けだした。警備隊詰所の守衛達に、軽く手を上げるだけの挨拶を交わし、中へ入っていく。
建物の中では、ネーポムクと捜査課長の補佐だという、青いショートカットの女性が待っていた。
「久しぶりね、ネーポムク。状況は?」
「はい、エリー様が抑え込んではいますが、余りよろしくないかと……」
「そう、捜査課補佐の貴方……」
「ジモーネと申します」
青い髪の女性は母にお辞儀した。
「そうだったわね。貴方はここで、警備隊の誰であっても、私たちのところへ寄こさないよう振舞いなさい。私からの命だといえば皆、従うでしょう」
「は、はい、承りました」
「ネーポムク、魔人の元へ案内なさい」
「ハッ、こちらです」
案内された地下牢は、カビ臭く、辛気臭い。魔導灯の明かりがあるというのに、何故か薄暗いという印象を受ける。
長い年月をかけた、犯罪者達の恨みや怨念が、この石壁にでも染み込んでいるのだろうか? 或いは、一番奥の牢屋から聞こえてくる、魔人の呻き声が、そう感じさせるのかもしれない。
「ホラ、頑張りなさい! 魔獣に飲み込まれるのを抑え込むのよ!」
「ウガァアアアッ!」
奥に辿り着くと、金色の魔力の帯に締め付けられた魔人がもがいていた。それを、オーラを纏ったままの姉が、額に汗しながら両手で押さえ込んでいる。
牢屋の外では、複数の警備隊員達が眉をしかめて、その様子を見守っていた。
「エリー、よく頑張ったわね」
「お母さま! 来てくださったのですね!」
「ネーポムク、貴方たちは地下牢を出て、誰もここへ近付けないようにしなさい」
「ハッ、しかしながら、危険ではありませんか?」
「私の手に負えないのなら、貴方たちではどうしようもないでしょう? いざという時は領民を守るために、どういった避難をさせるのか、貴方たちで相談しておきなさい」
「りょ、了解しました!」
母の命令で、彼等は地下牢を出て行った。それを見送った母は、牢屋へと入っていく。
「レオ、魔人の頭を押さえなさい」
「う、うん」
俺も牢屋に入って、粗末なベッドで呻いている魔人の頭を抑え込む。
「グッ」
全力、とは言わないが、それでも、身体強化でかなりの力を籠めなければ、動きを止められなかった。
「成る程ね、お父様がレオに執着するのが、よく分かるわ」
「え?」
「普段のレオは薄い身体強化状態だけれど、今、魔人の頭を押さえるのに、ごく自然な感じで、必要な分だけの身体強化を行ったでしょう? よく修練している証拠よ。そろそろ、レオに護衛は必要ないのかもしれないわね?」
「そ、そうかな?」
母に褒められると、少しくすぐったい。
「お母さま! 今はレオのことよりも、魔人を!」
「ええ、分かっているわ」
母は真剣な眼差しになって、魔人のあちこちを手で触れ始めた。
「エリー、魔人に癒しの魔術は?」
「少しだけ使いました。外傷は癒えたはずです」
「そう……」
姉の言葉を聞いた母は、自身の腰に手をやり、一本のベルトを外す。ケープコートの下に隠れていたのは、腰に巻き付けるタイプのカバンだった。
母は膝の上でカバンの中身を漁りだす。
「か、母さん、それは……」
「ええ、この前の冬、レオとお父様が魔物を退治した時に見つけた、魔人の遺体から回収した物よ。保存方法が分からなかったから、冷やして保管しておいたのだけれど、まだ、薬品としての効能が残っているのかは分からないわ」
母が取り出したのは、魔獣化する奴等が使っていた、試験管のような細長い金属の入れ物だった。
母はガッと片手で魔人の両頬を掴むと、歯を食いしばっていた魔人の口をこじ開けた。そして、試験管をその口に突っ込むと、無理やり中身を含ませ、強引に口を閉ざす。
魔人はどうしようもなくなったのか、薬をゴクリと飲み込んだ。しかし、それでも、魔人はもがき続ける。
「姉さんの魔力の帯が、きついんじゃないの?」
「そんな訳ないでしょ。これ以上、緩めたら戒めが解けるわよ」
「そうかなぁ? 姉さんって魔力バカだし……」
「なんですって!?」
「やめなさい、二人とも。可能性はいくつかあるわ。この薬の効能が切れていた。魔力の質が個人によって違うように、薬も個人向けに調合されたものがあるのかもしれない。レオ、貴方がこの魔人から薬の話を聞き出した時の台詞を、正確に思い出せるかしら?」
「ええっと……薬はもう持っていない、薬がなくても魔獣化はできる、この姿になると人の姿から遠ざかってしまう、だったかな……あ、そうそう、コイツ、魔獣化する前に、長いマフラーで口元を隠していたんだけど、外すと口がこんな風にすごく裂けていたんだ」
「成る程……昔、聞いた、マグダレーネ様の話に合点がいったわ。となると――」
母は俺の話を聞いて、一人で納得し、何か考え込み始めた。マグダレーネの話って何だろう?
やがて、考えがまとまったのか、母が俺達に告げる。
「二人とも、恐らくこの魔人はもう助からないわ。それでも、やれることは試しておくけれどね? エリーはこれから学ぶことだし、レオは一生かかっても出来ないかもしれないけれど、よく見ておきなさい」
そういって、母はもがく魔人の胸の辺りに手を置いた。




